某
“鬼着”とは、妖退治を生業とする者共が生み出した問題の先送りである。
平安の治世、人に仇成す妖を、斬っては捨てず解き解し、糸と紡いで機で織り、魅惑の衣裳と相繕っては帝に献上していた一族がいる。
鬼縫の織る布はいずれも目を奪って止まぬ艶やかさで、何を元とするかを知りながらも欲する者が跡を絶たぬ蠱惑の品。
飾れば春秋飽きることなく、着れば馬子とて侍大将。場末で花摘む娘にしても、婿探しには困らぬ困らぬ。いやさ嫁には着せられぬ、たわけ沸く事蛆の如し。と畏れ混じりに謳われた鬼縫の衣の数々は、無論の事並々の民草には知れぬ秘密を秘めている。言わずもがな、その布には鬼が宿るのだ。
鬼縫が妖を元に織る衣は、いずれも貴族の欲するところであり、確かな財貨を以て鬼縫は影に日向に栄華を極めて此方へ至る。
さりとて、その悉くが一路順風とは往かぬのが世の常。
名退治屋にして機織りの大家とあっても御し難く、また捨て難い異様もまた巡り合うこと度々に渡る。
『高砂の雷獣 春雷松割』
『蔵王の雪女 白雨』
『武蔵の血風 辻斬り無鞘』
『富士の病樹 餓圓』
『婿盗り姑獲鳥の鵯』
『筑豊の嵐征 赤鬼嶽丸』
『越後の燎元 熾狒』
いずれも名うての妖足れば、人が纏えば気が狂い、ならばどうだと別の布まで分けても分けても、また寄り集まっては災禍を振り撒き大いに頭を悩ませた。
仕舞いには、一着一妖と破格の仕立てで繕われし七つの衣。
殺そうにも手に負えぬ。
売ろうにも手が掛かる。
捨てようにも気に罹る。
困りに困って行李に放って蓋をする事数世紀。
時は元文二年、桜町天皇の御代。
豪商『絹居屋』その隠し蔵、月夜に怯まず忍ぶ影が一つ。
胴にも項にも付かぬ曰くの品に手を伸ばす者が現れて。