8 ダメだこりゃ
何処までも続く深緑色の森の中に空があった。木々の間には大小いくつもの沼があり水面には青い空が写し出されている。沼地だ。この2日間の移動は順調で今朝になって私達は旅の目的の1つに追加されたこの沼地までやって来たのだ。
移動中の狩りの方も順調で道中6匹の猪を捕まえる事が出来た。狩りの方法こうだ。まずはミーちゃんが上空から猪を発見、場所を教えて貰う。『空間』のまま近づいていって、そのまま、首ちょんぱっ♪うっ。思い出してしまった。決してそんな可愛いものではない。『空間』の内側には頭の方から流れる分しか入って来ないけれど、見た目だけなら辺り一面血の海になってしまうからだ。
一頭目の光景があまりにも凄惨だったので『入口』から誘いこんで中でミーちゃんが倒す方法に替えてもらったのだけれど、こっちは別の意味できつかった。猪とミーちゃんが『空間』で大暴れしてしまうからだ。ミーちゃん渾身の右フックが猪を『空間』の壁に叩きつけた時には、あまりの痛さに意識を持って行かれそうになった。痛い方を取るか、痛そうな方を取るかの判断を迫られた私はちょんぱの方、もとい後者の方を選んだのだった。血抜きの方は外でやって貰った。頭を掃除するだけでお腹一杯だったからだ。
『空間』を大きめな沼の上空に停止させて作戦会議を開く。今回の議題は鰐の捕獲方法についてだ。
「 会議を始めます。 」
「 はい!! 議長!! 」
「 ミーちゃんさん、どうぞ。 」
「 今回の狩りは、首ちょんぱ禁止でお願いします!! 」
「 そんな名前の技は知りません。 ですがどうしてですか? 」
確かに自分の中ではそういう認識ではあるけれども、正式名称にした覚えはない。何か格好いい名前を考えなくてはならない。
「 首ちょんぱしてしまうと、買取り金額が下がってしまうからであります!! 」
「 そんな名前の技は知らないと言ってます。 発言を控えてください。 」
「 それはどうも、すんずれいしました!! 」
ズルッ。
確信した。偶然とかそんなレベルではない。ミーちゃんは異世界の文化を知っている。それもかなりマニアックな部分でだ。帰ったらウィルさんに詳しく聞いてみよう。大体ドリフ繋がりって何?
「 こほんっ。 ミーちゃんさん、続けてください。 」
「 ですから買取り金額が下がってしまうのであります!! 」
「 皮を傷つけちゃ駄目って事? 」
「 そうなのであります!! 」
ミーちゃんの話によるとこの森で獲れる鰐の革製品は大変人気があるそうだ。中でも人気なのが腹の部分と頭から背中に掛けての部分だそうで、ここに傷が入ると買取り価格が下がってしまうのだそうだ。
「 何か対応策はありますか? 」
「 本官に良い考えがあります!! 」
『空間』内部に作った『釣り堀』で私は釣りをしている。私が腰かけている反対側には、楽しそうにこちらを見て笑っているミーちゃんの姿があった。
「 いやー♪ 大漁ですねー♪ スーちゃ♪ 」
「 そうね・・・。 」
「 なんだか、ワニワニパニ・・・。 」
「 言っちゃ駄目!! 」
「 んんー? なんだか可笑しなスーちゃんですねー。 」
私達がやっているのは『鰐釣り』だ。『空間』の中心辺りから壁に向かって幅2m長さ10m程の凹みを作る。全体の床を3m程の厚さにしてから、凹みの中心に近い方から壁際の方へ深さ2m程のスロープをつくる。凹みとは直角方向に直径30cm程の梁を3本渡す。1本は天井の中心から2m程下がった高さに。残りの2本は腰掛けられる高さで、凹みが深くなっている方に近い壁と凹みの間に1本、もう1本は中心からは離れて4m程の所に。凹みの中の深くなっている部分の壁に『手』を3本使って『入口』を作り沼の水を注ぎ込んで行く。『空間』全体の床の高さは沼の水面よりも30cm程高くしてあるので床全体が水に浸かってしまう事は無い。これで『釣り堀』の完成だ。
天井の梁からロープを垂らす。一方には輪を作っておき残りの3本の『手』で広げた状態で持ち『釣り堀』の『入口』近くにセットしておく。もう一方は『釣り堀』から離れた梁に座っているミーちゃんが持っている。私の方は『釣り堀』と壁の間の梁に座っている。手には毎朝の儀式に使っている長い棒が握られておりその先端には細いロープと餌が付けられている。『鰐釣り』の完成だ。あああ。
棒に付けられた餌を水面でバシャバシャと動かして鰐の興味を誘う。餌は会議の後で捕まえた大型の鷺さん達だ。この沼には魚も多く生息しているみたいで、それを狙って多くの水鳥も飛来している。こっそりと近づいて首を捕まえてポッキリと・・・やるのはミーちゃんにお願いした。どうしても無理でした。ごめんなさい。餌に興味を持った鰐が餌に噛みつくと同時にロープから『手』を離しミーちゃんがそれを引き揚げる。鰐はそのまま天井の梁にぶら下げられてしまう。ミーちゃんはロープの先端を腰かけていた梁に括り付けて鰐の方へと向き合う。
大きく深呼吸をしてミーちゃんは構える。曲げた右腕を腰の辺りに持って行く。左の手の平を右の拳に添える。光ったりしている訳では無いけれど力が込められていくのが分かる。拳の周りの空間が歪んでいるようにも見える。私はお腹の中がピリピリしてくる。一瞬の沈黙の後でミーちゃんは床を蹴り鰐の胸元の高さまで飛び上がると、そのまま拳を打ち込んだ。
「 必殺!! 猫パーーーンチッ!!!! 」
鰐を梁から下ろしているミーちゃんに私は以前から疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。
「 ねぇ、ミーちゃん。 聞いてもいい? 」
「 はいはい? なんですか? スーちゃ♪ 」
「 今の技の名前って『猫パンチ』でいいの? 」
「 そうです!! 必殺『猫パンチ』です!! 」
「 そうなんだ。 前に見せて貰った技とは少し違うみたいだったけれど。 」
「 そうですねー。 今撃った『猫パンチ』は内部の破壊を目的にしていますからねー。 折角の鰐に傷が付いてしまいますから♪ 」
「 へー。 そーなんだー。 」
「 そーなんですよー♪ 」
「 それじゃあ前に見せてもらった、崖を吹き飛ばしたあれは? 」
「 ああー。 あれは周辺を纏めて吹き飛ばす『猫パンチ』ですねー。 インパクトの瞬間に力を外に拡げる感じで撃つんですよー。 内部破壊の『猫パンチ』よりはずっと簡単ですよ? スーちゃも覚えてみませんか? ミシャが手取り足取り教えてあげますよ♪ 」
「 そ、そうね。 今度時間がある時にでもお願いしようかな? 」
「 任せてください!! スーちゃなら絶対に出来ます!! 」
「 それでね、ミーちゃん。 質問の方なんだけれども・・・。 」
「 はいはい♪ 何でも聞いてください♪ 」
私は深呼吸をして、意を決して聞いてみた。
「 どうして全部『猫パンチ』なの? 技の名前。 」
「 ミシャは猫ですからね♪ 」
「 ??? 」
「 ミシャのパンチは全部『猫パンチ』です!! 」
因みに『猫キック』という技もあるらしい。
梁から下ろした鰐は今度はしっぽの方にロープを括り付けて天井の中心から吊り下げる。顎の裏にナイフを差し込み血抜きをしてしまう。鰐は肉は食用になるらしい。淡泊で鶏肉に近い味らしく、こちらも結構な人気らしい。抜いた血はそのまま『釣り堀』に貯められて次の獲物を誘い込む為の撒き餌になる。
こんな感じで私達は既に4匹程の鰐を狩っているのだった。
「 元気がないですねー? スーちゃ。 疲れちゃいましたか? 」
「 疲れてはないんだけれども・・・ 」
「 けど? 」
「 胃の辺りがムカムカする・・・。 」
「 むむ。 それは大変ですね。 もしかしたらお腹が空きすぎているんじゃないですか? 何か食べる物でも・・・ 」
「 だ、大丈夫だから!! お水飲んだら直ぐ良くなりそうだから!! 」
「 そうですかー。 それじゃあ、ドンドン釣りましょう♪ 」
私の不調の原因は、目の前にある『釣り堀』という名の『血の池地獄』のせいだ。『空間』内部での出来事は全て私の体内で起こった事として認識されてしまうのだ。なので『血の池地獄』がここにあるという事は私の感覚としては、食べてはいけない生肉を血ごと丸飲みしていまっている感じなのだ。その上お腹の中を何かの生物が動き回り、それを倒す為に高出力のエネルギーがお腹の中で弾けたりもしているのだ。これに関してはいつまでも慣れる事は無いんじゃないかと思う。むしろドンドン鋭敏になってきている感じさえする。
ついでに言えば『入口』やロープを持っている『手』の方もかなりきつい。最初の一匹を釣った時に痛みを感じて『手』を引き上げてみたら、大きな蛭に齧られていてミーちゃんに取って貰ったのだ。無理矢理取ると傷になってしまうらしく塩を振りかけて取ってくれた。ミーちゃんは本当に物知りなのだ。その後で『白スライムH軟膏』を優しく塗ってくれた。それからは塩を振りかけた手袋を着けて水に入れているのだけれど、やはり沼の中に『手』を入れっぱなしというのは気分が良い物ではない。わたしの『手』は凄く繊細で敏感なのだ。・・・まあ、毎日お店でお皿を洗っている訳なのだけれども。
私の『手』は私の元の体の持ち主のステラちゃん(旧)のご家族の手だ。魔物に襲われたステラちゃん(旧)が自己防衛で『空間』を発動した時に、体の周りにあったご家族の手も一緒に取り込んで今の私に受け継がれている訳なのだけれども、はっきりとした記憶が残っている訳ではない。ステラちゃん(旧)の記憶が全く無くなってしまっている訳ではないのだけれど、薄くなっている?そんな感じなのだ。なので私が私自身をステラちゃん(旧)だと感じる事は殆どなくて、良く知っている女の子という認識なのだ。実際に会ったのは1回だけなのだけれど。ご家族さんにはちゃんと会えたのだろうか?大丈夫だよね?きっと。
『手』は肉体を持っている。というか改造で生み出された私の遺伝子を持った私の手なのだけれど、いつも私の周りをプカプカと浮いている。必要ない時は『空間』に隠しているけれど、体から離れていても繋がっている。これはウィルさんの魔改造のおかけなのだ。私の『手』それぞれの血管や神経は私の『側頭骨』と『後頭骨』の所で繋がっている。ウィルさんが後頭部と腕を繋ぐ小さな『固有空間』をそれぞれの『骨』に施して血液や体液、神経伝達を行っている。この時の応用が『収納ボックス』に活かされているらしい。ウィルさん大好き♪なので私の感覚だと6本の『手』は頭の後ろから生えている事になる。ウーパーでルーパーな感じなのだ。因みに筋肉部分は短くなってしまっているので力を入れたり動かす時は物質操作の魔法を常時発動しているような感じになる。浮いているのは重力操作ね。
「 ねぇ、ミーちゃん。 」
「 はいはい。 スーちゃ。 何ですか? 」
「 そろそろ休憩しない? 」
「 そうですねー。 少し休みましょうか? お手洗いにも行きたいですし。 」
「 毎回使う訳じゃないのね? 」
「 あはははっ♪ 使い所はちゃんと考えてますから♪。 それじゃあちょっと失礼して・・・ 」
「 待って。」
「 はい? 」
「 どうしてズボンを下ろしているの? 」
「 履いたままだとズボンが汚れるから? 」
「 そうじゃなくて。 」
「 汚れるのが嫌なのは、スーちゃが1番良く分かっているじゃないですかー。 」
「 ・・・泣くわよ? 」
「 嘘です♪ 冗談ですよー♪ これにはちゃんとした理由があるんですよ!! 」
「 ・・・ 」
「 説明してもいいですか? 」
「 ・・・ 」
「 説明します!! ここの鰐達は他の生物の臭いを追って襲い掛かって来ます。 」
「 ・・・ 」
「 もちろん水音なんかにも反応するんですけれども。 やはり一番なのは血液とか尿とか・・・ 」
「 ・・・なの? 」
「 はいはい? 」
「 血でも大丈夫なの・・・? 」
「 はい? 」
「 だったら私の血を使うから!! ミーちゃんのは使わなくていいから!! だからちゃんとお手洗いに行こ?! ね?! 」
泣きながら駆け寄り、近くにあったナイフを拾おうとする私を慌てて止めたミーちゃんが言った。
「 お、落ち着てください?! スーちゃ?! 血はいらないですから!! お手洗いに移動しない理由は他にもあるんですよ?! 」
「 ・・・ 」
「 ミシャは『鰐釣り』は今日で終わりにしようと思っているんですよ!! 」
「 ・・・今日だけ? 」
「 そうです!! 今日だけです!! 」
『鰐釣り』が今日で終わるという言葉を聞いて、私は少しだけ落ち着きを取り戻せたようだ。ミーちゃんが話の続きをしてくれた。
「 今日1日で『鰐釣り』を終わらせて蜂蜜を採りに行こうと思っているんですよ。 この『空間』がスーちゃんの体の中にある事はミシャだって知ってますから。 なので何日も何日も鰐を体の中に入れるのはスーちゃの身が持たないんじゃないかと思って・・・。 」
そうなのだ。実際私が取り乱してしまったのはお手洗いだけが理由では無いのだ。私は今まで何度か『空間』を使って狩りをしているが実際には『空間』を汚さない様に細心の注意を払っている。私は理屈ではない部分で体内への他者の侵入を拒んでしまっている。望まない者や血液、体液等が『空間』内に侵入してしまうと自制が効かなくなってしまうのだ。『鰐釣り』も頭では理解し我慢していたのだったが、心の奥底の方ではかなり限界が近くなっていたのだ。
「 なので今日で『鰐釣り』は終わらせて、明日からは蜂蜜を探しに行きます。 行くんですけれど・・・ 」
「 ・・・けれど? 」
私も随分落ち着いてきたみたいなので、取り乱す事なく話の続きを待つ。
「 鰐がおいしいのは事実なんですよねー。 こんなに効率よく捕まえられるなんて他では考えられないですから。 ここで少しでも稼いでおけたらスーちゃのお小遣いも増やせるのかなーって。 それに・・・ 」
「 ・・・それに? 」
ミーちゃんは顔を少し赤くしながら話を続けた。
「 スーちゃは・・・ その・・・。 ミシャのを触るのは、嫌? ですか・・・? 」
「 そんな事はない!!!! 」
思わず叫んでしまった。
「 ミーちゃんのが嫌だなんて思ってない!! 思った事もない!! ミーちゃんが私のを少しも嫌がらずに掃除してくれたのに、私がミーちゃんのを嫌がる訳ないじゃない!! 」
ミーちゃんは少し驚いて、そして恥ずかしそうにしながら私の顔を見つめる。
「 スーちゃ。 ありがとう。 ミシャはやっぱりスーちゃが世界で一番大好きです。 」
「 ありがとう。 ミーちゃん。 取り乱しちゃってごめんね。 私もミーちゃんが大好き。 」
言った後で2人とも恥ずかしくなってお互いの顔を見ながら笑ってしまった。
この後、日が暮れるまで『鰐釣り』をして私達は合計で10匹もの鰐を捕まえる事が出来たのだった。
更新不定期です。