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scene3

――3――




「移動の指示なんてしていないぞ?」

「ん?」

「へ?」




 オレの前で首をかしげる子役二人にそう告げる。指示をしていないのもそうだし、スタッフ同伴なしで子役を行動させたりもしない。


「スタッフの名前はわかるかい?」

「ううん。でも、女の人でした」

「ありがとう、凛ちゃん。――若梅(わかうめ)AD、なにか指示があったか?」

「いえ、聞いてませんね……?」


 近くのスタッフを捕まえて聞いてみても、色よい返事はない。


「嫌な予感がするな……。念のため、スタッフの確認をしよう。役者さん方にも一度集まってもらおう」


 無線で指示を出しながら、不安そうに見つめる子供たちに視線を返しておく。点呼と、人員配置の確認。こうした大人数の現場で起こる嫌な予感は、大概当たる。あのホラー映画“紗椰”を撮影した洞木(ほらぎ)監督だって、直感を大事にしたと聞く。

 なにより、ここのところ話題の、女児を相手にした事件も未解決だ。放送前のドラマの情報なんて一般にはそう出回らないとはいえ、今回の子役は粒ぞろいだ。警戒しすぎるに越したことはないだろう。


「なにかありましたか? 監督」

「ああ、柿沼さん。指示違いがあったようなのですが、念のため、確認を」

「はは、なるほど。今日は倉本Pもおりませんからね。気が緩み始める頃、ですか」

「面目ありません」


 柿沼さんは笑ってそう言ってくれるが、柿沼さんが一歩前に出てそう言ってくれなかったら、その後ろで片眉をあげる浅田さんから一言二言あったことだろう。浅田さんもベテランの女優。わかってくれるとは思うが……。


「慌ただしい現場ですね。“メロディ”を思い出します」


 つり目気味の目をさらにつり上げて、浅田芙蓉は小さくそう零した。何度見ても四十六歳とは思えないほどの美貌で、名優の一人にも数えられる方だ。

 そんな浅田さんが零した“メロディ”といえば、二十年以上前に放映されていたドラマで、正式名称は“メロディ・ラプソディ”。このドラマの監督はオレとも縁が深いからよく覚えている。


「“メロディ”は、慌ただしかったのですか?」

「ええ。柿沼さんはゲスト登場のみでしたものね。あの現場はそれはもう慌ただしかったわ。まったく。何度、降りようかと思ったことか」

「それでも、続けていましたね」


 当時二十歳そこそこだった浅田さんは、確か、メインヒロインだったはずだ。あの頃の男性の憧れの的であったことを、今更ながらに思い出す。


「ええ。だって()、人が変わりましたから。……ずっと共演してみたかったので、良かった、とは言えませんでしたが」


 そう、浅田さんはどこか寂しそうに目を伏せる。彼……そうか、彼、とは、メロディのヒーローのことか。

 知らない人はいないとまで謳われる、日本役者業界の双璧、霧谷桜架と四条(しじょう)玲貴(れき)。なるほど、彼を変える何かがあったのか。


「その、変わった、というのは――」

「か、監督さぁーん!!」

「――っ、下田さん?」


 遮って走り寄ってきたのは、美海ちゃんのマネージャーである下田さんだ。下田さんは肩で息を切らしながら、オレの元に手を出した。


「これは……インカム?」

「はぁ、はぁっ、ぜぇっ、ぜぇっ、み、み、み、ふぅ、ふぅ」

「水、ですか?」

「あかねさん? だいじょうぶか? あたしの水、のむ?」

「ありが、ぜぇっ、じゅりあちゃ、ふぅ、んぐ、んぐ、んぐ、ぷはっ」


 ほとんど口をつけていない五百ミリのペットボトルを一息で飲み干すと、下田さんは、改めてオレに向き直る。が、ちょっと離れてくれ、暑い。


「御門さんが、もしつぐみちゃんの目撃情報あればこのインカムに、と!!」

「……どういうことですか?」

「いなかったんです、二人とも。つぐみちゃんも美海ちゃんも、控え室に!」

「っ――『全スタッフに通達。至急、空星つぐみと夕顔美海の捜索を。繰り返す。至急、空星つぐみ、夕顔美海の捜索をお願いします』!」


 無線で指示を繰り返す。どうやら嫌な予感が当たったようだが……間に合うか?

 いいや、つぐみも美海も賢い子供だ。そうそう、悪いことにはならないだろう。今はただ、そう信じるしかない。


「私たちも探しましょう。浅田さん、下田さん、子供たちをお願いできますか?」

「ええ、わかりました。下田さん、御門さんは捜索に?」

「はい! それはもう、風のように!」


 オレは現場の司令塔としてこの場に。同時に、警備員にも通達。迷子で済めば良いが……最悪、通報も選択肢に入れないとならないか? 未発表のドラマだぞ。放送中止にでもなれば、子供たちの努力はどうなる。

 だが、いざとなれば、ためらわずに決断しないとならないか。


「頼むから、杞憂で済んでくれよ」


 祈るように呟く。だがその声は直ぐに、喧噪にかき消えた。



























――/――




 美海ちゃんと並んで、西校舎への移動を始める。だんだんと日が暮れてきたのに今更移動しなくてはならないのは、どういった理由なんだろう? 移動前に気がついてスタッフさんに確認しておけば良かったなぁ。

 隣を歩く美海ちゃんに、疲れは見られない。でも、ずっと俯いているし、なにかを考え込んでいるようにも見える。鶫の記憶を辿っても、こういったときの経験が出てこない。うーん、どうしたものかなぁ。


「みみちゃん、つかれてない?」

「う、ん。だいじょうぶ、だよ」


 ……やっぱり心配だ。せめて、小春さんを待ってから行けば良かった。いや、今からでも遅くないかな。一度戻って小春さんと合流して、美海ちゃんを休ませてあげよう。


「ねぇ、みみちゃん」

「?」

「こはるさんに冷たいジュースたのんでおいたのに、こはるさん、おいてきちゃった」

「ぁ、そ、そうだね」

「一回、もどろう? 一人だとふあんだから、いっしょに来てもらってもいい?」

「う、うん」


 良かった、頷いてくれた。体の不調とかって、放っておくとろくなことにならないからね。とりあえず戻って、冷たいものを飲んで、移動があるのならそのあとでも良いよね。

 体調管理が一番大事。体調管理もお仕事の内だって、柿沼さんも言ってたし。


「あ、ほら、カラスだよ、みみちゃん。カッコイイね」

「――」

「ゆうやけって、きれいだよねぇ」

「――」

「わっ、近くにカラスがとまったよ。カッコイイ……こーくんくらいカッコイイ……」

「――つぐみちゃんは」


 あと一つ角を曲がれば、元の教室の側に出る。そんなとき、美海ちゃんに呼ばれて足を止めた。


「どうして、わたしの、と、ともだちで、いてくれるの?」

「え?」

「わたしなんか、りんちゃんみたいにどうどう(堂々)としてないし、じゅりあちゃんみたいに強くもない。なのに、なんで?」


 俯いて、目元は見えない。ただぎゅっとスカートの端を握りしめて告げる美海ちゃんに、適当な返事をすることはできない。それだけは、わかった。


「でも、みみちゃんは、わたしが辛いときには、背中をさすってくれるよ」

「――?」

「いっしょにいたいってことに、りゆうなんかないけど、優しいみみちゃんとともだちになれてうれしい、って思ったことは、なんどもあるよ」

「つぐみちゃん……わ、わたし、わたしは、でも――」


 必死に、一個一個でも一生懸命、言葉にしようとしてくれる。だからわたしはそれを待つ。だって、わたしは美海ちゃんの友達だから。


「つぐみちゃん、わたし――」


 そうして、一言、顔を上げて。



「よし、一服一服」

「校舎の中ではやめろよー」

「電子たばこだから大丈夫だよ」



 聞こえてきた声に、遮られる。角の向こう、きっと、こっそりたばこを吸おうとしているのだろう。聞き覚えのある声だから、ここのスタッフさんなのは間違いない。

 せっかく美海ちゃんの悩みを聞けるところだったのに! あとで、監督さんに注意してもらおう。副流煙は危ないんだからね!



「しっかし、今回の子役はすごいよな」



 と、不意に、続いた声に思わず足を止める。そうだろうそうだろう。凛ちゃんも珠里阿ちゃんも美海ちゃんもすごいんだ。そう、少しだけ誇らしくなった。



「確かに、今回の子役はみんなすごいな」

「ほんとだよ。監督たちは平気だろうけど、毎回緊張しっぱなしだ」

「とくにすごいのはやっぱり、つぐみちゃんだよな」

「それに、珠里阿ちゃんと凛ちゃんも」

「ああ。だからこう、普通に失敗もする美海ちゃん見てると、安心するっていうか」

「ははは、わかるわかる。美海ちゃんだけ(・・)普通(・・)だもんな」



 直ぐに美海ちゃんに向き直る。あんな風に言うことないじゃないか。美海ちゃんだってすごいのに。今はただ、不調なだけなのに。


「あんなの、気にすることないよ!」

「――っ」

「わたし、一言いってくる! みみちゃんだって――」

「やめて」


 わたしがスタッフさんに一言注意しようとすると、それを、美海ちゃんに止められる。


「でも」

「みじめになるから、やめて」

「え?」


 茜色に染まった光が、廊下に差し込む。あと二歩も手を伸ばせば近づけるであろうはずなのに、俯いて視線を落とす美海ちゃんの手を取ることが、できない。


「つぐみちゃんはなんでもできるからいいよね」

「みみ、ちゃん?」

「つぐみちゃん、つぐみちゃん、つぐみちゃん。りんちゃんもじゅりあちゃんも、大人の人もかんとくも、みんなみんなつぐみちゃん」

「ご、ごめんね、なにか、怒らせるようなコト、しちゃった?」


 歩み寄る。

 ――一歩、退かれる。


「つぐみちゃんには、わからないよ」

「あの、わたし」

「なんでもできるつぐみちゃんに、わたしの気持ちなんかわからないよ!!」

「みみちゃん……わたし、わたしは――」


 手を伸ばす。

 ――たたき落とすように、弾かれた。


「っ」

「ぁ」


 でも、一歩、踏み出して。




「ちかづかないで! これいじょう、わたしを、みじめにしないで!!!!!」




 拒絶。

 瞳に涙を溜めて、走り去る美海ちゃん。その背中をわたしはただ、見送ることしかできない。


(傷つけた? なんで? わたしは――美海ちゃんを、ずっと、傷つけていた?)


 胸が苦しい。ずきん、ずきん、と、胸の奥がうずく。このまま痛みに蹲って、悪人らしく放ってしまえば楽になるのかもしれない。この痛みから、解放されるのかもしれない。

 でも、そうしたら、美海ちゃんは? 泣いて、あんなに辛そうにしていた美海ちゃんはどうなるの?


「みみちゃん……っ」


 傷つけたのはわたしだ、理由はわからない、けれど、わたしが美海ちゃんを泣かせたんだ。だったら、向き合いたい。理由をちゃんと聞いて、仲直りしたい。わたしにとって美海ちゃんは、大好きな友達の一人だから。


「まって、みみちゃん!」


 遠くなった背中を追いかける。奇しくもそれは、あの日、珠里阿ちゃんを追いかけたときに、よく似ていた。















「やっべ、聞かれたか?」

「謝んないと。おい、追いかけるぞ」




「待ってください。私が追いかけます。あなたたちは持ち場に戻って」

「は、はい、わかりました。すいません」




「(あれ? あんなひと、居たかな?)」

「おい、行くぞ」

「あ、ああ」





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 移動を伝えてきたスタッフらしき人物は一体何者なんだ… 最後に出てきた謎の人物と一緒なのかな? [一言] 休憩中で他に誰もいないと思っても演者を揶揄するような事言っちゃいけないよね、…
[気になる点] 最後の方の対応がおかしすぎる。 最近は不審者対策の為、様々な現場や会社では出入り口に見張りおいたり、スタッフ等には許可証兼ねたネームプレートが装着が義務付けられてたりします。 よって、…
[一言] 悪いときは悪いことが重なるもんです(苦笑) ミミも巻き込まれるかとおもったら、つぐみおいてけぼり。 でもミミとサボりスタッフで居場所が判明するでしょうし、小春がいるのでなんとかなるでしょう。…
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