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水色の色  作者: 早摘大豆
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答え

「じゃ、長らくお世話になりました。四国の方に来たときはぜひ寄って下さい」


「いえいえこちらこそ。ああでも、今年は水色ちゃんもうちの娘も受験ありますからねぇ。来年からかな」


「おー、そうでしたそうでした。ま、気長にね。ではでは、お待ちしておりますので」


 ……多分、私が思っていた程には事態は深刻じゃなかったのかもしれない。よくよく考えてみると私と水色個人の関係はどうあれ家同士の付き合いというのもあるし、思い返せば両親ともどもわりかし仲が良かった。会う機会それ自体がまるっと消えるようなものでもなかった気がする。


 うちの両親の横に突っ立っている私は今、車に乗り込む三島家の見送りをしていた。とは言え、私の言い分も水色の言い分も互いに昨日伝えまくった後なので、正直今特別話さなきゃいけないこととかは無い。なんとも気まずい感じがする。


 勢いに任せて泣きじゃくったお陰でとてもすっきりしてはいるけれど、まあ、あれだけの痴態を晒した手前どうにも恥ずかしさみたいなのはあって、落ち着かない。今更なんだという気もするけれど、理屈だけでどうにかなる話でもないのである。


「ほら、お前からも何か挨拶しなさい」


「え、あっ、うん」


 お父さんが何か催促してきたので、しどろもどろになりつつ若干前に出る。……出たからといって頭の中のもやもやが形になったというわけでもないので言葉が詰まった。助けを求めるように思わず水色に視線を向けると、相も変わらず無表情気味な顔の頬を両手人差し指で押し上げて、何やら笑顔っぽいものを作っていた。何やってんだかよくわからなかったけど、少し気が紛れた。


「えと。おっ、お元気で」


「あかねちゃんも高校受験、頑張ってねぇ。応援しているわ!」


「あ。ありがとうございます」


 結局出たのはそんな無難な言葉だったけど、まあ、別にいいだろう。家族単位での挨拶なんてこんなものだ。


 車に乗り込んだ三島家は最後に窓を開けて、個々別れの言葉を一言ずつ言っていった。私たちも同じように返し、最後に水色と目があって、互いにちょっと含んだような笑みを交わして別れた。


 過ぎていく車の排気音と砂利を踏むタイヤの音。雲一つない蒼穹と降り注ぐ太陽の光が青々とした田んぼに照り返して、夏の匂いを薫らせた。


 なんだかあっさりした別れだったけど、別にこれが最後じゃない。私から会いに行く。絶対に終わりになんてしない。そう決めたから、今は少し悲しいだけだ。


 でも。


「……なぁんか、忘れてるような……」


 ――私って、どう?


 ――一週間以内に回答してほしい。


「あ゛」


 結局私はあの問いに答えていなかった。いや、昨日言ったようなものだったのかもしれないけれど、でもちゃんとこれは言葉にしなきゃ絶対に駄目だ。


「やばいやばいやばいやばいやばいッ!!」


「ちょっ、どうしたの!?」


「お母さんッ、ちょっと行ってくるッ!!」


「ちょっとってどこに!?」


「水色んとこッ!!」


 全速力で駆け戻った家から自転車の鍵を引っ張り出して、その拍子になにか色々と物を吹っ飛ばしつつ叩きつけるようにしてロックを解除する。慌てふためきながらペダルを踏み、思いっきり踏み込む。


「ちょ、今から行って間に合うわけないでしょ!?」


「大丈夫ッ、近道知ってるからッ!!行ってきますッ!!」


 坂道を駆けあがる。


 砂利を吹き飛ばして路地を駆け、タイヤをすり減らしながら立ち漕ぎで疾走する。


 神社の境内を飛ばして怒鳴り声が飛んできて、ごめんなさいって叫びながら階段を無理やり滑り落ちる。


 転ぶかと思った。すごく危ない。けど、それでも伝えなきゃいけないと思った。今じゃなきゃダメだって思ったから。


 息が荒い。喉が苦しい。酸素が足りない。でも止まらない。


 漕いで漕いで漕いで、足が攣り掛けたけどそれでも漕いで、もう馬鹿みたいに叫んで、これでもかと気合を入れて、足りないものは根性で補って、苦しい筈なのにいつのまにか笑っていた。


 楽しい。


 何でだろう、けど。


 どうしようもなく嬉しいんだ。


「水色ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 坂道を思いっきり自転車で駆け下りて、駆け下りながら声を張り上げる。バックミラーに私が映ったのか、驚いたような表情で振り向く水色がわかった。


 でも、次の一瞬私の喉は詰まった。別に噛んだとかそういうわけじゃない、単純に何言うか決めていなかったんだ。


 何やってんだ、私!


「水色はぁああああああああああああああッ、おまっ、おまえの色はぁあああああああああああああああッ!!」


 水色の色ってなんだ!何が言いたいんだ私はッ!!


 もうここまで来るとヤケクソだった。酸素足りてないから顔も真っ赤だし、車に自転車で追いつくのはやっぱり無理があったからどんどん離れていくし、もう時間なんてほとんどないし!


 だけどその嬉しそうな水色の顔だけは鮮明に焼き付いていて。


 だから何か、言葉を届けたいって。


「あかね色にしてやるからなああああああああああああああああああああああッ!!」


 馬鹿だッ!!私は馬鹿だッ!!よりにもよって何言ってんだッ!!これじゃ答えになってないしッ!!意味不明だしッ!!支離滅裂だしッ!!恥ずかしいしッ!!大声で言う言葉じゃ全然ないしッ!!なんだよあかね色ってッ!!なんなんだよあかね色ってッ!!


「ぜっ、はぁッ、はッ、はっ、はッ」


 荒い息と共に道の脇にへたり込む。もうこれ以上ないってくらい疲れたから、眼を閉じて額に手をあてて、空を仰ぎながらただ空気を入れ替えていた。


 ……結局、その反応は見えなかった。私の言葉が届いたのか、届かなかったのか。それはよくわからないけれど、でも。


 蝉の声が降ってくる。やかましいそれを聞きながら木漏れ日を浴びて、そんなふうに杉の木の下で涼みつつ、水色の車が消えた道路の先を見ていた。


「水色の色は、あかね色だ。決定!」


 そう宣言した。


 別に、だから何だってことはない。


 それで私たちの関係の何が変わるというわけでもない。


 けど、私が本当に変わるために、その決意を忘れないために、この恥ずかしい言葉は覚えておこう。いつかこの言葉で笑い合えるように、いつまでも笑い合っていられるように。


 苦しいこと、辛いこと、悲しいこと。目まぐるしく変わる私の見る世界の色、だからこそ今私が見ている色を忘れないでいるために、この言葉を叫んでいよう。


 そしていつか本当に水色がわかったときに。


 私の色を、探しに行こう。そう思った。


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