27 街の灯り
私達3人は『ヌーメル』の街を出発してから1週間程で鉱山都市『ヘルグール』へ来る事が出来た。少しでも早く到着する為に、街道の途中にある2つの港街『ルーベルト』『ランクーナ』の灯台を目印に海上を真っすぐに移動して来たのだ。何も無い海の上を移動するのはあまり気持ちの良い物では無かったけれども、『ホール』の床に色を付けて足元を見ないようにしながら頑張って移動して来たのだ。生まれて初めて灯台の偉大さに気が付いたのは貴重な経験だったと思う。この先いつか海外へ行く事もあるのかな?そう考えると改めて私の『空間』って便利なんだなーって実感が湧いてくる。
ここだけの話、沖合を移動していたので、移動中に貯まっていた『貯水層』の中身をこっそり放出してしまったけれど大丈夫よね?一応は『スライム』さん達で浄化してある訳だし未分解の物はフィルターで外に出てしまわないようにしてあるし。だってね、『ヌーメル』へ戻ってから出発まで何かと忙しかったから、大きな施設へ行く機会が無かったんだもの。そろそろ限界も近かったし。ここは大自然の浄化作用に期待しようと思う。うん。
『ヘルグール』へ着いて私達が最初に向かったのは街外れにある1軒の民家。ここへ来たのはカルヴァンさん紹介で商会の情報収集担当者から最新の情報を入手する為だ。担当者さんの名前がシュウシュウさんだったのは偶然なのかな?偽名なのかもしれないわね、これ。因みにカルヴァンさんの名前が商店名と同じなのは世襲している訳ではなくて、単なる偶然なのだそうだ。親御さんは期待していたのしれないけれども。シュウシュウさんからの情報によると、メアリーさんだと思われる人物は現在ジョン・スマイルの名前で冒険者登録をしており数日前から定期便のワゴンの護衛で街を出ているらしく、今日の夕方には『ヘルグール』へ戻って来る予定になっているらしい。もちろん商会の人間が旅行者を装い監視は続けているとの事だ。
現在知りうる限りの情報を入手した私達は、ジョン・スマイルなる人物が長期契約で借りているらしいアパートへ向かう事にした。教えられた住所まで『空間』のまま移動し、少し離れた場所の屋根の上にウィルさんが下りて結界や罠等の有無を目視で直接確認してもらう。
「 部屋の内部には結界が張ってあるみたい。 このまま侵入するとメアリーに知られてしまう可能性がある。 けれど部屋の外は問題なさそう。 罠も無さそう。 確認を頼める? ミーシャ。 」
「 了解です!! 任せて下さい!! いよいよミーシャの本気を見せる時が来たみたいですね!! 」
『空間』を部屋の入口のすぐ側まで移動させる。ミーちゃんがジョン・スマイルがメアリーさんかどうかの確認をする事になったのだけれど・・・
「 ちょっと待って。 ミーちゃん。 」
「 おやおや? なんです? スーちゃ。 」
「 どうして服を脱ぎだしているの? 」
「 動きずらいから?? 」
「 全く意味が分からない。 そんなに動きずらい服装じゃないでしょ? それ。 前から言おうと思っていたのだけれど、ミーちゃんの服装は露出しすぎよ? もう少し増やせないかな? 布面積。 」
「 あははっ♪ やだなー♪ ミシャは本気を出すって言ったじゃないですかー♪ 服を着たままだとちょっと大変なんですよー♪ 」
「 ぜ、全裸にならないと本気が出せないなんておかしいでしょ?! いいから服を着てっ!! 」
「 まぁまぁ♪ 見ていて下さいよ♪ 」
全裸のまま『ホール』に立つミーちゃんが軽く目を閉じてから意識を集中させていく。私が見ていてもハッキリと分かる程に強力な魔力を感じる。次の瞬間、ミーちゃんの体に変化が現れた。
「 ・・・なっ?! 」
ミーちゃんの全身から薄らと体毛が生えてくる。それに合わせて手足の形が四足歩行動物のそれに変化していく。口蓋が切れ上がり耳が頭部へと移動していく。お尻からは尻尾が伸びて来た。前足を床につけ軽く伸びをした時には体の変化は終わっていた。わずか5~6秒の間の出来事だった。
「 ミ、ミーちゃん・・・? 」
「 ガルァァァァァーッ!! 」
「 えええっ?! 」
耳をつんざくような雄叫びを上げゆっくりとこちらへ歩いてくる。
灰色の巨大な猫だ。
目を見開き前傾の姿勢を取りつつ私の方をじぃーっと見ている。何これ?!怖い!!動けないなんですけれど?!えええ?!ちょ、待って!!なんで腰を揺らしてるの?!前足を小刻みに動かすのも止めて!!いやいや、おかしいでしょ?!大きすぎでしょ?!あああっ!!待って!!駄目っ!!来ないでっ!!
「 フシャーーーーーーーッ!! 」
動きが全く見えなかった。気が付いた時には巨大な猫に組み伏せられて耳の辺りの臭いを嗅がれていた。あれ?これって暴走してない?!もしかして私、食べられちゃう?!嫌ぁ!!そんなに顔を舐めないで!!美味しくないから私!!あああ?!歯を立てないで!!爪も研がないで!!肉球大きすぎよ?!てか、助けて下さい!!ウィルさん?!
「 と、まぁこんな感じなんですよ♪ スーちゃ♪ 」
「 ・・・え? 」
巨大な猫の口からミーちゃんの声が聞こえてくる。あれ?やっぱりミーちゃんでいいのよね?この巨大猫。
「 あはははっ♪ 言ったじゃないですか? 本気を出すって♪ ミシャは本気を出すと猫になれるんですっ!! 」
「 そ、それは聞いていたけれど・・・ 」
「 んん? どうかしましたか? スーちゃ。 」
ここは思った事を正直に言った方がいいと思う。早く上から退いて欲しいし。
「 思っていたのと違う。 なんと言うか・・・ 大きすぎる。 それに・・・ あんまり可愛くない・・・。 」
「 あはははっ♪ 容赦が無いですねー、スーちゃは♪ 猫にはなれるんですけれど大きさ自体は変化しないですからねー♪ でもまぁ、そんな意地悪を言うスーちゃは、ここまま美味しく食べてしまいましょう♪ 」
「 い、嫌ーーーーっ!! 止めてっ!! ほ、本当に怖いから!! ベロベロしないで!! お願い!! ミーちゃん?! 嫌ぁー!! ガシガシしないでっ!! 」
顔中をベタベタにされて抵抗する気力を失ってしまった私は、暫くの間巨大ミーちゃん猫にされるがままになっていた。だって全然退かせられないんだもの。失いかけた意識の中で『手』を動かしチョンパしようとした辺りでやっとミーちゃんが私から下りてくれた。きっと私が本気だと分かってくれたのだろう。うん。もう少しでチョンパしちゃう所だった。割と本気で。
「 あはははっ♪ 冗談ですよ♪ スーちゃの事が食べちゃいたい程に大好きだって事ですよ♪ 」
「 ・・・。 」
「 それにこんな姿じゃないと、こんなに堂々とスーちゃをペロペロ出来ないじゃないですかー♪ 色々な意味で♪ 」
「 止めてっ!! そこは越えちゃダメ!! 」
「 あははははっ♪ でも便利なんですよ? この体♪ 単純な戦闘力や視覚なら人型の時の数倍になりますし、嗅覚や聴覚はそれ以上です!! なにより全裸でも全く問題ないですしね!! 」
「 そ、そうなのかもしれないけれど・・・。 」
返事に困っているとやっとウィルさんが近くに来てくれて、何やら検体のような物を取り出した。出来る事ならもう少し早く助けて欲しかった。もうすでに下着の中までベトベトにされてしまったし・・・。
「 ミーシャ。 お願い。 これが前回メアリーから採取できた細胞のサンプル。 ミーシャの嗅覚なら判断出来るはずだから。 」
「 了解です♪ さてさてお仕事してしまいますか。 小さくていいので『出口』をお願いします♪ スーちゃ♪ 」
ジョン・スマイルの部屋の扉の前に小さな『出口』を開ける。巨大ミーちゃん猫は外へは出ずにその場でクンクンと臭いを探っているみたいだ。なるべく痕跡を残さないようにだろう。今回の作戦の成功の鍵は奇襲出来るかどうかにかかっているのでウィルさんもミーちゃんも随分慎重になっている。もちろん私もだけれど。気付かれないとは思うけれど直接部屋の結界に『空間』が掛からないようにはしている。私にはどんな術式が組まれているかなんて一切分からないのだから。
「 んんー。 複数人の男女の臭いが残ってますねー。 年配の女性の臭いと若い娘さんの臭いが2人分。 洗剤の臭いもしますしこの3人は血縁だと思いますので、ここのアパートの管理人家族といった所でしょうかねー? 他には年配男性の臭いが複数人分。 魔獣の血の臭いも混ざっているのでこっちは冒険仲間といった所でしょうか? 」
「 そ、そんなに細かい事まで分かっちゃうの?! 」
「 まー、ある程度迄なんですけれどねー。 ん? 他には妙齢の女性の臭いも残っていますねー。 あー。 これはあれですね? この部屋でやっちゃっ・・・ 」
「 そんな、プライベートな情報はいらないから!! 」
「 あはははっ♪ この手の臭いは残り易いんですよー♪ フェロモン自体が相手に情報を伝える為の物ですしねー。 それに・・・ 」
巨大ミーちゃん猫の顔が一瞬険しくなった様に見えた。いや、猫の姿だから良くは分からないのだけれど。しっぽと耳がピクッってなっていたし。
「 ありました。 メアリーさんの臭いで間違いないと思います。 消臭剤や魔獣の血で隠している様ですけれど、ミシャの鼻は誤魔化せません。 」
「 そう。 ありがとう、ミーシャ。 スー、『出口』はもう少しこのままにしておいて。 結界の方も少し解析しておくから。 」
その後5分程ウィルさんが結界の構造を確認してから『出口』を閉じて、私達は1度その場を離れる事にした。メアリーさん自身には臭いを解析する能力は無いみたいだし、結界の解析の方もウィルさんが最新の注意を払ってやっていたので、余程の細工をしていない限り、私達がここへ来た事は気付かれないだろう。
私とミーちゃんは直接メアリーさんに会った事は無いのだけれど、師匠の弟子の冒険者として一部では名前を知られているみたいだし、『森の町』の時のように容姿の情報が流れている可能性もあるので私達は街へきてから殆ど『空間』から出ていない。今日の昼食も『空間』の中で取る事にして食後にメアリーさん捕獲についての最終確認をする事にした。
と、その前にお風呂が先ね。なんかもう身体中に巨大ミーちゃん猫の臭いが付いちゃってるし。ベトベトなのは流石に辛い。え?そのままの姿で入るの?!猫ってお風呂嫌いなんじゃないの?ああ、そうですか。それで、私に洗って欲しいと。仕方がないなー。ガシガシ洗って差し上げましょう。思ってたよりも抜けないのね?毛。隠密に行動出来るように頑張ってもらっている?毛根に?そうなんだ。次はお腹を上に向けて。おおお。お腹の毛って柔らかいのねー。これはお昼寝の時にはいいかも?あ、いや今は夏だしもう少し涼しくなってからで。はい終わり。湯舟に入っちゃっていいわよ?え?私も洗ってくれるの?いや、いらない。だって硬いんだもん、肉球。え?!ウィルさんが洗ってくれるんですか?マ、マット持って来てもいいですか?!うはぁー。極楽だぁー。あ、もちろんお返しに私も洗います!!ふぅーっ。あ、そういえばミーちゃんって人型に戻るのは大変なの?え?簡単?変身する時と同じ感じ?そうなんだ。へー。お腹が空くだけで変身出来るなんて便利ねー。え?弱点もある?ふむふむ。戻る時には全身の体毛が抜けちゃうと・・・。何故今それを洗わせた?!
ミーちゃんは人型に戻る気は全くないみたいなので昼食は私が作る事にした。ウィルさんは魔術で温風を出しながらミーちゃんを乾かしている。いいなぁ・・・。お昼は朝の内に冷凍庫から出しておいたサバを塩焼きにしてそれを『ランクーナ』の街で購入したライ麦のどっしりパンに野菜やチーズと一緒に挟み込んで完成。私特製サバサンドだ!!ミーちゃん用には大き目のお皿に少しずつ切り分けた物を用意してみた。折角お風呂に入ったのにお口の周りが汚れちゃわないように。あ、オニオンスライスとか入れたけれど大丈夫なのよね?基本的には人間と一緒でいいの?そうなんだ。まぁそうよね。あ、でも食べ終わった後には顔を擦るのね?前足で。気分の問題?そうなんだ。でも足の裏は舐めなくても良いと思うわよ?
食事の後はコーヒを飲みながら『リビング』のソファーでメアリーさん捕獲の作戦会議をする。ミーちゃんには気分でミルクをお皿に出しておいた。気分で。何も言わずに飲んでくれているので問題ないのだろう。流石は猫ミーちゃん、器用に飲んでいるわね。
「 それじゃー、メアリーさんもミシャみたいに変身出来るんですね? ウィルさん。 」
「 そう。 ミーシャと同じで体積を変えたりは出来ない。 けれど体を切り捨てる事は出来る。 」
「 切り捨てる? ですか? 」
「 メアリーの体には決まった形の物質としてでは無いけれど、『魂』と『魔力』の情報が宿る『核』になる部分が存在している。 『核』から切り離された細胞は操作出来ずに動かせない細胞の塊に戻ってしまう。 放置しておけば数時間で死滅してしまうけれどもう1度体に取り込む事は可能。 多少時間はかかるけれど他者の細胞を取り込んで巨大化する事も可能。 この場合は有機物、無機物は問わない。 」
「 ふむふむ。 それだとスーちゃがチョンパを繰り返せば、どんどん小さくなっていくんですか? 」
「 わ、私?! 」
「 そう。 ただし問題もある。 『核』は常に大きい部分に存在している訳ではないから。 切り取った細胞を外へ出してしまうと逃げられてしまう可能性もある。 」
「 なるほど。 でも『核』から切り離された時点で制御は失われてしまうんですよね? 」
「 メアリーは『核』が存在している状態であれば体を操作してスライム化させる事が出来る。 手足だけでも体全体でも。 動かせなくなるのは『核』から切り離されている状態になった時だけ。 体を半分に切り裂いた場合等はどちらに『核』がるのか状態を見ただけだと判別が遅れてしまう。 前回の時はそれで逃げられてしまったの。 だから今回はスーに来てもらっている。 」
「 分裂した細胞を外に出さずに『空間』に閉じ込めておく訳ですね。 でも、それだとダメージを与えるのは大変そうですねー。 ミシャもスーちゃも基本的には打撃や斬撃主体の攻撃ですからねー。 」
「 ミシャの魔力を込めた攻撃なら細胞ごと消滅出来ると思う。 けれどあの子は属性魔法にも精通しているから手ごわいと思う。 私が直接対峙して結界を張り魔法を無効化してしまえばいいのだけれど・・・。 」
「 分かってます。 ウィルさん。 今回はミシャとスーちゃだけで戦います。 家出娘している先輩を徹底的に叩きのめしてやりますよ♪ 」
「 え。えっと・・・。 趣旨変わっってない? ミーちゃん。 話し合いをするのよね? 私達・・・。 」
「 あはははっ♪ いいんですよ♪ スーちゃ♪ ミシャ達の方が『化け物』だって教えてやればいいんですよ!! 体に!! 」
何か不穏な事を言っているような気もするけれど、分からなくは無い。私達がメアリーさんと同じだという事を伝えられればいいのだ。同じ土俵に立った上で、今の私達の素直な気持ちを伝えればいいのだ。
「 それじゃー今回は基本的にミシャが中心に戦いますね♪ 徹底的に叩きのめしてやります。 スーちゃはミシャの傍で見ていてくれればいいですからね♪ 本気のミシャを見せてやります!! 」
ミーちゃんが本気になっているみたいなので、任せてしまう事にした。だって、強いものミーちゃん。今回私に出来そうなのはメアリーさんを捕まえて『空間』に閉じ込める事だけなのかな?私まで隠れてしまう訳にはいかないので一緒に対峙するつもりだけれど。私自身、自分の身を守る位は出来るだろうけれど。属性魔法に関してはこの数日ウィルさんに対応策を教えてもらっているので、手も足も出ないという事は無いだろう。無詠唱の呪文は防御魔法で耐える。詠唱を始めたら『手』で邪魔をする。詠唱を無効化出来る程の知識を持たない私に出来るのはこれだけなのだけれど、ウィルさん曰く、魔法を使う相手にはこれが1番簡単で効果的な方法なのだそうだ。こんな時にも師匠の教え『魔力で殴ればなんとかなる』が、活かされているみたいだ。実際に師匠が強いのは、もっとも基本的な戦法をありえない程の強大な魔力を行使しながら実行出来るからなのだそうだ。もう間もなく日が暮れる頃合いになった所で、私達は街道沿いのワゴンの停車場まで移動する事にした。
街を赤く染めていた夕日は西方にそびえ立つ『ジネヴィラ山脈』に隠れてしまい、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。街道を照らすガス式の街灯の青い炎が山間に作られたこの鉱山都市を独特の雰囲気に照らし出している。鉱山や工房で働く人々も街道へ下りてきており街道沿いは昼間以上の喧騒に包み込まれている。
そんな中数台のワゴンが街道へと戻って来た。恐らくはあの護衛の中にジョン・スマイル・・・メアリーさんもいるのだろう。隣を見るとミーちゃんがこちを見て軽く頷き微笑んでくれた。私は深呼吸を1回してからワゴンへ向けて『空間』を移動させる。ここままメアリーさんを監視して隙を見つけて『空間』へ連れ込み戦闘予定地点まで移動させるのが今回の私の仕事なのだ。
今まさに、私の生まれて初めての命を懸けての対人戦闘が始まろうとしていた。
更新不定期です。