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6 これ以上言ってはいけない




 満天の星明りが眼下の森を照らしている。何処までも続く深緑色の絨毯。その遥か向うに見えているのは数千メートル級の山々が連なる『ジネヴィラ山脈』。かつて『魔王の居城』があったとされるその山々は、周囲を魔物が巣食う荒々しい海と深い森に囲まれており辿り着く事さえ困難な場所であったと伝えられている。



 希望の光『勇者オウリー』が其処へ至ったのが今から200年程前。数年にも及ぶ激しい戦いの末に勇者とその仲間達は魔王を封じ込めこの地に国を興したそうだ。1つが勇者の国『オウリー王国』。ミーちゃんの生まれ故郷。ミーちゃんを見捨てた国。もう1つが勇者と共に魔王を封印したとされる『封印の巫女』が興した『ノーウェル王国』。私たちが暮らすこの王国だ。



 師匠とウィルさんはかつて勇者達と共にこの戦いに参加していたそうだが、詳しい事は何も教えてくれない。くれないのだけれど師匠やクローネさんが常に『能力』や『力』のある人物を捜索、監視しているのはこの辺りの事が関係しているのではないかと思う。




 魔王は滅ぼされた訳ではなく、封印されているだけなのだから・・・。




 「 いやー。 ラクチンでいいですねーこれ♪ 」



 下着姿で寝袋の上にうつ伏せになりながら眼前の光景をながめているミーちゃんが、嬉しそうに足をパタパタさせている。私はその横に座り時々おしりの位置をずらしながら意識を集中し『空間』を移動させている。



 「 ・・・る。 」


 「 はい? 」


 「 ・・・ズムズする。 」


 「 んんん? 」


 「 おしりがムズムズする。 」



 『空間』を動かし始めてすぐに気が付いた。普通に森の中を進んでしまうと景色が全く見えなくなってしまうのだ。生い茂る木々以外は何も見えなくなる。しかもそれらの木々が結構な勢いで私達の体の中を通過して行くのだ。かなりの恐怖感がある。ぶつかってしまう事は無いのだけれど、それでも思わず目を瞑ってしまう。それに進行方向が分からないというのは問題だ。そこでミーちゃんが現在地を確認出来るようにと少しづつ高度を上げていき現在の高さになったのだ。



 私は高い所が苦手だ。展望台の様な場所、手摺が付いていて足元の地面がしっかりしている場所であれば幾らかは我慢する事が出来る。ただし吊り橋、てめーは駄目だ!!そう、私は足元に地面が無くなってしまうと途端に足が竦んでしまう。遊園地にある観覧車などは私にとっては拷問器具でしかない。あんな物に乗せられる位なら車輪に縛り付けられた方が何十倍もマシだ。いや、それはそれで嫌だけれども。



 「 見てくださいスーちゃ!! 銀色狼の群れですよ!! いやー♪ 結構いるもんですねー♪ 」


 「 ・・・。 」


 「 折角ですしどうです? ひと狩りし・・・ 」


 「 駄目!! 絶っ対に駄目っ!! 」



 思わず叫んでしまった。と同時に先程の光景が頭に浮かんで思わず『スービックキューブ』を発動してしまった。


 

 「 あははは♪ 冗談ですよー♪ 心配性なんですからスーちゃは♪ 」


 「 ・・・。 」



 今の私には冗談を受け流せる程の余裕はない。『スービックキューブ』越しにミーちゃんの顔を睨み付ける。視界はぼやけ目頭が熱くなってくる。



 「 見てくださいよ♪ あいつらはこんな高さまでは飛び上がって来れませんから♪ 」



 ミーちゃんに言われて足元に視線を向けたけれど狼を確認する余裕なんて無かった。私達の足元には敷物が1枚。その上に寝袋が2つ。それ以外には何もなく細い線が等間隔で引いてあるとはいえ、夜の森の上を敷物に乗って移動しているような状態なのだ。見た目だけはなのだけれども。



 床だけには色を付けたいという私の提案は、



 「 駄目ですよー!! それだと位置が分からなくなってしまいます!! 遭難します!! 」



 というミーちゃんの強い反対によりあっさり却下されてしまったのだ。



 「 しかしあれですね・・・。 」


 「 ??? 」



 ミーちゃんは先程までとは違い神妙な面持ちでそっと呟いた。遥か遠くに見える山脈を見つめながら、何か考え込んでいる様だった。私は『スービックキューブ』を解除し姿勢を正して話の続きを待った。



 「 来年の今頃には、ミシャ達もあの場所に立っているんですよね・・・。 」


 「 あの場所? 」


 「 ええ、そうです。 あの山脈の中央にある『魔王城』に、です。 」


 「 ・・・。 」


 「 ・・・。 」


 「 魔王・・・? お城・・・? 」


 「 ・・・あ。 」


 「 え・・・? 」



 ミーちゃんは突然立ち上がり何時に無く慌てた表情で私に話掛けて来た。



 「 いやー!! 何でもないです!! 何か色々と間違えちゃいました!! 忘れて下さい!! 」


 「 ??? 」


 「 飛んでいるのが楽しくって訳の分からない事を言っちゃってたみたいです!! 」


 「 えっと・・・。 」


 「 これ以上は何も聞かないで下さい!! お師匠様達にもです!! ミシャが粉微塵にされてしまいます!! お願いします!! 」


 「 わ、分かったから・・・。 」


 「 そ、そうだ!! スーちゃ!! 良い物があるんですよ!! この前街で買った期間限定の『最高級干し果物セット』です!! えっと何処にしまってあったかなー?! 」



 そう言いながらミーちゃんは敷物の上に『収納ボックス』を出し中を物色しはじめた。『魔王城』へ行く。ミーちゃんは確かにそう言った。しかも本人は誤魔化すつもりだったのだろうけれど、師匠達の事まで口に出してしまっていた。嘘を付けないミーちゃんらしい。うん、可愛い。ここで私が何か言ってしまうと師匠達が出てきてミーちゃんは粉微塵にされてしまうだろう。ついでに私もだ。



 それに・・・ 私の周りにいる私の大切な人達は決して嘘は吐かない。いや、1人いた。私を入れたら2人だ。嘘は偶には吐くかもしれないけれど私を傷付ける様な事は絶対にしない。んん?いや、これも違う。肉体も精神もガリガリ削られている日常的に。だけれども・・・ 師匠が私に隠しているのならば、私はそれを聞かない。師匠はいつだって正しいし、私を導いてくれるのだから。だからこの話はおしまい。私はミーちゃんから『最高級干し果物セット』を貰って食べる事にしよう。




 「 ねえ? ミーちゃん。 」


 「 おっかしいなー? どこにしまったんだっけなー? ちょっと待って下さいねー!! 」



 ミーちゃんは『収納ボックス』に潜り込んで中の物をどんどん引っ張り出している。『収納ボックス』は文字道理に物をしまっておける魔法の箱だ。魔道具として作るのは大変に難しくらしく一般的に出回っている箱は比較的粗末な作りであり、それでいて結構なお値段だったりもする。師匠曰く、作りの甘い『収納ボックス』は所持しているのが外からでも分かるそうで、力を込めて殴りつければ箱は砕け中身は散乱してしまうのだそうだ。あくまでも師匠の基準でなのだろうけれども。



 私達が師匠から支給されている『収納ボックス』はウィルさん謹製で私の能力を解析して再構成された高性能版らしい。扱いとしては超高級品になるらしく値崩れしない様に一定数を市場に出しているそうなのだが、版権等を持たない私には一切関係の無い話だ。く、あの時自分の価値に気が付いていれば・・・。



 魔法の箱といっても何もない所へ収納出来たりする訳では無く、基本的には箱や箪笥の形をしている。そこに空間魔法を施して『カード』に封印して持ち歩くのだ。ミーちゃんは2枚、私は3枚支給されている。ミーちゃんの『収納ボックス』の大きさは1m×2m×1m程で上の蓋をパカッと開けるタイプ。それが2個。冷凍冷蔵機能も付いていて切替出来る仕様になっているので衣類や食料は分けて保管出来るはずなのだけれど・・・。もう少し出てくる中身を確認してから問い質そう。うん。



 私の方が1枚多く支給されているのには理由がある。基本的に私には『収納ボックス』は必要無い。『空間』があるからだ。必要はないのだけれども頂けるのであれば欲しい。便利だし。という訳で小型で可愛い感じの箱をウィルさんにおねだりして作ってもらったのだ。ウィルさん大好き!!1つ目の箱は冷凍冷蔵機能付きの食料保存用。100リットル位のサイズの箱で、お使いに行った時とかに使用している。2つ目の箱は上部の蓋と3段の引き出しが付いた小物入れタイプ。大きさも30cm程しかなく貴重品等を入れて持ち歩いている。実はこれがかなりの優れ物で、急にお腹が痛くなってしまった時でも狭い個室で出し入れが出来て今までに何度も助けらている。飾りが付いているので見た目も可愛い。オルゴール機能付き。



 そして最後の1枚。これには高度な術式が施してあり魔石も強力な物が使用されているのだけれど、実は収納機能等は全く付いてはいない。完全な『ダミーカード』なのだ。『手』の方は人前で使う事が許されている、というかそれを使ってお皿を洗わされている訳なのだけれども。だけど『空間』の方は身の安全の為にもなるべく人前では使うなと言われている。物騒な話だ。なので人前で『空間』を使わなければならなくなった時には、この『ダミーカード』を使用してこちらを使っている様に見せかける訳だ。盗まれても問題ないし。いや、それは絶対に怒られるのでしっかりと管理しよう。うん。



 ミーちゃんの『収納ボックス』が空になってしまいそうな所で私は話しかけた。



 「 ねぇ? ミーちゃん。 」


 「 はいはい? もう少し待って下さいねー。 あと少しですから。 」


 「 そうだね? 全部出しちゃっているものね。 」


 「 あれー? 全部出ちゃいましたねー? 臭いは残っているんですけれどねー。 」


 「 ミーちゃんの箱って冷凍冷蔵機能が付いているのよね? 」


 「 そうですよー。 スーちゃの箱と一緒です!! ん? こっちの袋の中かな? 」


 「 冷凍で使っているみたいだけれども、食糧を保存しているのかなー? 」


 「 そうですよー。 お肉が食べたいですからね!! 買い込んで保存してありますよ!! 」


 「 そうなんだー。 もう1個の箱の方は、衣類とかをしまっているのかな? 」


 「 そうですよー。 あ、腸詰なんかもありますから明日はそれを食べましょう!! 」


 「 果物、見つかった? 」


 「 いやー、なかなか手ごわいですねーこれは。 敵ながら天晴です!! 」


 「 ミーちゃん。 1つお願いがあるのだけれども・・・ いいかな? 」


 「 いいですよー。 何でも言って下さいよー。 ミシャはいつだってスー・・・ 」



 私は大きく息を吸い込んだ。



 「 ミーちゃん!!!! そこに正座!!!! 」



 自分でも驚いてしまう程の大きな声が出てしまった。ビックリして目を見開いたまま慌ててミーちゃんが私の前で正座をした。私の方も抑えが利かなくなってしまっていて、立ち上がり腰に手を当てて感情のままに思っている事を吐き出した。



 「 冷凍機能よね?! 冷凍機能!! 食料を保存する為の機能よね?! 文明の利器よね?! なんでなの?! ねえ?! なんで下着が冷凍されちゃっているの?! よくわからないバネとかも!! 隣で凍っているのは『スーラリーズ シトラスの香り』よね?! 昨日私が貸してあげたやつよね?! 凍っちゃてるよ?! スライムさん達!! いつも頑張ってくれているのにカッチカチになっちゃってるよ?! 袋は?! どうして袋は使っていないの?! 一緒に買い行ったわよね?! お揃いのにしようねって!! なんで?! なんでお肉の隙間で袋が凍っているの?! こっちのは皺だらけになっちゃってるし!! ああっ!! ああああーーーーーーーーーーーーっ!!!! 」




 ひとしきり叫びお終わって肩で息をしている私を、正座したままのミーちゃんが泣きそうな顔で見つめている。私の方は全てを吐き出してしまった後なので自分でも何をしていたのかよく分からなくなっている。大きく深呼吸をして再びミーちゃんの方をみると、少しだけ肩が震えているようだ。借りてきた猫みたいになっている。その姿が可愛らしくって、ちょっと可笑しくなってしまった。私はミーちゃんの方へ近づいて行ってそっと肩を抱きしめる。ミーちゃんの肩が少しビクッてなって、それがまた可愛くて仕方が無かったのでぎゅーと抱きしめながら頭を撫でた。



 「 片付けよっか? 一緒に♪ 」


 「 はい!! 」



 私の鞄から持ってきた袋を出してきて2人で一緒に片付けをした。私の方は食料品の箱の方を担当して明日からの料理のリクエストなんかも聞いてみたりした。ミーちゃんは自分でも良く分からない物があると言いいながら楽しそうに私に報告してくる。バネの使い道は結局判らないままだった。『最高級干し果物セット』は枕元に置いてあったいつも腰に付けているポーチの中から発見された。移動中に私に食べて欲しくって持ち歩いていたのを忘れてしまっていたらしい。見つけた時は2人で顔を見合わせて笑ってしまった。甘酸っぱい干し杏子を口に運びながらの片付けが終わった頃には日付も変わってしまっていたようだ。



 星空を見ながら眠りたいたいというミーちゃんの希望通りに私は『空間』をそのままの高さで停止させる。満天の星空の下に寝袋を2つ並べ背中と背中をぴったりと合わせて、そのまま眠りに就くことにした。



 「 ミーちゃん。 」


 「 はい・・・。 」


 「 そっちに行ってもいい・・・? 」


 「 ・・・はい♪ 」



 私はミーちゃんの背中を抱きしめたまま眠りに就いた。



 

更新不定期です。

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