三日目
「おう今日も早いじゃねーの」
「おはよー」
「……何か言うことは?」
「もちもちしてた」
「……そう。そう……」
私の目元には色濃い隈があった。はっきり言って寝不足である。それもだいたいこいつのせいだ。芋虫化形態の水色の扱いはとにかくめんどくさいのだ。よほど疲れた時にしか見せないので油断していた。芋虫化するなら膝枕なんてしなかった。後悔しかない。
「……あのさ。君ももうそろそろ高校生なんだからさ。わりと重いのよね。それががっしりしがみついてきて、ひぃこら言いながら無理矢理引っ張らざるをえなかった私について、何か言うことはござらぬか」
「きもちよかった。ありがとう」
「満足げに言われてもね……」
私は大きな溜め息を吐く。反省ではなく感謝の意を表されてしまえばもう何とも言えない。まぁ、いっか……。
今日も今日とて早朝六時。基本的に水色は起きるなり私のとこに来る。私もこいつも眠そうに目を擦ってはいるが、なんだかんだ習慣通りに動いているのだ。ついでだしラジオ体操やってた時期もあったけど、めんどくさいのですぐやめた。
水色はぽすんと私の横に座ると、倒れ込むようにふとももに頭を乗っけた。
「おい、まだ朝だぞ」
「眠いから寝る」
「何しに来たんだこいつは……」
「きもちい」
「良かったな……」
そのまますっと、止める間もなく水色は脱力していった。頬をむにっと引っ張っても、何一つ反応しない。……本当に寝やがった。
「まじかー」
なんだか私も馬鹿馬鹿しくなったので、眠気に任せて寝た。縁側で足をぶらつかせながら、ぺたんと仰向けに倒れて目を閉じる。年季を感じる木の感触が、なんとなく心地よかった。
「うぐっ」
私が倒れるやいなや、水色のポジショニングが変わった。ゴロゴロ転がって這い上がり、腹が柔くて丁度良いのかそこで止まる。……微妙に寝苦しい。
結果だけ言うと、まぁ、寝ることは出来た。2人して朝っぱらから二度寝決め込んだ挙句、けっこう深く寝てしまったらしく、そのまま昼食まで起き上がらなかった。お母さんが一度見に来たみたいだけど、起こさなかったとのこと。無駄にお腹が減った……。
「水色よ」
「うん」
「駄菓子屋行こーぜ」
「わかった」
というわけで、小腹が空いたのでこのド田舎にたった一箇所だけ存在する私の心のオアシスに向かうことにした。コンビニもないのよね、ここ。
駄菓子屋とは、なんか昔ながらの菓子やら何やらが置いてある寂れた店である。今どきの子はまぁ買わんよなっていうラインナップではあるけども、無いよりマシだ。ラムネとかある。
道路はガタガタ。古いなんてもんじゃないけど、歩くぶんには特別不便ということもない。私たちはあっつい気温に辟易しつつ、まったく車も通らないので二人並んで歩いていた。
辿り着いた駄菓子屋。店の前にアイスの入った台が置いてあるので、さっそく漁る。そう。私の目的はこれだ。店舗内のやつじゃない。こっちはわりかし新しいのも置いてあるので、むしろそれ目的で来てる。
「ハーケンダッツあるじゃん、これにしよ。水色は?」
ハーケンダッツとは、なんか鉤っぽい独特の渦を巻いた氷菓子のブランドのことで、ちょっとお高いもののなんかリッチな感じの味がするやつである。ハーケンはドイツ語で鉤という意味で、ダッツは特に意味無いとのこと。何なんだよダッツ。
水色は1番安いやつを手に取っていた。無難オブ無難、誰もが思い浮かべるアレだ。
「ボリボリ君」
「ああうん。そうね。そういや君食べ物にもあんまり頓着しないもんね」
外は暑いのでさっさと店内に入って、座敷の奥の方でのんびりしていたおばあさんに声を掛けて会計してもらい、おまけで飴を貰って私たちは駄菓子屋を後にした。
店の真ん前、アイス台の隣にある長椅子に座ってさっそく開封。アイス買うとついてくる小さい木べらですくって食べる。おいしい。
「うーん、やっぱりこれだねぇ。ぶっちゃけ特別ほかのアイスよりおいしいって気もしないけど、なんとなくおいしい気がする」
「そうだね」
ボリボリ君を無造作にボリボリ食べながら、特に感慨を得ることもなく水色は答えた。多分何も考えてない。私の言葉に反射で肯定してるだけ疑惑が持ち上がる。
「おいしい?」
「うん」
一応聞いていた。おいしいらしい。うむ。よかった。
なんとなく私のアイスの一角をすくって、水色の口元に近づけてみる。ぱかっと口が開いたので、つっこむ。
「あむ」
「いかが?」
「おいしい」
「ボリボリ君とどっちがおいしい?」
「どっちも」
「さいですか」
やっぱり拘りとか無いみたいである。好き嫌いしないのはいいことだ。うむ。褒めワードに追加しておいてやろう。よきにはからえ。
すると、水色はじっと自分のアイスを見つめ始めた。じーっと眺め、一旦目を閉じてから、ずいと私に差し出す。
「どうぞ」
「あ、いや。別にいいよ、なんか悪いし」
なんか迷ってたじゃん今。どうも私の認識が間違っていたらしい。この子、もしかしてボリボリ君けっこう好きなんじゃなかろうか。
どちらかと言うと普通に現代っ子である私は、ボリボリ君って主体的に食べるものっていう印象があんまり無かった。なんか冷蔵庫に余ってるやつがあったら食うか、みたいな感じ。前々から水色はボリボリ君ばっか食べてるとは思ってたけど、まさか好きで食べてるとは思っていなかった。なんかごめん。
「いや、食べて」
「いやいや、いいって。私ボリボリ君あんまり好きじゃないし、というか食べたことあるし」
「ん」
「え、いや、ほんとにいいんだけど」
「ん」
「……じゃあ少し」
「うん」
是が非でも食べさせようとしてくるので、仕方なく端っこをちょっと頂いた。ボリボリ君だなぁって感じの味だった。それ以上の感想はあんまり湧いてこない。ボリボリ君って、どの味食べても最終的にはボリボリ君だなぁって感想になるのよね。
まあ、それで水色ちゃんは満足したらしく、ボリボリ食べて完食した。私も半溶けしたハーケンダッツをすくって食べ終え、ゴミ箱にしっかり入れて立ち上がる。満足したし、帰ろ。
その後は、まあ、のんびり縁側で夕焼けを見て一日を終えた。お風呂に浸かっている時、あれ?今日アイス食べて終わったな?という衝撃の事実に気付いて一人震えていた。……午前中って体感短いけど、寝て過ごすとすごい一日がすっかすかになるよね。