黒と白の攻防(注:リバーシに非ず)
【角谷】「よく『読みやすい文章のかな漢字比率は7対3』とか言われるけど、その辺り、元印刷関係者から見た場合どうなの?」
【琴乃】「読みやすい文章というのは二通りあると思うんです。単純に視覚的なものと、文脈というか文章の内容的なものと。印刷側が関わるのはおもに前者ですけど。
同じ文章でも縦書きと横書き、字詰や行間などで見た目の印象はずいぶん変わりますが、例えば比較的各社フォーマットの似通っている文庫本だと現在は大体一行38文字前後、ページ16~17行で計算上600字前後のものが多いですね。といっても600字びっしり詰まっていることはまずないので、改行とか段落使いによっては五割近くてもさほど黒く見えなかったり……あ、『ページが黒い』っていうのはページあたりのインク面積が多いという意味です。画数の多い漢字が多いと印刷インクの量も増えますから。逆にカタカナが多かったり、あと会話文が続いて改行が多くなると空白部が増えて全体印象として白っぽくなるので……」
【角谷】「『ページが白い』と。マンガと同じだね、というか同じ印刷か。失礼」
【琴乃】「いえ。それで先ほどの字詰の話に戻るんですけど、これが新聞になると本分一行12文字ぐらいしかないので割とギチギチに詰まってみえる、というか少しでも情報量多くしようとそうしてるんじゃないかと。コラムなんかは改行一字空けのかわりに記号一字で文字数節約してますし。段抜き見出しや写真等でメリハリのあるレイアウトだから目を引かれて読む気にもなりますが、むかし意見広告で全15段文字で埋まってたときはウンザリしましたもん。おもに校正で」
【角谷】「うわ~、聞いただけで目がチカチカしてきた」
【琴乃】「一般書籍などある程度の体裁が必要とされる物は、逆にページ数から字詰や行数を設定することもあります。文字数が足らない時には文字サイズを大きく行間を広めにとって調整したりとか。ただこれも限度はありますけどね。流石に書き下ろし文庫1ページ28文字12行挿絵無ってのを見た時には絵のない絵本かと」
【角谷】「……間に合わなかったのね、いろいろと」
【琴乃】「すでに一月延びてたので『急病』にもなれなかったようです」
【角谷】「よく落とさなかったね」
【琴乃】「幸か不幸かティーンズ向けシリーズ物の途中でしたから……」
【角谷】「それは……さぞかし胃薬必要な方々が」
【琴乃】「でしょうね。まあ、普通は過去の短編とかで水増ししたり、自費出版なんかだと『エピソード増やしませんか』とか『写真や図版入れませんか』などと勧めますから。
話は逸れましたが、視覚的な調整はそんなところですね」
【角谷】「ちなみに字詰や行数を設定する場合の基本フォーマットとかはあるの?」
【琴乃】「私のいたところは広告印刷寄りだったのですが、不動産広告の概要や約款などの10級以下の小さな文字で行間3分の1、本文サイズの11~18級ぐらいで2分の1、それ以上の大きさやルビがはいったりするものは3分の2からが目安といわれました。あ、ご存知だと思いますが級数は写植の文字サイズです。レイアウトにしたがって限られたスペースに文字数収めなければならないので、詰め打ちしたり文字に変形かけて行間狭めたりとか。『入らないから原稿削って』とは簡単にいえないですからね。詰め打ちで大体1割から、行が長かったり仮名が多いと2割近くは詰まるので、それを見越して指示してくるデザイナーさんもいたりして……」
【角谷】「結構難しいんだ~」
【琴乃】「まあ、書籍なんかはベタ打ち流し組ですから『この文字サイズで何字詰だから行間幾つで何行組』で単純計算できるんですけど(笑)」
【角谷】「それを先に言ってよ! なんか途中で変なオーラでてたし(笑)」
【琴乃】「文章を読みやすくするもうひとつの手段として『漢字を開く』というのがあります。これは書き手サイドの話になるので、角谷さんの方が詳しいんじゃないかと思いますけど……」
【角谷】「たまに『読者層考えるともう少し漢字開いていいですか』とか言われることあるんで、差し金さえ入らなければいくらでもどうぞ、と」
【琴乃】「え、そんなこと言っちゃうんですか?」
【角谷】「いや、言わないけど。さっきのお返し(笑)」
【琴乃】「あ~、もう!」
【琴乃】「以前、語彙力の鍛え方について書かれた本(※)を読んだ中に、書き言葉中の漢語と和語の割合について書かれていたんですが、その本の著者がある国語辞典の見出し語について調べたところ、全体のうち漢語が約半分、和語が3分の1、残りが外来語と複合語だったそうです」
【角谷】「へえ~。その割合でいくなら漢字と仮名半々で普通なのか」
【琴乃】「ただ、漢語が多用された文章は『固い』とか『重い』印象になりやすいですから、黒々とした見た目とあいまって読むのをためらうこともあるんじゃないかと」
【角谷】「黒々って……Gじゃないんだから(笑)」
【琴乃】「かといってやたらカタカナ語だらけでも意味として頭に入って来ないことも」
【角谷】「あ~、あるある。多すぎて脳が単語として認識しきれなくなって、一文字ずつ拾い出すせいでとっさに意味がとれなくなるんだ。歳のせいじゃないよね」
【琴乃】「用語については作風もあるので一概に『これが正しい!』とは言えませんが、個人的には和語の漢字表記は開いて欲しいですね。『ためらう』とか『うろたえる』とか漢字表記だとまず音読みしてしまうので、『躊躇う?』とか『狼狽える?』と変な止めが入ってワンテンポ遅れるんですよ」
【角谷】「たしかに『やまとことば』は仮名表記のほうがしっくりくるかな」
【琴乃】「……。締めのオヤジギャグ、ありがとうございます」
※参考書籍
『大人になって困らない語彙力の鍛えかた』(今野真二/河出書房新社)
(2019/08 『教科書ではおしえてくれないゆかいな語彙力入門』に改題、同社文庫化)