16 ふたつの星
『空間』の『ホール』には対峙する2人の姿があった。1人・・・否、1つは鋼鉄で作られた6本の腕で構えの姿勢を取り静かに佇む異形の者。鋼鉄製の全身は鈍く腹部に埋め込まれた『窓』には『0』の文字が表示されている。『メガネ』の奥にある冷たい瞳で対峙する相手を見据えている。『鋼鉄の貴腐人』。訓練用に開発された殺人人形。『腐801』通称ヤオイ。決してクローネ・クロースではない。
もう1人もこれまた異形。自らの腕とは別に6本の『手』を宙に浮かせて相手の様子を伺う。濃い銀色の髪を後ろで三つ編みに束ね深い緑色のその瞳から緊張が伺える。口をキュッと真一文字に結び額には薄らと汗が滲んでいる。この世界へと転生し、肉体を改造され、生きる意味を戦いの中に見出そうとしている訳では決してなく長期休暇の後の職場の反応が気になって仕方のない少女。ステラ・リーノット。私だ。
「 始め!! 」
開始の合図と同時に浮かせてある『手』を操作し私は人形に襲いかかる。この数週間で身に付けた魔力の操作を駆使して重たい『拳』を叩き込む。意識を集中し、思考を加速させて人形の動きを読み、確認して死角を作りだそうと試みる。人形は姿勢を崩す事なく只々私を見つめながら『拳』を受け流している。『拳』を受け止めるのではなく、ほんの少しの力を加えて軌道を変えているのだ。
( 上手い。 だけどこれはどう? )
私は『拳』が受け流される直前に少しだけ軌道を変え始める。すぐに人形の防御を掻い潜れるとは思っていない。これはフェイント。相手の意識を誘い込む為のものだ。不規則に軌道修正をしながら私は『拳』の攻撃の速度を上げていく。『空間』に響き渡る『拳』と『拳』が交わる音は一層激しさを増していく。
( そろそろ・・ かな? )
私は『拳』での攻撃の幾つかに『パッチンパンチ』を混ぜ始める。『拳』が触れた瞬間に相手に弾ける衝撃が伝わるミーちゃん直伝の『パンチ』。これに通常の『拳』とフェイントを混ぜる。人形は相変わらず無表情のまま『拳』を弾き続けているが徐々に打撃音に変化が現れ始める。数種類を使い分けている『拳』での打撃に反応が遅れ始めているようだ。
( ここまでは順調。 さらにこれ!! )
私は放った『パッチンパンチ』が人形の腕に触れる瞬間に『拳』の根元の方にも『パッチン力』を発動させる。触れた瞬間に弾ける『拳』がその力で『拳』自体が押し戻されてしまわないよう、根元の方を同時に弾けさせ『拳』の『パッチン力』の全てを相手に伝える為の技。隠れて練習していた私の新『パンチ』。必殺『ドスンパンチ』だ。
( よし!! 少し押し込めた!! )
『ドスンパンチ』は思った以上に効果があった。初めて人形の腕を私の『拳』が弾き飛ばしたのだ。私は攻撃の手を休めない。幾重にもフェイントを重ねながら3種類の『パンチ』を使い分け打ち込む。強弱を付けた私の『パンチ』は人形の防御を少しづつではあるけれど確実に剥がしつつあった。
( 更にこれ!! )
私は自分の『拳』に『パンチ』を入れる。弾かれ軌道を変えた『拳』を更に別の『拳』で弾き飛ばす。『拳』が初めて人形の胴体を捉える。ピッという音と共に『窓』の数字が『1』に変わる。私は更に攻撃を続ける。少しづつではあるが確実に攻撃は当たり始め『窓』の数字も加算されていく。加速された思考が人形の胸元の死角を予測する。
( これでどうだ!! )
私は死角に近い2つの『拳』を1つに組合わせその根元を爆発させる。爆発で獲た推進力で組み合わさった『拳』は人形の胸元へ向かう。私の最終攻撃奥義『ズドンパンチ』だ。『ズドンパンチ』は受け止めようとする人形の腕を弾き飛ばしそのまま胸の部分へ打ち込まれる。ズドンッ!!という音と共に『窓』の数字が『15』の表示したその時、
「 そこまで!! 」
ミーちゃんの声が響いた。
全身の力が抜けてその場にへたり込む。全く力が入らない。魔力を使い切ってしまったようだ。おしりを上げる事も出来ないでいる私にミーちゃんが近づいて来て、ぎゅーっと抱きしめてくれる。
「 凄く凄くすっごく頑張ったね、スーちゃ。 毎日一生懸命だったもんね。 よくできました♪ 」
すり寄せてくるミーちゃんのぷにぷにほっぺは柔らかく、私はそれをベタベタにしてしまうのであった。
午前中の訓練を終えた私達はお風呂へと向かった。ウィルさんも誘いたかったのだけれども急ぎの依頼が入ってると言って最近は食事の時間以外『実験室』から出てこないのだ。ミーちゃんから聞いた話によるとなんでも『チェインソー』を作っているらしい。知り合いに木こりさんでもいるのだろうか?その事もあってヤオイちゃんの足の製作は当初よりも随分と遅れてしまっているのであった。早く足が完成するといいね、と言う私にミーちゃんが答える。
「 あんなの飾りですー。 偉い人にはそれがわからんのですよー。 」
うん。偉くなくっても分からない。キックの訓練に使うのよね?足。
浴槽に浸かりながらぼーっと天井を眺める。天井には藍色のタイルが張られており、こちらの世界の星座が可愛らしく描かれている。ミーちゃんが大きなタイルに絵を描きそれをウィルさんに内蔵されている『ハンドカッター』でバラバラに切断して貰って私が一枚一枚貼っていったのだ。壁とタイルの間には防湿を兼ねた断熱材を挟めてあるので作業には結構時間が掛かってしまった。まぁ手が届くだけましなのだろうけれど。可愛く描かれた神話の聖獣達の中に不自然に振り返る人の姿やロボットが紛れ込んでいるけれど気にしないようにしている。
暫くの間湯舟に浸かっていたのだけれど、どうにも力が入らない。重たい体をお湯から出そうとした時に、
「 ちょっと待ってください!! スーちゃ♪ 今準備しますから!! 」
と、言いながらミーちゃんが浴室から走り出て行った。廊下水浸しよね?これ。『手』で廊下を拭きながら浴槽の縁に腰かけているとマット?のようなものを抱きかかえたみーちゃんがっ戻ってきた。手には白い液体の入った瓶も持っているみたいだ。ミーちゃんはマットを浴室の床に置きその横に両膝を突く。
「 さっ♪ どうぞ♪ スーちゃ♪ 」
聞きたい事が多すぎたので、取り敢えず気になる事から処理していく事にする。
「 この敷いてあるのは何? 」
「 マットです♪ ウィルさんに頼んで作っておきました♪ 防水、抗菌対策もバッチリです!! 」
「 どうしてマットを敷いたの? 」
「 スーちゃをモミモミする為です!! 」
浴室から出ようとする私の腕をミーちゃんがガッチリと掴む。相変わらず強い。それに今の私は体に力が入らないのだ。
「 説明します。 今のスーちゃんは完全に『魔力切れ』を起こしています。 さっきの訓練で頑張ったからです!! このまま時間を掛けて回復を待つのもいいのですが、ここに良い物があるんですよ!! 」
「 良い物? 」
「 そうです!! 『スラテリンクリームEX』です!! 疲れを癒し施術者の魔力を送り込む事で魔力の回復も促進する高級クリームです!! 」
「 回復クリーム? 」
「 そうです!! ウィルさんがスーちゃに使ってあげてと言って渡してくれました!! 」
ウィルさんの名前を出されると弱い。それに体に力が入らないのも事実だ。
「 それはわかった。 でもどうしてマットに女の子の絵が描いてあるの? 」
今回の本題だ。
「 ウィルさんの趣味なんじゃないですかね? デザインも全てお任せでお願いしましたから♪ 」
「 そう。 この子、目と髪の色が私と同じなんだけれど? 」
「 そういえばそうですねー。 スーちゃに良く似ていて可愛いです♪ 」
「 この子、どうして恥ずかしそうな顔をしているのかな? 」
「 さー? どうしてでしょうねー? ミシャにはちょっとわかりませんねー。 」
「 両手首を頭の上に描かれている『手』で一か所に抑えつけられているからかな? 」
「 あー。 なるほど。 そうかもしれませんねー。 」
「 足首にも『手』が描かれていてるみたい。 足を開かされているのかな? これ。 」
「 ふむふむ。 そう見えなくもないですねー。 なるほどなるほどー。 」
「 残りの3本の『手』も太ももの内側とか脇腹とか頬とかに描かれているんだけれども。 」
「 あ!! わかりました!! 『スラテリンクリームEX』で使うマットだからですよ!! 」
「 そうなのかな? 」
「 そうですよ!! ウィルさんがスーちゃの為に作ってくれたんですから!! 」
「 ・・・ルい。 」
「 はい? 」
「 ウィルさんの名前を出すのはズルい。 」
「 そうですかー? なんでも知り合いの絵師さんに頼んで描いてもらったらしいですよ? これ。 」
「 名前書いてあるね。 『くろくろ』さんて女の人は描かないのかと思ってた。 」
「 いやー。 なんでも『チェインソー』の開発を最優先にするとかで手を打ったみたいです。 」
これか。
「 そんな事よりスーちゃ♪ 早く始めちゃいましょう。 風邪ひいちゃいますよ? 」
私は諦めて恥ずかし気に抵抗している女の子の上にうつ伏せになった。
「 ・・・んっ。 」
思わず声が出てしまう。うつ伏せになっている私のうなじから肩にかけてミーちゃんがゆっくりと『クリーム』を塗り込んでくる。首の後ろから肩甲骨の裏へ。脇から背骨へ戻りそのまま腰へ。目の前に描かれている恥じらい顔の女の子と目が合う。意識してしまいこちらまで恥ずかしくなってしまうのだけれども、気持ち良さには敵わない。全身が軽く痺れて体の内側がら疲れが抜けていくようだ。それと同時にミーちゃんの手から温かいものが流れ込んでくるのがわかる。
「 タオル、外しちゃいますね。 」
「 ・・・うん。 」
腰に載せていたタオルが外されてミーちゃんの手の平が私のおしりへと滑り降りてくる。もう恥ずかしさは感じていない。下着のラインに沿って『クリーム』が塗り込まれる度に足先まで力が入ってしまう。
「 力は抜いてください。 リラックスして。 」
「 はい・・・。 んっ。 あっ・・・。 」
声が出てしまっているのかも知れないけれど、もう気にしてはいなかった。太ももから脹脛へ。そこから足首へ。膝を曲げられて軽く力を入れて押し込まれる。そのあとで足の裏を丁寧に刺激されていく。指の間を一本一本丁寧に。両足が終わったら今度は仰向けだ。
「 タオル使いますか? 」
「 いらない・・・。つづけて・・・。 」
ミーちゃんは優しく微笑むと両手を使ってこめかみの辺りを優しく包み込んでくる。顎の裏から鎖骨へ。鎖骨の下から谷間へ、膨らみの外側に沿うように脇の深い部分へ。それをゆっくり丁寧に繰り返した後でお腹を通り過ぎて腰回りへ。足の付け根に沿って強めに刺激されて、そのまま深い部分にまで入っていく。膝を交互に曲げさせられて、その度に吐息が漏れ出してしまう。
最後は腕だ。二の腕からゆっくりと『クリーム』を塗り込まれて手の平へ。足の裏同様にゆっくりと丁寧に指の一本一本を、手にある全ての関節を一つ一つ丁寧に刺激されていく。右が終わったら左。それが終わったら6本の『手』までも丁寧に刺激されていった。
「 終わりましたよ♪ お疲れさまです♪ 動けますか? 」
夢心地のままでいる私はおしりをつけたままマットに座り込む。ミーちゃんが全身を優しく洗い流してくれた。そのまま促されて湯舟に体を浮かべる。天井に描かれた星々を眺めながら今起こった出来事について考える。
( 夢・・・。 なのかな・・・? これ・・・。 )
頭はまだ夢の中を彷徨っているみたいだ。施術前とは違う脱力感が体を覆いつくす。洗い場の方へ顔を向けるとミーちゃんがマットを洗い流し後片付けをしていた。
( ありがとう。 ミーちゃん・・・。 )
そう思った私の目にそれは飛び込んできた。
濃い銀髪に深い緑色の瞳の少女。恥じらいの表情を浮かべながら体の自由を『手』によって奪われている少女・・・
の、全裸バージョン。
私はそのまま意識を失い、目が覚めたのは夜遅くになってからだった。
更新不定期です。