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5 ミーちゃん大地に立つ!!




 銀色狼の血抜もそこそこに3匹の胴体を空間へ放り込んで、私達は近くにあった川の方へ移動した。先程の戦いでかいた汗を洗い流す為だ。洗い流すのは汗、だ。決して他の何かではない。初夏の川の水は冷たいけれども戦いを終えたばかりの私には心地よかった。一通り体を洗い終えてから新しい下着とシャツに袖を通す。そのままの格好で再び川の中へ入り、今度は先程まで身に着けていた衣服の洗濯を始める。水の中を漂う自分を下着を見つめていたら、思わず涙が溢れてきそうになったが、思いださないようにした。何も無かった。そう、何も無かったのだ。洗い終わったシャツとパンツを、ぎゅっと絞って近くの木の枝に掛ける。下着の方はバスタオルで挟みこんで上からとんとん叩いて水分を吸収させる。こうすると型崩れしにくく早く乾くのだ。



 洗濯を終えた私は『空間』の中で狼達の処理をしているミーちゃんの元へと向かった。『空間』に頭を入れてそっと中を覗き込むと壁際に並べられた3匹の死体の前で、腕を組み満足そうに頷いているミーちゃんの姿があった。声を掛けようと思い近づいていった時に、狼と目が合ってしまい思わず変な声を出してしまった。



 「 ひゃんっ?! 」


 「 お? お疲れ様です。 スーちゃ♪ こっちは今終わった所ですよ!! 」



 それぞれの胴体の真ん中に頭が乗せられていて、そこに『保存針』を刺して留めているようだ。頭は全てこちらを向いており、長い舌を垂らしたまま両目を見開きじーーっと私を見つめてくる。



 「 ねぇ、ミーちゃんこれは何? 」


 「 これは銀色狼の死体です!! 」


 「 うん。 それは知っている。 そうじゃなくって、どうして全部こっちを向いているの? 」


 「 いいですよねー?! 銀色狼!! 特にのこの精悍な顔つきが!! この頭の皮を使って帽子を作るんですけど、冒険者達の間では結構人気があるんですよー。 そうだ!! ミシャ達も作っちゃいますか?! お揃いで!! 」


 「 うん。 いらない。 」


 「 そーですかー? すっごく似合うと思うんですけどねー? スーちゃに。 」


 「 狂戦士とかじゃないから、私。 それよりもミーちゃん、1つお願いがあるんだけれど。 」


 「 はいはい、なんですかー? 」


 「 次からは壁の方に向けておいてね? 頭。 」


 「 ん? どうしてですか? 」


 「 ・・・洗濯物が増えてしまいそうだから。 」


 「 んん? あっ♪ 了解です! わかりました!! ミシャはスーちゃの味方ですから!! 」



 ミーちゃんが水浴びをしている間に私は『空間』の掃除をしてしまう。狼達が並べられている辺りに壁を作って天井まで塞いでしまう。完全密閉だ。『保存針』を刺してあるので腐ったりする事は無いのだろうけれど、同じ場所で寝られるかと聞かれたら絶対に無理だと答える。夢の中でまで襲われたくはないのだ。床に残されている血痕や体毛は2個の『手』を使って片づけていく。



 『空間』の内部の壁は本当の意味での壁ではないので、私自身や『手』は素通りできたりするのだ。これを利用する。2個の『手』を使って『入口』を横に長く抉じ開ける。それをそのまま床面の高さまで持って行き水平方向へ移動させる。モップがけの要領だ。この方法を思いついた時に、私は自分が天才なんじゃないのか?と思ってしまった。師匠との稽古の後で一生懸命雑巾がけをしていたあの頃が懐かしい。掃除を終えて外へ出るとミーちゃんが全裸のままで川の中を走りまわっていた。魚か何かを捕まえようとしているらしい。・・・猫の血が騒ぐのだろうか?



 ミーちゃんは猫なのだ。いや、女の子なのだけれども。2年前に師匠が出会った時のミーちゃんは、体中の細胞が暴れ回り暴走していて生きているのが不思議な状態だったそうだ。ミーちゃんの故郷は『ノーウェル王国』の東にある勇者の国『オウリー王国』。その国の北の方にある狼系の獣人達が暮らす村の族長の娘として生まれ、幼い頃から身体能力が高く次の族長候補として大切に育てられていたそうだ。



 ・・・8歳の誕生を迎えるまでは。



 先祖返りというものらしい。生まれもっている獣の力。その力が余りにも大きすぎると細胞が人の部分を侵食し暴走し最後は自らの体をも破壊してしまうそうだ。遠い昔に造られた種族、遺伝子的に不安定な獣人族の間では稀に起こる事らしい。一度暴走が始まってしまうとそれを抑える事は出来ず、村の掟に従いミーちゃんは森の奥へと追放された。



 追放された深い森の中で、ミーちゃんは生きた。



 激しい痛みと自我すら失ってしまう暴走を繰り返し、それでもミーちゃは生き抜いた。



 それから2年もの間、森の中を一人で生き抜き、戦い続けていたミーちゃんを発見したのは私達の身の周りのお世話をしてくれているクローネさんだ。『オウリー王国』を偵察中に入った森で偶然発見したそうだ。



 クローネ・クロース。殺戮メイド。師匠が造りだしたクローン体。そこに入り込み定着した魂。転生者。辛辣。眼鏡。三白眼。腐。師匠の1番弟子で暗器と魔法を使いこなす多重存在メイド。黒い瞳にロングの黒髪を普段は頭の上で纏めている。身長は私達よりも10cm程高い。細くて大きい。複数の分身体を用いて各地の情報収集等を行っているらしい。ある意味不老不死。本体という概念がないらしい。足音がしないので、気が付けば後ろに立っていたりする。師匠とは別の意味で怖い。うん、怖い。



 ミーちゃんを発見したクローネさんは師匠に連絡。捕獲し縛り上げ箱に詰め込んで家まで持ち帰って来たそうだ。暴走を繰り返すミーちゃんを救うべく、立ち上がった師匠達3人は3日間にも及ぶ話し合いという名の戦闘の末、ウィルさんの意見が採用されて暴走する狼の遺伝子を引き剥がして以前飼っていた猫の遺伝子を組み込んだのだそうだ。




 猫娘ミーちゃんの誕生である。



 ちなみにミーちゃんは本気を出せば猫になれるらしい。見た事はないけれども。




 暴れ回っているミーちゃんを眺めながら私は少し早いけれど夕食の支度を始める。折り畳み式のテーブルと椅子を出してきて並べる。テーブルの上に簡易コンロと五徳をセットして、手前にまな板を置き調理を始める。調理といっても簡単なスープを作るだけなのだけれどミーちゃんがいるので量だけは沢山作る。鍋にオリーブオイルを引いて刻んだニンニクを軽く炒める。香りが出て来たら野菜を投入。しんなりしてきたあたりで水と干し肉、香辛料、香草を加えて蓋をしてしばらく煮込む。んー、料理と呼べる程の物ではないような気もするけれど、携帯食料をポリポリするよりはいいわよね?あとはお皿にパンを並べて・・・と、そこへ全裸のままのミーちゃんが駆け寄ってきた。



 「 着て。 」


 「 見てくださいスーちゃん!! 魚を捕まえました!! 」


 「 服を着て。」


 「 大物ですよー!! いやー、今夜は魚料理ですねー♪ 楽しみですねー♪ 」


 「 いいから服を着ろ!! 」




 魚料理なんて良く分からないので取り敢えず頭と内臓を取ってから三枚におろしてみた。スープをコンロから下ろしてフライパンに油を引いて焼き目を付けてから野菜を投入。香辛料をパパッと掛けて蓋をし蒸し焼きにしてみる。ミーちゃんが服を着て戻ってきた所で夕食にする。



 「 むむ。 美味しい。 スーちゃはお料理上手なんですね♪ 」


 「 やめて。 お願いだから本当にやめて。 」


 「 流石ですねー。 あの『魅惑の胸鰭亭』で働いているだけはの事はありますね!! 」


 「 お皿だから!! 私のお仕事は、お皿を洗う事だから!! 食べ残しの料理からお店の味を盗むとかやってないから!! 」


 「 いやー♪ スーちゃと一緒で本当に良かったです!! 先月来た時なんかミシャはそのまま食べちゃいましたもん!! 生もいいですけど、魚は料理した方が断然美味しいですよね?! 」



 うん。食事の支度は私が担当する事にした。頑張ろう。帰ったらクローネさんにお料理を教わろう。食べ終わった食器を片付けてコーヒーを飲みながら明日の予定を話し合う。ミーちゃんの話だとここから3日程進んだ辺りが沼地になっていて鰐やら蛇が住み着いているらしい。そこから更に2日程進んだ辺りが、先月ミーちゃんが大量の蜂蜜を見つけた場所になるらしい。私的には沼には全く興味が湧かなかったので直ぐにでも蜂蜜・・・先へ進みたい。



 「 ここからだと丁度真っすぐな感じなんですよねー、沼も蜂蜜も。 」


 「 沼地は絶対に通らないと駄目なの? 」


 「 んー。 駄目ですねー。 今進んで来てるこの裏道は、沼へは向かわずに森の外にある町や村の方へ抜ける為の道なんですよ。 」


 「 そうなの? 」


 「 そうなのです。 森の外周に沿って進む感じの道なので、大型の魔獣が少なかったりするんですよ。 稀に良く出ちゃったりもするんすけどね!! あはは♪ 」


 「 どっちなのそれは? 稀なの? 良くなの? 」


 「 どっちかですね!! 」



 知ってる。絶対に良くの方だ。うん。

 


 「 沼地を迂回して、蜂蜜の方へ向かうのは駄目なの? 」


 「 それだと随分と遠回りになるんですよねー。 一度街道へ戻って『森の町』から改めて出発する感じになるんですよー。 それに・・・。 」


 「 それに? 」


 「 結構な高級品なんですよ? 鰐皮も蛇皮も。 どっちも金貨1枚にはなるはずですから。 」


 「 行こう。 沼地。 今すぐ行こう。 」


 「 流石はスーちゃん♪ ブレないですね♪ 」


 「 沼地へ向かうにはこのまま進んで、途中から別の道へ進む感じになるのよね? 」


 「 んん? 別の道なんて無いすでよ? このまま真っすぐ進むんです。 」


 「 え? でもそれだと町の方へ戻っちゃうんじゃないの? 」


 「 町へは行かないですよ? 沼へ行くんですから。 」



 話が見えない。



 「 えっと・・・ このまま真っすぐ進むのよね? 」


 「 真っすぐ進みます。 」


 「 ・・・ 」


 「 ・・・ 」


 「 このまま道を進むんじゃなくて、このまま沼地まで真っすぐ進む・・・? 」


 「 そうです!! 真っすぐ進みます!! このまま沼まで一直線です!! 」



 見えた。うん。



 ついでに色々な光景も見えた。



 「 ミーちゃん。 先月来ていたのよね? この辺りに。 」


 「 そうですよ。 その時も丁度この辺りから沼の方へ向かいましたねー。 」


 「 真っすぐ? 」


 「 真っすぐです。 」


 「 どうやって? 」


 「 走ってです。 」


 「 道なき道を? 」


 「 枝から枝へです。 」


 「 ・・・ 」


 「 ・・・ 」




 うん。途中で気が付いていたけれど一応最後まで聞いてみた。正直、ミーちゃんの行動力を過小評価していた。自慢じゃないけれど私は運動神経が良い方ではない。むしろ悪い。身体強化や重力操作の魔法を使う事もできるのだけれども、目に見えない速さで移動するとか枝から枝へ飛び移るとかそんな器用な真似はできない。体を浮かせて移動する位は出来るのだけれども、機敏に枝を回避しながらとかは無理な気がする。枝に頭をぶつけてひっくり返ってしまうイメージしか湧かない。枝を避ける為に高い位置を移動するのはどうだろう?うん、無理。私は高所が苦手なのだ。そうなると他に出来そうな方法は1つだけ。出来るのかな?これ。



 今までに試した事が無いやり方なので練習してみる事にした。干してあった洗濯物を畳んでテーブルを片付ける。『入口』を開けてミーちゃんと2人で『空間』の中へ入る。中心の辺りに椅子を2つ並べて2人並んで腰掛ける。これで準備完了だ。



 「 何が始まるんですか? スーちゃ? 」


 「 失敗するかもだけれども、試してみたい事があるの。 」


 「 おお。 なんかワクワクしてきました♪ 頑張って下さい!! スーちゃ!! 」



 淡く白い光を放っている『空間』の内側に外の景色を映し出す。外との区別が付き易い様に等間隔で線も引いてある。そのまま少しだけ『空間』を宙に浮かせる。



 「 おおおお。 」



 隣で驚いているミーちゃんへ微笑みかけた後で、私は前を向いてこう叫けんだ!!




 「 ステラ!! 行きます!! 」




 私達を乗せたまま『空間』は夜の森へと移動を開始した!!



 

更新不定期です。

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