scene:Front side2
――2――
ドッキリバラエティも進行していき、いよいよ、私たち『妖精の匣』に順番が回ってきた。まずは私の、「カエルに驚かなかった」シーンのVTRが流れる。続いて、月城さんがスタッフに一日七回も水を掛けられるドッキリ。月城さんは顔が引きつっていたけれど、終始紳士的で、好印象だった。柿沼さんは……すでに、準備のために席を外している。
それは良いのだけれど外村さん。ことあるごとに私のカエルを引き合いに出すのはやめてくれませんか? くれませんよね。わかっていました。ええ。
「さー、続いてのドッキリは……リアルタイムで行っていきます! 今日、実は撮影を終えた子役の女の子たちが、控え室で休憩しています。そこで、子役の女の子から一人、不思議な世界に迷い込みます。そしてそのターゲットとは――」
スタジオ中央のメインモニターに、画像が映し出される。美しい銀髪に鮮やかな青い瞳。妖精のように可憐な少女で、私たち大人を何度も驚かせてくれた天才子役。
「――脅威の一人二役でお茶の間を震撼させた天才妖精少女、空星つぐみちゃんです!」
つぐみちゃんの所属する、SSTプロダクションの宣材画像が映し出される。さりげなく、撮影カメラマンのところにRAGIの名前があるんだけれど……女性カメラマンのラギ? え? 本当に?
「妖精の匣で子役デビューという彼女ですが、ベテラン顔負けの演技とトッキーのCMで話題沸騰! 今一番アツい子役といっても過言ではないでしょう! 瑞穂ちゃんは、つぐみちゃんと接してみてどんな子だと思った?」
「とても素直で優しい子です。よく、凛ちゃんと美海ちゃんと珠里阿ちゃんの三人と、子猫みたいに固まっているんですよ。ほんっとうに可愛いんです!」
いじめっ子役といじめられっ子役は、それなりにギクシャクしてしまうものだけれど……彼女たちはいつも、仲良くしているように見える。みんな良い子だし、なんだか年齢以上に大人びて見えたりもするけれど――やっぱり、いつもみんなの中心にいるつぐみちゃんが、良い影響を与えているのかな、なんて風にも思う。
「おっと……そろそろ始まります。こちら、控え室のモニターです」
控え室に仕掛けられたカメラが、つぐみちゃんたちの様子を映し出す。仮眠でもしていたのだろうか。ソファーで寝ていたつぐみちゃんが大きく伸びをした。それから、寝ぼけ眼で周囲をキョロキョロと見回してあくびをする。かわいい。
その様子を見てから動き出すのが、珠里阿ちゃんだ。四人の中でもしっかり者の珠里阿ちゃんは、今回、ナビゲート役に抜擢された。ルールの説明と、つぐみちゃんが(ないとは思うけれど)服を脱ぎ始めたりとかそういった倫理コードに触れるようなことが起こらないよう、サポートするような役目なのだとか。
『おはよう、つぐみ』
『んー……おはよう、じゅりあちゃん。みんなは?』
『みんなは――じつは、妖精さんとあそびにいっちゃったんだ』
『ええー!?』
スタジオから、クスクスと笑い声が零れる。動揺するつぐみちゃんを前に、神妙な顔で頷く珠里阿ちゃん。珠里阿ちゃんはそのまま、妖精さんからの伝言、という形でつぐみちゃんにルールを告げた。
珠里阿ちゃんが丁寧に説明すると、つぐみちゃんは真剣な表情で聞き取っていた。唐突にファンタジーな設定なのに、あっさり信じてしまうあたりが可愛らしい。まさしく、友達を案じるその表情は真に迫っていた。こんな妹、欲しいなぁ。
珠里阿ちゃんの語るそのルールが、メインモニターにも映し出され、外村さんが解説を加える。視聴者向けのものだ。
・妖精さんは遊び相手が欲しい。
・妖精さんから友達を帰して貰うには、試練を乗り越える必要がある。
・試練、という形で様々な問題を出して、それをクリアすると次の試練が現れる。
・すべてクリアすると、妖精さんが友達を帰してくれた上で、ご褒美をくれる。
「ご褒美、については、つぐみちゃんがすべての試練を乗り越えたときに公開します。それでは、いよいよスタート! 果たしてつぐみちゃんは、すべての試練を乗り越えて友達を助けることが出来るのか!」
外村さんのかけ声で、つぐみちゃんが動き出す。控え室を出ると、まず目に飛び込んでくるのは大きな矢印だ。珠里阿ちゃんの胸元、リボンの中に仕込まれた隠しカメラが、つぐみちゃんのきょとんとした表情を映し出す。
珠里阿ちゃんは矢印を一切気にすることなく、つぐみちゃんを誘導し始めた。つぐみちゃんも最初は気にしていた様子だけれど、直ぐに気を取り直してくれる。
「スタッフー? これ、バレない?」
「大丈夫そうです」
外村さんが、ディレクターさんと軽快にやりとりをする。すると、観客やひな壇から笑い声が零れた。
歩いていると、通路の一角に特設コーナーが現れた。テレビ局内でも一番広い通路を堂々と使われた一角で、セットは事務机に茨の装飾が施された簡易的なもの。
『つぐみ! あれがさいしょの試練だ!』
『あれって……さ、美海ちゃん?』
さ、という言葉に苦笑する。「たすけて」と悲壮な表情で訴えかける美海ちゃん。美海ちゃんは鳥かごのような檻に捕まっている。鳥かごの前には机が置いてあり、鳥かごの隣には「ようせい」と書かれたワッペンをつけた、朝代早月さんの姿があった。
この時点でもう、視聴者は察したことだと思う。なんで、柿沼さんがこの場に居ないのかを。
「さー、最初の試練の内容を、視聴者の皆さんにわかりやすく説明致します! 美海ちゃんの前に置かれたカードは六つ。それぞれ『要請』・『箱』・『養成』・『函』・『妖精』・『匣』と六種類書かれています。この中から、正解の組み合わせを成立させると、美海ちゃんが解放される、という仕組みですね。もちろんヒントもありますが……果たしてつぐみちゃんは、ヒントに気がつけるのか!」
応援してくれる珠里阿ちゃんを背に、つぐみちゃんは顎に手を当てて考えている。まずすんなりと手に入れたのは、『妖精』という見慣れたであろう文字だった。それから、首をひねって、こめかみを揉んで、むむむと口をへの字にして『箱』を除外した。
あとの二つは、見覚えのない『はこ』の文字。果たしてどちらが正解なのか、悩みどころだろう。私の幼少期だったら絶対読めなかった。そして鳥かごを破ろうとした。間違いない。
『むむむ』
『つぐみちゃん、つぐみちゃん、ほら』
ほら、と、美海ちゃんは視線で何かを伝える。その先には、雑な触覚のヘアバンドと「ようせい」ワッペンをつけた早月さんが、ムスっと立っていた。
つぐみちゃんはそんな早月さんから目を逸らすこともできないまま、何気なく、『函』と書かれたカードを手に取った。
「おおーっと、朝代さんの表情がー?! 本日は友情出演の朝代早月さん。間違いのカードを掴むと思わずニヤリ。朝代さん、仕事選んで!?」
外村さんのMCに、思わず吹き出してしまう。私もドラマで共演したことがあるのだけれど、厳格な方、という印象だった。けれど意外とプライベートではお茶目なのか、早月さんはつぐみちゃんが正解のカードを手に取ると、目を見開いて唇をわなわなと震わせ、視線を泳がせる。
つぐみちゃんは途端にジトーっとした細目になり、手に取るカードを交互に入れ替え、早月さんの様子を見物していた。が、それも直ぐに飽きて、正解のカードを手に取り示す。
「つぐみちゃん、第一の関門をクリアです!」
ここからは、お供が切り替わるようだ。珠里阿ちゃんが、妖精が悪さをしないように見張っておくという体でその場に残り、今度は、美海ちゃんがついてきてくれる。つぐみちゃんに焦点は当てられているが、左下の小窓では、珠里阿ちゃんが早月さんを慰める様子が映し出されていた。
『おかあさん、えんぎ、すごかった!』
『ふ、ふふ、ありがとう、珠里阿。ああ、仕事が減るわ……』
『なんで? おかあさん、あんなにかわいかったのに?』
『うぐっ』
……たぶんですけど、仕事、増えると思いますよ、早月さん。
「さーて、仲睦まじく手を繋いで歩く二人組。可愛らしいですねぇ。せっかくなので他のゲストの方に伺ってみましょうか。どうですか? 海君」
「いや、つぐみちゃんはトッキーのCMでも一緒に演らせて貰いましたが、利発で聡明な子なので、こんな気の抜けた様子を見ると新鮮ですね」
ドラマ『ウルティマ ~インテリ番長刑事~』にW主演で出演中の海君が、落ち着いた表情でつぐみちゃんをそう称する。利発で聡明。なるほど、言い得て妙。トッキー、すごかったもんね。演出の先生を調べたら、つぐみちゃんの案だったっていうし。
「いやぁ、なるほど、さすが詳しいねぇ。そういえばなんでも、次のCMも予定してるんだっけ?」
急な話題転換に、どっ、とスタジオが揺れる。
「ネタフリが雑ですよ、外村さん……。ん、ん。えー、おそらくこの番組が放映される頃には既に皆さんの目に入っていることかと思いますが、次のトッキー秋の新作CMに出演させていただきました。前回同様、つぐみちゃんとの共演で、続き物です。みなさん、ぜひ、秋のトッキーもよろしくお願いします」
「はぁー、いいねぇ、青春! って感じがするよね。前回と比べて、やっぱりもっと甘くなったりするの?」
まるでビールを飲むような仕草で、外村さんは人好きのする笑みを浮かべた。青春、青春かぁ。私の初恋は干し芋だったなぁ。あんまりにも干し芋が美味しかったから、将来は干し芋と結婚する! なーんて。
ああ、どこかに私のことをわかってくれる男性はいないものかしら。できれば、ホラー演技以外の桐王鶫のファンで。
「いえ、今度はもう少し、そうですね、ほろ苦、です」
「おおーっ!? これは楽しみだ! ということでね、皆さんも楽しみにしていて下さい。――と、どうやらつぐみちゃん、次の試練に辿り着いたようですね」
みんなの視点が、モニターに集まる。画面先では、作中で凛ちゃんが演じた秋生楓の姉、秋生梓を演じた蘭ちゃんが、早月さんと同じような雑ワッペンと雑ヘアバンドをつけて立っていた。てっきり、蘭ちゃんが捕まっているのかと思ったけれど……なんて考えていたら、カメラが鳥かごを映し出す。
そこには、ヘッドフォンをつけられ耳が聞こえないようにされた柿沼さんが、悲壮な表情で体操座りをしていた。思わず吹き出しそうになった私の横で、先に、月城さんが吹き出す。
「ぶほぉっ、か、かか、柿沼さん!?」
「柿沼さん、なんて格好で……外村さん?」
「いや、僕は知らないよ!? スタッフー!?」
柿沼さんの表情に顔を引きつらせるつぐみちゃんと美海ちゃんの前で、蘭ちゃんが妙に格好良いポーズを取りながらルール説明をしてくれる。それを、気を取り直した外村さんが、メインモニターに映して解説を入れてくれた。
……のは、良いのだけれど、海君大丈夫かな。さっきから、肩を震わせてお腹を押さえたまま復帰できていないけれど。伯父甥の関係、だもんね。面白くて仕方ないんだろうなぁ。
笑って良いのか悪いのか。一人爆笑する海君の様子を余所に、イベントは進行していく。本当に大丈夫なのかなぁ……?




