scene2
――2――
眞壁さんの運転する社用車の中、小春さんと並んで移動をする。道すがら台本の確認をしつつ、小春さんと今後の仕事についての話もする必要がある。台本、は、いよいよクライマックスシーンの撮影を迎える『妖精の匣』のものだ。
過去、リリィが二つに分かれる切っ掛けになった誘拐事件。その事件の犯人がリリィを忘れられず、一方通行な愛を理由にリリィを攫う。それに、楓も巻き込まれてしまう、というシーンだ。ここで、わたしたち子役組とは違うグループで進行していた“万引き事件”や“不法投棄事件”といった、色んな事件の裏側が判明していく。
全体の伏線回収を行い、また、一度は自分の内側に逃げて悪のリリィを生んだリーリヤが、今度こそ立ち上がって立ち向かうという大事なシーン。
「オーディションのお話、というのは、つぐみ様が直接聞かれた、ということですが……」
そう、小春さんに告げられて意識を切り替える。直接、というと……エマさんのあれかぁ。あれは、あのあと大変だった。虹君はあの翌日、自分が出演する朝のバラエティ番組があったそうで、そこで思う存分弄られていた。
その様子を家族で見ていたわたしは、顔から火が出そうなほど恥ずかしかったのだけれど、それ以上にダディの様子が気がかりだった。
『ほぅ。つぐみに求愛か』
『あらあら、まぁまぁ。どうします? あなた』
『ぼくの天使をかすめ取るのであれば、ぼくには勝って貰わないと』
『ふふふ、あなたに勝つのは至難の業でしょうね』
……なんて。冗談、だとは思うのだけれど、よくよく思い出せばマミィもとくに止めてないし、ううむ。そもそもあれは求愛ではなくライバル宣言だ。そう説明したんだけれど、結局、笑って流されてしまった。むむむむむ。
「つぐみ様?」
「あ、えっと、なんでしたっけ」
「何かあれば、おっしゃってくださいね? ――なんのオーディションか、といったことは既に説明を受けていますか?」
あ。そう口を開けてみれば、小春さんは小さく微笑んだ。
「今回は、過去の映画のリメイク作品です。つぐみ様は、霧谷さんから聞いていると思いますが、今年は桐王鶫追悼二十年ということもあり、彼女の映画から代表作をピックアップしてリメイクすることが決まった、という流れで制作決定したそうです」
ぽかん、と、固まりそうになった表情筋を無理矢理動かして、感心したような顔を作る。桐王鶫追悼二十年? えっと、それでリメイク? というか、今年中に公開で今からキャスト募集って色々間に合うの? ある程度、基盤はできているのかなぁ。
でも、どれだろう? 竜の墓? 悪果の淵? 恋鬼夜業? それとも――。
「監督は当初、当時監督を務めた洞木仙爾に依頼をしていたそうですが、洞木監督が高齢を理由に辞退。そこで、当時桐王鶫の親友であったという閏宇監督の推挙で、エマ監督が起用されたそうです」
うるうかんとく……閏宇監督!? んんん? 閏宇、さん、ってあれ、私の親友の閏宇だよね? えっ、監督? やだどうしよう、閏宇監督の作品見たい!
って、今はそれどころじゃないんだった。お仕事お仕事、集中集中。ん、でも待った、洞木監督の作品、ということは、それってまさか。
「あの、こはるさん。タイトルって……」
「ああ、失礼しました。タイトルは――『紗椰』。ホラー映画の、『紗椰』です」
ああ、やっぱりそうだ。私が桜架さんと初めて共演した作品。善の霊が、悪へ落ちる一幕。そして、ツナギのお母さんと関わりがあるかも知れない人――風間椿が出演していた作品だ。
――『紗椰』。
過疎化の進むある田舎町の学校“鍵御原高校”。紗椰は五十年前、この高校でひどいイジメにあって自殺した少女だった。恨みも苦しみも風化し、形のない未練を残したまま消えゆく紗椰は、霊が見える少女“咲惠”と出会ったことで変化していく。
紗椰と咲惠の友情。あるいは、親愛を描いた前半のパートは非常に穏やかだ。絆を育み、心を許し、救われていく紗椰。幽霊と人間、死者と生者。美しくも儚い友情。その神秘的な一幕が、裏返る。
卒業式の日に通り魔に暴行され、心を壊され人形のようになってしまった咲惠。悲しみに暮れる紗椰は事件の二年後、廃校が決まった鍵御原高校で行われた同窓会で、暴行の犯人が咲惠のクラスメートであったことを知る。
悪霊に転じた紗椰による、怒濤のホラー。逃げ惑い、悔やみ、改心してすら逃げられない悪霊の贄。キャッチコピーは、確か、そう。
(賽は振られた。運命はもう、覆らない)
運命はおまえたちが決めた。
逃げられる道を閉ざしたのは己だと知れ。
……と、確かこんな感じ。あの頃は年齢規制とかも緩かったみたいなのだけれど、今だとどうなんだろう。子供の見られるものなのかな。竜の墓でも十五歳以下は見ちゃいけなかったしね。
でも、そうなると今回のオーディションって、沙希役かな。確か、咲惠を暴行した犯人の一人の妹で、ほぼ無関係なのに祟りに巻き込まれてしまう。まぁ、末代まで祟るって言うしね。血縁者もむごたらしく殺されてしまう。悪霊らしい理不尽。日常の転覆だ。
「どうも、だいたいのオファーは終えているそうです」
「そうなんだ……。こはるさん、わたしのオーディションの役って、どういったものなんですか?」
「なんでも、旧作にはいない新規のキャラクターだそうです」
――思わず、頬が引きつる。すごいな、エマさん。良く踏み切ろうと思ったな。リメイクで人数が増えるのって、とても難しいことだ。監督や脚本家の先生はそれはもう大変だろう。
もちろん、役者へのハードルもとても高い。なにせ旧作のファンからは「不要」と誹られかねないのだから。
だからこそ。
(ハードルって、高くなればなるほど楽しいよね)
どきどきと胸が高鳴る。これを恋だというのなら、なるほど、わたしは骨の髄まで演技に恋をしているのだろう。
でもそうか、そうなると、だいたいのオファーが終えている理由も納得だ。元々誰が誰を、というイメージがありきで決まった計画なのだろう。その上で、新規キャラクターについては配役に試行錯誤していた、ということなのかな。
「こはるさん、こはるさん、ほかのはい役は、どんなかんじなのですか?」
「そうですね……まず、紗椰と友情を育む人間、志嶋咲惠役にアイドルグループCC17のメンバー、常磐姫芽」
アイドルグループ、しーつーせぶんてぃーん……?
アイドルが女優をやる、ということなのかな。そういうのはもっとティーンズ向けの華々しい映画で起用されるイメージが合ったけれど、こういうホラー映画でもあるんだ。
私は短編連作ホラードラマ“祈り”にアイドルが出演したときに、驚かせすぎてしまったようだ。無事、オーディションを抜けたらわたしも気をつけよう。
「それから――ああ、今、一覧のダウンロードが終わりました」
小春さんはそう言って、わたしに大きめのスマホ(たぶれっと、というらしい)を見せてくれた。
孤独な霊:紗椰(秋雲紗椰)/霧谷桜架(ウィンターバード)
霊の友達:咲惠(志嶋咲惠)/常磐姫芽(CC17)
分かたれた紗椰の良心:紗代/オーディション枠
暴行の主犯:金城尚將/GOU(Jinx・総合格闘技)
暴行犯(見張り):健(麻生建)/銛屋キョウーイチ(Moode)
見張りの妹:沙希(麻生沙希)/オファー中
見張りの父:元弥(麻生元弥)/見城総(轟芸能事務所)
見張りの母:佐名子(麻生佐名子)/須崎仁衣奈
見張りに雇われた探偵:遠藤弘樹/海(RainbowRose)
刑事:勅使河原尚通/柿沼宗像(轟芸能事務所)
刑事の相棒:阿笠律子/皆内蘭(ウィンターバード・劇団きりさくら)
暴行犯2:田処亨介/タキ(滝田音弥・声優)
暴行犯3:手田東治/アンパイ☆カンパイ(ロン・お笑いコンビ)
咲惠の友人(主犯の恋人):安藤美穂/美園苑子(RainbowRose)
沙希の友人:仁科レイカ/エミリ(PopKids)
現れた一覧を見て、胸が高鳴る。だって、こんなの、そう思うしかない。かつて桐王鶫が演じた役を、当時、沙希役で共演した桜架さんが演じるのだから。それに、それだけじゃない。
意識を深く――記憶の奥から引き出すのは、当時のキャスト。配役を思い浮かべれば、霞がかった記憶は直ぐに鮮明な記録として脳裏に浮かんだ。
孤独な霊:紗椰(秋雲紗椰)/桐王鶫
霊の友達:咲惠(志嶋咲惠)/風間椿
暴行の主犯:金城尚將/牧村とおる
暴行犯(見張り):健(麻生建)/見城総
見張りの妹:沙希(麻生沙希)/さくら
見張りの父:元弥(麻生元弥)/長谷部五郎
見張りの母:佐名子(麻生佐名子)/白木蓮
見張りに雇われた探偵:遠藤弘樹/柿沼宗像
刑事:勅使河原尚通/伊保進吾
刑事の相棒:阿笠律子/佐久間里子
暴行犯2:田処亨介/貝塚テツ
暴行犯3:手田東治/瓶原喜助
咲惠の友人(主犯の彼女):安藤美穂/須崎仁衣奈
沙希の友人:仁科レイカ/ふみこ
物語の後半は、悪霊となった紗椰視点で進むことはほとんどない。代わりにピックアップされるのは、見張りを任されていたが途中で逃げ出した、麻生建だ。彼の妹として登場したのが、当時の桜架さんだった。
この、麻生建を演じたのが見城総。彼もまた、今度は自分の演じた役の父親として出演してくれるようだ。他にも、照らし合わせてみれば、柿沼さんをはじめとして私の見知った名が多い。さながら、大人たちは、桐王鶫の同窓会といったところ、なのかな。楽しそう。
それに対して、若手はというとアイドルやお笑い芸人の名が目立つ。どういう基準でのオファーなんだろう? 何が得意な方たちなんだろう? 一緒に演技をするのが楽しみだ。久しぶりにエミリちゃんにも会えそうで、それも楽しみだったりする。
(でも、沙希役の子はオファー中なんだ……。誰がやるんだろう?)
当時は桜架さんの演じた役、沙希。彼女の役は、いったい、誰が? いずれわかることだけれど、わたしが挑む役が紗椰の分かたれた良心であるのなら、関わることになるのは沙希だろうから気になっちゃうなぁ。
もちろん、誰と紗代の役を取り合うのかも気になる。今回のリメイクが初出の登場人物。プレッシャーもあるとは思うのだけれど、わたしと競うということは、向こうも子役だよね? 気になる、かも。
「オーディションの形式は順番で演技の披露。舞台の上で、一般人の観客を前に劇を行います」
「げき、ですか?」
「はい。即興劇のような物ではなく、台本も用意されるそうです」
エチュード(アドリブ)ではなく、台本付きなんだ。それで、同じ劇を連続で行う、と。台本のあるオーディションと言えば、『妖精の匣』のオーディションを思い出す。思えば、あれがわたしのスタート地点だった。
あのときのように、台本が用意されている劇。舞台の上の身の振り方は専門ではないけれど、関係ない。わたしはいつものように、わたしの全力で楽しみきってやり抜くだけだ。
「こはるさん、アドリブとかもいいんですか?」
「言い換えは可能です。それから、ある程度のアドリブも」
「あるていど……」
「はい。言い換えの際、つじつまを合わせる目的ならば、とうかがっています」
どんどん、期待が膨れ上がる。今はただハードルも、オーディションもなにもかも楽しみで仕方がないなんて、そんな風に思えた。