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平成23年3月16日(水)



 本日は孤立地域への救援物資輸送任務。

 午前中、バラストタンク ((注1))の水を用いた甲板の清掃を実施。

 昨日から降り続いた雨に、放射能が含まれている可能性があるためだ。

 線量率計での計測では異常なしだが、念のためとのこと。


 舵取機室内にあるバラストタンクのマンホールを開放し、水中電動ポンプにより送水を行った。終了後、ついでに予備水タンク ((注2))にも真水(3番バラストタンクには真水が入れてある)を補給。

 ついでに調理室の蒸気管漏洩修理も同時に行うなど、朝からあわただしいものとなった。


 Wは護衛艦Aと共に、仙台市沖合に位置する宮戸島(人口900名)に対する救援物資輸送任務が付与されていた。

 とはいえ物資はすべて自艦内からかき集めたものだ。

 毛布200枚、非常糧食、懐中電灯のほか、ビニール袋数枚を重ねたものに水を入れ、それをさらに段ボールに封入した非常用水も準備した。


 派遣隊作業員だが、入隊歴の浅い海士が含まれていたためにチャンスと思い、機械員長に自分と交代させてくれと頼むとあっさり行かせてもらえることになった。

 やはり好奇心にはあらがえないものなのだ。


 0830頃現地着。

 現地のニーズを、護衛艦Aの調査隊が住民から聞き取り次第出発の予定。

 しかし、海面は漁業ブイや索などが多数浮遊した危険地帯で、Wも索を巻き込みそうになるなど安全な漂流場所を探すのに手間取った。


 1100頃、作業艇を降ろすも危うく索をプロペラに巻き込みそうになるトラブル発生。

 その後、何とか物資を搭載し、一路宮戸島へ。

 しかし、その過程も困難を極めた。とにかく海面に障害物が多いため、最微速程度でしか航行できない。しかも折から降り出した雪はやがて吹雪の様相を呈し始め、目を開けることが辛いほどの痛みを伴う勢いで目に入ってくる。

 顔面は冷たさを通り越して痛みしか感じられない。15分程度の間だったが、島に着くまでの時間がいかに長く感じたことか。


 そして島の漁港に入港。

 最初は被害が少ないのかと感じたが、そうではなく、なにもかもが流されてなくなっていたための錯覚だった。

 数百メートル程度の小さな港内には、至る所で漁船が腹を見せて転覆しており、岸壁も地盤沈下のため海面とほぼ同じ高さになってしまっている。

 漁港の裏手はすぐに小高い岩山があるが、その山の斜面へおぶさるように漁船が横たわっている光景は、実に印象深いものだった。


 漁港ではすでにAのリブ ((注3))と内火艇が横付けており、地元の人たちが軽トラなどで荷物を受け取りにやってきていた。

 W作業艇からもすぐに救援物資が降ろされたが、降雪はますますひどくなるばかり(でかい牡丹雪だった)で、視界も悪いことから休憩をかねてその場で待機することとなった。


 こうなると人間、探検をしたくなるものだ。

 漁港の終端には魚の荷卸兼加工場があり、早速上陸した者たちで行ってみた。

 建て屋自体はそれほど被害を受けているようには見えなかったのだが、やはり中に入ってみると、なにもかもが流された後だった。


 裏手に出てみると、その先には岩山をくりぬいた小さなトンネルがあり、その向こうには町らしきものが見えた。

 トンネルの上の岩山は半分崩れており、多少の恐怖感もあったが、みんなでいるとそんなことも気にならなくなるので、すぐにくぐり抜けて向こう側に出ていた。

 細い舗装道路は海岸に沿って町まで延びていたのだが、その途中には人の背丈を超える岩が転がっていた。途中の道端には石段があり、すこし上ったところに鳥居と石碑が見える。

 何かはわからなかったが、後で考えてみるとこういう場所がちゃんと流されていないのは不思議な力が働いているのかもしれない。


 100メートルほど歩くと、町があったところに出た。

 目の前に広がる光景は、ニュースで観たものと同一だった。

 海岸から100メートルほど内陸まで、すべてがグチャグチャだった。

 かつてそこには長閑な漁村というか住宅地が広がっていたのだろうが、後には破壊された建材の山しか残されていない。

 半分ほど形を保っている住宅もあるが、とても住めたものではないのは一目瞭然だった。

 多少罪悪感はあるものの、所持していた携帯電話のカメラ機能で写真を撮影した。

 あれだあけニュースで流されているのだから撮る必要はないと思っていたのだが、やはり現場を目の当たりにすると撮影しないわけには行かなかった。


 やがて天候も回復したので、島内巡りは15分程度で切り上げとなった。

 護衛艦Aのリブと潜水員が先行し、同じく内火艇が道を切り開いてくれたので、帰路は比較的に楽だった。とはいえ、上下にヒートテックを着用し、ツナギ服、ジャンパー、合羽を上に着込み、皮手袋と軍手の2枚重ね、靴下も2枚重ねという装備にも関わらず、やはり東北の寒さは甘くはなかった。作業艇機関の排気管の暖かさがこれほどにもありがたいとは。


 1400頃に無事到着。

 暖かい艦内に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。風呂に入っていいと言われたが、食事(シチューの旨いこと!)をとった後にツイッターで少しつぶやいてすぐに寝た。


 今日は遺体の揚収などはなし。

 作業員に指定されたので、午前中に看護長から説明を受けたが、度胸と覚悟以外には必要なものはなさそうだ。


 そういえば、今日は仙台沖にいたので朝から携帯電話が使えた。

 もちろん繋がりにくいのだが、無事に妻やお義父さん、実家の母と話すことができた。

 そして友人に今期と春からのアニメの録画支援もしっかりお願いしておいた。これで当面の心配はないと思う。


 今日で災害派遣活動は五日になった。

 まあ、実任務と言うこともあり、みんなの気持ちもどこか充実したものがあるようだ。

 心なしか機関科も、雰囲気が暖かいというか、団結したものが感じられる。

 これが長期化するとどうなるか心配だが、今のところは悪いものではないように思う。明日はどんな作業が待っているか分からないが、心の荒むことなく頑張っていきたい。

 さて、今日は音楽でも聴いて寝るか・・。




(注1)

 艦艇の傾きを調整するためのタンクのこと。艦内各所へ設けられており、タンク内の水をそれぞれ増減させることで艦の平衡を保つ。機関科応急工作員の所管。


(注2)

 補助ボイラに供する真水を蓄えておくタンクのこと。


(注3)

 LIB(複合作業艇)のこと。強化プラスチックとゴムチューブで構成される小型軽量の高速ボートで、立入検査や潜水員の支援などに用いられる。

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