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3 酒場にて




 私達が3日間のワゴンの旅を終えて『ムータン』の街に到着した頃には辺りはすっかり暗くなっていた。お腹も空いているし、おしりも結構な感じでダメージを受けていた。く。『地獄の門番シリズーレ』め。けれども先ずは今晩の宿をさがさなくてはならない。停車場に着いた私達は街の中央を通っている街道へ向かう事にした。



 幸いにも宿はすぐに見つかった。2人部屋で食事は出ない。建物の1階は酒場になっていて食事も出来る。宿泊客にはちょっとしたオマケを出してくれるそうだ。お風呂は近くに公衆浴場があるらしいので洗濯もそこで出来るみたい。シャツやズボンは洗ってしまうと乾かすのが大変なので旅の間は師匠謹製の消臭剤『スーラリーズ シトラスの香り』に頑張ってもらう。なんでもミクロなサイズで分裂するスライムを溶かし込んだ消臭剤らしく衣服の繊維の隙間に入り込んで汚れや老廃物を吸収分解してくれるらしい。分裂は3日程で終了してしまうので香りが無くなってきたら再度スプレーする必要がある。



 「 この消臭スライムって分裂の回数を無制限に出来たら半永久的に効果が継続して便利じゃないですか? 」



 って聞いてみた事があるのだけれど、



 「 馬鹿を言うな。 そんな危険な生物を解き放ってしまったら増殖を抑えられずに街が飲み込まれてしまうではないか? それに半永久的に使える商品なんて代物を販売してしまったら毎月の売り上げが落ちてしまう。 消臭剤のような日用品はな、少し不便で物足り無い程度の性能で販売しておいて一定期間毎に新製品を出す方が競合相手に技術を盗まれるリスクも少なくなるし顧客の受けも良いんだ。 この世界での商売の基本だ。 覚えておけ。 」



 みたいな事を言われた・・・。確かにそれ程多くはないとはいえ、この世界にはそれなりの数の転生者の皆様がいらしている訳で、そこで最初から究極の商品!!みたいなのを出してしまうと後からきっと立ち行かなくなってしまうのかな?なんて妙に納得してしまった。この世界で上手に生きていく為には必要な事だよね?うん。そんな事を考えながら公衆浴場で3日振りのお風呂を満喫し洗濯も終えて、これから宿へ戻ってご飯を食べながら明日からの予定を考えようと思う。



 え?



 消臭剤があるのだから洗濯は必要ないんじゃないかって?



 いくら分裂スライム達が優秀だからといって、下着は自分で洗濯をしたい。私はする。理屈ではない、気分の問題なのだ。




 「 うーん・・・。 魚はやっぱり『ヌーメル』の方が断然美味しいですねー。 漁港で働いているミシャがそう思うんだから間違いないです。 あ、でもこのお肉はなかなかですね!! 店員さん!! この串焼きを2皿追加で!! 」



 テーブル一杯に並べられた料理が次々とミーちゃんのお腹の中に消えていく。私は『日替わりサービスセット(オマケのデザート付き)』を食べただけでお腹がパンパンになってしまった。



 「 そんなに食べて大丈夫なの? お腹じゃなくってお財布の方。 先の予定だってちゃんと決まってないんだし必要な物だって買い揃えなくっちゃいけないのよ? 」


 「 大丈夫ですよ? 相変わらずスーちゃは心配性ですねー。 先月の討伐依頼で結構な金額を貰えたんで、しばらく豪遊しても全然問題ないんですよー。 スーちゃも遠慮しないでどんどん食べて下さいね!! 」


 「 ・・・討伐依頼でお金を貰った? 何それ私聞いてない。 」


 「 あれ? 言って無かったでしたっけ? 」


 「 うん。 聞いてない。 ねぇ?ミーちゃん、私達ってお小遣い制よね? 」


 「 ん? そうですよ? ミシャも毎月のお給料は全部お師匠様に渡してますよ? スーちゃと一緒です!! たまたま討伐依頼があったので森に入っただけですよ? で、その時の道中で狩った魔物は全部ミシャの好きにして良いって言われたんですよ、お師匠様に。 」



 私達は2人は生活費を稼ぐ為に『ヌーメル』の港でお仕事をしている。ミーちゃんは定期航路の荷揚場とか漁港で体を鍛える為に力仕事を、私は街道沿いにある人気の大型大衆食堂『魅惑の胸鰭亭』で毎日お皿を洗っている。ミーちゃんが偶にギルドの依頼を受けているのは私も話には聞いている。私の方は6本の『手』と2本の手を使って1日中お皿を洗っているのだけれど、師匠がお店との雇用契約をした際にキッチリ4人分のお給料で契約してしまっている為、私が3人分働いた所で誰も褒めてはくれない。むしろ怒られる。4人分キッチリ仕事をしろと・・・。そして毎月のお給料は生活費として2人全額師匠に渡しているのだ。



 そうなのだ。



 実は私はお金を全然持っていないのだ!!



 今回の旅で師匠から渡された旅費は銀貨5枚。旅館の宿泊代が2人部屋で1泊銀貨1枚。お皿洗いの仕事は1日働いて1人分の日当だと銅貨5枚、つまり1日お皿洗いをしてやっとこの旅館で1泊出来る位の計算になる。ちなみに私達のお小遣いは毎月銅貨5枚。今回私は貯めたお小遣いの中から銀貨5枚程を持ってきている。今の所持金でひと月生活すとしたなら1日に使える金額は銅貨3枚と硬貨3枚程。宿代や移動の運賃、買い足さなければならない生活必需品も計算に入れたならば更に使える金額は少なくなる。



 「 へぇ・・・ そうなんだ。 なるほどー。 で、ミーちゃん。 お金を貰えたって話だけれども・・・ その・・・ どれ位貰えたのかなー? なんて・・ あははっ♪ 」


 「 そうですねー・・・。 熊やら蛇の結構大きいのを見つけましたからね。 えっと、30枚位じゃないですか? 細かい計算とかしてないんで財布から出してみないと良く分からないですけどねー。 」


 「 そ、そんなに?! 討伐ってお金になるのねー。 全然知らなかったわ、私・・・。 」


 「 いやいや、先月のは特別です!! 1ヶ月位森に篭っていたんですけれど、熊とか蛇ってそんなに簡単に見つからないですからね。 結構大変だったんですよ? あー、あとはハチミツなんかも見つけたんでそっちが結構な金額になりましたねー。 それに大型の魔獣って、お師匠様に貰った『収納ボックス』なんかじゃ全然入りきらないんですよ。 狩ってから街まで運ぶ方が大変でしたねー。 ウィルさん謹製『保存針』があって助すかりましたよ。 後は定期的にギルドの運搬部隊が決まったコースを周回しているので時間が合う時はなるべく現地で引き取ってもらう様にはしていましたけどね。あ、でも今回はスーちゃがいるから大型魔獣なんか狩り放題ですね!! 『保存針』も20本は持って来てるんで期待してくれていいですよ?! ミシャは頑張りますよー!! 」


 「 へ、へー・・・ そんなに用意して来たんだ。 わ、私は熊を1匹狩らないと家へ帰れないから最低1本あればいいのだけれど・・・。 でもそんなにお金が貰えるんだったら、ミーちゃんが魔獣を狩るお手伝いをしてもいいかなー? なんて。 あはは。 も、勿論あれよ? ミーちゃんに甘えて自分も美味しい思いがしたいとか、そんなんじゃなくって・・・ ええっと・・・ 」


 「 何を言ってるんですか? 狩った魔獣はモチロン2人で山分けですよ? 当り前じゃないですか? ミシャとスーちゃは仲間なんですから!! 」


 「 そ、そうなの?! あ、ありがとうミーちゃん!! 大好き!! ・・・でも本当に凄いわよね。 1ヶ月で銀貨30枚も貰えるるなんて・・・。 」


 「 銀貨? やだなー。 金貨に決まってるじゃないですか? 捕まえたのは熊とか蛇なんですから。 」



 ズガン!!!!



 全力でおでこをテーブルに打ち付けてしまったので、軽く流血してしまった。持ってて良かったね、『白スライムH軟膏』。




 これが私の酒場での流血デビューになったのだった。




 翌日はミーちゃんの希望で早朝から労働者達で賑わう屋台へ。朝食を済ませた後はそのまま街で必要な物を購入して出発は明日の朝にする事にした。日持ちしそうな野菜類や堅パン、干し肉等の食料にちょっと厚手の寝袋を2つ。折り畳み式のテーブルと椅子。トイレ制作用のスコップと下生えを刈る為の鉈。調理用簡易コンロと五徳、こっちは燃料式のリーズナブルな物を購入。あとは持ち運びに便利そうな食器セットとお鍋とフライパン。敷物を2枚程。



 今回の旅では基本的に野営はしない予定だ。寝泊りには私の『空間』を使用する。今までは内側が安定せずに大きさが変わってしまったり穴が開いたり結構危険な状態だったのだけれど、ここ半年間の修行の成果で内部はかなり安定してきたみたいで、先月になって師匠から使用許可が下りたのだ。最終試験で師匠渾身の右ストレートを内側の壁に打ち込まれた時には痛みで意識が若干飛びそうにはなったのだけれど、歪んだり壊れたりはしなかったので一応の合格は貰えたのだ。



 自分の能力なのに使いこなせていなかったのには理由がある。実はこれ、私がこっちの世界に飛ばされて来た時にステラちゃん(旧)から体ごと譲り受けた能力で、もう一つの特技である6本ある『手』の方はステラちゃん(旧)の御家族さんの手だったりもする。師匠に拾われた時の私は御家族さんの6本の手が体のあちこちに溶け込んでいたり、捻じれた空間に体半分が飲み込まれていたりとそれはもう酷い事になっていたらしい。師匠とウィルさんに出会わなければ今の私は存在していないのである。感謝。



 『空間』は外からは干渉されない私専用の亜空間で半径10m程の球形の空間だ。外周全体と球の下半分を区切るような感じで1m程の厚さの床を設置。壁や床に関しては結界を張る感覚に似ているので、ある程度までは自由に設置する事が出来たりする。下半分は倉庫と居住空間として使用する予定なので完成までは使用しない。今回の宿泊で使用するのは上半分のドーム型の部分。そこで寝袋を使って寝泊りする予定なのだ。調理は基本的には外で行う。何故なら空調関係の設備が未設置なので長時間中にいた場合、私自身でも窒息してしまうからだ。臭いが残るのもちょっと問題だし。なので換気だけは忘ずにしっかりやろうと思う。うん。



 『空間』への出入りは私に関しては自由自在。見えない壁に溶け込む様な感じで『空間』内部へ移動出来る。『手』の方もそんな感じなのだけれども、操作出来る範囲は『空間』内部と同じ大きさで半径10m程。今の私が使える空間認識が丁度それ位だからなのかな?。私の存在『魂』は常に『空間』に『拘束』されているような状態なので、直径20mの球の中である限りは自由に動き回れるし『手』を使用する事も出来る。『空間』の端の方へ行き射程を延ばせば20m先で『手』を操作する事も出来る。この『拘束』からは逃れる事は出来ないので仮に私自身が『空間』の外周の壁を破って外へ出ようとしたなら、私は私自身を内側から破壊してしまう事になるだろう。考えたくもないけれども。



 私が私以外の人や物を『空間』に取り込む場合、着ている服とか小物程度の物なら一緒に中に入れるのだけれど、大きな物だと引っかかってしまう。以前試しにウィルさんを抱きしめたまま中に入ろうとしたけれど、引っかかって入る事が出来なかった。残念。なので大きな物を入れる場合は『手』を使って『入口』を抉じ開けなければならない。2本の『手』で開けられる『入口』は円周で4m程。なので6本の『手』と2本の手を使って頑張れば、円周16m程の『入口』が開けられる。開けている間は誰でも自由自在に出入り出来るのだけれど、手を放してしまうとスパっと切れてしまうので結構危険だったりもする。ちょっと怖い。『入口』は開けたら閉めるを心掛けるようにしている。うん。これ大事。



 ちなみに、使い方次第では『空間』の中での私はちょっとした無敵状態になれたりもする。勿論内側の壁とかを我慢出来ない程の力で殴られたりすれば、きっとお腹の内側から穴を開けられる感じで壊されてしまうのだろうけれど、師匠渾身の右ストレートに耐えられる私は、実は結構打たれ強かったりする。なので壁が壊されない前提で戦うとしたなら、非力な私でも格上の相手と十分に戦う事が出来そうだったりするのだ。例えば、相手を閉じ込めたまま壁を厚くしていってそのまま押しつぶすとか、部屋を狭くして酸欠にしてしまうとか、小さな穴を開けて大量の水を流し込むとか・・・ うう。言ってて気持ちが悪くなってきた。出来る事ならばこういう使い方はしたくない。うん。やめよう。



 『空間』は感覚的には私自身の体の内側にあるようなもので基本あまり汚したくはない。というか絶対に汚したくない。トイレを作る話が持ち上がった時だって、便槽部分を壁の要領で作って貯まったら『入口』を開けて放出すれば良いのではないか?とか言われたけれど断固拒否した。自分のだって触りたくはないのに他の人が産み落とした造形物を何日も貯めておくなんて絶対に出来ない!!無理!!



 という訳で、現在ウィルさんが鉱山都市『ヘルグール』に借りた工房で貯水槽や壁に埋め込む配管設備、空気清浄機、調理設備と家具一式、浴槽、照明、リビングに置くソファー等を制作準備してくれている。毎晩遅くまで2人で話し合って考えた最高の居住空間になる予定だ!!うん楽しみ!!完成したら新しく作る『実験室』に引き籠もる予定だから、と言って費用もウィルさんが全部出してくれる事になっている。ウィルさん大好き!!だけれども、あんまり過激な実験とかはしないで欲しいかなぁ?とかは思っていたりもする。ウィルさんの実験は爆発する事が多いから・・・ あはは♪



 因みに師匠の方は生物専門みたいな所があるでいつも何かの体液に塗れていたりする『研究室』を作らせろとか言われたらどうしよう?きっと断れないしだろうけれど体液とかは、ちょっと・・・。



 一通りの旅の準備を終えた私達は、夕方頃まで街の散策をして早めに宿へ戻る事にした。明日はいよいよ森へ出発だ。私にとっては初めての冒険。初めての狩り。熊。 ・・・熊よ?熊。それを素手で倒せとか正直どうかしていると思う。せめて攻撃魔法でも使えたらいいのだけれど、私の魔法って蝋燭に火を付けるとかお手洗いが快適になるとかその程度だし・・・。やっぱりミーちゃんが言うように殴り倒すしかないのかなぁ?うーん・・・。頑張ろう。お世話になっている師匠やウィルさんの為、応援してくれるミーちゃんの為、弱くて情けない自分自身の為に・・・。




 そして・・・




 何よりも私のお小遣いの為に!!



 

更新不定期です。

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