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私に纏わる死止奮刃  作者: 三人天人
朝ぼらけ
5/6

浅草寺妖怪街へようこそ 1

 

「今後の事もあるので覚えておいてください」

 あの後、粗方の掃除を終えて鬼着の皆さんの隔離をし終えた頃にちょうど業者さんが来て、現在も蔵の修復作業の真っ最中。

 小物さん達の整理も終わり、予定通りに夕方、綾子さんと一緒にお出かけです。

「この通り、普段我々が生活し、観光客もとめどない雷門ですが、ここが彼らの拠点の入り口となっています」

 黒白ツートン生地のそこかしこに薄く短冊のような模様の入った着物を纏う綾子さんが、通りの向こうを手で示しながら淡々と説明する。

 上から纏った暗く濃く赤みがかった羽織が、袖から覘く手首の白さを際立たせてより一層優美に飾っている。

「あの通り、ただ潜るだけではただの門ですが。通行証を持ち、正しい作法を行えばあの門は異界への通用門として機能します」

 締める帯は、こう、日に焼けて痛んだトロフィーについているリボン、というのはあまりに風情が無すぎるけれど、ごめんなさい、私の語彙力とか知識ではこの橙色を正確に表す語句が出てきません。

「都内だけでもいくつかこういった箇所はございますが、代表的なのは吉原と芝公園の大門ですね。別に門に限らず、妖の拠点となっている場所は多くの場合我々こうして暮らしているのとはまた違う空間に作られている事が多いです。所謂(いわゆる)「異界」と呼ばれるものですね」

 真っ白な足袋を飾る雪駄の鼻緒もまた橙色。着物の黒に乗せたソレとはまた趣の違う色彩で、つま先からてっぺんまで実に雅に染め上げている。

 過度な装飾も無く、かといって決して地味にならない。

 着物の美しさもさることながら、やはりこのスタイルと面立ちあってのも物だろう。

「そちらの方にもその内紹介に伺いますが」

 だって、仮に私が同じ着物を着てもこうはならないだろう。私は肩が怒り過ぎているし何よりタッパが有り過ぎる。

「万が一もあるので近い内に全ての作法を覚えてもらって・・・・」

 綾子さんのように、撫で肩でほっそりしていないと、そう、特にお腹が。

 あぁ、綾子さんのようにシュシュッとして腰回りだったなら私もこう、パンツやフレアスカートに逃げずにワンピースとかジャンパースカートとか着てみたいものだけど。うん、綾子さんのワンピース姿とか見てみたいかも

「何をじろじろと見てらっしゃるの?」

「へ?・・・・わぁあ!ご、ごめんなさいつい!」

 気が付くと目を顰めた綾子さんにジロリと睨まれていた。

「話、聞いてらっしゃいましたか?如何に言葉を尽くしても、耳に入らなければ無駄という物なのですけれど」

 冷え冷えに冷え切った声音に背筋を撫でられる。本当にごめんなさい、あんまり聞いてませんでした。

 スーッと細い溜め息を溢して一拍。さっさと歩き出してしまう綾子さん。気が付けば横断歩道は緑へと変わっていて周囲でも一斉に道路を横断し始めていた。はぐれてはシャレにならないと慌てて細い背中をおっかける。

 カッツカッツと進む足音が怖い。

「ご、ごめんなさい・・・・えっと、アレですよね!なんか、入るのに手順がいるとかなんとか」

 雷門の目の前まで来てくるりと踵を返す綾子さん。機敏な動作ながら裾も捲れず袖も翻らず、その所作は常に優雅そのものである。

「あら、ちゃんと聞いているじゃありませんか。でしたら、これから言う事こそより真剣に聞いてくださいね。私、同じこと何度も教えられるほど情け深くも無いので」

 冷たい目でつるりと一瞥されて改めて背筋と耳がしゃきりとする。

 だいたい、それというのも綾子さんの視線吸引力が高すぎるのがいけないのです。色彩といい造形といい悉く綺麗すぎるのだ。しょっちゅう見惚れさせられる方の身にもなってほしいというものだ。行き交う人という人、皆が綾子さんを見留めては振り返っているのがその証左ではないか。

 とはいえ、流石に二度目は無いと確信して真剣にその作法を覚える。

「左の柱に二度、右の柱に三度触れ、左の仁王に二礼、右の仁王に一礼。そのまま門の右を通って仲見世側へ出たらそのまま門を潜って出る。これだけです。簡単でしょ」

 ゆっくりと、しかしスラスラと語られた内容をどうにか頭の中で反芻する。

 えぇと、右に、アレ?左の柱からだっけ?いきなり忘れてるじゃん!

 頭に疑問符を浮かべながらアワアワしている私を見てフッと溜め息をついた綾子さんが門に向って歩き出した。

「まぁ見た方が早いでしょう。ついてきてください」

 とっとと歩いて行く綾子さんにアワアワしながらついていき、その動きを懸命になぞる。

「左の柱に二度、右の柱に三度触れ」

「左に2、右に3、と」

 行き交う人の流れを避けながら柱を撫でる綾子さん。私も人をかき分けながら柱にタッチしていく。

 反対の柱に触れて振り返り、戻って仁王像に軽く二度お辞儀、また右の方へ行ってお辞儀を繰り返す。

 周囲にどう映っているのかがちょっとだけ気になる。何をしても様になる綾子さんと違い、私の動きはいかにも慣れていないソレなので、不審者として映っていないかと思うと若干の恥ずかしさが込み上げてきた。

 お辞儀を終えると、門の横へと向かう綾子さん。定食屋さんを右に、門を左手にして仲見世へと通り抜けると

「はい、では入ります。渡した割符はちゃんと身につけていますね?」

「はい!この通り!」

 雷門の裏側で、私はパーカーの胸元からするりと木製の板を取り出す。ジェンガのブロック程の小さな木札には朱色の紐が通してあって、パッと見では本当にただの木片、意味深な模様も不気味な梵字も書かれていない。これで通行証ということなのだけれど、まぁ先日の事件の折に借りた手ぬぐいにしたって別段怪しい外見はしていなかったし、案外そういう物なのだろう。

 私の木札を確認した綾子さんが、軽く目を伏せてこれを認めると、再び前を向いて背筋を伸ばした。

「結構。では潜ります。付いてきてください」

 そう言って歩みだすのに付いて門へと踏み出した途端、周りの景色がじゅわりとぼやけて靄がかかるように薄らいでいく。

「へっ?えぇ!?」

「驚くのは構いませんが歩みは止めないように。置いてけぼりになると私でも探すのが大変なので」

 しれっ言う綾子さんだが何それこわいんですけど。

 置いて行かれたらどうなるのか考えると背筋が寒いので、しっかりとその背中について歩く。

 ものの数歩で大通り側に出るはずの門の道。にも拘らず、十歩二十歩と足を進めても一向に両脇にぼんやりと流れていく門の柱が途絶える事はない。

 気づけば視界の先に薄紫色の煙がぶわりと広がって、門の先をすっかり隠して二歩先すらも碌に見えない。

 時間して三十秒ほど。次第に靄が晴れ始めて、その隙間から赤白い光が射し始める。

 その光に躊躇なく踏み込む綾子さん。

 ・・・・正直怖いけど、ここでビビッてもしょうがない。

 一瞬の逡巡の後に覚悟を決めて、息を止めて煙に突入する。・・・・のも束の間、煙はあっさりと晴れて一気に視界が広がった。


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