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ホラー女優が天才子役に転生しました ~今度こそハリウッドを目指します!~  作者: 鉄箱
Theater15 Two Generation Miracle+Star Upcoming Universal Ideal
132/182

ClimaxScene

――Climax――




 善と悪。

 正義と罪。

 解釈は人によって違うと、思う。



「――アクションッッ!!」



 洞木監督の合図で幕が上がる。わたしの前には鶫の姿。彼女は悪を演じるといった。善と悪がテーマのエチュード(アドリブの演技)。どんな悪に対して、善を演じれば良いのか。

 ――まずは、傾向を探る。善、とは、なにに対して良いことをしようとしているのか、悪を見て合わせて行く。


(難しい、けど――わくわくする。鶫と、演技ができるんだ……!)


 この世界は、この夢の世界は、わたしと鶫の心の風景。ひび割れたアスファルトと嵐の夜。その光景が、わたしの背後から差す光によってかき混ぜられていく。わかりやすい。わたしの心と鶫の心が、ぶつかり合っている証明だ。



 わたしの後ろから、朝日が昇ろうとしている。空は快晴。風に乗って花びらが舞い、足下には草原の気配が香り立つ。

 鶫の後ろから。月が昇ろうとしている。空は暗雲。空気には稲妻と雨粒が混ざり、足下からはひび割れたアスファルトがせり上がる。



「――■■■■■」



 鶫は俯くと、何かを小さく呟いた。肩を落として、手をだらりと下げ、ずるり、ずるりと足を引きずりながら近づいてくる。善、善とは、まだ、だめ。悪が悪を見せつけないと、動くことができない。じゃあ、鶫の演じる悪とは?

 身動きを取ることができないまま、鶫の接近を許す。ずるり、ずるり、ずるり。大きく左右に身体を揺らしながら、鶫はついに、わたしの正面に立った。



「■ぇ、そん■とこ■■なにを■ているの?」



 低く紡がれる声。所々掠れて、聞き取ることができない。安心する音と不安になる音、というのが存在するらしい。これは不安になる音。意図的に絞り出された声色は、聞いているだけで足下がぐらつき、背筋にぞわぞわと悪寒が走る。

 答えないわたしに、彼女はなにを思ったのか。なにも、思っていないのか。腰を曲げて、黙り込むわたしの顔を覗き込む。



 ぎょろりと、左右の目が別々の動きをする。

 かちかちかち、と、打ち鳴らされる歯。

 こひゅぅ、こひゅぅ、と、吐息が、かかる。



「おねえさんと、遊ぼう? 遊ぼう? 遊ぼう?」

「あそぶ……?」

「ええ、そう。人形遊びなんかどうかしらァッ!」

「っ」



 抑揚の激化。

 落ち着いた声色から急転直下で変化する声。高音と低音を、心の隙間にねじ込むようなタイミング。


 これが、桐王鶫。

 これが、ホラー女優の演技……!



「お人形はアナタ、遊ぶのは私、ねぇねぇねぇねぇねぇ――いいでしょう?」

「きゃっ」



 突き飛ばされて、のしかかられる。狂気の笑みを浮かべた悪霊()の姿。押しのけて、逃げないと、ならない――けど、違う。


(それじゃあだめだ。悪を悪として打ち倒していたら――それは、わたしの思う善じゃない)


 怯える演技――を、しながら、そっと息を吸う。わたしは善人。悪霊に成り果てた(・・・・・)彼女に、逢いに(・・・)きた少女。

 きっと、この女の子は、悪霊になった彼女の友達なんだ。だから救いたいと思ってここに来たし、怯えながらも、はねのけない。



「うん」



 だから。



「いいよ」

「へぇぁ?」



 ひとりぼっちにしてごめんね。

 今、あなたを助けてあげる。


 たとえ悪霊になって、人を襲っているのだとしても構わない。だってあなたは、わたしの友達だから。わたしの家族だから。わたしの、大事な人だから。



「ごめんね。寂しかったよね? 辛かったよね?」



 腰を浮かせて、彼女の頭を抱きしめる。雨に濡れた髪は冷たくて、細い肩は折れてしまいそうで、それでも、どこかにまだ暖かさがあった。

 たとえあなたとわたしが違う人生を歩んでいても、たとえあなたとわたしが、人間と幽霊で、違う種族であったとしても。



「わたしは――あなたを見捨てない。絶対に」



 足下から草の匂いがする。アスファルトと混ざり合い、彼女の記憶が少しずつ、流れ込んできた。

 それは、共有されていた鶫の記録なんかじゃない。彼女が生きてきた人生の、本当の実体験。苦しくて居心地の悪い大嫌いな父。ああ、けれど本当は、撫でてくれる手が好きだったんだね。厳しくて冷たい大嫌いな母。ああ、でも、たまに作ってくれる生姜焼きが好きだったんだね。

 お父さんを失って――最初に見つけたのは、鶫だった。葛藤と後悔に歪んだ父の遺体を見て、誰よりも後悔したのは鶫だった。本当は、すきだよって、伝えたかった。お母さんには、何を言う間もなく離れていってしまった。でも、本当は、無関心を装う傍ら、父のようにならず生きていてくれたらそれでいいなんて、そんな風に思っていたんだね。

 祖父母が、眠るように並んで亡くなっていたのを見つけたのも、鶫だったんだね。縋り付いて泣いて、泣いて、泣いて、辛い気持ちを封じ込めて、記憶に蓋をした。複雑な思いを抱いていた両親との別れと違って、心の底から好きだった人を喪ったのは初めてだったから。



「ッ」



 飛び退くように離れる鶫に、一歩近づく。

 迷って苦しんで、誰かのために悪霊になろうとしている心優しいあなたに、わたしは、なにができるのかな? どうすれば、並び立てるのかな。



「一緒に死にたいの?」

「ううん。死にたくはないよ」

「そう。ならそれ(・・)は勇気? あっ、ハハハハ! 悪霊に説法かしら?」



 顔を上げて嗤う。

 鶫は手を振り回し、わたしを見て嗤う。



「本当に、誰かを傷つけることがあなたの目的なの?」

「ええ、そう! だって誰も彼も幸せそうで、羨ましいのだもの! ――ねぇ、私に分けて? あなたの幸福、あなたの痛み、あなたの命を!」



 鶫が、わたしに近づく。わたしの首に手を掛けて、ぎょろりと目を剥き、歪に嗤う。恐ろしい。怖い。関節が固まってしまっているように、ぎこちなく動く手。かけられた吐息の冷たさ。こうも、存在感に恐怖心を乗せられる人を、わたしは他に知らない。


(揺れている? ――違う。わたしが、震えているんだ)


 もしも、鶫がもう少し力を込めれば、わたしの首なんてぽっきりと折れてしまうことだろう。そこまではしない、なんて、楽観はしない。彼女ほど真に迫った役者を、わたしは知らないから。


 だから、覚悟を決めろ。

 わたしはわたしの死を恐れない。わたしは、わたしの大切なものの死を恐れる。



「いいよ」

「――悪手ね。そう、なら、もういい、その首」

「ただし、半分」

「は?」



 鶫の死。

 そして、誇りの死。


 わたしは悪を討つ正義の味方を演じるんじゃない。

 わたしは、悪をも(・・・・)救う(・・)善人(・・)演技(・・)をやり遂げるんだ。



「欲しいんでしょ? だったら、あなたの半分も貰う。それで平等、だよ」

「なにを、ばかな」



 わかるよ。

 恐れて、拒絶したら、あなたは除霊されたように演技をする。

 でも、この物語の主役は、わたしでも、鶫でもない。二人のつぐみ()が主人公で、欠けてはならないものだから。



「あなたに貰った夢はわたしが咲かす」



 一歩踏み出す。

 ――追い風に乗った花びらが、雨粒をかき消した。



「あなたに貰った勇気で、わたしは踏み出す」



 手を広げてわたし(・・・)を見せる。

 ――アスファルトの罅から蔦が伸び、草花が生える。



「あなたと、鶫と夢見た世界をわたしが作る」



 声を上げ、前を向く。

 見て。見て。見て。わたしはこんなに強くなったよ。一歩、踏み出せたよ。


 だから、見て。



「人と幽霊が並んで夢見ることなんてできない! 私にあなたの身体をくれるとでも言うの? ははっ、そんなので、喜ぶとでも思った?」

「人と幽霊が並んで夢見てなにが悪いの? わたしはそれを()とは思わない。喜ぶのも悲しむのも苦しむのも楽しいのも夢を見るのも、一緒だから、もっと、嬉しいんだ!」



 日の光が、稲妻をかき消す。青空と夜空が融けて混ざって、朝焼けの瑠璃色に染まった。



「理解できない、理解できない、理解できない! 私なんかいなくても、一人で生きていけるでしょう?」

「このっ、わからずや!」



 走って、瞳を揺らして戸惑う鶫に抱きつく。鶫に馬乗りになって鶫の顔を覗き込んで、彼女の瞳にわたしの意思をぶつける。そうしたら、鶫の瞳に映り込んだ夜空で太陽と月がぶつかって、砕けて、空には、無数の星が浮かんだ。




「一人で生きていけるとか、生きていけないとか、そんなんじゃない! 血が繋がっていなくても――家族(・・)と、離れたくなんかないってわかれ!」




 喉がかれるほどに叫ぶ。頬を伝う涙が、わたしを呆然と見上げる鶫の頬に、落ちた。




「わたしのっ、ぅぁ、わ、わたしの夢は、鶫とはっ、ぁぁ、っ、鶫とは、ひっく、違う。ハリウッドに立つことじゃないっ。わたしは、わたしの夢は」

「つぐみ……あなた」




 夢が、わからなかった。

 将来のコトなんて、何一つ思い浮かばなかった。

 空っぽのわたしが夢を見るコトなんて、できっこないって思ってた。



 でも、もう、違う。




「わたしの夢は! ()と、ハリウッド(世界)に立つこと! っ、あなたと一緒に、夢を見ることを忘れてしまった人たちに、もう一度、夢を見せてあげること!」




 わたしに夢をくれたあなた。

 わたしに夢を託してくれたあなた。



 わたしに、夢を見る楽しさを教えてくれた、姉のようなひと。




「いなくなるなんて、ぅぁっ、言わないでよ……わたしが夢を叶えるそのときを! 一番近くで見ていてよ、鶫ッ!!」




 世界から、音が消える。

 みっともなく泣きじゃくるわたしに、鶫は、そっと手を伸ばした。




それでも(・・・・)、私はいつか(・・・)、いなくなるよ」

「……うん」

「まったく、もう、しょうがないな――なら、見せて。私があなたの側からいなくなるその日まで、あなたが夢を叶え続けるところを、見せて。つぐみ」

「――うんっ」




 空は淡い水色に。

 きらきらと輝く星々が瞬き。

 アスファルトから伸びた蔦が、森を作る。




「――カット。ふん。桐王鶫はこんなものじゃないはずなんだがな」

「はは、負け惜しみかい? 洞木監督?」

「勝敗は観客が決める。あいつらの勝敗は――叶え続けた夢の先に、あるんだろうさ」

「さすが、稀代の監督はロマンチストだねぇ。うーん、しかし、この作品のタイトルはなんだろう?」

「ふん。決まっている。一つしかない。それが、桐王鶫“らしさ”だろうが……儂は疲れた。おまえが言え、エマ」




 鶫の手の中で、目を瞑る。

 彼女の笑顔に抱かれるように、彼女の声に包まれるように。

 洞木監督の終了の合図は、わたしたちだけではなくて、記憶の海から現れた観客たちにも伝わった。みんなが、拍手でわたしたちを、歓迎してくれた。




「ははっ、では――本日はお集まりいただき誠にありがとうございます! 桐王鶫と空星つぐみの夢と人生を巡る公演はこれにて閉幕!」




 意識が、浮かび上がろうとしている。

 この夢の舞台が、終わろうとしている。




「此度のタイトルは『ホラー女優が天才子役に転生しました ~今度こそ二人で(・・・)ハリウッドを目指します!~』――今回の物語はこれで終わり、ですが、どうぞ気を落とさないで」




 世界が光に包まれ、そして。




「これより先は、空星つぐみが夢を叶える物語! さぁ、開幕の準備を拍手でお迎えください。ここに、新たな物語の幕が上がる――!」




 ふわふわと、心が浮かび上がる。




 心の底には、暖かな魂が、寄り添うようで。















 わたしは。













 目を開ける。

 窓から差し込む光が、ベッドを照らしていた。






(おはよう、鶫)

(――ええ、おはよう、つぐみ)





 目を閉じる。

 意識の奥底、草木で覆われたアスファルトの上で、倒木に腰掛け、手を振る鶫の姿が見える。



「んー……よし!」



 さぁ、今日も、わたしの人生という舞台の幕を上げよう。










 わたしたち(・・)の夢を、叶え続けるために。

















――First movies All Clear Congratulation!――




















――Let's Move on to the Next Theater――

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― 新着の感想 ―
なろう最盛期と比較しても、最も作り込まれた作品のひとつに見える。
この章を読んで、気分として伏線回収の場面を見ているような気がしました。そして、鶫に、つぐみは演技で、共に歩んでいくことくを説得させた。じつにらしい、ですね! なにより、これまでの構成や表現もすごいなと…
[良い点] 強くなったなぁ、つぐみ いやーよかった!君たちの夢を叶えるところ見せてくれ [一言] まだ海に行ってないってマジ?は、半年…?
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