9 おしりの小さな女の子
遠くの方で声が聞こえる。
視界は白くぼやけていて体に力が入らない。
何かに触れられている様な気がするけれど良く分からない
分からないけれどもなんだか心地いい
なんだか前にもこんな事があった気がする
全部が真っ黒な世界で漂っていたんだ
真っ黒な世界に白い光が現れて優しく包み込んでくれたんだ
丁度こんな感じに温かくって心地良くって・・・
触れられているその温かい何かに身を任せていると、再び意識が遠のいていった・・・。
「 着きましたよー♪ この辺りでいいと思いますよー♪ 」
『鰐釣り』の沼地から丸1日かけて移動してきた私達の足元には、いつもとは少し違う森の風景が広がっていた。木々の高さは今までの森よりもずっと低い感じで深い緑色には白や黄色、赤といった色が所々に混ざっていて幾分賑やかな感じになっている。
「 うむ。 遂に我々の時代が来たのだよ!! 」
ミーちゃんが私の体調を気遣ってくれて、昨日は一日狩りをする事もなく移動する事だけに専念した。お陰で私の体調もすっかり良くなって今朝なんて普段よりも朝食を沢山食べてしまった程だ。蜂蜜を採取するにあたってミーちゃんからレクチャーを受ける。
「 先生!! 質問があります!! 」
「 なんでしょう? ミス・リーノット。 」
あ。今日はこんな感じでいくのね。眼鏡まで掛けてるし。そう言えば『収納ボックス』の中に入っていたわね。あと伸びる棒みたいなのも。
「 今回はどんな感じで蜂蜜を採取するんですか? 」
「 良い質問です。 ミス・リーノット。 ですがその前に、先ずはこの森に生息する蜂の生態について説明をします。 」
ミーちゃんは物知りだ。普段はお道化た感じで話しているのでそうは見えないのだけれど、魔物の生態や魔法の知識だけではなく風俗、文化、歴史、世界情勢などあらゆる分野に精通しているのだ。実は本当のミーちゃんは今目の前にいるミーちゃん先生の方で、いつものミーちゃんは私に合わせてくれているだけなのかな?そんな事を考えているとミーちゃん先生が座っている私の方へ近づいて来て人差し指を立てながら顔を覗き込んでくる。
「 聞いていますか? ミス・リーノット。 」
「 は、はい!! すみません!! ちゃんと聞いています!! 」
目の前にミーちゃん先生の胸元が露わになる。私のシャツとスカートを貸してあげているのだけれども、同じシャツとは思えないほど煽情的かつ情熱的に見える。これが神の恩恵というものなのだろうか?ちっ。
「 こほんっ。 では話を続けます。 このようにこの森には大きく分けて2種類の蜂が生息していますが、今回私達が採取対象とするのは最初に説明した蜜蜂の方になります。 」
ミーちゃん先生は笑いや小ネタを挟むことなく説明を続ける。使いどころを考えているのだろうか?いや、これ自体がすでにミーちゃん先生の術中なのではないか?私は警戒感を強める。決して油断はしない。
「 つまりこの蜜蜂は生存数が減少しているので、なるべくなら蜂を傷つける事なく採取を行いたいという事です。 ここまで質問はありますか? ミス・リーノット。 」
「 ありません!! ルルーン先生!! 」
本当は色々と突っ込みたいのだけれども、今はまだその時ではない。急いては事を仕損じる、なのだ。
「 蜜蜂というのは巣を作る際に外殻の構造物を形成しません。 つまり巣作りは木の洞の中や、岩や倒木の隙間等で行われます。 今回は私自らが巣へ行き可能な分だけの巣を採取します。 女王蜂を残しておかなければ群れが全滅してしまう恐れがあるからです。 」
「 質問です!! ルルーン先生!! 先生は蜂に刺されてしまわないのですか?! 」
ミーちゃん先生の目がキラリと光ったような気がする。
「 実に良い質問です。 ミス・リーノット。 私自身は身体強化を使用するので蜂に刺される事はありません。 針が強化した皮膚を貫通出来ないからです。 ですがこの方法には1つ問題があります。 」
「 問題ですか? それは一体どのような問題なのですか? 」
「 蜜蜂の針は一度刺さると抜けずに毒の入った産卵管と共に体から切り離されてしまい刺した蜂は絶命してします。 私自身の皮膚に針は刺さらなくても着ている衣服に刺さってしまうのであれば意味がありません。 通常は針対策として防護服を着用するのですが今回はそれが用意出来ません。 」
「 ではどのような方法を取るのですか? 」
「 つまり・・・ こうするのです!! 」
その場でくるりと回転しながらミーちゃん先生は自ら着けていたシャツを脱ぎ捨てた。回転する度に着衣が体を離れ、遂には生まれたままの姿になってしまった。全裸である。と同時にポーズを決めたミーちゃん先生が私に向かって決めのセリフを言い放った。
「 ハニーー!! フラーーーーッシュ!!!! 蜂蜜だけに♪ 」
完全敗北した私には、何も言う事が出来なかった。
( なんだろ? これ。 )
『空間』の中で『収納ボックス』の横に置いた椅子に座りながら私は外の光景を眺めている。白い花を付けた太い木の根元辺りに全裸の少女の姿がある。ミーちゃんだ。その周りを親指位の大きさの蜜蜂がブンブン飛び回ってる。刺されているような様子もなくミーちゃんは木の根元に手を伸ばし次々と蜂の巣を取り出していく。私の方はミーちゃんの合図にしたがって小さな『入口』を開けてそれを『収納ボックス』に収めていく。私の『収納ボックス』の食料はミーちゃんの方に移し替えていたので採取を始めた時点では空になっていたのだが、採取を初めて半日も過ぎた頃には蜂蜜は『収納ボックス』の八分目程にまでなっていた。
( いやー♪ 本当に大漁ですねー♪ 先月来た時の5倍は採れてますよー? これ♪ )
ミーちゃんが念話で楽しそうに話しかけてくる。素人の私から見ても本当に沢山採れているようだ。その証拠に念話で作業状況をやり取りしている私達の所へ、
( スー。 ミーシャ。 沢山採れているみたいだからお土産に少し持って帰って来て。蜜蝋が付いたままの方がいい。 キャンドルとワックスを作ってあげる。 クローネに頼んでお菓子も作って貰うから。 )
なんて念話が入ってきた程だ。ウィルさんの頼みとあれば幾らだって持って帰ります!!採っているのはミーちゃんなのだけれども。蜂の巣を採りながら可愛くて小さなおしりをこちらに向けているミーちゃんに私は話かける。
( ねえ? ミーちゃん。 )
( はいはい♪ なんですか? スーちゃ♪ )
( その・・・ 恥ずかしくはないの・・・ ? )
( 見られて恥ずかしいような体はしていません!! 鍛えていますから!! )
まぁ、そうなのかもしれないけれども。普段でもミーちゃんは割と良く全裸になっていたりはするのだけれど、今回のは状況が少し違う。お尻をこちらに向けて突き出していたり奥の方の蜂の巣を採る為にそのまま足を開いて姿勢を低くしたりと、見ちゃいけないって分かっていてもついつい目で追いかけてしまって、見ている私の方が恥ずかしいのだ。森の中で長く独りで暮らして来たからなのだろうか?ミーちゃんは裸になる事に関して頓着が無い。そう思えば今の楽しそうなミーちゃんの姿も理解出来るし邪魔をしてしまおうとは思わないのだけれども・・・。
( ミーちゃん。 あのね・・・。 )
( お? なんですか? スーちゃ。 おお♪ 大物ゲットです♪ )
( もう少し・・・ その・・・ 隠したりとかした方が・・・ )
( 何をいっているんですか? スーちゃ!! これがミシャなのです!! ありのままのミシャを見て下さい!! )
( み、見て下さいって・・・。 )
さっきまで目で追っていた自分の姿を思い出して恥ずかしくなってしまう。顔が熱くなる。
( あはははっ♪ スーちゃは照れ屋さんですねー♪ 大丈夫ですよー? スーちゃの前以外ではちゃんと服を着ますよー。 ミシャにだってそこまでの露出癖はありません!! それに・・・ )
( ・・・それに? )
( それにあれですよ? この格好で恥じらうような仕草なんかしたら破壊力が増しますよ? )
そう言われた瞬間に恥じらい顔を赤らめるミーちゃんの姿を想像してしまって、私は流血してしまった。
『収納ボックス』が一杯になってしまったので私達は蜂蜜採取を終えて休憩する事にした。嫌がって『空間』内を走り回るミーちゃんに服を着せてから先程見つけた湧き水の出ている岩の方へ行き外へ出る。
湧き水で喉を潤し儀式用の祭壇を作ろうと思って岩の脇の方へと進んでいくとそれはあった。
直径1m程の丸い塊。表面は鱗模様で覆われていて小さな入口が1つ。
私が考えるよりも先に体に激痛が走った。
「 スーちゃ!! 駄目!! 」
ミーちゃんの声が聞こえたような気がしたけれど良く分からなかった。首の後ろが激痛でズキンズキンと脈を打ち熱くなっていく。耳には聞き取れない雑音しか入って来ない。地面に突っ伏してしまっているのだろうか?辛うじて見えてる光景の中でミーちゃんが目にも止まらい速さで何かを叩き落していようにも見える。そういえばミーちゃん先生が何か言っていたような気がする。地蜂だっけ?ちゃんと聞いておけば良かったなぁ。次からはもっとちゃんと話しを聞こう。私はそのまま意識を手放した。
朦朧とする意識の中で声が聞こえた様な気がした。ぼやけた視界の中で誰かが泣いているみたいだ。私の腕に何かしている様だけれども良く分からない。見えないから。聞こえないから。でも分かる。私を抱きしめてくれているのは私を大切に思ってくれている女の子だ。分からないけれども分かる。だってこんなに温かいんだもん・・・。
寒さで目が覚める。体中に悪寒が走る。頭は全然はっきりしない。視界もふわふわしていて一点を見つめている事が出来ない。寒さに震える体を誰かが優しく包み込んでくれる。温かい。それに柔らかい。私を抱きしめてくれている女の子は泣いているようだけれども私はそれを慰める事も出来ない。ただその柔らかさに身を任せている事しか出来ない。甘えすぎだね?私。ちゃんとあやまらなくちゃ。だから泣かないで・・・。
頬のすぐ横にふわふわの髪があった。アッシュグレーに茶色が混ざった髪。良く知っているいい香りがする髪だ。何処かを走っているようだ。少しだけ力を入れられたので抱き着いている女の子を服をそっと掴んだ。私のおしりにまわされた手に一瞬だけ力が入れられたような感じがした。寒さはもう感じないけれど起きていられない。眠たくってしかたない。小さなその背中にぎゅっとしがみ付いたまま私はその髪に頬を寄せたまま再び眠りについた。
目を覚ました私の視線の先にミーちゃんの姿があった。私は横になっている。ミーちゃんが体を拭いてくれているようだ。体はまだ思うように動かせない。私は力を振り絞って右手を伸ばしてミーちゃんの手を掴んだ。一瞬驚いた顔をしたミーちゃんは私の手を握りしめながらそっと微笑んでくれた。
「 大丈夫ですよ? スーちゃ。 もう大丈夫ですから。 」
返事をしようとしたけれども上手く声がでない。そんな私を見てミーちゃんは私の頬を両手で包み込みながら自分のおでこを私のおでこにそっとくっつけてくれる。暫くそうしていた後でミーちゃんは話を続けてくれた。
「 蜂に刺されたんですけれど、血清が効いてきたみたいなのでもう安心です。 なんの心配もありませんよ。 だからスーちゃはそのまま、ゆっくり休んでいて下さい。 ね? 」
優しい笑顔で話しかけてくれるミーちゃんの目は赤くって泣いた後みたいだった。私は伝えたい事が沢山あって沢山あるのだけれど何から伝えたらいいのか全然わからなくって嬉しくって悲しくって温かくって・・・。
「 大丈夫ですよ? ミシャはここにいますから。 だからゆっくり休んでくださいね? スーちゃ。 」
私の頬を伝う熱い物をそっと優しい指先で拭い取ってからミーちゃんは私の頭を優しく優しく撫でてくれた。私は心地よさに包まれながら目を閉じて、そのまま眠りに就いた。
私達の初めての冒険はこうして一度中断する事になった。
私達が『森の町』へ辿り着いたのはその日の夜明け前の事だった。
更新不定期です。