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scene2

――2――




 ――春から私立四季大付属小学校に赴任することになった新任教師、水城みずき沙那さなは、赴任初日から広大な敷地の中で道に迷ってしまう。そんな、彷徨う水城に声をかけてくれたのは、すっぽりとフードをかぶった子供の姿だった。子供は、少女とも少年ともとれる幼い声で、水城を案内する。不思議な雰囲気の子供に惹かれる水城だったが、不意に、子供の声で我に返った。

「気をつけてね、おねーさん。ここからさきは、魔もののすみかだ」

 吹き荒れる風に思わず目を瞑る水城は、詳しく尋ねようとした自分を止めることになる。何故なら、目を開けた先に、子供などいなかったのだから。







「なるほど」


 顔合わせと役の振り分けを終えたあとは、台本読みやリハーサルといった撮影スケジュールの通達。通常、撮影はなんだったら最終回だって舞台やキャストの都合上最初に撮影したりするのだけれど、今回のドラマはキャスト(子役)のリアルの感情を大事にしたいとかで、ある程度先のシーンまでしか撮らないのだとか。

 子役に限定したのは単純に、展開を言わないのは子役相手にだけで、大人のキャストには通常の台本を配っているらしい。まぁ、子供だしね……私たち。


(謎の子供として演技はするけれど、これ、ぜったい同じ人物だよね。二重人格かな? でも、完全な別人として演技してほしいから、秘密なんだ)


 違ったら違ったで面白いけれど、謎の子供、役名“リーリヤ”は、悪役である“柊リリィ”とは同じ場面に登場しない。それを踏まえて考えると、想像も付く。

 となると私の役目は、“実は悪霊だけど善良の一般人を装う”系のホラー映画でみる、視聴者に完全に別人だと思わせるような演技、かな。


「つぐみ様、楽しそうですね?」

「こはるさん……はい!」


 午前中に会議。昼休憩を挟んで午後には他のキャストさんとの顔合わせだ。今の時代に活躍している俳優さんを一人も知らないのだけれど、大丈夫だろうか。子供だし、大丈夫か。

 ……そういや、霧谷桜架という女性は出演者にはいないようだった。残念。


「お弁当が手配済みです。車で召し上がりますか?」

「? しゃしょく(社食)でいいですよ?」

「! いえ、そうですね。承知致しました」


 マネージャーとの打ち合わせがあるとかで、凛ちゃんとご一緒できなかったのは少しだけ残念だったが、その分、小春さんと親交を深めよう。

 小春さんとの食事もありがたい。ありがたいけれど、高級車の車内で食事とか、気が気でないので無理です。


「『こちらLowolf-04。社員食堂に席を確保』」

「こはるさん、せきがなかったらあきらめましょう?」

「『作戦中止』――承知致しました。でも、よろしいので?」

「はい。かいだんのうらとかでじゅうぶんです!」

「なんと……感服致しました。では、そのように」


 いきなり所属不明の方々が確保し始めた席に座ったら、文字どおりの悪目立ちだよ、小春さん……。やっぱりちょっと、この辺の感覚はずれてるなぁ。

 関係者と思われる黒服の方からお弁当を受け取って社食にいくと、案の定埋まっていた。そこで、搬送のスタッフさんたちがたまに休憩を取っているという空き部屋を紹介してもらったので、そこでお弁当を食べる。


火埜ひの寿司の手鞠弁当です」

「わー……てまりずしだぁ」


 お弁当にこんな可愛らしくて高級感のあるもの食べるの、初めてだよ、私。

 でもせっかくなので昼食を楽しみながら、小春さんに色々と話を聞いてみた。趣味は散歩とバードウォッチ。好きな食べ物はお寿司で、苦手な食べ物はアボカド。些細なことでも、情報が増えれば人となりが見える。その全てが、経験の積み重ねになる。


「ですから、バードウォッチの際には、小鳥たちに気がつかれない服装と空気が重要なのです」

「なるほどー」


 なんて、小春さんのお話に相づちを打っていると、気がつけば良い時間になっていたので移動する。

 小春さんってけっこう固い方だと思っていたのだけれど、話してみればそんなことはないと気がつかされた。職務にはとても真面目で、けれど、私生活の自分も大切にしているのだろう。


「この部屋ですね」

「しつれいします」


 小春さんよりも先に入って一礼をすると、部屋には数人の男女が集まっていた。人数としてはまばらで、まだ集まりきっていないことがわかる。

 その中の一人、茶色の髪に桃色の唇が目を惹く女性が、私を見てぱっと微笑む。大人っぽい顔立ちだけど、そうして笑うと少女のようにも見える。


「あなたが噂の妖精ちゃんね? 聞いていたよりかわいい!」

「えっと、ありがとうございます。そらほしつぐみです」

「うんうん。あ、私は相川瑞穂。新人教師の水城みずき沙那さな役よ。よろしくね」

「はい、よろしくおねがいします!」

「元気が良いわねぇ。良いコトよ。うんうん」


 そう、相川さんは人好きのする笑顔で私の頭を撫でた。なんだろう、こう、凛ちゃんと同じ空気を感じるよ……。


「相川さん、その子、困ってるんじゃないか?」

「そんなことないわよ。ねー?」

「はい。やさしくなでてもらいました!」


 そう、奥から出てきた男性に返答する。こちらは目つきの鋭い黒髪の男性だ。整った顔立ちと鋭い三白眼は、美丈夫ながら少し怖さを伝える。演技の時はそれはもう迫力のある役が出来るのだろうけれど、今は精々が近所のお兄さんという雰囲気。柔らかい空気を纏う方だ。


「僕は月城つきしろ東吾とうご。劇中では黒瀬公彦という教師で君たちと演技をすることになる。よろしくね」

「はい!」


 新人は元気よく。新人時代の教訓が、自然と身体を動かした。

 しかし、これでメインキャストの二人とご挨拶できたのは僥倖かな。うん? 今の子供は“僥倖”とか使わないか? まぁいいや。どうせ“ばばくさい”ようですし。

 どうも前のスケジュールの関係で二人が特別早かったというようで、それから、珠里阿ちゃんや美海ちゃん、凛ちゃん。それに皆内さん。校長役に、大御所だという柿沼宗像かきぬまそうぞうさんに、教員役の浅田芙蓉さんなど、多くの役者さんがいる。

 ……他の方は初対面だが、柿沼さんは前世から先輩だ。緊張するなぁ。


「よ、よろしくおねがいします!」

「はっはっはっ、元気があっていいね。緊張しなくても、とって食べたりはしないから大丈夫だよ」

「はいっ」


 思わず声がうわずってしまった。いやでも、前世に比べて丸くなった気がするなぁ。まぁ、私があの事故で死んだのが三十。当時の柿沼さんが三十六。苛烈な時期だったのだろう。懐かしい。




『君のやり方には同意できないな。スタントに任せるのが最善ではないか?』

『お言葉ですが柿沼さん。私以上に恐怖を与えられるスタントはおりません』

『ほう? まるで演出家を信用していないかの発言だ。分を弁えてはどうだ?』

『演じさせて貰えばわかります。ご自身の目で確認なさってください』

『そこまでいうのならば、この場の全員を納得させろ。できるのなら、な』




 ……思い返すと、けっこう私も噛みついているな。いやでも、これは役者の場だけで、プライベートではご飯を奢って貰ったり、朝まではしご酒したり、潰れるまで飲んだりとけっこう良くしていただいていた。

 面倒見が良く、けれど現場では誰よりも苛烈で真っ当で、真剣だった。丸くなったと言えば聞こえが良いが、あの頃の柿沼さんを見られないのは、少し寂しいな。


「みなさん、お集まりですね」


 そう、入室してきたのは、倉本君と平賀監督、それに赤坂君やスタッフさんたちだ。今日は顔合わせ。それから、台本を読み合わせる“本読み”という工程まで行うということだった。

 もっとも、立ち回りがみたいから、リハーサル(机やテープをセットに見立てた、立ち回り付きの本読み)もまとめてやってみるということだけれど。


「今回のドラマのタイトルは、暫定ですが、おおよそこれで決まりです」


 そう倉本君がホワイトボードに書いたのは、“妖精の(はこ)”というタイトルだった。


「この物語は、山奥に佇む一貫校に配属された新人教師、水城が、無垢な小学生たちの間にひしめく様々な問題に着手しながら、主要生徒四名、夏川明里、春風美奈帆、秋生楓、柊リリィ、そして謎の子供、リーリヤたちの問題を解決していく、というのが主軸であります。その過程で、水城と黒瀬の恋であったり、過去の事件であったりと、様々な苦難を乗り越えていきます」


 最初に聞いたとおりの設定だ。あと、タイトルはほぼ決定、ということは、このまま行くんだろう。

 それから、一人一人の自己紹介と人物紹介を終え、ひとまず、第一話の本読みを行うことになった。けれど、スタートの前に、柿沼さんが困ったような顔で手を挙げる。


「監督」

「はい。いかがなさいましたか?」

「子供たちは真相を知らぬまま進めるというけれど、特別な役割である空星君には、ある程度伝えて置いた方が良いのではありませんか?」

「それも考慮致しましたが、ひとまずはやってみようということになりました」

「ふむ。そうですか……?」


 これはあれかな、まずは自由にやらせてみたいのかな? ふっふっふっ、このつぐみ、前世から期待の斜め上で満足させることに定評があるのですよ。セットもなく、台本は手持ち。それでも、通常どおり椅子に座ってではなく、リハーサル込みなので今日は立ち振る舞って本読みができる。なら、期待を越えられるよう尽力させていただきますか!

 なんとなく納得なさっていないような柿沼さんだけれど、まずは見てから、と、納得してくださったようだ。午前中に渡された台本は、前世を遙かに超えるハイスペックボディなこの身体がだいたい覚えてくれた。怪しいので本は持つけれど、自然に振る舞えることだろう。


「では、頭からやってみましょう。相川さん、つぐみちゃん、よろしくお願いします」

「はい」

「はい!」


 最初のシーンは、広く鬱蒼とした敷地の中で道に迷ってしまった新任教師の水城が、謎の子供に警告を受ける、という、物語の雰囲気を印象づける大事なシーンだ。ここで、イントネーションや演技の仕方などで監督から指示が入る、修正を受けるので、演技もちゃんと本気でやる。役を掴まないといけないしね。

 さて、いかなる事情だろうか。とりあえず、柊リリィの善の人格として振る舞おうか。柊リリィは独占欲と愛に飢えた子供だ。なら、裏側の人格は自己犠牲と与える愛?




「では、シーン――」




 優しそうな新人教師。

 これから巻き起こる苦難。

 表の人格がもたらすであろう災厄。




 ああ、このひとを、助けないと。




「――スタート」




 わたしは、どうなっても(・・・・・・)いいから。





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― 新着の感想 ―
[良い点] まじ、まじ、まじでかんぺきのスートリーだ!! [一言] この章をありがとう!!
[一言] はじめまして!! まだまだ読みはじめたばかりですが、ものすごく引き込まれます こんな面白い作品を読んだのは久しぶりです テーマや主人公の性格などあまり見かけない新鮮な感じがいいですね
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