scene1
――1――
無限に広がる青い空。雄大なエメラルドの海。白い砂浜に照りつける太陽。
砂浜に足を踏み入れたら、暖かくてさらさらとした白砂が足の指の間を抜けて、背筋がぞわりとした。
わたしは水色のリボンがワンポイントな、上品なワンピースタイプの水着。凛ちゃんが淡い紫のセパレートタイプで、美海ちゃんはオレンジのボーダーが可愛らしい、わたしと同じくワンピースタイプ。珠里阿ちゃんはチューブトップのビキニタイプで、完全に動きやすさ重視の赤白ストライプ。
「よし! ドザエモンごっこしよう!」
「つぐみ、おまえさぁ」
「ん? なに? じゅりあちゃん」
珠里阿ちゃんはわたしの言葉に、やれやれと首を振る。鶫の得意技ともいえる“土左衛門”とは、一度、辻口さんだけではなく柿沼さんや桜架さんすら失神せしめたこともあるという恐怖の技だ。板に張り付いて水面でぐるりと反転。板かと思ったら死体でした! というコンボなのだという。面白そうだから、やってみたいんだけどなぁ。
「板はどうするんだよ?」
「あ。そっか、そうだよね」
珠里阿ちゃんの言うことはもっともだ。板なんてどこにもない。せいぜいがビーチマットだけれど……ひっくり返るの、難しそうだなぁ。
「り、りんちゃん、あの二人、とめようよぉ」
「ぇぇ……」
凛ちゃんと美海ちゃんが、なにやら相談をしている。当然ながら丸聞こえなんだけれど……あ、そっか。四人で土左衛門ごっこは難しいからね。みんなで遊べる遊びにしよう。
「ね、ねぇ、つぐみちゃん。つぐみちゃんは、およげるの?」
「えーと……」
鶫は泳げた。でも、わたしは少なくとも泳いだことはない。コツさえ掴めば泳げるかな?
「……およぎ方、おしえて? みみちゃん」
「まかせて」
即答だった。美海ちゃんはわたしの手を掴むと、ぐいっと近づいて応えてくれた。そんなわたしたちの間に、今度は珠里阿ちゃんが、ずいっと割り込んでくる。
「みみ、つぐみ、ジュンビウンドウが先だぞー。りん、おまえも」
「えー。じゅりあ、母みたい」
「まぁな! あたしは、おかあさんに頼られるオトナになるんだから」
胸を張る珠里阿ちゃんの様子に、わたしと美海ちゃんと凛ちゃんは、ついつい三人で顔を見合わせた。それは、なんというか、早月さんも嬉しいだろうなぁ。
なんとなく振り返れば、パラソルとビニールシートの側で各々準備をする大人の皆さんの姿。その内の、早月さんが、珠里阿ちゃんの様子に苦笑を零しているようだった。
「凛、つぐみ、珠里阿、美海。ひとまずオレが引率だ。準備運動をちゃんとやる。オレの目の届かないところには行かない。オレに面倒をかけない。ルールはそれだけだ。守れるな?」
「はーい!」
わたしたちの声が重なる。虹君は彼らしい赤い海パンに、白いジャケットという格好だ。妙に様になっている、というか、さすがの一言。
そんな虹君の後ろからひょっこり現れたレオは、イエローの海パン。左腰にしっかりと結びつけられているのは鳴らない鈴。彼はわたしたちを見回して、苦笑と共に会釈をする。
「初めまして、みんな。おれはレオ。仲間に入れてくれると嬉しいんだけど、どう、かな?」
控え目な彼の言葉にわたしが頷く、よりも早く、凛ちゃんが声を上げる。
「もちろんいいよ! ね? つぐみ!」
「うん! みみちゃんとじゅりあちゃんも、いい?」
レオの正体に気がついている凛ちゃんにとって、レオはツナギの延長線上でしかないんだろうなぁ。
凛ちゃんとわたしが乗り気な様子に、美海ちゃんと珠里阿ちゃんも気を許してくれたのか、おずおずと頷いてくれたようだった。
「う、うん。みんながいいなら、いいよ」
「あたしはいいぞ!」
「ありがとう、みんな」
レオはそう微笑んでお礼を言う。レオ自身の天性の演技勘もあるのだろうけれど、ここのところ、かつてみたいな少女のような仕草はめっきり見なくなった。でも、こうして、素を見せる瞬間だけはどこか中性的だ。
「よし、じゃあおまえら、準備運動して遊びに行け。見ててやるから」
「こーくんは良いの?」
「オレはあとで適当に泳ぐよ」
ちら、と、大人たちの様子を見る虹君。ダディやマミィがこちらに来たら、監督役を交代して思う存分泳ぐ、ということかな。
「ありがと、こーくん」
「余計な気を遣わなくて良いから、とっとと行け」
「ふふ、はーい」
わたしたちは珠里阿ちゃんの先導で準備体操を終えて、早速、海に入っていく。濡れた砂浜に立って、さざ波がつま先を撫でると、心地よい冷たさが背筋を駆けた。
「ひゃ」
「つぐみちゃん、つ、つめたいね」
「だね」
美海ちゃんに頷いて、それから、なんとなしに手を繋いで海へ歩く。深く進めば進むほど、海中の方が温かいんだな、なんて感想を覚えた。
「つぐみー! わたしも、わたしもそっち行く! ほら、レオも!」
「わわわ、り、凛?!」
……そういえば、レオは、凛ちゃんが気がついていることを知らないんだった。いきなり旧来の友人であるかのように引っ張られたレオは、凛ちゃんと揃ってずしゃあ、と転ぶ。慌てて駆け寄ると、凛ちゃんは口の中の海水を必死で吐き出していた。
「ぺっ、ぺっ、うぅ、しょっぱい」
「ああ、ほら、もう、きゅうに走るから。りんちゃんもレオも、だいじょうぶ?」
「うん。ひっぱってごめんね、レオ」
「あ、あはは、大丈夫大丈夫」
レオはびっくりした様子だったけれど、なんとか立ち上がってくれたみたいだ。
こうして、海辺に立つと、深い海の色をしたレオの瞳がよく見える。そうだ、思い出した。こんな色の海のことを、海淵って、呼ぶんだよね。
「レオは、およげる?」
「うん。家にトレーニング用のプールがあったからね」
「あー」
四条玲貴の、ということかな。大きなスタジオを改造した家。わたしは踏み込んだことはないけれど、わたしの護衛の真宵は入ったとか入ってないとか。
「つぐみは?」
「たぶん、だいじょうぶ」
そう言って、砂地を蹴って泳いでみる。うん、やっぱり、知識でも良いからコツを知っていれば、あとは想像どおりに身体を動かすだけだから、とくに問題ないみたい。
「つぐみちゃん、ホントにはじめて?」
「はじめてだよ? みみちゃん」
「どこかでまた、だれかをこじらせてないか、し、しんぱいだよ。やっぱりわたしがついててあげなくちゃそしてゆくゆくはパートナーとしてめくるめくキンダンのあわわわわわ」
み、美海ちゃん?
トリップしながらついてきた美海ちゃんが、見事な立ち泳ぎを披露してくれているのだけれど、雰囲気がちょっと怖い。
「つぐみ、つぐみ、じゅりあがウキワをもってきてくれた……って、みみ、どうしたの?」
「さ、さぁ?」
アヒル模様の可愛らしい浮き輪を装着して、水面を滑るように移動してきた凛ちゃんは、美海ちゃんの様子に少しだけ頬を引きつらせていた。
「おーい! みんな! ビーチボールも持ってきたぞー! 三たい三でやろう!」
珠里阿ちゃんの元気な声が、砂浜から響いてくる。その声で我に返った美海ちゃんも、こちらに泳いで向かっていたレオも、みんなで彼女を見た。
わたしたちは彼女の呼びかけに意気揚々と頷く、の、だけれども、そうはいかないのが虹君だ。珠里阿ちゃんのかけ声に、ぎょっと目を見開く虹君。さらっと自分がメンバーに組み込まれていることに驚いたのだろう。虹君が、遠目でわかるほどに顔を引きつらせた。
「三対三……オレが入ったら審判がいないだろ。却下」
「兄はケチだ。このつぐみと、いっしょに遊びたいとおもわないの?」
「はぁ?」
凛ちゃんに引っ張られて、虹君の前に立たされる。
「ほら! かわいい!!」
「りんちゃん、ちょっと、はずかしいよ……」
わたしの身体を指差して、ビシッと言い放つ凛ちゃん。
「はいはいかわいいかわいい」
それに対して、実に適当に流す虹君。
なんだろう。なんだかちょっと、こう、それはさすがに失礼じゃないかな?
「こーくん……かわいくない?」
ひとつまみの悪戯心。
眉を下げ、悲しげに見えるよう微笑むスパイス。
「なっ」
ほんの僅かに動揺を見せる虹君の姿に、内心で少しだけガッツポーズ。わたしのライバルを名乗るのなら、対等に見てくれないと困るのです。
「ッおまえの可愛さってのは外見云々じゃなくて演技のときに魅せるようななんでもないとにかくオレはやらないぞいいな!」
「ん? いまなんて?」
小声かつ早口で何事か言い切る虹君。勝利の余韻から前半部分は聞こえなかったのだけれど、なんて言ったのかな? この様子じゃ、教えてくれないだろうなぁ。
「むぅ……なら良い。おししょーもよぶ!」
「おししょー……って、霧谷桜架!? おいこら、待て凛、あっ」
虹君の脇を抜けて、大人組に走る凛ちゃん。追いつくことができなかった虹君は、がっくりと肩を落としていた。
うーん、虹君、審判役で抜けるつもりだったのかな? でも、みんなもレオも虹君と遊びたいだろうし……よし。
「こーくん」
「あん? つぐみか……なんだよ。まだなんかあるのか?」
「こーくんは、シンパンをやるの?」
「そーだよ。ガキ共に付き合ってられるか」
ガキ共、ガキ共、ねぇ。ふーん。
「じゃあ、こーくんは見てていいよ」
「そうさせて貰うつもりだ――」
「ふふ、わたしのふせんしょー、だね?」
「――が、は、あ?」
わたしの言葉に、虹君はぴしりと固まる。そうだよね。あんなに堂々とライバル宣言したのに、逃げるなんて言えないよね?
虹君とも遊べないなんて、わたしもちょっと、うん、寂しいし。
「は、はは、上等。……凛! 親父も連れてこい! 全員参加だ!」
「へ? わ、わかったー!」
大人組の説得をしていた凛ちゃんが、虹君の叫びに頷く、全員参加って、えーっと、ダディやマミィも?
チーム戦にするっていうことかな。それなら、バランスを配慮して大人と子供の混成チーム、かな。なんだか、わくわくしてきた。勝負事、と聞いて、わたしの中の鶫もすっかり観戦モードだ。その手のポップコーンはどこから取り出したんだろう? なんでもありなのかな。
(よし……燃えてきた)
どんなことでも勝負は勝負。自分の能力を駆使してしのぎを削る。なんだかそういうのって、すっごく楽しいよね!




