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ending

――ending――




 ――安藤美穂は、咲惠への嫉妬で半生を過ごした。

 咲惠の友人でありながら、金城尚將と通じ、咲惠が彼と二人になるように手引きした女性。彼女は金城に別れを切り出して、ようやく自分の人生を歩もうとしたところで、命を奪われた。



 ――手田東治は、いつだって誰かの引き立て役だった。

 誰かを誘導するという“楽”を覚えてしまった彼は、いつだって誰かを引き立てて、裏方に回っていた。だが、やっと、自分が主役になれるような機会に恵まれて、あっけなく死んだ。



 ――田処亨介は、姉に捧げた人生だった。

 虐待する両親。世間の冷たい目。その全てから守ってくれた姉だけが彼にとっての“世界”であり、すべてだった。だが、姉の結婚を聞き、むしゃくしゃして咲惠に当たり、それが運の尽きだったのだろう。姉の結婚式に向かう途中、路地裏で、彼の人生は終わりを告げた。一言、姉に謝ることもできないまま。



 ――金城尚將は、暴力にまみれた人生だった。

 チンピラの父親、風俗嬢の母親。暴言と酒瓶が人生の象徴であり、いつも、暴走族の兄に憧れてばかりいた。兄がバイクの事故で死ぬと、彼の暴力性は加速する。兄のように、力で他人を征服したい、と。そんな彼は、ついに、格闘技でプロデビューの切符を渡される。他人への暴力も陵辱も忘れて、夢に耽り、さらなる暴力でねじ伏せられた。



 ――麻生健は、普通の青年だった。

 普通の家庭、普通の成績。ただ普通よりも少しだけ流されやすくて、臆病で、だから彼は逃げてはいけない場面で逃げてしまった。もしも、警察に連絡していれば。もしも、少しだけでも窘めていれば。そんな当たり前の後悔と、当たり前の絶望を抱いて、最期には妹を助けて死んだ。



 ――勅使河原尚通は、後悔を背負った刑事だった。

 自分を庇って死んだ若い刑事がいた。熱血で危険を顧みない刑事だった彼は、当たり前のように危険を顧みずに凶悪犯に立ち向かい、自分を憧れの先輩と慕ってくれた後輩を失って、落ちぶれた。彼に燻った後悔は、けれど、最後の最後に晴れる。若き探偵、遠藤弘樹を助けて、未来を託した。その死に際は、悲しいほど澄んだ微笑みであった。




 そうして、物語はクライマックスに移る。紗椰という悪霊は、旧校舎で死んだ霊だ。行動圏を広げても、その根底は変わらなかった。紗椰が死んだ教室を突き止めた遠藤弘樹、阿笠律子、麻生沙希は、ついに紗椰の根源と対峙する。

 そして、遠藤弘樹の放った火が旧校舎を覆うと、紗椰はおぞましい悲鳴をあげながら、手当たり次第に攻撃を始めた。



『オオォァィィィィァァァァァ!!!!!』

「ちっ、逃げるぞ、律子さん、沙希ちゃん!」

「さぁ沙希ちゃん、掴まって!」

「……うん!」



 暴れ回る紗椰の髪が、机を、扉を、黒板をなぎ倒し破壊する。その一撃が沙希を捉えようとした瞬間――色の抜け落ちた虚無の少女、紗代が、立ちはだかる。



『もう、おわったんだよ』

『オォォォォ!!!』

『だから、もう、もどろう?』



 紗椰、そして紗代。二人の姿が炎に呑まれる。それを沙希は律子と遠藤に抱えられたまま、ただ、見送ることしかできなかった。

 旧校舎の焼け跡からは、少女のものと思われる人骨が発見される。巧妙に隠蔽されていた生徒のもので、少女の身元が五十年も前に失踪した“秋雲紗椰”のものと判明するのに、そう時間はかからなかった。

 失ったものは多く、また、刻まれた恐怖も多い。けれど残された人間たちは、前を向いて歩かなければならない。ただ、この悪夢の日々は忘れてはならないと、遠藤たちは胸に刻むのだった。



 シーンが、切り替わる。

 暗闇の病室。眠る咲惠のもとに現れたのは、真っ白な少女――紗代だった。手田のときも、田処のときも、金城のときも、麻生のときも。勅使河原尚通と安藤美穂のとき以外、ほぼ全ての死を見てきた紗代。空虚なガラス玉のような目で、なにもない目で、石を見るような目で見下ろしてきた紗代。



『おわったよ』



 その紗代が、微笑む。花開くように、可憐に、美しく、無邪気に笑う。その紗代の背後に影のように浮かび上がるのは――炎に巻かれて消えたはずの、紗椰の姿だった。

 スクリーン(・・・・・)が暗転し、スタッフロールが流れ始める。姫芽さんが作詞した曲は、事前公表のCMで流れたときとはまた違って聞こえるのだと思う。









『ぼくの形を飾るのはいつだって、金銀財宝の綺麗な石。


 誰かに見られるために拵えられた、綺麗で美しいだけの箱。


 囚われて、巣喰われて、嘆いて足掻いて、壊れた。


 鉄の定規で測られる、空虚な心の秤。




 この狭い水槽の中で、誰かが決めたラベルを貼られる。


 この息苦しいビオトープが、ぼくの値段を計るバランサー。




 打ち破れ


 踏み出せ。


 もういやだ。




 嘘つきの言葉なんか


 聞き飽きた。


 「逃げてもいい」なんて、


 言ってもいいの?




 ぼくの価値を決めるのは、ぼくじゃない。






 ぼくの身体を飾るのはいつだって、罵詈雑言の棘の海。


 誰かに決めつけられるためだけにつけられた、真っ白で無垢なレッテル。


 捕らわれて、掬われて、啼いて燻って、乞われた。


 金の天秤で量られる、ぼくの運命の重さ。




 この狭い箱庭の中で、ぼくはラベルを貼り付け。


 この息苦しいアクアリウムが、ぼくの価値を計るスケール。




 打ち破れ


 踏み出せ。


 もういやだ。




 嘘つきの言葉なんか


 聞き飽きた。


 「逃げてもいい」なんて、


 言ってもいいの?




 ぼくの値段を決めるのは、誰かなんだ。




 リストに並べられたラベルたちが、植物園の中で叫んでる。


 ショーケースに張られたレッテルたちが、篭の中で泣いている。




 プラスチック製の心の傷。


 クレイアニメーションでできた美しい記憶。




 貼り付けられて象られた、ぼくの意思の値段は。


 書き換えられて強要(こわ)された、ぼくの意志の価値は。




 真価は。






(誰かに決めつけられるのは、もういやだ)






 言ってもいいか?


 「逃げてもいい」なんて


 聞き飽きた。


 嘘つきの言葉なんか


 もういやだ。






 踏み出せ。


 打ち破れ。






 ぼくの真価を決めるのは、ぼくだ。






 ぼくのココロを象るのは、なんにもないキャンバスだ。


 誰かに笑われて貶されても、ぼくの意思は揺るがない。


 囚われず、救って、笑い飛ばして、請われよう。


 他人が勝手に作ったルールで、ぼくは縛られない。




 この何もない空の下で。


 無限に広がる星を、眺めよう。




 自由を胸に飛び立つ渡り鳥のように。


 ぼくの翼は解き放たれた。            』










 それはまるで、全ての束縛から解放されて自由となった紗椰と、そして、真の存在価値を獲得した、紗代という霊の結末のようにも聞こえる。エマさんは、これを狙っていたんだ。そう思わざるを得ないような、そんな。

 スタッフロールが終わる頃。一階の観客席は既にまばらだった。わたしは二階に備えられた関係者席から、この初日公演を見守っていた。


「ふぅ……あの、大丈夫? りんちゃん、エミリちゃん」


 背もたれにもたれかかりながら、共演者でもある二人に声をかける。エミリちゃんの出番は多くなかったけれど、初日公演は付き合ってくれた。凛ちゃんは言わずもがな。試写会でもわたしたちは一度見ているから初日公演に参加するかは選んで良いと言われたのだけれど……せっかくだから、観客の反応も見たかった。

 観客はみんな、茫然自失といった様子だった。何を見せられたのか――あるいはそう、何を呑み込まされたのか、刻まれたのか、わからない、といった風な。もちろん、桜架さんの演じる紗椰はそれはもう怖かった。でもそれと同じくらいに、人間(・・)たちの妄執(・・)が怖かった。


「だ、だだだ、大丈夫よ。このアタシが、ここここの程度」

「うぅ、つぐみ、きょう、いっしょに寝よ?」

「あー! ずるいわよ、凛! だったらアタシだってこわかった! 一緒に寝る!」

「エミリはこわくないって言ってたから、もんだいないよ」

「まぁまぁ、ふたりとも、ケンカしないで」


 今日は十月二日。桐王鶫の命日に合わせて公開された、追悼二十年の映画『紗椰~SAYA~』の一般公開日だ。このあと、お祝いにわたしの家に集まる手筈になっている。

 関係者席もまばらになってきたことだし……わたしたちもそろそろ、移動した方がいいかも。小春さんに目配せすると、小春さんはこくりと頷いてくれた。


「ふたりとも、そろそろ行こう?」

「むぅ、つぐみがそう言うのなら」

「うん! そうしよう。ほら、エミリも行くよ」

「ちょ、凛、速い!」


 足取り軽く駆けていく凛ちゃん。そんな凛ちゃんを追うエミリちゃんの後ろをついて行く。そうやって廊下まで出ると、視界の端に、桜架さんの背を見かけた。


「ふたりとも、先に行ってて」

「ん? わかった」

「つぐみも早く来なさいよ!」

「うん!」


 挨拶くらいしておきたい、という気持ちと、撮影中に驚かされた仕返しをしちゃおうかな、なんて気持ちが芽吹く。足音を立てないように、つま先からかかとまで静かに着地。自然音に溶けるように呼吸を調整。気配を、周囲に溶け込ませる。

 そうやって近づいていくと、廊下の先、関係者しか入れない非常階段のところに、桜架さんと……エマさんが、いた。わたしはとっさに、非常階段に続く扉の裏に身体を隠す。


「いやいやいや、いい出来だったよ、本当に」


 切り出したのは、エマさんだった。桜架さんは、エマさんの言葉をじっと聞いている。


「君もそう思わないかい? 桜架」

「ええ、そうね。全てあなたの思惑どおり、かしら?」

「……と、言えたら良かったんだがねぇ。ククッ、これだから映画は面白い」


 心底楽しそうに告げるエマさん。そんなエマさんに、桜架さんはどんな表情をしているのだろう? エマさんは見えるけれど、わたしに背を向けた桜架さんの表情は窺えない。


「つぐみちゃん、かしら」

「それと君さ。ボク(・・)は君の本性も引き摺り出すつもりだったんだがねぇ」

「あら、こわいわね」


 くすくすと笑みを零す桜架さん。背中からも伝わるほどに、落ち着いた様子の桜架さんは、なんとも上品で、少しだけどきどきしてしまう。


「これもそれも、やはり血の成せる技かな? 式峰梅子の……」

「あら、挑発のつもりかしら? ふふ、鶫さんに出逢わない私であったら乗っていたかも知れないけれど、ふふ、そんな可能性はあり得ないから、無駄よ」

「やれやれ……君は手に余るよ。どうにか、君の本性が欲しかったんだけれどねぇ」


 な、なんで険悪な感じになっているんだろう?

 そういえば、エマさんの師匠は閏宇さん、だったよね。その繋がりなのかな?




「煽り方が甘いわね。挑発したいのならもっとあるでしょう?」

「もっと、とは――」

「全力を出していないのはあなたも同じでしょう、と、そう言ったのよ――洞木(・・)エマ」

「――っ」




 ほらぎ。

 洞木、エマ?


「っはぁ……先に挑発したのはボクか。謝るから、アレの名前は二度と口にしないでくれ」

「ふふ、ええ、気が向いたらね」

「性格が悪いよ、桜架」


 洞木ほらぎ。その名前に、意識の奥の鶫から、動揺が伝わる。鶫がまだ生きていた頃、数々の鶫出演のホラー映画制作に携わった監督、洞木ほらぎ仙爾せんじ。リメイク前の旧作『紗椰』もまた、彼の作品だったはずだ。

 プライベートの一切が謎に包まれた鋼鉄の監督。冷徹でありながら情熱的で、その映画作品は“人間の本質”を浮き彫りにするものばかりだった。


「お互い様、でしょう?」

「はいはい……このあと、つぐみの会があるんだろう?」

「ええ。あなたも招待されているでしょう?」

「ボクは少し休んでから行くから、先に行ってるといい。はぁ、まったく」

「ふふ。ええ、たっぷり折り合いをつけておきなさいな」


 そういって踵を返す桜架さんの姿に、わたしは慌てて移動する。けれどあっさり桜架さんに見つかって、廊下に出たところで掴まってしまった。


「ナイショに出来る? つぐみちゃん」

「はい、もちろんです!」

「ふふ、良い子ね。さぁ、行きましょう?」


 有無を言わさぬ雰囲気に、思わず頷く。言いふらしたりするつもりはないのだけれど……そうか、それで、エマさんはこの作品を引き受けたんだ。洞木監督の映画に、挑んだんだ。

 前を歩く桜架さんの背は、大きくてきれいだ。映画、は、誰か一人の作品じゃない。こうして綺麗に前をゆく桜架さん。なにかに抗っていたエマさん。それから、色んな人たちの思いが集って、できるものなんだ。


(そこに、わたしも、居たんだ)


 実感が、静かに胸の裡を焼く。もっと、もっと、もっと、色んな考えに、映画に触れたい。そんな思いが燃え上がるようだった。

















 色んなコトを考えていたら、あっという間に家に着いていた。いつものように小春さんと車を降りて、庭を抜けていく。空はすっかり茜色で、花畑に差し込む夕日がノスタルジックだ。

 いつもは小春さんがすっと扉を開けてくれるのだけれど、今日は先に促される。「さ、どうぞ」なんて言うものだから、ついつい釣られて、なにも考えずにエントランスに続く正面玄関の扉を開いた。



 そして。



「誕生日、おめでとう!」



 クラッカーの音。最初に聞こえたのは、誰の声だったか。怒濤のように続くお祝いの言葉と、わたしに駆け寄って抱き上げてくれたダディの手のぬくもりで、なにもかも吹き飛んでしまった。


「つぐみ、つぐみ、たんじょう日、おめでとう!」

「りんちゃん……」

「ほら、つぐみ、あっちでみんな待ってるぞ!」

「行こう? つ、つぐみちゃん!」

「じゅりあちゃん、みみちゃん」


 さっさと先に行ってしまったと思っていた桜架さんも、もっと前にいなくなっていたと思った柿沼さんや海さんたちもいる。

 それだけじゃない。今までお世話になった色んな方。倉本さんや赤坂さん、平賀監督に黄金さんや稲穂さん、るいさんも! 周囲を見回して目を回しそうになっていると、ダディはわたしをそっと地面に下ろして支えてくれた。高いところにいると、全部、視界に入って混乱してしまうから。


「ほら、つぐみ、あっちも」

「マミィ? えっと……あ」


 視線の先には、ツナギ――レオと、彼と並んでわたしに手を上げる虹君の姿。色んな気持ちが湧き上がる中、意識の奥で、鶫がどこからか取り出したクラッカーを鳴らして、微笑んでくれた。


『誕生日おめでとう――それから、生まれてきてくれてありがとう、つぐみ』


 胸の奥からこみ上げる熱が、涙になってあふれ出す。それを一生懸命拭ってから、ただ、伝えたいことを伝えるために、声を張り上げた。



「みんな――ありがとう!!」



 この日を、ずっと忘れない、最高の一日として胸に宿すための、言葉を。





















――Let's Move on to the Next Theater――

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ここまで登場人物が魅力的だと… 日曜日の朝に【Fテレビ】が放送している番組みたいなのが視たくなる…【彼らのセカイ】みたいな…映画【紗椰】公開記念SP月間…として… 第1週目【紗椰】の新旧キャストと監督…
[一言] このあとの掲示板回の感じただろう『モヤモヤ感』が冒頭の加害者たちの死に様を読みなおして強く感じた。確かにこれを映画で見たらそう感じるかも。 罪と罰がみあってるかどうかとか、考察は盛り上がりそ…
[一言] > 観客はみんな、茫然自失といった様子だった。 分かる。 極端に感情が振り切れる映画とか見ると、ソレを自分なりに納得したくて、席を立った後も「ソレばかり考える」ようになるよね。 アベンジャ…
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