scene:Front side3
――3――
「はいはい! では、ルールの説明するよ、海君! はいこちらです!」
場の空気を取り戻すように、外村さんが誘導する。
つぐみちゃんに課せられた試練二本目。早くも混沌とした様子を見せる会場に、ルール説明のモニターが存在を示した。
・お絵かき伝言ゲーム
・まずは皆内蘭がお題を美海に伝える。
・美海がお題の絵を描く。
・お題の絵を、五秒見て、つぐみがそれを描く。
・つぐみの絵を見て、柿沼が当てる。
・三問出題して、一問でも正解したらクリア。
つぐみちゃんの器量なら、すんなりクリアできそうだけれどどうなんだろう。美海ちゃんがあんまり上手ではないのかも。もしかしたら、柿沼さん相手だし、ボーナスステージという可能性もあるよね。
ルール説明を終えた蘭ちゃんが、二人にスケッチブックを渡した。それから、美海ちゃんだけにお題の内容が文字で書かれたカードを見せられる。すると、美海ちゃんはこくりと頷いて、スケッチブックにさらさらと絵を描き始めた。
「おおっと美海ちゃん、なんと、上手い!」
外村さんの声に思わず頷く。おそらくお題は「長靴を履いた猫」だ。猫が長靴を履いていて、ついでにステッキとシルクハットを被っている。可愛らしい絵柄かと思いきや、意外と強いタッチ。
見た目相応のふわふわさだと油断すれば、ひどい目に遭う。男性スタッフさんの中で流れていた夕顔夏都さんの評判を思い出し、思わず、「これが血か」なんて声が外村さんの口から零れた。確か外村さんって、夏都さんの旦那さん、鉄さんとも共演経験があるんだよね……動物番組で。
「さーて、これは楽勝か? つぐみちゃんの絵は――」
ペンを立ててスケッチとの距離を測る姿は、画家のまねごとだろうか。最近はそんな風にキャンバスに絵を描く姿はあまり見られないから、可愛らしくもどこかクラシカルな姿だ。
まさしく画伯というようなオーラを振りまいて、つぐみちゃんは軽快に筆を滑らせる。その様子は可憐の一言。こんな可愛い子がこんなに一生懸命描いてくれた絵なんて、私だったら一生の宝物にしちゃうなぁ。
なんて、思って、いたのだけれど。
「――これは、えーと、なんでしょうか?」
自信満々といった様子で差し出された絵。柿沼さんはそれを見て、目頭を揉んで、もう一度見る。にょるーんと伸びた足は黒い。手にはステッキ……ステッキ? 手が長いのかも知れない。頭にはシルクハットだけれど、猫? 猫とは?
「はい、柿沼さんがフリップに答えを書いていますが……『あしながおじさん』? 残念、ハズレです!」
そのとき、つぐみちゃんは初めてショックを受けたような表情を浮かべた。美海ちゃんに慰められて、引きつった笑みを返す。え、あれ、もしかして本気の絵……?
気を取り直して第二問。今度は少し難易度を下げて、トマトの絵だ。美海ちゃんも少し安心した様子で、さらさらとトマトを描く。
「つぐみちゃんも、これなら大丈夫かなぁ? 瑞穂ちゃん、どう思う?」
「トマトですからね。普通なら色がないから工夫が必要かも知れませんが、中継の美海ちゃんが上手ですから大丈夫でしょう」
つぐみちゃんは、今度は鬼気迫る表情で描き上げる。心なしか、さっきよりも疲れているようにすら見えた。そうして柿沼さんに差し出された絵は――。
(ん? あれ、ミカン?)
会場の皆さんが、口々に呟く。
「あれミカンじゃ」
「ミカンに見える」
「いや、トマト……ミカンかな」
「ミカンかぁ」
柿沼さんも同じ気持ちだったのだろう。つぐみちゃんの絵を見て、つぐみちゃんを安心させるように微笑んだ。つぐみちゃんも思わず、といった表情で安堵に頬を緩めるが……柿沼さんが提示した答えに、表情を反転させる。
この表情で確信した。つぐみちゃんは美海ちゃんの絵をミカンだと勘違いしたんじゃない。本当に、トマトのつもりで描いたんだ……!
「おおっと、ついにつぐみちゃんも焦り始めたー! 自分の絵がミカンと言われて、納得がいってないのかな?」
しきりに首を傾げ、うんうんと唸り、やがて、覚悟を決めたように柿沼さんを見るつぐみちゃん。残すところはあと一問。ここで間違えたら、柿沼さんは囚われのおじさんとなってしまうのだ。
「あの伯父が、柿沼宗像が、まさか、あんな、く、ふっ、はははっ、面白すぎる。つぐみ、良いぞ、もっとやれ」
海君は、放映を見たあと、柿沼さんに怒られると思うのだけれど……まぁいいか。
最後の問題は、“おばけ”だ。美海ちゃんは可愛らしく、布を被ってふわふわと浮かぶようなデフォルメされたお化けを描き上げる。
つぐみちゃんはそれを見て、今度こそ、と、巨大な敵を打ち倒すかのような表情でキャンバスに向き合った。
「鬼気迫る表情だー! これは、どうなる!?」
つぐみちゃんは肩で息をしながら描き上げると、それをそっと、柿沼さんに見せた。果たしてそれが、つぐみちゃんのイメージするお化けの姿だったのだろう。長い黒髪を垂らし、這いつくばる女性の姿、といえば良いだろうか。あえて美海ちゃんの絵からも離れ、渾身のお化けを提示するつぐみちゃん。
その試みが成功したのか、失敗したのか、柿沼さんは柔らかい表情を浮かべ、今度こそ、丁寧にフリップに答えを書いた。
「答えは――正解! 悪霊に二重線が引かれているのが気になりますが、ちゃんとお化けと書かれているのでセーフです!」
ほっと息を吐くつぐみちゃん。さすがに焦ったのか、謝りながら柿沼さんを救出していた。ここで美海ちゃんは置いて、柿沼さんとつぐみちゃんの二人で移動を始める。いよいよ、次で最後の試練だ。
また、画面左下の窓では、つぐみちゃんが去ったあとの二人が絵を見比べていた。蘭ちゃんも、並べられている絵に苦笑しているようだ。
『ミカンだね、みなうちさん』
『ええ、そうね。ミカンの絵ね』
『どうしてミカンになっちゃったんだろう』
『さて……?』
『こんど、わたしが手とり足とりおしえてあげなきゃ!』
『美海ちゃん……?』
以前は、そこまで距離は近くなくて、どちらかというと珠里阿ちゃんにひっついているイメージが強かった美海ちゃん。そんな美海ちゃんはいつの間にか、むしろみんなを自分で引っ張っていく女の子になっていた。
成長だよね。私だってもう、昔のように男の子を引っ張り回したり振り回したりはしないのだから。成長成長。成長っていいことだよね。
「さぁ、いよいよラストステージだー!」
最後は、ベンチと自動販売機が置かれたちょっとした展望スペースだ。大きく取られた空間に、手枷を嵌められた凛ちゃんが鳥かごの中で座り込んでいた。凛ちゃんを攫った妖精は誰かというと、私たちは知らされていない。サプライズゲスト、ということだった。
凛ちゃんに駆け寄ろうとしたつぐみちゃんの前に、黒い影が立ち塞がる。黒ベースの妖艶なドレスに、目元だけを覆う黒い仮面。胸元には「ようせいおう」のワッペンが輝き、ドレスに合わせたのか、黒いヘアバンドからは銀の角。
「これは、良いのか!? 怒られたりはしないのかスタッフ! なんとあの霧谷桜架さんが、妖精王として登場だー!」
仰々しく口上を述べ、つぐみちゃんを迎え撃つ桜架さん。本当に、良いのかなこれ。妙ちきりんな姿に、驚きを隠せないのは私も同じ。ネーミングセンス以外は真っ当で上品で、こういったバラエティにこんなに気軽に出てくれることすら想像していなかった。
つぐみちゃんは目の前の妖精王が桜架さんだとわかっているのかいないのか、凛ちゃんを返すように要求している。勇気を振り絞ったのか、つぐみちゃんの足は僅かに震えていて、お供と化した柿沼さんが心配そうに見ていた。
対する桜架さんは、さすが、堂々とした佇まい。本当に物語の悪女かのように振る舞う姿は、対峙する相手の時を止めてしまいそうですらあった。
「瑞穂ちゃんは、桜架さんと会ったことあるの?」
他の方にコメントを求める中、外村さんは私にも話を振ってくれる。桜架さんと共演したのは一度だけ。でも、その“たった一度”は、私の脳裏に深く焼き付いていた。
桜架さんの演技は、精緻であり静謐だ。つぐみちゃんの演技はまるで人を呑み込んでしまうような、足を取られるような感覚なんだけれど、桜架さんの演技は言ってしまえばその逆で、気がついたら引き返せない森の中にいるような、そんな演技。囚われてしまったら、もう、どの桜架さんが本物なのかもわからない。
「あります。一緒に演じられることが幸運で、それだけでとても勉強になります。参考にはなりませんが……」
「あー、そうだよねぇ。いや実は僕も、桜架さんと共演したことがあるんだけどね? 二十ちょっとも年下なのに圧倒されちゃってさ。ずっと“さん”付けなんだよねぇ」
気軽におちゃらけたことを言うものだから、会場から笑みがこぼれる。でもわかるなぁ。子役時代の桜架さんの映画も見たことがあるけれど、当時から演技力はずば抜けていた。
そういえば、その、私が桐王鶫目当てで見て眠れなくなった映画『紗椰』はリメイクされるんだったっけ。見たい。でも見たら眠れなくなる。うぅ。
「おっと、桜架さんがつぐみちゃんにルールを説明しているね。よーし、じゃあ早速こっちでも、ルールを解説するよー!」
画面の向こうでは、ちょうど、鳥かごから凛ちゃんが出てくるところだった。悪い妖精王によって操られた凛ちゃんを、試練を乗り越えることで解放する、ということみたいなんだけれど……設定、エグくない?
メインモニターが切り替わり、ルール説明が表示される。子役と桜架さんがやるのだから当然と言えば当然なんだけど、どうやら演技が主体のルールなようだ。
・桜架がお題を出し、凛とつぐみでそれを演じる。
・審査員が各持ち点五点で評価。
・より点数が高かった方の勝利。
・審査員は、桜架と柿沼ともう一人捕まえる。
・お題は全部で三問。
「ということで、最後の試練が始まりました! 審査員の最後の一人は、通りがかりの芸能人を捕まえますが、捕まらなかったらADに参加して貰います!」
急に行き当たりばったりだ。大丈夫かな……。こういうのはたいがい、完全なやらせではなく、スケジュールに余裕のある芸能人の方にこの通路を使用して貰う、というような形を取っている。
当然、その芸能人の方にはなにも伝えていない。ゴールデンでのチャンスを狙う若手のタレントさんや芸人さんが露骨に通ってしまうと、それこそ八百長になっちゃうからね。子供の出る番組で、そういうことはしたくない、ということなのかも知れない。
「おっと早速一人通りがかりましたね。あれは――おっとまさか?」
外村さんが目を輝かせる。それもそのはず。通りがかったのは、今をときめくアイドルグループ『EXIT77』のメンバーだったのだから。えーと、居るのは、三人。榴ヶ岡赤留ちゃん、黄蘗紅葉ちゃん、それから派生グループ『CC17』に出向してセンターを務めている、常磐姫芽ちゃんだ。
桜架さんはまっすぐ三人に近づくと、突然の大物女優に色めいたり驚愕したり戸惑ったりする彼女たちにゲスト審査員の話題を振った。そうしてみると、どうやらこの中でスケジュールが空いていたのが姫芽ちゃんだけだったようで、彼女が参加することになったみたい。
足早に去って行く仲間たちを見る目は、売られていく子牛のようだった。大物二人に挟まれたら誰だってそうなるよね……。
「さてさて、桜架さんはいったい二人にどんな試練を出すのか……まず第一問は――んん?」
桜架さんがフリップをひっくり返す。そこに書かれていたのは、『細かすぎて伝わりにくいものまね』という妙な言葉。そういえば、桜架さんってそこまでバラエティに出ないから、出題センスとかは知らなかったのだけれど……もしかして。
画面の向こうでは、自信満々な表情の桜架さんとは裏腹に、つぐみちゃんと凛ちゃんは互いに目を合わせて困惑していた。けれど桜架さんに促されたとなれば、動かないわけにも行かないようで、「さぁ、凛」と声をかけられた凛ちゃんは、なんとか考えをひねり出したようだ。
『え、えーと、うーんと』
「モニターの凛ちゃん、戸惑ってる! 桜架さん、可愛い教え子を困らせてるぞー!?」
悩む凛ちゃんに、どこか同情的な外村さん。モニター向こうではついに動き出した凛ちゃんが、セット脇にあったパイプ椅子を一脚とスマートフォンをスタッフさんから借りて、腰掛けて足を組んだ。
『じぶんをエゴサしてきがつかれていないと思ってる兄!』
兄、というのは、夜旗虹君のことだろう。彼も天才子役といって差し支えのない実力者。最近の子役はみんな演技が上手すぎて、私としては少し自信が揺らいでしまう。
凛ちゃんは右手でスマートフォンを持ち、左手は片手で腕を組むような形で腋に回している。背筋はピンと伸びていて、虹君が日常でも姿勢を意識して生活している様が窺えた。
『今回も上々だな。この分なら直ぐに、霧谷桜架にだって追いつけ――ん? 凛か。いやちょっと社会情勢について調べてたんだよ』
吹き出す音。肩を震わせて笑い声を堪えるのは、つぐみちゃんだ。家族ぐるみで仲が良いそうだし、ツボにはまる部分もあったのだろう。
でも私たちとしてはこう、けっこう物腰柔らかで大人びた彼が、家ではこんな風に肩の力を抜いているんだなぁ、という、親心にも似た感想が浮かび上がった。
「それでは早速点数の発表です! 右から桜架さん、姫芽ちゃん、柿沼さんの順番で……五点・二点・二点で九点! どうやら桜架さん以外はよく伝わっていなかったようだ!」
内輪ネタではあるけれど、この場にもう少し夜旗君と関わりの深い人が居れば違ったことだろう。現に、会場にいる、夜旗君と共演経験のある役者さんはちょっと笑っているし。
つぐみちゃんも凛ちゃんの演技で方向性に気がついたのか、気合いを入れるようにきゅっと握りこぶしを作る。ああ、癒やされるなぁ。
『では、“きりおうつぐみのことになると、ジョーゼツになるおうかさん”をやります』
待って。
『んんっ――はい、私の好きなものは映画鑑賞ですね。好きな女優は桐王鶫で……鶫さんのことを知らない? そうなら鶫さんの魅力をたっぷりと教えて上げるわね。優しくて平等で綺麗で演技がとても上手で幼い私は何度もお世話になったものだけれどやっぱり演技に向かう真摯な態度こそ彼女の魅力をさらに引き立てる……え? もういい? なぜ?』
んんんッ。思わず吹き出しそうになって、咳払いで誤魔化した。そう、そうなのよね。生前の桐王鶫の様子が知りたくて話しかけたとき、私に待っていたのは生年月日を含む桐王鶫の怒濤の情報ラッシュだった。
その勢いは氾濫した川もかくやというもので。思わず、幼少期の時分、河で溺れた近所のガキ大将を救出したときのことを思い出してしまったほどに。
「あー、はい。僕も心当たりがあります。気になる点数は……二点・三点・四点で九点! 配分は全然違いますが、点数は並んだー! 桜架さんにインタビューしてみましょう。現場の桜架さーん! 二点の理由は?」
『あら外村さん、こんにちは。いえ、私が語るにしては、情報が少なすぎると思いませんか? 試しに――』
「おおっと、電波がー!」
外村さんが慌てて通話を切ると、モニターの向こうで桜架さんはどこか不服そうな表情を浮かべていた。それはその、しょうがないと思う。
続いて柿沼さんは、無難に「猫」というお題。二人はそれぞれ思うように猫の演技をするのだが、凛ちゃんが四点・五点・三点で十二点。つぐみちゃんが三点・五点・四点で十二点とこれまた同点で終わった。
「最後の問題は、姫芽ちゃんに考えて貰うようですね。果たして彼女は、どんな問題で来るのか……!」
画面向こうの姫芽ちゃんは、顎に手を当てて悩む。そして尺を気にしたのか、慌ててフリップに文字を書いた。書かれたお題は、ズバリ、「いいひと」というものだった。良い人の演技、ということなのかな。曖昧で、だからこそ難しい。
姫芽ちゃんはその難易度に気がついたのか、慌てて書き直そうとする。けれど、桜架さんは、それをそっと止めた。
『凛、やれるわね』
『はい、おししょー』
短く交わされたやりとり。けれど、深く響くように、私たちの心をかき乱す。この感覚はきっと、役者でしかわからない。彼女たちと直に触れあった人間でないとわからない。
スイッチが切り替わったときに、空気が変わる、肌がひりつくような感覚。凛ちゃんはやれると宣言をすると、自己紹介を始める。自分の名前、好きなもの、嫌いなものは思い浮かばない。
『しょうらいの夢は、いい人になることです』
凛ちゃんの頬が柔らかく緩む。伏せられた瞳。胸に手を当て、微かに吐き出された息。いい人になる、と、言いながら、伝わって来る、人の良さ。
仕草で、表情で、イントネーションで、トーンで、間で。短い一瞬に敷き詰められた“善人の空気”。その魅せ方に、大人たちはただため息を吐いた。
「すご、い、な」
誰が呟いたのだろう。違う、誰もが似たような感想を覚えたんだ。桜架さんは、とんでもないものを生み出そうとしているんじゃなかろうか。うぅ、背筋に寒気が。
考え込んでいる内に審査は進み、点数は四点・五点・五点の十四点。桜架さんは褒めてはいるが、そのすべてを手放しでは褒めない。自分にも他人にも厳しいけれど、身内にはもっと厳しくなる。誰かの成長を促すとき、彼女は躊躇わない。
「さ、さぁ惜しくも満点は逃してしまったようだけれど、凛ちゃんは満足そうだー! さて、続いて、つぐみちゃん! 果たして彼女はどんな演技を魅せてくれるのか!」
外村さんの言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、つぐみちゃんは丁寧に頭を下げる。さらさらの銀髪が流れるように揺らいで、顔を上げたとき、銀糸の間から覗く眼は優しくきらめいていた。
つぐみちゃんは何かを探すように周囲を見て、それから、ぺたりと跪く。声は発さず、怯えるように地面に手を伸ばした。そして、何かを拾い上げる仕草を見せる。拾い上げたものはなに? そんな疑問は、彼女の行動で解消された。
「ぁ」
隣の、月城さんが小さく声を零す。震える手で、つぐみちゃんは手のひらの中の何かを“撫でた”。手のひらに載るサイズ……小鳥か、小動物だろうか。何かに気がついたように、地に這わせた視線をゆっくりと持ち上げて、眩しそうに目を眇める。
ああ、そうか、木から落ちたんだ。昼間の公園か林道かな。樹から落ちた小鳥を拾い上げたんだ。
日差しが強く。
親鳥は見えず。
手のひらの中。
動かない小鳥。
『……――ごめんね』
一筋の、涙。
「……相川さん、どう、思いますか?」
「月城さんは」
「負けていられないな、とは、思いました。はは」
「ふふ――違いありません」
そこそこ有名な女優になって、それで、どうして立ち止まれようか。直ぐに行われた審査で、見事満点で演技を終えたつぐみちゃんを見て、小さく、胸に決める。この世代を牽引する大人の一人として、この世界から桜架さんたち大女優を目指す役者の一人として、負けてなんかいられない、なんて。
(今日の審査員特別賞枠は、決まったようなものかな)
解放された凛ちゃんと抱き合うつぐみちゃんを見て、思う。少なくとも今日のMVPは、ドッキリ試練という妙な空間の中であっても最高の演技を見せてくれたつぐみちゃんになるんだろうな、なんてね。




