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opening

――0――




 ――五月十日・私立竜胆大付属小学校・教室



「つぎのいどう教室は……」

「……そうそう、でねー、あの子が――ん? ごめん、なにか言った?」

「う、ううん、なんでも、ないの」



「ペアを作って……あ、あの、わたしとペア……」

「ごめん、空星さん、わたしほかの子と約束あるから!」



「あの、いっしょにお弁当――」

「あっ、ごめんね空星さん、わたし、ほかの子とご飯たべるから」





 突きつけられる現実。がらがらと崩れる理想の小学校生活。凛ちゃんたちと学年が分かれてしまったのは寂しいけれど、でも、きっと、新しい友達を作ってみせると意気込んだのはいいものの、ひとりぼっちという名の現実はあまりにも非情だった。

 そそくさと離れていくクラスメートたち。あとには、御門さん特製のお弁当の包みを持って、ぽつんと佇むことになったわたしが一人。すでに周囲に人はいなく、思わず手元に視線を落とした。


「は、はは、は――これってひょっとして、小学校デビュー……失敗?」


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。なんて、悩まなくても本当はわかってる。どう考えても“出遅れ(・・・)てしまったから”、なんだと、思う。

 気まずくなって、窓の外を見る。見上げた空はどこまでも青い。わたしの荒みつつある心をこの青が溶かしてくれないかなぁ……なんて現実逃避をしながら、そっと、今日に至るまでの出来事を振り返ってみることにした。


 そんなことをしても、現実がひっくり返る訳では、ないのだけれど。












 ことの起こりは、華々しい入学式当日のこと。わたしは近頃の寒暖差と増えてきた仕事のせいか、見事に風邪を引いてしまった。大事をとって五日ほどお休みをとり、病み上がりにインフルエンザで一週間。体調が回復した頃に当初から決まっていた撮影のお仕事を終えると、あっという間にゴールデンウィークに突入した。

 春から体調を崩しがちだったわたしは、ダディとマミィの涙に根負けして、ゴールデンウィークを療養で過ごし、そして学校再開。その頃には、入学式から築いてきた人間関係がゴールデンウィークで深まった、という様子のクラスメートたちの輪に、放り込まれることになってしまったのだ。

 なにせ、私立なのでゴールデンウィークはちょっと長めの五月十日まで。二週間近くの期間を交友を深めるのに使えたら、それはもちろん仲良くもなる。だから。


(そうだよね……みんなもう、今更新しい友達なんて、作る余裕ないよね……)


 なんとなく、上級生である凛ちゃんたちのクラスに行くのも気まずい。というか、友達がいないという事実をあっさりと見抜かれそうで、行くに行けない。心配掛けちゃうからね……。

 仕方なく、小春さんのお母さん、御門みかど春名さんが作ってくれたお弁当を片手に食事が出来そうなところを探すために席を立つ。仲が良さそうにしているクラスメートたちがいる教室でご飯、というのも寂しいから。


(こういうとき、鶫はどうしてたんだろう?)


 意識をほんの少しだけ沈めて、鶫の記憶を参照する。鶫の小学生時代は――。



 泣く子も黙るクラスのドン。

 一睨みすれば教師も怯える。

 友達? 友情? 青春?


 それでごはん、食べられるの?



 ――うん、参考にはならないかな。鶫が一番荒んでいた子供時代。彼女は当時、生き残るのに必死だった。そんな状況で友達なんか出来るはずもなく、恐れられてはいたし頼りにもされていたようだけれど、用心棒のような立ち回りだったみたいだ。

 その頃の鶫をぼんやり思い浮かべていると、意識の奥の鶫が気まずそうに頬を掻いた。うん、いや、うん、良いのだけれどね?


(はぁ……先行き不安だなぁ)


 心なしか足取りが重い。教室を出て、さて、どこへ行こうか。屋上は開放されていないけれど……そうだ、と、一つ思い出す。ここに学校見学のときに訪れたサロン。あそこは、使えたりしないかな? 確か、敷地内の植物園に隣接する形で作られているサロンは、磨りガラスの向こう側の花々を眺めながらくつろぐことが出来る、という場所だ。学校見学のとき、理事長は「生徒のためのサロン」と仰っていたし、使えないこともないのだと思う。

 思い立ったら即行動。使用の許可は職員室で良いのかな? わたしの担任の先生は、細眼鏡が特徴的な女性の方だ。職員室にいなければ、他の先生に聞いてみよう。

 展望が見えると、少しだけ気分が明るくなる。よし、と気持ちを入れ替えて早足で移動して直ぐ、二つ隣の教室の風景が目に飛び込んできた。


(あ)


 窓際の席。男の子や女の子に囲まれてお弁当を広げる、ツナギ――じゃなくて、レオ。そう、レオの姿。時折微かに微笑む仕草は、なんとも王子様っぽく見える。たぶん、そういう演技をしているのだろうな、と見て取れた。

 人と話すときに、どうしても演技をしてしまう、とはレオの言葉だ。わたしには素で話せる、とも言っていたけれど、たぶん、虹君や凛ちゃんの前でもそうだと思う。


(邪魔をしたら、わるいよね)


 そんなレオが、演技しながらであってもたくさんの人と交流しているんだ。ここで邪魔をしてはいけないことくらい、わかる。

 そのまま、レオの姿を視界から振り切るように、足早に移動する。わたしばっかりくよくよしてもしょうがない。レオだって、きっと凛ちゃんたちだって頑張ってるんだ。そう思うと自然に、わたしも頑張ろうという気持ちになれた。






 担任の先生はいなかったけれど、職員室に行くと他の先生が許可をくれたので、お弁当を持ってサロンへ行く。植物園と隣り合ったガラス張りの空間は、主に上級生の方々が中央に並べられた机を使っているようだった。

 ガラス張りで建物の中にある、という点以外はまるで公園のようで、本当に広い空間だ。演技の練習のためのセットとしても使うらしく、蔦と花のアーチまであった。


(どこか、静かなところ……あ、あそこがいいかも)


 そんな、サロンの中ではあまり見ない大きなアーチの裏側に、白いベンチを見つける。目立たないし、静かだし、あそこなら食事を楽しむ上級生の方々の邪魔にならないだろう。白いベンチにハンカチを敷いて座ると、持ってきたお弁当を広げ――ようとして。


「あ」

「ん?」


 たまたま、同じベンチを使おうとしていたのだろうか。光の加減で青く輝いて見える、不思議な色合いの黒髪と、色素の薄い瞳の少年が、驚いてずれてしまった眼鏡を直しながら小さく声を上げた。


「す、すまない、僕は他のところへ行こう」

「えっ、あっ」


 彼は躊躇うことなく、このアーチの裏の空間に飛び込んできた。ということは、日頃からこの場所を使っていたのは彼であったのだろう。なら、むしろ。


「あの!」

「ん?」

「いっしょに、食べませんか?」


 彼の手にお弁当袋が提げられていたことに気がついて、思わずそう、声を上げた。すると彼は幾分か逡巡し、また、周囲に食事できるスペースが余っていないことも確認し、やがて微かに苦笑を浮かべる。


「……お言葉に甘えても、いいだろうか?」


 固い言葉遣い。でも、込められた響きは優しげで。


「もちろん、です!」


 わたしは彼とは打って変わって、満面の笑みでそう答えた。


「そんなによろこばれると、悪い気がしてくるよ」


 彼はそう言ってわたしの隣に腰掛けると、ベンチの空いているスペースに器用にお弁当箱を広げた。さすが男の子というべきなのかな。膝の上に乗せてしまえるサイズのわたしのものと違って、ごはんとおかずで二段になっている。


「僕は、三年の天海あまみ鴎雅おうが……君は?」

「一ねんの、そらほしつぐみです……えーっと、あまみ先輩?」

「……出逢ったばかりでこんなことを言うのは良くないのかも知れないけれど、双子の妹がいるんだ。鴎雅と、下の名前で呼んでもらってもかまわないか?」


 照れたように頬を掻く天海――じゃなくて、鴎雅先輩に頷くと、彼はあからさまにほっと息を吐く。妹さんの話題は、あまり出さない方が良いのかも。なんだか、虹君ともレオとも、もちろん海さんとも違ったタイプの男の子だ。


「……」

「……」


 寡黙なタイプなのかな。とくに会話はなく、黙々とお弁当を食べる。あ、タコさんウィンナーだ。うさぎの林檎もある! 美味しいし、楽しい。小春さんも、幼い頃はこんな風に御門さんに、お弁当を作って貰ったのかな?

 ……御門さんのお弁当、すごく美味しい。美味しい、けど、今度マミィにもお願いしてみようかな。マミィのごはんもすごく美味しいし。


「あー……」

「おうが先輩?」

「うー……君、()、一人で食事をするのが好きなのかな?」


 あ、これ、気を遣わせてる。申し訳なく思うモノの、鴎雅先輩の気遣いを無碍にするのも、なんか違うよね。でもこれ、もっと気を遣わせかねない、けど、うーん。


「――実は」


 でも、同じ学校の先輩だ。もしかしたら、わたしの知らない“友達作り”の方法を知っているかも知れない。そんな思いから、わたしはわたしの事情をざっくりとお話しすることにした。





 これでなにか、現状が変わる切っ掛けになればいいのだけれど――ならなかったら、挑むだけだし、なんとかなるよね!

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― 新着の感想 ―
[良い点] クラスメイトもだけど、こいつら本当に小学生か? 言動が小学生じゃないw [気になる点] 虹君、虹君、ライバルが増えるよ ここはもう一度、虹開告白しなきゃ
[良い点] きたー!更新感謝!!
[一言] 友達が出来ないんじゃなくて一番ヤバい娘だと思われてるだけのような。親も親だし、つぐみもつぐみだし
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