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scene2

――2――




「――カット!」




 合図とともに役が抜け落ちる。その場に崩れ落ちた奈々役の女の子に手を差し伸べれば、彼女は涙に濡れる顔を拭おうともせず、私の手をとってくれた。このあとは、席に座っておとなしくしているシーンだ。スポットが、柊リリィから水城紗那に変わるからね。

 今日はひとまず、子役の体力に配慮しつつ、校舎で撮影できるシーンをたくさん撮影しておく感じになるのだとか。なにせ今日は初回撮影ということで、普段は忙しい方もみなさんおられるからね。


「おはよう、つぐみ君。それに、凛君、美海君、珠里阿君、かな?」

「あ、かきぬまさん? おはようございます!」


 私に続いて、私に“ドローンのなんたるか”を説明してくれていた凛ちゃんと、そばにいていつものように(・・・・・・・)苦笑しながら見守ってくれていた美海ちゃん、珠里阿ちゃんが柿沼さんに頭を下げる。

 ……白髪交じりの髪に、優しそうな笑い皺。眼鏡はもうかけていないのかな? 前よりもずっと、穏やかそうに見える。


「暖かくなってきたが、まだ肌寒さも残る。不調を感じたら大人に言うんだよ? 体調管理も、役者の仕事だ」

『寒空の下で海に浸かればこうなることくらいわかるだろう? 体調管理も役者の仕事だ。辛いのなら、言え』


 不意に、かつての柿沼さんの姿がフラッシュバックする。思えば昔から、心配性な方だった。思い出して、面はゆいような心持ちを笑顔の下に押し込める。


「ありがとうございます、きをつけますね。かきぬまさん」

「うん、良い子だ」


 ぽん、と、頭に置かれた手。懐かしいという、桐王鶫でない私に感じる資格のない感覚が、じんわりと胸を温めた。


「かきぬまさん、あたしは? あたしは?」

「はは、元気が良いね。珠里阿ちゃんも良い子だよ」

「やった! みみ、あたしも良い子だって!」

「よ、よかったね、じゅりあちゃん」


 ……というか柿沼さん、昔、「子供は苦手」って言ってませんでした???

 まぁ、二十年も経てば変わるか。そういえば、ご結婚ってなさっているのだろうか? 私の死後にご結婚なされていたら、十歳十五歳くらいのお子さんとかいてもおかしくはない。

 恋愛、恋愛かぁ。今世では恋愛ができるのだろうか。前世は――


「つぐみ、いどうだよ?」

「ぇ、あ。ごめん、りんちゃん、いこ」

「かきぬまさんになでられてからへんだ」

「んっ、え、えーと」

「なでポか?」

「んぇ??」


 な、なでぽ? えっ、何語? この二十年でそういう言語のブームでも来たのだろうか? 英語は一生懸命勉強したからなんとかなると思うけれど、ギリシャ語必修とか言われたらどうしよう。……あ、でも今世の体ってやたらとハイスペックだから、覚えるだけならなんとかなるかな。

 考え込む私の頭を、隣の凛ちゃんは何故かずぅっとぽんぽんしている。もしかしたら、私の頭をバスケットボールだと勘違いしているのかも。そう、目を細めて凛ちゃんを見れば、凛ちゃんは首をかしげて見返した。なぜ。


「そろそろポってなるはず」

「それはいったい……?」

「では、かきぬまさんのちからか? じゅりあ、なでポされた?」

「されるか! つぐみがオジコンなだけだろ」

「さ、さすがにそれはどうだろう、じゅりあちゃん」


 どうしよう、宇宙人の言葉を聞いているみたいだ。なにを言っているのかぜんぜんわからず首をかしげているものの、なんとなく、役者としての勘が、“不名誉なことを言われている気がする”と訴えかけていた。

 かばってくれるのは美海ちゃんだけだ。本当に、優しい子だなぁ。


「つぐみはどんなひとがタイプなんだ?」

「うーん……」


 尋ねてくる凛ちゃんに、首をかしげて考える。桐王鶫の観点から見ても、空星つぐみの観点から考えても、最初に出てくるのはやっぱり、優しくて大きな手だった。


「ダディかな!」

「こ、こうしゅうにゅう、こうしんちょうのイケメン!?」

「み、みみちゃん?」

「あたしはもっとヘーボンなひとでいいや……」


 私の答えに目を白黒させて叫ぶ美海ちゃん。疲れた顔の珠里阿ちゃん。凛ちゃんは、なにか考え事をしているようだった。


「やさしいひとがいいのか?」

「うん、まぁ、そうだね?」

「えいがやドラマがすきなひと?」

「えーと、はなしがあったほうがいいかな?」

「なるほど」


 また、うんうんと頷く凛ちゃんに、珠里阿ちゃんと美海ちゃんは苦笑している。こんな風になることがあるのだろうか? そう思って珠里阿ちゃんに視線を向けると、珠里阿ちゃんは笑って応えてくれた。


「りんのやつ、いちどかんがえだすと“ああ”なんだ」

「う、うん。しゅうちゅうすると、もどらないよね」

「なにかんがえているのか、きいてやればいいんだよ」


 ということで、顎に手を当てて考え込む凛ちゃんの前に立たされる。後ろを振り返れば、私の突貫を握りこぶしを掲げて応援してくれる二人の姿。

 二人のかわいらしい様子を見ていると、さすがに、このまま引き下がるわけにはいかない。そう、ふと、思い出した。凛ちゃんがやってくれたように、起こしてあげよう。


「やさしい……おとな……ほうようりょく……いっしょのかんがえ……としうえ」

「りんちゃん……えい」


 脇腹にそっと差し込んだ指を、すぅっと滑らせる。


「っっっっ!?!?!!」

「わきがあまいよ、りんちゃん」


 エビのように大きく背筋を跳ねさせた凛ちゃんが、飛んだ意識を戻すようにきょろきょろと周りを見回して、涙目で私を見た。そんな、その、ハムスターみたいな目で見られると、さすがに罪悪感がすごいのですが……えっと。

 無言でぺちぺちと私の肩を弱く叩く凛ちゃんをなだめすかす。そうすると、落ち着いてきたのか凛ちゃんは、目を細めた。


「……ましょうのおんな」

「それはちがうんじゃないかなぁ。で、なにをかんがえていたの?」

「それは――あれ?」


 どうやら衝撃で忘れてしまったらしい。さすがに、悪いことをしたかも。


「さ――二人とも、いくぞー」

「う、うん――そうだね、いこ」


 と思いきや、二人ともどうやら慣れているようだ。さっさと再起動して歩き出してしまう。まだ出会って日も浅いこともあって、私は初めて見たのだけれど、二人のこの感じだとそれなりにあることなのだろう。凛ちゃんの手を引きながら、二人の背中に追いすがる。

 木製の校舎は大人が歩けばギシギシと足音を立てるが、弾みや腐敗は見られない。よく整備された校舎だ。こんなところを四人で歩いていると、どうしても、みんなで同じ学校に通う姿を思い描いてしまう。


 学年は違えど、こうやって、いつかの未来を歩けたら……なんてね。




















――/――




「わたし、いじめられてなんかいませんッ!」

「っ」



 憎悪の目。苛立ちと激情、不安と恐怖がない交ぜになった表情に、困惑する。私の演じる水城紗那が、同僚の黒瀬公彦に助言されて、いじめられている生徒に生徒指導室という小部屋で話を伺うシーンなんだけど……。

 相手の奈々役の小川恵鈴えりんちゃんは、まだまだ発展途上という感じであり、決して演技が巧い子じゃなかった。なのに今、こうして、“再びいじめられるかもしれない”という恐怖に従ってカチカチと歯を鳴らす少女の姿は、お世辞抜きに真に迫って(・・・・・)いるように見えた。



「で、でも、見た人が――」

「あそんでいたんです。わたしはあの子とあそんでいただけ!」

「――あの子?」



 私の疑問に、顔を青ざめ、震えながら口元を押さえる。見事だとは思うけれど、これって本当に演技なのかな? 役者が役者の技術で、本気でおびえているようにしか思えない。



「ねぇ、お願い、教えて? もしかしたら、あなたのような子を減らせるかも……」

「いや……いや、いや、イヤ!! わたしはもう、もう、“虫”じゃないんだッ!!」

「あっ、ちょっと」



 本気の演技、本気の叫び。たたきつけるように指導室の扉を開け放ち、駆け抜けていく奈々。私は一拍ためらって、それから追いかけるのだけれど、そこにはもう奈々の姿はなく、階段を降りる音だけが響く。

 そうして私は角を曲がり、そこで、一人の少女と向き合うのだ。



「せんせい?」

「っ、柊さん?」



 柊リリィ。このときはまだ、水城紗那は柊リリィの本性は知らない。ハーフのかわいい子がいるなぁ、というくらいだ。だから、ここで出会ったことに驚いていても、それだけ。



「いま、ななちゃんがはしっていきましたが……?」

「え、ええ。ごめんなさい、ちょっと聞きたいことがあったのだけれど」

「ききたいこと、ですか? わたしから、ななにきいておきましょうか?」



 いじめっ子の演技をしていたとき、リーリヤとして忠告してくれたとき、そのどれとも違うが、絶妙に柊リリィに寄せた“猫をかぶった”演技。



「いえ、いいの。先生ががんばって聞いてみるから」

「ふぅん。じゃああの子、言わなかったんだ」



 ワントーン落ちる声。

 唇に当てられた指。

 愉快そうな目。



「え?」

「ですから、せんせいになやみ、言わなかったんですよね?」

「そう、ね」



 すぐに切り替わる表情。ほんの少しだけ垣間見せる愉悦の表情は、台本の指示にはない。それでも、誰もが納得するであろうタイミングで、台本の表現を上回った。

 これってもしかして、私はすごいドラマに出ているのではないだろうか。これ、放映されたらすごいことになるって自信があるもん。倉本Pはやり手だなぁ。どこで引っ張ってきたんだか。



「あの子、せんさいだからあまりいじめないであげてください」

「え、ええ、もちろんよ」

「では、さようなら――がんばってね? せんせい」

「あ、りがとう。ええ、さようなら」



 かすかに聞こえる鼻歌。上機嫌そうに階段を降りていく柊リリィは、踊り場で振り向いて微笑む。まるで、そう――新しいおもちゃを見つけたような、うれしそうな、顔で。



「――カット!」



 平賀監督の言葉と同時に、胸に手を当てて一拍置く。新人と呼ばれるような時代を終えてからずーっと行っている、役を抜く儀式。瞬きの間にそれを終えると、つぐみちゃんは階段を登ってくるところだった。

 役を抜くの早いねぇ……。いつものようにかわいらしい表情で、私の目を見て笑顔を浮かべて、ぺこりと頭を下げた。かわいいなぁ。こんな女の子が家にいたら、毎日楽しいだろうなぁ。朝起こしに来てくれないかなぁ。


「おつかれさまでした!」

「おつかれ~。今日も良い演技だったね」

「ほんとですか? ありがとうございます!」


 はにかむような笑顔だ。その笑顔を見て――視界の端で、誰よりもほっとする奈々役の恵鈴ちゃんの姿が見えた。恵鈴ちゃんの安堵する表情を見て、不意に、私の中で一つのパズルが組み上がる。




 急に演技の巧くなった恵鈴ちゃん。

 魂が入れ替わるような演技をするつぐみちゃん。

 つぐみちゃんとの初回撮影から演技が変わった恵鈴ちゃん。

 つぐみちゃんが年相応の優しい笑顔を見せたことで安堵する恵鈴ちゃん。




(あっちゃー……“引きずられた”かな、これ)


 ベテランなら良いけど、同じ子役なら受ける影響は強いと思う。今はまだ大丈夫だろうけれど、撮影が進むとわからない。


(倉本Pと柿沼さんと浅田さんには、話しておこうっと)


 いやでもこれ、私ってもしかして、とんでもないドラマに出演できたのかも。なんて、そんな言葉が脳裏を過った。





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