五日目
なんということでしょう。朝六時なのに水色ちゃんがまだ来ていない。びっくり。
「……え、初めてじゃないこれ」
なんだか私は落ち着かなくなって、縁側をうろうろ行き来しだした。もしかして来る途中で何かあった?とか、病気だったりするのかな?とか、色々考えてしまう。あの子あんまり病気とか罹らないし、多分大丈夫だとは思うんだけど……。
結局朝ごはんまで水色が私のおばあちゃん家に来ることはなかった。もやもやを抱えながら食卓を囲いに行くと、お母さんが私に声をかけた。
「あらあかね、随分寂しそうじゃないの。水色ちゃんがいないとやっぱり落ち着かない?」
「いや、別に……そんなんじゃないけど。どうしたのかなーって……心配なだけ」
ちょっとしどろもどろかつ早口で返しちゃったから、なんか私がほんとに寂しいみたいになっちゃってむっとする。そんなことはない。本当にただ心配なだけだもん。……ちょーっとだけ、寂しい気もするけど。
「うん?もしかして聞いてないの?水色ちゃん今日お引越しの手伝いあるって言ってたんだけど」
え?
「引越し?誰の?」
「誰のってあんた……水色ちゃんのおばあちゃんのよ。最近物忘れが多くなってきたから心配で、水色ちゃん家に連れてくんだって」
……え?
「え、っと。え?そうなんだ。ふーん。私は全然聞いてないけど。うん。ええと、それじゃ、今の水色のおばあちゃん家はどうすんの」
「引き払うって聞いてるけど。あんたたち仲良いし、てっきり聞いてると思ってたんだけど……そっかぁ。やっぱり話しにくかったのかなぁ」
「へぇー。……そう。へぇ。えっと。……もしかして、今年の夏休み、水色帰るのっていつもより早かったりする?」
「うーん、確か明後日に帰るんじゃなかったかなぁ。なにあんた、それも聞いてないんだ。なんか隠してたみたいでやんなっちゃうわ」
明後日。……一週間の、期限。
私たちは結局のところ、帰省中にしか会うことはない仲だ。夏休みと、冬休み。限られてはいるけれど、それでもそれなりにゆっくりしていられる時間で、二人一緒で、いっつもそうして過ごして来た。
けど。
「……じゃあ、もしかして」
「……あ、うん。三島さん家、ちょっと前から挨拶回りしてるよ。これまでお世話になりましたー、って……」
なにそれ。
「そうなんだ」
いきなり変なことを聞いてきたのも。
なんかいつになくしがみついて来たのも。
やたらと膝枕ねだってきたのも……いやそれはいつもだったけど。
もう会えないからだったって、そういうことなわけ。
「……馬鹿野郎」
朝ごはんの味はまるでしなかった。あんまり好き嫌いはしてこなかったけど、生まれて初めてまずいと思った。ちょっと、塩っぽい味がした。
「ばっかやろおおおおおおおおおっ!!」
さて。唐突ですが私、夏霞あかねはこれより山登りしようと思います。どうせあの野郎は今日来ないでしょう。なので、お怒りな私は思いっきりお山の頂で怒りを発散しようと思ったのであります。
「あーくそっ。くそっ、くそっ。ふぅーくそっ。あんちくしょうめ、くそっ」
くそっ、という掛け声とともにずんずん進む。くそ芋虫がいないから足取りは軽い。私はそれなりに体力あるのだ。あんちくしょうがいなけりゃ倍のペースで歩ける。なんなら走れる。
お山は大して高くない。ちゃんと今回は虫除けスプレーをして来たので、殲滅対象の糞虫どもは寄ってこない。爽快だ。軽やかな水音を聞きつつ石を執拗に踏み潰しながらずんどこ歩く。はぁーくそっ。
「私にぃっ!くそっ。一言くらいぃっ!くそっ。なんかねぇのかぁっー!!くそっ」
なぁーにが「私って、どう?」じゃボケ。それだけで察せるわけねぇーだろアホ!私は何だ!超能力者か!ちゃんとそういう重要なことは具体的に言葉に出して言え!!
「だいたいぃっ!くそっ。ずっと一緒にいたんだからさぁっ!くそっ。もっとなんかさぁっ!くそっ。こう、あるでしょ!?くそっ」
ちょっと区切ったところでくそっのペースが乱れ、若干息苦しくなった。つらい。けどそれ以上にイライラする。
「私はなぁっ!!私だってなぁっ!!」
言葉がそこから続かない。だって、私自身何が言いたいのかわからないし。
山頂はすぐついた。だいたい家出てから一時間くらい、ちょっとだけ疲れたけど大した距離じゃないし、このくらいならあんまり休息も必要じゃない。
少し開けた原っぱみたくなっているところにどっかりと寝っ転がる。冷たい、湿気った土の感触。やたら青々と晴れやかな空を仰ぎ、呟く。
「私は……」
何してんだろ、と素直にそう思った。
ここに来たってどうしようもない。ここにいたって会いたいやつに会えるということもない。怒りを発散しに来たのに道中ぎゃあぎゃあ騒いでいたからそれも済んだことだ。ほんと、何しに来たんだか。
「……私は」
……あいつと、もっと一緒にいたいのだろうか。
まあ、そうなんだろうけど。
あいつとは帰省中ずっと一緒にいる仲だし、それなりに長い付き合いではあるけど、でもそれだけ。私は友達だと思ってるけど、友達であるというだけのことでもある。どっちにしろ、私がもっと一緒にいたいと思っていても、そんなことを言うだけの権利なんてない。
友達は相手を束縛したりしない。友達っていうのはもっとこう、自由なものだから。
「はぁ」
結局私に出来ることなんてない。私は水色の家族じゃないし、よその家に物申すようなことなんてできないし、事情が事情なんだから、これはもう仕方のないことだ。この時どうしていれば、なんてIFの発生しようのない、生きていれば必ず突き当たる一つの運命。泣き寝入りするしかない。
残った時間であいつとどれだけ会えるのか――ふと、そう思った。もう二度と会うことなんてないのかもしれないけど、一生の内であいつと会ってる時間なんて一日二日違った程度じゃほとんど違いなんてありはしなくても、それでも、会いたいなってそう思うから。
じゃあ尚のこと、なんでこんな場所まで来たんだかっていう、そういう話になる。
……でもちょっと、疲れたから。私はそのまんま寝た。
* * * * * *
「おはよー」
「んあぁ……おは、よああああああああアアああああっ!?」
「んぐえっ」
私はびびって跳び起きた。その際思いっきり顔面からそいつと正面衝突してしまったけど、んなこたどうでもいい。
「んなっ、なっ、なんなの急に水色てめゴラぁっ!?いっ、いきなり影も形も無かったくせに膝枕されてるとビビるどころか死ぬわっ!!いきなりすぎるわっ!!」
「いやでも、泣いてたし。安心するかなって」
「余計なお世話じゃてめーこらっ!!だいたい誰のせいでこんなことになってると……」
じわじわ目覚めるにつれて意識が鮮明になってくると、なんだか的外れなことを言っているのに気づいて口を噤んだ。
よく考えたらいつも朝早く一緒に過ごすのに理由なんてなかったし、取り決めでもない。それを一日すっぽかしたくらいで怒るのもおかしいし、なんだか荒れてるのをこいつのせいにするのもおかしい気がする。一度寝て起きたらちょっとすっきりした。少なくとも怒鳴るようなことじゃない。
「……ごめん、というか、泣いてた?私」
「うん」
こいつはいつもとあんまり変わんない。こいつが何も言わないせいでこっちがどんな思いでいたのかとか、そういったことを考えるとはっきり言ってイラつくが……。
「そっか。泣いてたか」
でも、思っていたよりすっきりと、私はその気持ちを受け入れていた。ちょっとべたつく目元を拭って、あ、やっぱり腫れているなって薄く笑う。
不思議な気持ちだった。そんなふうに思えたのはきっと、目が覚めたとき一人じゃなかったから。その想いがどのような方向を向いているのか、その想いがいいものなのか、悪いものなのか。そんなこと私にゃわからないけれど、でも、少しほっとした。
「いつからいたの?」
「三時くらい。業者さんに荷物引き取ってもらってて、準備で遅くなった。お昼に家にいなかったから、びっくりした」
「そ。そっか」
水色は、今日も結局私のところに来るつもりだったのか。引っ越しの手伝いで来ないものだとばかり思っていたけど、よく考えたらそもそもそんなもの一日で無理矢理やるようなことじゃない。
つまり、言っていなかっただけで何日も前から準備それ自体はしていたはずだ。明後日に帰るんだとして、逆算して今日一日丸まる潰れるなんてことはありえない。冷静に考えたらわかるはずなのに、私は感情に任せて家から逃げ出した。
考えればわかったはずだ。でも、お母さんから話を聞いて、私に一言も無いまま居なくなってしまうというその事実が悔しくて、苦しくて、……何より寂しくて、だからそんなこと、考える余裕すらまるでなかった。
あんまり、素直に認めるのも癪だけども。
「なんだ。私、こんなに」
冷静じゃなくなるくらい、この子のことが好きだったんだ。
言葉になんてしてやらない。する気も、その必要もない。今更、だ。何もかも今更のこと。もう全部、取り返しがつかないくらい私たちの関係は定まってしまっていて、今更どうにもなりはしない。もう全部、全部がうまいこと収まってしまっていて、これ以上どうしようもない。
「馬鹿みたいだ、私」
自分の感情に気付くこと。誰かに向ける想いのその名前を、知ってしまうこと。それは全然美しいことなんかじゃなくて、手遅れになった今になってラベルに書き込まれた感情を、その収める場所の無いファイルを、私は当てもなく抱えるしかなかった。
「ねえ、水色。膝貸して。散々寝たけどちょっと疲れた。寝過ぎかな」
「いいよ。わっ」
私は水色のお腹に顔を埋めるようにして、腰あたりを抱きしめた。正直これは膝枕ではないけれど、その温さはひび割れたかのようだった私の身体を柔らかに潤した。
静かな夜空。
何も見えない。
見ようとも思わない。
ただそよぐ風と揺れる草、虫の鳴き声ばかりが耳に届く。
私の顔は温もりに包まれていて、抱き締めるその熱だけが、ともすれば私を私と知らしめていた。時折思い出したように聞こえる嗚咽がどこか遠くて、他人事みたいな顔をした私が一歩退いたところからそれをじっと見つめている。
不公平だと思った。身体も心も触れ合えば温かいもので満ちていくのに、私という存在は悲しいまま、苦しいまま、乖離してどこかへ行ってしまうその想いを、やがて為す術も無く見失ってしまう。
こんなに近いのに。
直に触れているのに。
水色は、私には遠すぎた。
「空、綺麗だよ」
唐突に、水色が言葉を発した。とりとめもない話題だったので、私はぼうっと答える。
「そうなんだ」
「うん。天の川が見える。都会じゃ見えないから、改めて見ると綺麗」
「そっか」
「光の粒がいっぱい。帯みたいに重なってて、川みたいで、……うーんと」
あまり話すのが得意ではないくせに、水色は言葉を紡ごうとする。
「……うん。綺麗」
「なんだそりゃ」
結局諦めたみたいだった。何がしたかったんだろう。
普段の私なら、何か気の利いたことのひとつやふたつ、何かしら口にしていただろう。でも到底、今の私はそんなこと、これっぽっちも思いつかなかった。こいつが何を考えていて、何を思っていて、何をしたくて何が欲しくて、何を求めているのか。
水色がわからない。目まぐるしく変わっていく私の世界は灰色に褪せていて、気付くチャンスはいくらでもあったこの感情の奔流で、愛おしさと絶望に塗り潰されていく。
なんで今更、明後日には居なくなってしまうであろう人を好きでいたことに気付いたのだろう。本当に馬鹿みたいだ。
「ねえ、綺麗だよ」
「わかったって」
「見ないの?」
「今顔上げたくない」
「そうなんだ」
「うん」
「じゃあ仕方ない」
――と、私の頭を、柔らかくて、けれどどこか恐る恐るといったふうに、撫でる手があった。ゆっくりと触れるそのしなやかな指、穏やかで落ちつく感触。心地よくて、けど少しだけこそばゆい。
「ごめん。言えなくて」
「……いいよ別に。でも、急だったからさ。怒ってないし、誰が悪いって話でもないし、……謝ることないよ」
「けど」
「いいから」
ただ、ずっとこうしていたかった。一緒にいて、一緒の時間で一緒のことをして、それで何か見返りなんて得られないことはわかっていて、でもそんな時間が、ただ一緒に過ごすだけのその時間がずっと続いていてほしいと、そう思っていた。
それが絵空事だってわかってる。ずっと続く関係なんてないことも、実家に帰らなくなるというそれだけのことで赤の他人同然の関係になってしまうことも、何より理解している。
私たちは結局、友達でしかないから。それ以上であってもなくても、このぬるま湯みたいな関係は終わってしまうとわかっているから。
友達は友達を束縛しない。束縛する権利を持たない。親友だって結局のところ友達で、そこまでの範疇ならどうしたって相手を自分のものになんてできやしない。
そんなことをしていいのは、恋人だけ。でも私には、そんな関係を水色に望むことなんてできない。女の子同士でそんなふうに思うことがおかしいって、これまでずっとそう思っていて、それが普通だ。私に限らずそう思う人は多いだろうし、何より水色がそう思っていないとも限らない。
まだ、友情で留めておける。抱き合うまでなら大丈夫。でも、それ以上はもうどうしようもない。拒まれたくないのだ、私は。だからずっとこのままで、なんて、そんなふうなことばかりを考えてしまう、そんな程度の弱い人間。
「……水色んちって、どこだっけ」
「四国のほう。けっこう遠い」
「四国、かぁ……。遠いなぁ」
身体の距離も、心の距離も、実際のところそんなに大きく違いは無い。転校していった大親友が、ずっと手紙を送るねと言っていたその子が、そう言ってからたった半年くらいで連絡が途絶えるなんて、そんなことありふれている。ちょっとした手間が段々めんどうになっていって、今自分を取り巻く人間関係に埋没する中で次第に忘れられていく。
それを責めるつもりはない。ないけど、それが寂しくないかというと、そんなことは全然ない。離れた先でちゃんとやれていることを嬉しく思うし、けど、そうして自分がその人の中から無くなっていくんだと思うと、素直に喜びきれないところもある。
遠く離れた誰かを想うというのは大変だ。離れた先でその人がまだ自分のことを想ってくれているのか、まだ私はその人のことを好きでいていいのか、そんなことばかりが次第に気になるようになっていって、怖くなる。好きだったはずのその人を、疑ってしまう自分が嫌になって、逃げだしたくなる。
水色のことは大好きだ。けど、それはこの場所でいつも一緒になれたっていうある種の担保ありきなのは否めない。私たちの居場所はこの田舎町で、そこでずっと二人一緒にいて、ここ以外を知らない。この場所と水色をイコールで結びつけてしまっていて、だから、それが無くなってしまえばもう私と水色を取り持つものは不確かな感情ひとつしかない。
人の想いなんていうそんな信じきれないものひとつで、どうしろと言うんだろう。見えないしわからない、保証も無ければ簡単に移ろう、そんなもの、どう信用しろと言うんだろう。
「あかね」
ぽつりと私を呼ぶ声が聞こえた。撫でてくれる手つきは穏やかで、優しくて、そして心地いい。柔らかいその声音は幼子をあやすようで、今の私には何より温かに染み込んでいく。
「別にずっと会えないわけじゃない」
「そうだけど」
「会いたいから会いに行く」
「遠いよ。すごく」
「距離なんて関係ない。バスなら五千円くらいだし、よゆう」
「遠いんだよ、とても」
「信じられない?」
「信じたい」
私は卑怯だ。自分からは何も言わないくせに、望む答えを引き出そうとしている。醜い。汚い。でもそんなことより恐怖が勝る。
会えるなら、会っていいなら、私から会いに行く。でも遠く離れたその場所に、会いに行くのは重くはないだろうか。わからない。どこまでが友達として許容されるのか、その範囲がわからない。心の距離が、わからない。
私はいつだって受け身だった。この田舎町に来れば会える、そういうものだ。ぼうっとしていれば水色が来る、そういうものだ。何かしたいと言えばそれだけで全部受け入れてくれて、そんなある種都合のいい友人が水色だ、……そういうものだ。
そういうものだ、そういうものだ、そういうものだ。私はどうにもそればかりで、水色の気持ちというものを考えたことがあっただろうか。甘えていたのはどっちだ、依存していたのはどっちだ、上から目線でお姉さん面して、如何にも仕方ないなあといったふうな自分に酔っていたのはどこのどいつだ。
他でもない、私だ。
「……ねぇ、水色。私って、どう?」
ぽつりと漏れた言葉は、水色のものとまるで同じ言葉だったけども。その言葉が紡がれる過程が、あまりにも違った気がした。
小さく笑ったような音が聞こえた。
「どうというと」
「……そのままの意味」
「なるほど」
少し間が開いた。夜風の凪と、暖かくて柔らかい水色の体温が、ただそれだけが感じられている。
「お姉ちゃんみたい」
水色はそう言った。
別に、どんな答えを期待していたのかと言われると窮するけど。それは私の求めていたものではなかった。そしてそれを自分で理解してしまうと、もっと自分のことが嫌いになった。
私は、そんなことすら水色に言わせたいのか、と。
「お姉ちゃん、かぁ……。そんなんじゃ、そんなふうじゃ、全然ないんだけどなぁ……」
「だと思ってたけど。どっちかっていうと、妹みたいかも。あかね」
「えっ?」
でも、妹みたいって言われるところまでは読めなかった。
思わず顔を上げると、水色は穏やかに微笑んでいた。優し気で、いつも見ているのとは少し違ったふうな顔。それはどこか、お母さんに似ていた。
「だって、私が来るとすごく嬉しそうだし」
「うぇ、ほんと?いや、えっと、……ほんとに?」
「うん。けっこうわかりやすい。にこーってなる」
え。そんなふうになってたんだ。なんかちょっと恥ずかしい。
「……そっ!そうなんだ。ふうん。いやでも、それだけで妹って、なんか違くない?」
「ううん、まだある。膝枕してくれてる時、ちょっと自慢気だし。何かお願いすると、すごくにっこり笑うし。……あと、けっこう心配性だし。ずっと一緒だからわかる」
その目は、何もかも受け入れてくれそうな、そんな印象を私に抱かせた。
私の髪を漉く細い指が、その安心感が、見つめ合う形の私たちの、その心の境を溶かしていく。唇が熱くて、浮かされたようにぼうっとする。
「……そっか」
でもやっぱり、その先の何かをする勇気は私には無かった。立ち上がって服に着いた葉っぱを払い、ぐんと伸びをする。
「うーん、疲れた!帰ろ、水色。まだ明日は大丈夫なんでしょ?」
「うん。明日は自由。手伝うこともない」
「よし!じゃあ花火とかやろう!一応持って来てたんだよね。水色が帰っちゃう前に使わなきゃ、多分使い切れないし!」
これでいい。これ以上は、いい。
きっと水色は拒まない。でもそれじゃ、水色のことを考えていない独りよがりな私のままだ。だからせめて、会っていられる今の時間を、できるだけ明るく、水色の思ってくれるような私でいたいって、そう思った。
「楽しみ」
微笑む水色を見たら、それでいいんだって、そう思えた。