「小さな人形を抱いた少女」は小さいのか?
(『頭痛が痛い』発言より暫し見聞きした重言系の話で盛り上がる)
【琴乃】「『違和感を感じる』とか『馬がいななく』とか(笑)」
【角谷】「『湖に海水浴』とか『孤児として生まれる』……はちょっと違うか」
【琴乃】「湖は海水じゃないですし(笑)」
【角谷】「そうだっけ(笑)。ああ、『天高く聳える摩天楼』ってのがさ、『摩天楼は天高く聳え』なんて洒落たタイトル付いてたらつい買っちゃわない?」
【琴乃】「シャレだと思ったら素で間違えてたってやつですか。やだな~、それ」
【角谷】「金返せ~って?」
【角谷】「よく『嘘の中に真実を混ぜることで本当らしく思わせる』っていうのがあるけどさぁ」
【琴乃】「詐欺師の常套手段ですね」
【角谷】「小説でも変わらないでしょ。その前提となる真実が間違ってると気付いたら、それまでどんだけ入り込んでても、もう全~部嘘臭くて白けちゃうじゃない」
【琴乃】「う~ん、そこまでは……」
【角谷】「あ~、じゃあ一応『打消し表示』入れてもらって」※個人的な感想です。
【角谷】「例えば89歳の爺様が『初恋は幼稚園の先生』とか、54歳のおっさんが『子供の頃はまだあちこちに戦争の傷跡が……』なんて台詞が出てきた時に、引っ掛かりがあるかどうかなんだけど。年代設定は特に記述がなかったから年齢を現在基準で考えるとさ、前者の爺様の幼年期って戦前というか昭和ヒトケタ代なんだよね。そんな頃に庶民が幼稚園通ってるかな~って。ほらよく昭和初期(設定)のドラマなんかだと下町のガキンチョ達が『わ~~~』とか騒ぎながら町中走り回ってるイメージがあってさ」
【琴乃】「あ~確かに」
【角谷】「少し調べてみたんだけど、今僕らが思い浮かべるような幼稚園の形態は戦後の学校教育法が出来てからで、それ以前はお金持ちの坊っちゃん嬢ちゃんが通うようなところだったらしいんだ」
【琴乃】「へぇ~、そうなんですか」
【角谷】「それにうちの叔父さんが50代前半なんだけど、生まれたときには高度経済成長右肩上がりでさ。子供の頃は空地にビルやら住宅やらボコボコ建ってあっという間に風景が変わってったって。戦争なんて歴史の教科書の中の話で、修学旅行で広島行ってショック受けたクチらしい」
【琴乃】「父方の実家の近くには未だに機銃掃射痕の壁が残ってますけど……」
【角谷】「うん。だから人とか場所によって違ってくることも多々あるんだ。現代史なんか特にまだ生き証人いっぱいいるからさぁ」
【琴乃】「いわゆる時代考証ってやつですね」
【角谷】「それも含めて、専門書を書く程の知識は必要ないけど、突っ込まれて困らない程度の裏付けは取っておいて欲しいよねってこと。まあ、なかにはご都合主義や穴だらけの設定振り切ってでも読者を引っ張る魅力的な作品も無くはないけど、そういう力業がいつでも使える訳じゃないし。漫画と違って文章だけで同じ場所に案内しなきゃいけないのに、読者によっておじいさんが山へ行く目的が『柴刈り』だったり『芝刈り』だったり、はたまた『柴(犬)を狩りに』だったりとバラバラな受取方だったらその先の話変わっちゃうでしょ」
【琴乃】「マメシバを借りに……(笑)」
【角谷】「……。『柴刈り』の意味がきちんと分かっていれば、はじめから『薪拾い』と言い換えるなりして、しっかり読み手を誘導できるのに、ってこと」
【琴乃】「曖昧さの排除ということですか。文法上の例えならそれこそ『ここではきものをぬいでください』に始まっていっぱいありますよ。『小さな人形を抱いた少女』の『小さな』のは『人形』、『少女』どちらでしょう? とか」
【角谷】「頭から読んで行けば『人形』……かな?」
【琴乃】「惜しい! 70点(笑)」
【角谷】「え~、70ってことは Girl holding a little doll. で合ってるんだよね?」
【琴乃】「複合修飾語の場合、長いものから先に来るので『小さな』と『人形を抱いた』で区切ると語順が逆なんです。なのでこの場合文法的には『『小さな』人形を抱いた』の一塊で『少女』に掛かると解釈するようですね。なので、角谷さん流に言うと Little girl holding a doll. の場合は長い順に並べて『人形を抱いた』『小さな』『少女』になるみたいです」
【角谷】「ほうほう。じゃあ更に『その』を追加する場合には『人形を抱いた』『小さな』『その』『少女』になる訳だ」
【琴乃】「『その』が『少女』を指すのなら。『人形』の場合は『小さな』『その』『人形』ですね。ただ倒置法とか口語体だと変わって来たりしますし、知らない人は知~らないっと(笑)、じゃなくて、誤読を減らすため場合によっては『小さな人形。それを抱いた少女』とかセンテンスを分けるなりしても良いと思うんです」
【角谷】「流石は日本語奉行。勉強になりました」
【琴乃】「いえいえ、私もただの聞きかじりですから(笑)」
(最後のお題『後進へのアドバイスを一言』)
【角谷】「いろんな事に興味を持って見て、聞いて、試して下さい。雑学博士上等! 広く浅くで充分。引き出しはどんどん増やすべし。いつか実になる花が咲く。タンスの肥やしから大きな芽が出る事もある……かもね(笑)」
【琴乃】「昔と違って文字の間違いは『誤植』ではなく書き手のミスです。誤字、脱字等最低限の文字校(正)までやっての原稿アップと思って下さい。他人をあてにしても最後に還ってくるのは自分ですよ」
──本日は長時間お疲れ様でした。