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私に纏わる死止奮刃  作者: 三人天人
朝ぼらけ
6/6

浅草寺妖怪街へようこそ 2

「ん?・・・・・・・・お、おぉおおーーー・・・・」

 目の前には先ほど背にしていたはずの仲見世通り。

 賑わいは変わらず、やんややんやと活気に溢れる喧騒が辺りに満ち満ちている。

 通りの店々の軒先には真っ赤に塗られた提灯がずらりと灯されて、紫色の煙に霞む通りの向こうまで赤光の鎖となってゆわりゆわりと緩やかな波を描きながら伸びている。

 目の前では右に左にと、さっきまで居た仲見世通りと変わらぬ混み具合で賑わいに満ちている。

 路端で団子を喰らうモノ、店から張り出した長椅子に腰かけて談笑しながら酒を煽るモノ、小銭が足りぬと怒鳴る店主に突っかかるモノ。

 先程とは大きくその喧噪の意味合いを変える、一見雅な街並みにそぐわぬその光景と、最も異様なるは、行き交うモノが

「な、なんだこれぇぇぇぇぇええええ!!?」

 見渡す限りお化け、お化け!お化け!お化けぇ!!

 お腹の大きく張り出した小柄で禿げ上がったお化け!

 頭から牛の角を生やして牙を剥き出しにした大柄なお化け!

 私の膝くらいまでしかない目をぎょろぎょろ回す皺くちゃのお化け!

 毛玉の塊のような体を揺すりつつその間から伸びた腕で焼き鳥を焼くお化け!

 ずるりずるりと歩けば皆が鼻を摘まんで道を譲る真黒い襤褸切れを引き摺ったお化け!

 お化けお化けお化けお化けお化けお化けお化けお化け!

 見渡す限りに異様な姿の化け物が道を往き、瓦を飛んで跳ねて駆けずり回る異常空間。

 思わず気が遠のきそうになっていると、綾子さんが脇をゴリっと肘で突いてきて無理やり覚醒させられた。

「っった!な、何すんですか!?」

「この程度で失神されては困りますよ。それに失礼でしょう、あまり動揺しないでください」

 慣れてるんでしょ?などと宣われる。

 確かに慣れているけど親しんではいないのだ!

「ひゃあっ!」

 足元をネズミのような黒い影がいくつもシュシュッと通り過ぎて足首を撫でられる。

 思わず飛び退って綾子さんの腕に縋りつく。

「なななななんなんなんなななんですかココぉ!」

「ですから丑鬼組の管理する妖の街です。みっともないので離れてください」

「イヤですぅ!せめてよりどころになってくださいこわいぃぃぃ!」

 見渡す限り異様が跋扈する街に私は完全に気圧されてしまった。

 いや、いやいやいや!とてもじゃないですけど無理です無理無理!

「大丈夫です。ここに居るモノ達はこちらから働きかけなければ危害を加えません。特に、私たちは提携の組織、ここを取り仕切る丑鬼組から睨まれては生きづらいですからね。えぇ、基本的には無害だと思ってください」

「アンタはゴキブリやクモは無害だからって目の前にいても平然といられるのかよぉおお!」

「コラッ!口を慎みなさい!ここの妖に対してそのような事は絶対言ってはいけませんからね!あと離してください!」

「うぅ、ごめんなさい気を付けます・・・・」

 流石に失言だったと反省する。

 とはいえだ、物心ついた頃からずっと脅かされ続けてきたのだからもう生理的に怖い物は怖いのだ。

 せめて人の形をした幽霊とかならまだしも、おとぎ話か古い絵巻に出てくるようなお化けがそのまま道を歩いている光景など到底容易に受け入れられるものではない。

 それから二分ほど離れて嫌だ恥ずかしい見捨てないでの押し問答を繰り返し、最終的に綾子さんが折れてくれて羽織の裾を握っている事は許可いただけました。ギリギリ妥協点・・・・いやそりゃあ妥協してくれたのは綾子さんですけど私としてはこの心許なさを少しでも慰められる拠り所が無ければ、こんな空間とても耐えられるものではないのだから勘弁してほしい。

 綾子さんの羽織の裾を指先で摘まんで、しかししっかと握り締め、その後に付いて妖の仲見世通り進んでいく。

「お!鬼縫さんの!食ってくかい?!」

「お晩です。お頭様に御呼ばれしていますから遠慮します」

「なんでぇツレネェなぁ」

「鬼縫の嬢ちゃん!ホレ!ヤッてくかい!」

「お頭様に呼ばれていると言っているでしょう」

「いいじゃねぇかちょっとくれぇ」

「あんまりしつこいと告げ口しますよ」

 ・・・・通りを往く間も絶え間なく、綾子さんに妖たちが声をかける。

 なんとなく既視感のある光景だが、先日のそれに比べて声をかけてくるのが犬歯の迫り出した3mは有ろうかという大男や髭もじゃの小男やらだったりするのだから、その威圧感たるや半端な物ではない。

 私にもやいのやいのと声を掛けてきている気がするけど、悪いけど全部無視。

 下を向いて綾子さんのお尻だけ見てひたすら歩くだけ。

 俯いたままでいると、突然石畳からしみ出すように現れた目玉にギョロっと覗きこまれて

「ヒィッ!」

 と飛び上がるほど驚く。

 うっかり顔を上げれば屋台の上から覘く肉感生々しい巨大な毛無しの牛の顔に睨まれて

「ひゃああ!」

 とよろめけばモサリとした感触に阻まれて振り返ると大きな毛玉が開いて内側から無数の目が目が目がボボボボボボボボと浮き上がり

「んぎゃあああああああああっっ!!!!」

 と自分でもどうかと思うほど品の無い悲鳴を上げて綾子さんの背に飛びつく。

 周囲からゲラゲラと笑い声が上がっている。

 泣きたい、いや既に泣いております。もう本当に勘弁してほしい。

「・・・・依子さん、あなた先日もっと恐ろしい妖と対峙したのに、あまつさえ撃滅せしめた癖に、どうしたのですその様は」

「だだだだってぇ・・・・」

 そんな感じでトボトボ歩く内、小さく揺れていた綾子さんのお尻が止まって危うくぶつかりそうになる。

「お晩です番頭さん。今宵も賑やかですね」

「お晩です鬼縫さんや。いつもご苦労さまです」

綾子さんと誰かが挨拶するのが聞こえて顔を上げると、目に入るのは大きな朱色の眩しい門構え。あの宝蔵門だった。

その真ん中に立つ紫色の布のかかった大きな櫓(番頭台、というらしい)が有って、綾子さんはその上に向かって挨拶しているらしい。

私も顔を上げてみてまたヒェっと情けない声が零れ出た。

高さ2m程の櫓の上から顔を出しているのは犬、櫓の縁に肘を置いて、下にいる私たちを覗き込んでいた。

顔は柴犬か狼か、いずれにせよ紛うこと無き獣のそれだというのに、縁に乗った腕は成人男性のそれであり、あまりにも生々しいギャップにくらりと視界が揺れる。

「おいおい、その嬢ちゃんは大丈夫かい?顔色が悪いぜ?」

「あぁ気になさらないで、あまり妖方に慣れていないのです。何かと不躾な振る舞いをするやもしれませんが、何卒ご容赦くださいますよう」

 綾子さんが丁寧にお辞儀するのが分かって、私も頭を振って気を取り直すとすぐにお辞儀をする。そら顔を見るなりはらひれと気をやってしまっては無礼というものだろう。

 当の番頭さんはと言えばガッハッハと口を開けて笑っている。

「なんだいなんだい、見たとこ見鬼だろうに、随分と苦労してきたんだなぁ嬢ちゃん」

 耳をぴんと立ててそう語る犬の頭、またつい呆気に取られていると、つま先を固い物が軽く蹴立ててきてはっとする。

「あっ、す、すみません、まだあんまり慣れないもんで・・・・」

「がっはっははは!しゃーないしゃーない!ま、悪いようにはせんし悪い奴らじゃねぇからよ、もっと肩の力抜いて気楽にいてくれや。まぁその内慣れらぁ!」

 今度は耳を横に伏せて目を細めて笑う。犬顔なのに随分と表情豊かで、おまけにとっても優しい。

 おかげでどうにか気を取り直せて、ハハハ・・・と愛想笑いができる程度には持ち直せた。

「・・・・本当に申し訳ございません、無礼を働いた時にはキツク言いますので」

「いいっていいって!いいってこと!それよりアレだろ!お頭様の件だろ、聞いてるぜ。ホレ、これ持って進んでくれや」

 深々と頭を下げていた綾子さんが顔を上げると、礼を言いながら何かを受け取っている。小さな木片、自分も首に下げている木札とよく似ていた。

「では依子さん、向かいますのでついてきてください」

 番頭にさんに軽く会釈して歩いていく綾子さん、ついていこうと踏み出して数瞬、思い至って綾子さんの裾を離すと、改めて番頭さんにお辞儀をする。

 それから歩き出そうと前を向くと

「嬢ちゃん、お名前は?」

 と番頭さん。

「あ、あの、的井依子です!ホント、失礼しました!」

 これを聞いた番頭さんは一瞬目を丸くしてみせるも、すぐ元の調子に戻ってニカリと口角を上げてみせた。

「そうかい。的井さんや、俺らの(なり)なんてのはニンゲン脅かすためにあるようなもんだい。だから全っ然気にするこたぁ無いぜ!むしろもっと驚け驚け」

 ばぁと舌を出しておどけた顔を見せる。

「依子さん、置いて行きますよ?」

 宝蔵門の途中で立ち止まっていた綾子さんが声を上げた。

 一度そちらに手を振ってみせ、また番頭さんに向き直ってありがとうございますとなるべく明るく言うと、私は綾子さんの後を追った。

 その私の背に向けて番頭さんが張りのある高らかな声で、お芝居の役者のように叫んだ。

「どうぞぉお気楽極楽にぃ!ここがワシ等自慢の御雑作処!よおこそ華の浅草妖怪街!ゆっくりしていけよぉ!」

 


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