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scene1

――1――




 凛ちゃんとすまーとふぉんを購入した翌日、私は屋敷のリビングで、これからお世話になる女性と対面していた。銀縁眼鏡に纏めた黒髪。怜悧な表情と、こちらを気遣う視線。クールビューティーという言葉がとても似合いそうな彼女が、今日から私のマネージャー兼使用人として、身の回りのお世話から仕事のサポートまでしてくれる方、御門小春さんだ。

 小春さんは子供相手とは思えないほど丁寧に頭を下げてから、連絡先のやりとりをさせていただいた。如何にもお仕事が出来るような感じで、とても頼もしい。


「では、小春君、ぼくのつぐみを頼んだよ。よく、つぐみの言うことを聞くように」

「ダディ? わたし、こどもだよ? きかせられるほうだよ?」

「はっ、お任せください。つぐみさまが死ねと命じるのであれば、速やかに」

「えっ、いわないからね? いわないよ?」


 まぁ、でも、うん、意外とお茶目なところもあるのかも。


「テレビ局へは、普段のお車ではなく、今後も利用していく営業車での移動となります。ご不便かとは思いますが、改善点などあれば遠慮無く仰ってください。随時、恙なく改良に取りかからせていただきます」

「わかりました」


 改良点て……。車を? とんでもないお金掛かっちゃうよ。

 玄関ホールを出ると直ぐに、噴水前のロータリーに駐車された車を見つける。扉の前で佇むのは、黒髪を撫で着けた壮年の紳士だ。親子三代で当家に仕えてくれている運転手さんで、眞壁(まかべ)さんという。あの、最初にオーディション会場に出向いたときの運転手さんの、息子さんだ。

 車は、さすがにリムジンではないようで少し安心する。あれ、すっごく目立つからね。平凡な箱形フォルムの黒い乗用車なようなので、やはり、新人も良いところなので父と母も遠慮してくれたのだろうか? そう思って近づいて、タイヤの軸に刻印された鳳凰のマークに硬直した。


(センチュリーだこれ……)


 日本の高級車の代名詞である。後部座席向けにテレビ画面が取り付けられていて、室内(もはや車内というレベルではない)は過ごしやすさと高品質が追求されている。センチュリーに乗った政治家を呪い殺す役をやったことがあるから知ってるけど、これ、前の座席の背が空いて、足を伸ばせるんだよね……。

 ただ、私の硬直をどう捉えたのか考えるまでもない。小春さんは私のコトをどこか心配そうに覗き込んだ。


「やはり、狭かったでしょうか?」

「ううん! とってもステキだなっておもってました!」

「そうですか? そうでしたのなら、良かったです」


 危なかった。いやだって、リムジンよりはいいよ、やっぱり。目立つのなら演技の実力で目立ちたいのです、私は。

 ゆくゆくは、歩み寄るだけで悲鳴を上げられるホラー女優だしね! ついつい、出会う度に悪霊演技で怖がらせてしまったさくらちゃんには、申し訳ないことをしたけれど。いやだって、あの子、怖がるけどすごく嬉しそうにしてくれるから……。


「音楽はなにをかけましょうか?」

「さいきんの、オススメでおねがいします」


 音楽、音楽かぁ。最近の音楽はよくわからない。というか、よく音楽を聴いていた九十年代は、演歌が廃れ始めてポップが台頭しはじめてきたころだった。ディスコにお立ち台なんかもとても流行った記憶がある。殺されたボディコンギャルがヒモに復讐にいくお話とかもやったなぁ。

 音楽なんて二十年もあればがらりと変わる。私の生きた時代の二十年前はどこへ行っても演歌だったのに、私の旅立つ間際には、ほとんど演歌はみなくなっていたりとか。そうすると、今はなにが流行っているのだろう。一周回ってJAZZだったりして。


「若い子に人気な音楽といえば、やはりボカロでしょうか」

「ぼかろ……?」

「ボーカルロボットというYAMANAが出している音楽打ち込みソフトで精製された、打ち込み音声による音楽です」

「ろ、ろぼっと? うちこみ???」


 お、おかしい。二十年ってこんなに変わるんだっけ? だって、人間ではなくロボットが踊るんでしょう? SFの世界が、こんなに間近にあるんだ……。も、もしかして、AIロボットがお店の受付をしていたりとか……って、それはないか。打ち込みって言ってたしね、小春さん。人間が打ち込んでロボットが唄うってところかな。

 うん、でも、もっとちゃんと現代知識について勉強して置いた方が良いのも間違いないよね。子供のうちに記憶が戻る感じで良かった。


「流行の曲を流しますね」

「はい、おねがいします。こはるさん」

「お任せください」


 小春さんの真面目な返しに苦笑しながら、小春さんセレクションの音楽を楽しんでみる。POPな曲調、大正ロマン、JAZZあるいはJAZZY、バラード。なるほど、一個買えばこんなに色々できるのかなぁ。


「こはるさん、このうちこみソフト? って、いくらくらいなんですか?」

「二~三万もあれば購入可能かと思われますが……購入なさいますか?」

「だっ! ……だいじょうぶです。きになっただけですので……あ、あははは」

「? 承知致しました。ですが、欲しければどうぞ、遠慮なさらず」

「は、はひ」


 二〇〇〇年に三十で死んだ私だが、十四でこの業界に足を踏み入れ、日の目を見始める二十手前までは、アルバイトをして稼いでいた。融通がきくかわりに、最低賃金ギリギリという喫茶店だ。

 その当時の私のバイト代が五百円ちょっと下。すきま風に悩まされた四畳半のアパートが、トイレ共同風呂無しで家賃一万円。光熱費や役者勉強のための資金と将来のための貯金を抜くと、手元には五千円残れば良い方だった。それで一ヶ月過ごすのだ。つまり、給料半年分の音楽ソフト。別にその道に進むわけでもないのに、そんなの気軽に買えないよ……。


「到着致します。止まりますよ」

「はい」


 小春さんは律儀にそう声をかけてくれるが、急ブレーキという訳でもないので揺れを感じることなく立ち上がることが出来た。運転手の腕とか安全運転とか以上に、車の性能良くなったよね……。

 眞壁さんがドアを開けてくれたので、小春さんと二人で何事もなく指定された場所へ向かう。どうも、局内の会議室が約束の場所のようだ。

 それにしても……。


(なんだか、踏まれそうで不安だな)


 子供の視線から見ると、なにもかも大きく見える。昔とはテレビ局の位置も内装も違うからなんともいえないけれど、以前はもっと熱気が籠もるほど狭く思えたものだ。それが今や、なにもかも大きくだだっぴろい。ガリバーにでもなった気分だ。

 そうしてきょろきょろと見回していると、不意に、張られているポスターが気になった。内容はサスペンスだろうか? 大きく張られたポスターに、白衣姿の女性と警官服の男性。それから、色んな役者さんの名前と煽り文。構図とか面白いなとも思うけれど、どうしても、主演の女性から目が離れなかった。ふわりとふくらんだボブヘアの黒髪に、穏やかな目つき。優しさと苛烈さを併せ持つ、強い瞳。


「きりたに、おうか……?」


 霧谷桜架。

 どこか――遠くて近い過去の“だれか”の、面影を残す女性。


「つぐみ様?」

「ぁ……ごめんなさい、こはるさん。いきましょう」


 慌てて小春さんのあとにつく。首を傾げる小春さんに、なんでもないと返して、私はさきほどのポスターのことを、頭の隅に追いやった。

















 会議室は長机の置かれた広々とした部屋で、中には既に、子役の他のみんなが集まっていた。集合時間までまだ三十分はあるのに、みんな早いな。私が一番新人なのだし、もう少し早く行けば良かった。

 赤毛の元気な少女、朝代珠里阿ちゃん。茶髪を二つ結びにした眼鏡の少女、夕顔美海ちゃん。そして、朝までレインとかいうメッセージツールでやりとりをしていた黒髪の少女、夜旗凛ちゃん。それぞれ、スーツ姿の女性を傍に置いている。おそらくマネージャーなのだろう。


「つぐみ、こっち」

「あ、つぐみだ。あくやくやってくれるんでしょ? こっちこっち」

「も、もう、だめだよ、じゅりあちゃん。おはよう、つぐみちゃん」

「うん、おはよう」


 一見するとクールな凛ちゃんから続き、持て成すように迎え入れてくれる珠里阿ちゃんと美海ちゃん。小春さんに目配せをしてから子供たちの輪に入ると、小春さんは目礼を返してから、名刺を取り出してマネージャー同士の挨拶に行った。


「マネージャーの御門小春です。皆様、本日はよろしくお願い致します」

「これはこれはご丁寧に。私は――」


 そんな小春さんを尻目に、私は私で交流を図る。席はまぁ、凛ちゃんに手を引かれて彼女の隣になったのだけれど。

 凛ちゃんは相変わらず楽しそうだ。この子が一番、子供として真っ当に楽しんでいる気がする。でもごめん、グレブレはまだ進んでいないんだ。私、ファミコンもマトモに遊んだことなかったから、こういったゲームはちょっと馴染みがないんだ。


「じゅりあちゃんは、ゲームとかするの?」

「うん。おかあさん、あんまりかえってこないから。“霊”とか“SULLEN”とか、あとは……やっぱり“バイオパンデミック”とか」

「うぅ、じゅりあちゃんのゲーム、こわくていっしょにできないよ」

「みみはこわがりすぎなんだよ!」


 怖いゲーム……怖いゲームが好きなの? 私も神話系のホラーTRPGならやったことがあるけれど、そういうのとは違うのかなぁ。そういえばさくらちゃんも、そんなようなことを言っていた気がする。向こうはTRPGを知らなくて、私が進行役をやって泣かせたのは申し訳ない思い出だ。

 あれ、こうして思い返すと私、さくらちゃんに嫌われていてもおかしくなくない? まぁ、結局は喜んでくれていたと信じているけれど。けど、うーん。


「つぐみは、ぜんぜんゲームしないよ」

「り、りんちゃん、コミュりょくつよいよね。もうそんなになかよくなったんだ」

「? うん」

「ふぅん。じゃ、こんどうちにきなさいよ。きょーりょくプレイするわよ」

「いいの? ありがとう! じゅりあちゃん」

「あわわわ、や、やめておいたほうが」

「じゃ、わたしもいく。みみもいくよね?」

「えぇっ」


 なんだか、思っていたよりも仲良くなれそうで安心した。ホラーゲームとなると、演技の経験値にもなりそうだ。昔は全部想像で補うしかなかったから、足が折れて引き摺る幽霊役の時に解剖生理の勉強をせねばならなかった。「自分で考えろ」ってタイプの演出家さんも多かったしね。けれど、今は図書館に入り浸らなくても、教材に溢れていそうで助かる。



「すいません、お待たせしました」



 談笑していると、オーディションの日に見た若いスタッフが扉を開けて入室した。そのあとに続くのは、平賀監督と、それから、プロデューサーらしき人。というかあれ、倉本君? 年取ったなぁ……。え、じゃあ脚本の赤坂君って隣の? そっか、二十年経ってるんだもんね。

 ……前世に身寄りがなかったことは、不幸中の幸いだったのかも知れない。


「どうも初めまして。私が今回のドラマのプロデューサー、倉本孝司といいます。現場のことは平賀監督に任せてどっぷりと構えているだけなので、気軽に接してくださいな。はっはっはっ」


 倉本君はそう、黒いサングラスの下で人好きのする笑顔を浮かべ、安心させるように告げた。陽気な態度は子供たちへの対応としてはばっちりだったようで、美海ちゃんなどはあからさまに肩の力を抜いている。


「僕は脚本家の赤坂充典です。台詞回しや意味なんかも、わからないことがあったら聞いてくださいね」


 懐かしいな。昭和六十年代、小さな制作会社と深夜ドラマの撮影をしたことがある。そのときにかけずり回って仕事して、大人顔負けの情熱を身体全体に宿していた少年が、当時十八歳の倉本孝司君だった。大学に通いながらテレビの勉強もしていた彼と私は当時同い年であったこともあって、どことなく親近感を覚えたものだ。

 当時はアシスタントディレクターで、彼の傍には脚本家志望の少年がいつも一緒に居た。深夜ドラマで悪霊の演技が開花していった私を、はじめて、本物の悪霊だと間違えて気絶したのが彼――赤坂君だった。あとから謝って、当時の私には大金だったチャーシューメンのチャーハンセットを奢る羽目になったのを、よく覚えている。


(なつかしいなぁ)


 あの頃には、もう戻れない。死者を演じてきたからこそ、その不条理は思いの外、身近なものだった。


「――最後に。俺が監督の平賀大祐だいすけだ。今日からはみんなを身内だと思ってビシバシ行くから、よろしく頼むぞ」


 そう、平賀監督はオーディションの時よりも砕けた態度で、そう告げた。


「まず、赤坂先生から今回のドラマの筋書きと配役について話していただこうと思う。先生、お願いします」

「はい」


 赤坂君は人好きのする笑顔で、会議室のホワイトボードの前に立った。


「まだ仮題ですが、今回のドラマはイジメとミステリーにスポットを当てたものです。主人公は女優の相川瑞穂さんの演じる新人教師“水城沙那”。副担任として赴任した彼女を支える担任教師に、俳優の月城東吾さん演じる“黒瀬公彦”が大人のグループの中心です。君たちにはそんな彼らの担当するクラスの、クラスメートとして出演していただきます」


 なるほど。イジメがスポットされるのなら、私たちの役目もまた中心的なものになる。当事者が子供。解決に乗り出すのは大人、かな。


「まず、正義感が強いクラスのリーダー、夏川なつかわ明里あかり役に朝代珠里阿さん」

「はい! やった、いい子のやくだ……」

「次に、心優しい大人しい少女だが、なにかと押しつけられるいじめられっ子、春風はるかぜ美奈帆みなほ役に夕顔美海さん」

「は、はい。がんばります!」


 赤坂君はホワイトボードに関係図を書きながら、わかりやすく説明をしてくれる。というかこの関係の根本ってもしかして、私がオーディションでやった即興劇だろうか?

 琴線に触れてくれたのであれば役者冥利に尽きるというものだが、どうせなら私は悪霊がやりたい。いや、新人から仕事を選ぶなんて言語道断だが。


「続いて、クラスの中では悪のリーダー。ハーフの少女で、クラスを影から握る今回のテーマのキーパーソン、柊リリィ役を空星つぐみさんにお願いします」

「はい。せいいっぱいがんばります」

「うん。ありがとう。そのリリィが唯一気を許す友人、秋生あきみ楓役に、夜旗凛さん、よろしくお願いします」

「はい」

「秋生楓には、梓という高校生のお姉さんがいます。梓役にはみなさんがオーディションのときにご一緒なさった皆内蘭さんを起用しておりますので、よろしくお願いしますね」

「はい、わかりました」


 凛ちゃんはそう応えたあと、私の耳元で「しってるひとでよかった」と囁いた。凛ちゃん、友達を作るのが上手だから、そこまで気にする必要は無いと思うのだけれどね。


「そして。演者の皆さんにもギリギリまで正体をお伝えしない謎の少女がいます。イジメや学内外で起こる様々な事件や問題にヒントをくれる少女です。彼女を、空星つぐみさん、あなたにやっていただきたい」

「! ひとりふたやく、ですか?」


 二役を別人のように熟す。演技を行う上で、二人の人間を同じ舞台で切り替えるのは難しい。新人の、それも子役に与える仕事としてはけっこうな難易度だ。


「それは、負担ではありませんか?」


 そう告げたのは、小春さんだ。小春さんは私の負担を考えて、控えめに手を挙げながらそう聞いてくれた。


「もちろん、相応の負担はありますでしょう。ですからもし、空星さんが辞退――」



 辞退?

 役を降りる?



 脳裏に蘇るのは、いつかの会議室。誰を演じる演じないでもめる共演者を押しのけて、私は一人運命の火蓋に指をかけた。あの瞬間の、心に炎が灯る刹那の激情を、忘れたことはない。

 桐王鶫は、与えられた仕事を選ばない。なら、空星つぐみは? 答えなんか、一つしかなかった。



「やります」

「――つぐみ様、よろしいのですか?」

「はい。だって」


 そう、降りるなんて、そんなことはあり得ない。



「そんなおもしろそうな役、やらないなんてもったいないです」



 こんな挑戦、受けなければ女優の魂が腐り落ちるというものだ。

 そう心のままに告げると、何故か、赤坂君たちはぴたりと動きを止めて、目を見開いていた。


「――み、さん?」

「は、はは、気絶はもうごめんですよ」

「っ」


 ええっと、どうすれば良いんだろう?

 訳もわからず、ただ、返事を待つ。奇妙な空気は肌に痛く、私は、首を傾げたまま座っていることしか出来なかった。





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[良い点] ワクワクドキドキ(≧▽≦)(≧▽≦) [一言] この章をありがとう
[良い点] 読み始めました。とてもおもしろいです。 これからどうなっていくのか、どんなドラマになるのか楽しみです。
[良い点] まだ序盤の10話ですが、読んでいると表現が伝わりやすく作品に引き込まれます。 先が読みたいけれど、終わらないで欲しいと感じさせてくれます。 これは感想を書き込みたくなりますね。数字がのびる…
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