平成23年3月15日(火)
本日はいよいよというか、ついにというか、遺体揚収の作業が待っていた。
福島第1原発はいくつかの原子炉がほとんどトラブルを起こしており、半径30キロメートル以内は捜索もままならない状況だった。
そのためか、自艦Wは北上し、特に被害の大きかった宮城県南三陸町の沖合まで進出していた。
町人口の半分が行方不明という状況もあり、予感めいたものがあったので、僕は機械員長 に頼んで、揚収部署がかかったら最初に自分が内火艇機関長で行けるようにしてもらっていた。
自分も何らかの形で関わりたい、或いは好奇心というものもあったのだが、そこは表に出さず、「自分は内火艇運行作業に慣れているから」という理由でだ。(機械員長にはお見通しのようだったが)
正午過ぎ、たまたま後部甲板に出た乗員が、水面下を漂う子供らしき遺体を発見した。
しばらくは内火艇降下の号令がかからず、合羽とカポックを着込んだ僕は、後部甲板で待機しながら(保安庁が揚収するのかな)と半ば悔しさ、半ば安堵の心境でいたのだが、やがて号令が入る。
そして内火艇を降下して、艇員皆で海面を捜索すると、しばらくして海面に浮かぶ小さな背中が見えた。
しかし、その肌質がどうも子供にしては浅黒い。
もしかして腐敗しているからか? とも思ったが、近づいてみると、それは子供ではなく老人男性、しかもかなりの高齢者だった。
揚収にはビニール製のモッコ袋 が使われた。
ビニールなのでなかなか海面に浸からず、遺体を入れるのにかなり苦労したが、小柄なこともあり、何とか艇員2名(自分含む)と作業員1名で収容することができた。
しかし、袋に入れる際、どうしてもうまく行かないため爪竿 を背中に当て引き寄せたのだが、そのときの堅い感触はなかなか忘れられないかもしれない。
その後、遺体の入ったもっこ袋はデッキクレーンで持ち上げられ、無事に後部甲板に揚収さた。
内火艇の揚収を終え、後部甲板に行ってみると、すでに遺体の洗浄作業が行われていた。
真水による洗い流し、そして消毒薬による清浄。
それらの作業を行っているのは、中心にいる看護長をのぞけば皆、若手の海士達だった。
2分隊の富田林士長など、普段は単なるアホだと思ってたが、さりげなく手を合わせる姿を見て、素直な人間だなぁと感心してしまった。
3分隊からも取手・西・旭の3名が従事しており、淡々とこなす姿に、いやはや、鈍いのか使命感があるのか、嫉妬すら覚えるほど眩しいものがあった。
もちろん自分も見ているわけにはいかず手を出したのだが、どちらかというと自分は好奇心の方が強いらしい。
ご遺体をつぶさに観察し、尿道にはカテーテルが挿入されたまま、腹部には流されたときにできたと思われる傷のほかに人工肛門がついているのを確認していた。
腸閉塞だったのだろうか?
臀部には褥瘡あり。
老人介護施設から流されてきたのだろうか、などと考えていると、やはり、身につけていた衣服が病院服らしいとのこと。そして目は開いているが表情はなく、寝たきりのまま、何もわからず死んでしまったのだろうか、などと想像してしまう。
自身が着ていた合羽などを真水で流し、医務室でその他ヘルメットなどを消毒し終えると、関係者に対するシャワー許可が下りたので、3分隊の海士とシャワーを浴びた。
皆、滅多にない経験に少し興奮をしていた。
たぶん自分もだと思う。
取手士長はこの期間中のことを日記に記しているとのこと。
僕もこの日記を付けていたので、そのことを教え、「何をして、どう感じたのかを書き残した方がいい」とアドバイスしておいた。
後で確認してみると、ルーズリーフにびっしりと書き込んでいるのが見えた。
電子辞書片手に真剣な表情。
いやいや、自分はどうもほかの人間を、考えが浅いと馬鹿にしがちだが、改めてそれを正さなければと思う。程度の差はあれど、みんな何かを考え行動しているのだ。
遺体の洗浄の後、取手と一緒にご遺体に向かって手を合わせることができたのだが、その老人だって、かつては日本の経済を支える立派な社会の担い手だったのだ。
今日はいろいろ考えることができた一日だった。
そして、自分では結構冷静に対応できていたと思っていたのだが、実はそうでもなかったのかもしれない。
護衛艦Tへの遺体引き渡しが終わり、すべての作業が終了した夕飯前。
食堂のソファに座ると、無性に眠たくなってきた。
しかも左腕がだるい。
今日の機械員長への頼みこみがあったせいか、明日以降、しばらく固定で遺体の洗浄作業員をやることになった。
送り人ではないが、せめて丁寧に敬意を払って(機会があればだが)遺体と向き合いたいと思う。
DVDプレーヤーでアニメをちょっと観て、今日はもう寝よう・・。
(注1)
機関科はエンジン専門の機械員、電機装置専門の電機員、艦内工作やダメージコントロール専門の応急工作員が配置されている。機械員長は、機械員の中のとりまとめ役である。
(注2)
網状の荷物運搬用の袋のこと。
(注3)
内火艇や作業艇の艇員が使用する、木製の長い棒。岸壁や母艦の横腹を竿部分で押して、艇が離れる際の補助的な役割として使用する。先端に鉄製の爪が装着されており、係留索を受け取るときや、海面に浮かんでいる物を拾うとき、航行中の艇員が自身のバランスを保つために使うときなど様々な場面で使用される。