2 最初の戦い!!
「 ・・・はぁ。 」
街道を進む定期便のワゴンの席から外の景色を眺めていた私は思わずため息をついてしまった。街道を揺られる事丸2日、初日のあれだけ楽しくて仕方無かった気持ちは今はもう何処にも見当たらない。きっと目の前に広がる広大な深緑色の森を抜け、その先にある澄みわたった青い空の遥か彼方へ飛んで行ってしまったのだと思う。
「 おやおや? なんだか元気がないようですね? スーちゃは楽しくないんですか? ミシャは楽しいですよ♪ 」
右隣の席に座っているミーちゃんが目をぱちくりとさせながら不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。ミーシャ・ルルーンは猫になった女の子。アッシュグレーの所々に薄い茶色が混ざったふわふわショートヘアー、まんまるほっぺに小さめのはな。明るい金色の瞳がとっても印象的。私がこの世界へ来る2年も前から師匠の元で修行していたとっても強い同い年の先輩。私よりも2cm背が高くって、私のよりもずっと足が速くって、私の3倍ご飯を食べて、私より3cmウエストが細くって、私より2カップも大きい。この2年間ずっと一緒に師匠の元で修行してきた大切な仲間。私の一番の友達。親友。
「 も、もちろん楽しいわよ? だって私、初めて街の外に出られたのよ? この2年間、毎朝の修行と週6日の『魅惑の胸鰭亭』でのお仕事。 他の人の3倍皿洗いをして、家へ帰ってからも魔法の勉強。 お休みの日にはギルドの依頼で街の雑用。 私ってそれ以外ほとんど何もして来なかったんだもの。 数少ない楽しみの『空間』だって先月になってやっと師匠から使用の許可が貰えたんだし、それまでは毎日毎日同じ事の繰り返しだったのよ? 楽しくない訳ないじゃない?! すっごい楽しい!! 楽しいのよ?! 楽しいんだけれども・・・ 」
「 ・・けど? 」
「 ・・・おしりが 痛い。 なんというか・・・ もう・・・ すっごくすっごく痛い・・・。 」
それを聞いたミーちゃんは立ち上がり腕を組んで大きく首を振った。
「 ふぅー・・・ やれやれ。 スーちゃはお尻の鍛え方がたりないんですよ。 ミシャなんて毎日師匠にお尻を蹴り飛ばされてますからね。 これ位じゃビクともしないんです!!。 まさに『鋼鉄の処女尻』!! カッチカチです!! 仕方ないですねースーちゃは。 よし!! 分かりました!! もうすぐ休憩になるはずなのでミシャがスーちゃのおしりにお師匠様謹製『白スライムH軟膏』を塗ってあげましょー!! 」
そう言いながら拳を高く突き上げるミーちゃんを慌て席に座らせ、周りを見回した後で耳元に近づきさっきよりも幾分小さな声で話しかける。
「 だ、大丈夫だから!! うん、大丈夫!! 皮とか剥けてる感じじゃないし、少し休憩したらきっと直るから!! だから落ち着こう? ねっ? 」
「 そーですかー? それじゃあ休憩までは頑張りましょー!! スーちゃだっていつかきっと立派な『鋼鉄の処女尻』になれるんですから!! ミシャはいつだってスーちゃを応援しています!! 『地獄の門番シリズーレ』なんかに負けちゃ駄目です!! 」
再び立ち上がりキラキラした目で私を見つめているミーちゃんを何とか席に座らせる。うん、全然伝わらなかった。恥ずかしいなぁもう・・・。そんな大きな声で言わなくったっていいのに・・・。通路の反対側に座っている小さな女の子を連れたお母さんと目が合ってしまい軽く頭を下げると、とっても素敵な笑顔で頷かれてしまった。あう。
定期便のワゴンの車内は思ってた以上に広くって快適だ。座席の椅子の硬さを除いてだけれども。1台の車両に40人程が乗っているのだけれど寝ている人は殆どいないみたい。車内はもっと静かな感じなのかと思っていたのに全然そんな事はなくって、あちこちの席から笑い声が聞こえてくる。
1番後ろの席に座っている吟遊詩人がリュートを取り出して、近くで酒盛りを始めたおじ様達のリクエストに応えて楽しげな演奏を披露していたりもする。ミーちゃんは通路とお母さんを挟んで女の子とにらめっこをして遊んでいる。
少しだけ開けた窓の外から流れ込んでくる初夏の風が心地いい。私はこっそりと腰を浮かせて手の平を座席とおしりの間にそっと差し込む。もちろん危険なポイントを横にずらす為に、だ。よし、次の休憩まではこのスタイルでいこう。頑張れ!!私!!地獄の門番なんかに負けるな!!
休憩所にはトイレや水場の他に屋根付きのスペースが数か所あって、それぞれテーブルとイスが設置されている。私達も椅子に座って軽い食事を取る事にした。手持ちの簡易食料を腰のポーチから取り出してポリポリと齧る。気分はハムスターだ。ミーちゃんはというと簡易食料を2つ3つ口の中へ入れてバリバリと噛み砕いている。こっちはさながらリスみたいで見ている分には可愛い。うん、可愛い。そんな簡単に噛み砕ける硬さじゃないはずなのだけれども。私の方は半分ほど齧り終わった辺りでウィルさん謹製の冷却機能付き水筒で喉を潤す。冷たいお水って最高!!ウィルさん大好き!!
殺戮の魔導士ウィリアミーナ・ユーべルバッハ、ウィルさんは魔道具作りが得意な機械化(脳は生身 本人曰くこれは重要な事らしい)魔導士で師匠の古い友人。私より3cm背が低くダークブラウンのサラサラショートにダークブラウンの瞳。師匠と一緒に瀕死の私を改造してくれた命の恩人。私よりも少し幼く見えるけれど300年程前に私とほぼ同じ時代から転生してきた異世界人らしく、元大学助教授でロボット工学のエキスパート。この世界には存在しないロボットを制作する為に魔導を極めて魔導工学なるものを確立、自らの体を改造して殺戮戦闘マシーンとなったらしい。
ウィルさんは私の数少ない特技でもある『空間』をものすごく気に入ってくれている。魂への干渉、把握、操作を繰り返して私の体から引き剥がされた6本の手を、今使っている『手』の形に再構成してくれたのもウィルさんだ。私が『魅惑の胸鰭亭』で他の人の3倍お仕事が出来ているのはウィルさんのおかげなのだ!!・・・え?手が6本+2本も使えるのにどうして仕事が3倍なのかって?そこはあまり深く考えないでほしい。考えたら負けなのです。
簡易食料の半分をポーチにしまい一息ついた所で、私は今回の旅の目的について考えてみた。今回の旅の目的はズバリ私達の・・というか、私の修行。『ノーウェルの森』の深部へ行きそこで狩りを行う事だ。
狩りといっても森へ入るにはギルドの許可が必要で最低でもDランク以上の実力と実績が必要になる。15歳未満の場合はどんなに頑張ってもFランク以上には上がれずに、貯めたポイントは15歳になった時点で纏めて支給される。先週15歳になった私は二階級特進!!してランクがFからDになったのだ。いや、別に殉職とかした訳ではなくて、2年間コツコツと貯めていたポイントがDランクに届いていたって話なのだけれども。
ミーちゃんの方は1年程前から師匠に連れられて何度も森へ入ったりギルドの依頼をこなしているので現在のランクはC。森で討伐を行う為にはDランク以上で最低1人Cランク以上の同伴が必要になるらしいので、今回の狩りはミーちゃんがリーダーになって私が連れて行ってもらう形になる。
ここで1つ重要な案件がある。
私は戦った事が無い。
全くもって無い。うさぎ一匹倒した事がないのだ。
それなのに・・・
「 最近どうも気が緩んでいるようだな? ステラ。 お前には危機感が足りないんじゃないのか? 命に対す危機感だ。 これに関しては私にも責任はあるな。 私にはお前の能力が必要だ。 故にお前の命を奪う様な真似は決してしない。 だが・・ そうだな、もし仮にお前が不慮の事故で命を落とした場合はどうだろう? 多少の未練は残るかもしれないがそうなった時、私はきっとお前の能力を諦める事が出来るだろう。 悲しい出来事ではあるがな。 残念だな全く。 惜しい手駒を失ってしまった。 」
「 あの・・・ 師匠? なんというか・・・ 話が見えないのですが・・・ 」
「 聞いていなかったのか? 命に対する危機感が足りないと言っているんだ。 ギルドのランクも上がった事だし、お前には森へ狩りに行ってもらう。 そうだな・・・ 熊を狩ってこい。 無論1人でだ。 助けるのは無しだぞ? ミーシャ。 まぁ、幾らお前が弱いからといって2ヶ月も森に入っていれば熊程度は狩る事が出来るだろう。 大丈夫だ。 問題ない。 」
「 あの・・・ 師匠、私の記憶違いかもしれないのですが・・・ 」
「 何だ? 言ってみろ。 」
「 ええっと・・・ その・・・ 今までに戦い方なんて教えていただいた事ありましたっけ? 私。 」
「 ん? 何を言っているんだ? お前は? 毎日稽古をつけてやっているだろう? 足りなかったのか? そうか。 戻ってきたら稽古の量を倍にしてやろう。 」
「 いやいや!! 待って下さい!! 量は十分足りています!! 食べきれません!! お腹いっぱいです!! そうじゃなくってですね・・・ その・・・ 」
「 なんだ? 」
「 えっとですね・・・。 私、毎日師匠の攻撃を避けたり耐えたりしているだけじゃないですか? それでですね、その・・・ どうやってその・・・ 熊さんと戦ったらいいのかなって・・・ 」
「 日々私の戦い方を見てきたのだろう? だったら問題ない。 いつも私がやっている通りにやればいい。 出来るよな? それにお前には武器だってあるだろ? それを使えばいい。 」
「 武器・・・? ですか・・・? 私いつも素手ですし剣とか弓も使った事は・・・ 」
「 大馬鹿者めが!! 戦う為の武器なんてものは拳が1つ有れば十分だろう? ましてお前には拳が8個もあるんだぞ? それだけの拳を持っていながら戦えないとはどういう事だ?! 剣? 弓? あんな物は己の拳を曇らせるだけだ!! 私の目が緑色なうちは、あんな物は一切使わせないぞ? わかったな? 」
「 えーっと・・・ その・・・ 」
「 お前には8個の拳がある。 それに魔法だって使えるだろう? だったらそれを使え。 我々は魔導士なのだ。 魔導士の誇りを捨ててどうする? お前には身体強化を教えた。 防御結界もだ。 空間認識も認識阻害も思考加速も重力操作も光学迷彩も、必要な魔法は一通り教えたはずだ。 一体これ以上何が必要だと言うんだ? 」
「 ・・・ 」
返答に困っている私をミーちゃんが後ろからぎゅと抱きしめてくれた。
「 スーちゃは考え過ぎなんですよー。 要するに、力を入れる!! 思いっきり殴る!! これだけです!! 大丈夫!! スーちゃはやれば出来る子です!! ミシャはスーちゃを信じてます!! 」
「 ・・・頑張る。 」
思い出すと頭が痛くなってきた・・・ あああ・・・
『ムータン』の街まで残り1日半、そこからは森の中を移動する事になる。開拓が進み街道周辺の森は比較的安全になっているらしいけれど、魔獣が全く出なく訳では無いらしい。森を抜けて奥へ進むとギルドが管理する森の中の駐屯地、通称『森の町』がある。熊が生息しているのはそこから更に奥へと進んだ深部らしい。『森の町』への到着予定は『ムータン』での準備期間を考えても残り一週間程。それまでに何か対策を考えないと・・・。でなければ私は確実にお星さまになってしまう。それだけは絶対に嫌だ!!私はこの世界を、新しい人生をもっともっと楽しみたいのだ!!
休憩時間が終わって私達は再びワゴンへ乗り込んで行く。ここまで来てしまったのだから私も覚悟を決めるしか無い。ミーちゃんにだって迷惑をかける訳にはいかない。私は私に出来る事を一つずつやっていくしかないんだ。そうと決まったら前に進むしか無い。後戻りなんて絶対にしない!!そう、私はやれば出来る子!!頑張れ私!!負けるな私!!
これから始まるであろう、この旅に於ける最初の戦闘を前に私は身震いをする。鞄から取り出した厚手のブランケットとタオルを数枚、着替え用に用意して来たシャツを脇に抱えて戦場へ向かう。これだけの量の布をシャツで包めば十分な厚さと弾力を得る事が出来るだろう。あとは先ほど身に付けた技を使ってポイントを少しづつずらしていけばいい。手が痛くなってきたら『右手1号』と『左手1号』を投入したっていい。なにせこちらには全部で4組もの手があるのだから・・・。フフフ・・・。
おっといけない。攻撃以外にも回復の手段も用意しておかなかければ。ワゴンに乗り込もうとしているミーちゃんの腕を掴んで耳元で囁く。
「 あのね、ミーちゃん。お願いがあるのだけれど・・・ その・・・ 今晩寝る前に塗ってもらってもいいかな? 『白スライムH軟膏』・・・ 」
「 もちろんです!! ミシャはいつだってスーちゃの味方ですから!! 」
人智は尽くした。あとは天命を待つのみ!!
( この戦い、決して負ける訳にはいかない!! どんな手段を使おうとも私は勝つ!! )
そう、戦いは既に始まっているのだ!!
更新不定期です。