4 狼なんて怖くない
森の中に少女がいた。
青白い光の箱の中で膝を抱え遠くの空を見つめている白い肌の少女。濃い銀色の髪に深い緑色の瞳。後ろで束ねた三つ編みを胸の辺りへ持ってきている。儚げなその面影はどこか悲しげで弱々しく、触れてしまえばその身を委ねている小さな箱と共に脆く砕け散ってしまいそうな印象だった。森の代弁者、神聖なる神の使いであろう逞しい銀色狼が3匹、少女を取り囲んでいた。
少女の名前は、ステラ・リーノット。
私だ。
( ねぇ?・・・ どうして? )
少女は心の中で繰り返す。
( ・・・どうしてこんな事になってしまったの? )
ノーウェルの森には3本の仮設街道が通されてる。1本は西部の港町『ルーベルト』から、残り2本は南部の中継都市『ムータン』と平野の端にある『スカーラ』から、それぞれの街からワゴンで2日程進んだ場所に作られた魔獣討伐用の駐屯地、通称『森の町』へと続いている。ミーちゃんと私は、今朝早くに『ムータン』を出発して徒歩で街道を進んでいた。街道とはいっても冒険者御用達の仮設街道で安全が確保されている訳でもなく、道幅もそれ程広くはない。
半日程進んだ辺りで休憩していた時に、ミーちゃんから提案があった。
「 ねぇねぇ、スーちゃ。 ちょーっと寄り道して行きませんか? 」
「 ・・・寄り道? 」
「 寄り道です!! 」
「 ・・・なんで? 」
「 んー、退屈だから? 」
「 ダメ。 却下。 」
「 うそうそっ♪ 冗談ですよ?! 冗談!! 理由はちゃんとあるんですよ!! 」
そう言ってミーちゃんは立ち上がりいつもの感じで得意げに話を続ける。
「 あはははっ♪ まあ、聞いてくださいよ。 このまま街道を進めば3日もあれば駐屯地には到着出来ます。 けど・・・ 」
「 けど? 」
「 行く意味があんまり無いんですよー。 今の所は、なんですけどねー。 」
「 ??? 」
話の意味が分からずに私は首を傾げる。
「 狩りの許可証はミシャがもう持っているんですよねー。 先月までここに来ていた訳ですしおすし。 」
「 ミーちゃん、転生者じゃないでしょ? どんな異世界語? それ・・・。 」
「 あははははっ♪ ウィルさんに教えてもらいました!! 最近の一番のお気に入りです!! そんな事より、スーちゃは今までに一度も魔獣に出会った事が無いんですよね? 」
「 うん。 無い。 」
「 正直な所、初めての森って緊張したりしません? 」
「 うん。 実は今もかなりドキドキしてる。 手汗が止まらないの。 8本全部。 」
手汗だけじゃなくって背中や脇もなんだか酷い事になってるんじゃないかと思う。頑張れ!!消臭スライム達よ!!
「 うんうん♪ そーですよね♪ 顔を見ていたらわかりますもん!! 青いですもん!! 真っ青!! お師匠様の前で正座させられている時の顔の色ですよ? それ。 」
「 ・・・ 」
楽しそうなミーちゃんを思わずじーっと見つめてしまう私。
「 そんな状態でいきなり深部になんか入っていったら瞬殺されます!! 間違いないです!! イチコロです!! 」
「 ・・・帰ります。 お疲れ様でした。 」
私は立ち上がり、ミーちゃんに終業の挨拶をする。挨拶は大事だ。よし、帰ろう。
歩き出した私の腕をミーちゃんがガッチリと捕まえる。くっ、強い。全然振りほどけない。
ミーちゃんは指を1本立てながら得意げに話しを続ける。
「 そこでスーちゃに提案です!! この辺りの弱い感じの魔獣とパァーっと戦ってみませんか? 練習も兼ねて!! 」
「 ・・・ 」
どう答えていいのか分からずに私はミーちゃんの顔を見つめる。
「 大丈夫です!! この辺りの大型魔獣は殆ど殲滅されていますから。 残っているのは深部で暮らせない小型魔獣だけです。 素手でだって捕まえられますよ!! 」
「 ・・・本当に? 」
ミーちゃん基準での素手で捕まえられる魔獣の強さがどれ程なのかは分からないけれども、私だってこの森へは狩りをしに来ているのだ。出来る事から少しづつでも戦い方を覚えなくてはいけない。
「 本当です!! ミシャはスーちゃに嘘なんて吐きません!! 」
ミーちゃんはいい子だ。本当にいい子だ。嘘を吐かれた事なんて今までに一度だって無い。だったらやるしかない。これは私の為の提案なのだ。
「 ・・・分かった。 全然自信は無いけれど、自分でやらなくちゃ前に進めないものね。 」
「 そーこなくっちゃっ!! 流石はスーちゃ!! 少し行った先に抜け道があるんで、そこから北の方へ抜けましょう!! 」
「 ありがとう、ミーちゃん。 心配してくれて。 頑張ってみるね、私。 」
「 この時期だと蜜蜂が花粉集めをしてたりもするんですよー。 先月来た時にミシャは3つも巣を見つけましたからね♪ あれって1個で金貨1枚位になるんですよ。 この森の天然蜂蜜は超貴重らしいですから。 今回も見つかるといいですねー♪ 」
カチッ!!
頭の後ろの方で何かが接続される音が聞こえた。汗も止まった。それだけじゃない。体の内側が熱くなっていくのがわかる。緊張?初めて?そんな物は知らない。私は冒険者。そう、血に飢えた冒険者なのだ!!
フフ・・・。フフフフフ・・・。
笑いがこみ上げて来る。苦節3年、ついに私のターンが来たようだ。
ミーちゃんの横に並びその肩をガッチリと掴みながら私はこう叫んだ!!
「 行こう!! 冒険が私達を待っている!! 」
そうだ!! 冒険が私を待っているのだ!!
黄金色に輝く金貨と共に!!
( なんだろう? これ。 )
抜け道へ入って2時間程進んだ辺りで小型の兎を発見した。ミーちゃんの指示に従いながらゆっくりと近づき、私一人で兎を捕まえた!!
・・・はずだった。兎を捕まえようとした瞬間、目の前にそれが現れた。大型の銀色狼。それが3匹。1匹が一口で兎を噛み砕き、残りの2匹が私に向かって飛び掛かってくる。大きな顔。大きな口。殺意を宿した2つの目。咄嗟の出来事に私はその場で尻もちをついてしまい回避する事が出来なかった。
『スービックキューブ』
私は無意識の内に魔法を発動していた。直径1m程の丸い結界。かざした手の平に現れる青く光る魔法の盾。師匠の攻撃を数回は凌いでくれる私の命綱。6本の『手』を使って6枚の盾を作り出し立方体を完成させる。私の最大にして最強の魔法。、これが私の最大の奥義、六手合体『スービックキューブ』だ!!
( ・・・ミーちゃん、聞こえる? )
( はいはーい♪ こちらミシャ。 感度良好ー。 バッチリ聞こえてますよー♪ )
私は念話でミーちゃんに話しかける。師匠との契約で成り立つ魂を介しての意思疎通。距離や結界、妨害思念の影響も殆ど受けないという極めて便利な通信手段だ。
( 何処にいるの?今 )
( えーっと、20m位離れた木の上ですかね。 スーちゃの姿はバッチリ見えてますよー♪ )
( なんでそんなに遠くにいるの? )
( やだなー!! ミシャが近づくとそいつらがこっちに来ちゃうじゃないですかー? )
( ダメなの? )
( ダメです。 スーちゃが戦いに慣れる為の練習なんですから、これ。 )
( 狼、いるの気づいてた? )
( モチのロンです♪ 気配を探りながら進むのは森の基本ですからね♪ )
( そうなんだ・・・。 )
( それよりスーちゃは何でそこに座ったままなんですか? )
( ビックリして動けなかったから。 )
( そうなんですか? いやー、どんどん進んで行くんで狼共を一網打尽にする気なのかと思ってましたよ。 )
( ・・・。 )
( 空間把握は発動していたんですよね? )
( ・・てた。 )
( んん? )
( 忘れてた。 )
( まぁ、誰にだって忘れちゃう事ってありますからねー。 それよりもう1つ気になる事があるんですけど、聞いてもいいですか? )
( なに? )
( どうしてスーちゃは、さっきから微動だにしていないんですか? 瞬きすらしていないように見えるんですけど? )
( 動けないから。 )
( そーなんですか? まぁ、初めて魔物に遭遇したんですから緊張するのは仕方ないですよ。 大丈夫!! 勝負はこれからです!! )
( 狼っておおきいね。 )
( そーですねー。 この森の中に生息する大型種ですからねー♪ いやー、稀に良く出ちゃうんですよねーこいつ等みたいなのが♪ はぐれ軍団参上!! みたいな感で♪ )
( ガシガシいってる。 )
( そーですねー。 噛みついてますすねー。 )
( それになんか臭い。 )
( あー・・・。 スーちゃの箱は角に隙間が出来ますからねー。 前後の部分をもう少し縮めたら隙間も少し狭くなるんじゃないですか? それ。 )
( 私、生きてここから帰れたら隙間を無くす練習をするんだ・・・。 )
( あはははっ♪ 知ってますよ? それ♪ )
( それでウィルさんと海が見える白い教会で結婚式を挙げるんだ・・・。 )
( あはははっ♪ スーちゃはいつだってやんちゃですねー♪ )
( 私ね、ミーちゃと知り合えて幸せだったよ? )
( ミシャもスーちゃと知り合えて幸せです!! 幸せついでにそいつらを倒しちゃいましょう!! )
( ・・・。 )
( そいつら1匹で銀貨4枚ですから!! お得ですよー!! お客さん!! )
( ・・・そうなの? )
( そーですよ!! 3匹いるから金貨1枚と銀貨2枚です!! )
( ・・・。 )
( ・・・。 )
( ミーちゃん。 )
( はいはいー♪ なんですかー? )
( ・・・2分だけ待って。そしたら膝の震えも止まると思うから。 )
( 了解です!! ミシャはスーちゃを信じてます!! )
( ミーちゃん。)
( はいはい? )
( ・・・ありがとう。 )
私は考えると動けなくなる。
だから考えるのを止めよう。
ほんの一瞬で全てが終わるはずなのだから。
・・・行こう。
深呼吸を一回。
座ったままの姿勢で体を後方へ蹴り出し空間へ潜る。
空間のドームに外の景色を映し出す。
同時に6本の手を空間へ呼び戻し所定の位置へ。
2本の手を使って空間への入口を抉じ開ける
それを3個。狼の首の数だけ。
3個の首が空間の中で唸っている
私はそっとその手を離した・・・。
「 いやーー♪ お見事!! 流石はスーちゃっ!! 見事な切り口です!! 」
外へ出たのは狼の首が3つ転がってる空間で、何も出ないのに一人吐き続けた後だった。残された胴体の方はミーちゃんがロープを使って木にぶら下げていた。・・・血抜き?なのかな?
「 まぁ、そんな所ですね。 別に食べる訳じゃないんですけどねー、これ。 それに今抜いておかないと汚れちゃうじゃないですか? 床とか服とか。 こいつらはお持ち帰りですからね!! 」
そう言いながら抱き付いて来ようとするミーちゃんを私は止める。
「 待って!! 」
「 んん? どーしたんですか? 」
「 ・・・えっと。 」
「 もしかして・・・ 怒ってます? スーちゃ・・・。 」
悲しそうな顔をしてこっちをミーちゃんの言葉を慌てて否定する。
「 ・・・ち、違うの!! そうじゃないの!! 全然怒ってなんかいないの!! でもダメなの!! 」
「 スーちゃ? どこか痛いんですか?! 」
ミーちゃが再び私に近づいてくる。
「 待って!! ダメなの!! 私・・・ 今、汚いから!! 」
ミーちゃんが不思議そうな顔をして聞き返してくる。
「 どこも汚れてなんかいないですよ? 返り血だって全然浴びてないみたいですし。 スーちゃは綺麗ですよ!! 綺麗で可愛い、いつも通りのスーちゃですよ!! 」
顔が赤くなってしまう。
「 ・・・あのね、汚れてるのは・・・ なの。」
「 んん? 」
恥ずかしさで頭に血が上ってしまった。
「 だから!! 汚れてるのは下着なの!! だから抱き付かないで!! 」
一瞬、目をパチクリさせたその後で優しい笑顔になったミーちゃんがそっと近づいて来て、優しい声で耳元で囁く。
「 大丈夫。 誰にも言いませんよ・・・。 2人だけの秘密です♪ 」
( そう。 問題ない。 スーは頑張った。 私も誰にも言わない。 約束する。 だから早く帰って来て。 設備関係の準備は全部終わっているから。 それと、ドレスは私が作るから。 )
えっ?!
( そんな事よりもだ!! どうして拳を使わなかったのだ? ステラ!! お前の拳は何の為にある?! 私の言った事を覚えていないのか? お前の拳は天をも貫く!! お前の信じるお前を信じるな!! お前を信じる私を信じろ!! )
ええっ?!!
( そんな紅蓮な羅漢の話はどうでもいいです、マイマスター。 地下室から改良中のスライムが溢れ出して来ています。 このままでは、私の予備の体までスライムに侵食されてしまいます。 早く何とかして下さい。 許可して頂けるのでしたら地下室ごと爆破してしまいますがよろしいですか? 」
えええー・・・
念話。
魂の繋がりを介しての意思疎通。
強い繋がりであれば相手の行動の全てを把握出来る。
支配者権限で多人数での認識共有も可能。
私にプライベートなんて無かった。
更新不定期です。