四日目
「おはよー」
「おうおはよう」
間延びした声が縁側で寝っ転がる私に届く。水色ちゃんであった。早朝6時を告げるニワトリ系幼馴染だ。
「コケコッコーって言ってみて」
「?やだ」
「!?」
ちょっとした衝撃だった。え、この子断ることあるのって感じ。
「水色ちゃん、立派になって……」
「うん」
なんか満足げだ。楽しそうで何より。
そして水色ちゃんは、そのまま仰向けの私のお腹にひとつの断りも無く頭をダイブさせてきた。うぐぇ。でもちょっと定位置なとこある。
迷い無く飛び込んでくる水色を見て、ふと思った。私のお腹はそんなに気持ち良いのだろうか?と。そんなに気持ちいいなら私も頭を乗っけてみたい。でも私のお腹に乗っけることは不可能だ。でも乗っけてみたい。うーむ。困ったなぁ。
「水色―。お腹に頭乗っけさせてー」
「……いいよ」
なんか一瞬間があったから、多分ちょっと葛藤してた。ごろりと転がって水色が仰向けになり、私も転がって頭を乗っける。なんかちょっと微妙な顔してた。
「ううむ……」
これは……。
「もっちり……」
弾力はけっこう強い。あと、温い。頭を揺らすと肋骨に当たって若干痛い。悪い気はしないけど、居心地いいかと聞かれると、普通。
ついでだし転がって別の位置も探ってみる。胸枕である。
「うぐぇ」
「ううむ……」
これは……。
「硬い……」
おっぱいで柔らかいのでは?と思ったけど思いの外肋骨であった。後頭部が痛い。あと、水色のおっぱいが潰れているのでちょっと痛そう。うーん、これはダメだ。次。
「うぐぇ」
私はゴロゴロ転がってふとももに行く。一番水色のダイブ率が高い場所だし、ここはちょっと期待してみよう。いざ。
「ううむ……」
……これは。
「水色、ちょっと痩せてるね」
いや、わかっていたことではあるけども。そんなに柔くない。全体的に引き締まってるから、無駄肉とかついてないし、頭を乗っけるには向いてない。私は起き上がった。
総括。
「……ダイエットしなきゃ」
私が太っているのでは説が有力になった。辛い……。
朝食に手をつけるのが若干怖かったけど、ご飯食べないと余計太るってテレビで見たのでちゃんと食べる。せっかく作ってくれたものを残すのはもったいない、失礼だと個人的には思ってるし。なので、ダイエットといっても食事的な制限は加えられない。
「水色。君どうやって体型維持してんの」
「あかねもそんなに太ってないと思うけど」
「痩せてるやつに言われると嫌味に聞こえるな……。くそっ」
なぜ気付かなかった。こんなにのんびりのびのび日々を過ごしていれば、駄肉がつくのなんて当たり前ではないか。私は悔いた。
「まぁいい。目標は水色が乗っかってもあんまり気持ち良くないレベルの減量でいこう。まだ大丈夫、まだ大丈夫、私はまだ豚じゃない……」
「それは困る。むしろもっと太ってほしい」
「嫌味かきさま」
こんにゃろめ。今に見ていろ。
私の過酷なダイエットが始まる。
――と思ったけど、よく考えたら身体測定の体重は標準より下だったし、肥満判定受けたこともないので、やっぱりいいやってなった。だいたい、鏡で見てもそんなに目に見えてデブってるわけでもないし。うむ。きっと大丈夫。
「よかった」
「……やっぱり運動した方いいのかなぁ」
嬉々としてふとももダイブしてくる水色を見て、やっぱりちょっと危機感を覚える私なのであった。
午後。
「水色―」
「なに?」
ふとももに頭を埋めてご満悦な水色の耳に、私は唐突に攻撃を仕掛けた。
「っ!?」
「あいたっ」
耳フーである。耳にいきなり息を吹き掛けるアレ。その効果は思いの外劇的で、水色はびくりと飛び跳ねると同時に私の頭に激突した。痛い。
水色ちゃん、顔を真っ赤にさせて猫が威嚇するみたいに後退りしている。フシャーって言い出しそうな様子がなかなかどうして面白い。
「……いきなり何を」
「いや、面白そうだと思って」
私たちの行動には、基本的に脈絡なんて無い。なんかやろうと思ったら即行動、だいたいそんなもんである。別に、脂肪云々の件を引き摺っているわけではない。ないよ。ほんとだよ。
「いやでも、けっこう弱いのね、耳。なんか意外」
「……あんまりやらないで」
なんか心なしぷりぷりしつつも、結局は私のふとももに戻って来た。……そんなによいか。そんなによいのか、このもっちり感が。くそっ。なんか複雑だ。
「ストップ」
「うおっ、まだ何もしてないぞ」
「やろうとした」
ジト目で私を見つめる水色。ふとももに後頭部を乗っける体勢に変わったので、現在私たちは真正面から見つめ合う形になっている。なんというか、すごく落ち着かない。いやぁ、私の耳フー未遂が原因だからなんとも言えないけど。
「これでよし」
「あんまり良くない……」
そのまま水色は寝てしまった。顔が私を見上げるかたちなので、落ち着かない。仰向けになればいいんだけど、別に今は寝るって気分じゃないのよね……。
鼻に指を突っ込んでやろうかという小学生的な発想も浮かんだが、それはちょっとさすがにどうなのよと善良な私が待ったを掛けたので踏み止まった。しかしなんとなく負けたような気がしたので、別の手法に思いを巡らす。
……太ってないもん。
あ、いや、自分で勝手に太ってると思い込んでやたらと痩せてる水色にあたってるのは確かなんだけど、多少なりとも悩んでる時にむしろ太れって言われると、ちょーっとだけイラッと来るのだ。くそっ。こいつめ、駄肉に悩まされるがいい。
まぁ所詮私の悩みなんぞ、ろくに持続しないちょー浅いものではあるけど。
……。
「ふん。きさまはきさまがきもちよいと言った肉布団によって死ぬのだ」
ごめんそんなことなかった。けっこうイライラするわ。やたら育ってる我が乳の暴威を食らうがよい。
「んもが」
ふはは。どうだ、思い知ったか。私は膝先に両肘をついて頬杖をし、水色の頭を乳で叩き潰してやった。これでちったぁ息苦しいだろう。脂肪に溺れよ。
「もちもち」
が、水色は顔を素早く横に倒し、むしろ頭全域を覆い尽くすもちもちに気持ち良さそうな表情で寝直した。無念。適応が早い……。
やり場のない虚しさを抱えつつ、水色観察日誌四日目が過ぎ去っていった。あと三日、いや七日目が報告日だから残すところ二日だけど、今のところ褒めワード集めは順調と言い難い。意外とノリは悪くない寡黙な犬系スレンダー少女。「どう?」と聞かれて返す分には確かに的を射ている気がするが……褒めてんのかバカにしてんのかちょっとよくわからん感じ。
まぁ、めんどうなことは明日の私が解決してくれるはず。めんどくさがりの私は厄介事の全てを後回しにして寝るのだった。