13 徒手空拳
ペシッ
『空間』の中に乾いた音が響く。ミーちゃんが私の『手』を受け止める音だ。次々を襲い掛かる『手』を避けずに手の平で受け止めていく。
ペシッ ペシッ
それでも私は攻撃の『手』を休める事なく打撃を当て続ける・・・ 打撃なのこれ?
ペシッ ペシッ ペチ
あー。知ってるこれ。あれだ。蚊を叩く時の音だ。
「 どうしました? スーちゃ。 何処か調子悪いですか? 」
顔に出てしまっていたのだろうか?首を傾げながらミーちゃんが私に聞いてくる。
「 ・・・あのね、1つ聞いてもいい? 」
「 はいはい。 なんですか? スーちゃ。 」
「 なんていうか・・・。 私のパンチって・・・ 効いていない・・・? 」
ちょっとだけ驚いた顔をした後で、ミーちゃんが優しく答えてくれる。
「 やだなー♪ 当り前じゃないですかー。 教えてませんもん。 殴り方なんて。 」
ミーちゃんは返事に困っている私を見ながらより一層の笑顔でこう言った。
「 スーちゃのパンチじゃ蚊一匹殺せませんよ♪ ミシャが保証します♪ 」
そんな保証はいらない。そして私のパンチは蚊以下だった。
昨日の疲れもあってか、私はいつもよりも遅めに目が覚めた。2人の姿は見当たらない。ぼーっとしたままで取り敢えずウィルさんが寝ていた辺りまで移動してベットに顔を埋める。クンカではない。スーハーだ。『ウィルニウム』の充填を終えた私はまだ少し眠い目を擦りながら扉を開けて三層へ下りて行く。
「 おはようございます!! スーちゃ♪ いやー、昨日変な夢を見ちゃって寝汗がひどかったんですよー。 それにしても朝からお風呂に入れるなんて最高ですね♪ 」
と、笑顔で挨拶をしてきた全裸のミーちゃんを脱衣所まで連行し着替が用意されていないのを確認してから私の「いのしし」を着せる。後でもう何枚か買っておこう。「くま」と「はちみつ」でいいかな?要所要所に掛けておくのも有効な手段かもしれない。
「 おはよう。 スー。 ちゃんと寝れた? 」
「 おはようございますー。 ウィルさーん。 寝坊しちゃいましたー。」
昨日のうちに運び込んでおいた一つだけ置かれているソファーに座ってコーヒーを飲んでいるウィルさんに後ろから抱き付いて『ウィルニウム』を追加で充填する。抱き付いたままでいると、そのまま眠ってしまいそうだったので残念だけれども体を起こす。
『キッチン』が作られる予定の場所に仮で作ってあるカウンターへ行きそこに用意されていたサーバーからコーヒーを注ぐ。その横に用意してあった朝食のサルテーニャとティースプーンを1つお皿に載せてウィルさんの横に座る。あー。テーブルを運んでおけば良かった。サルテーニャは中に細切りのお肉や野菜を包み込んで焼いてあるお焼き?みたいなパン?だ。一体どっちなんだろう?形は餃子だけれども!!ミーちゃんが屋台まで行って買ってきてくれたらしい。ミーちゃんは美味しいものに詳しい。端っこをパクっとしてからスプーンで中の具材を食べ進める。むー。美味しい。
食べ終わった頃には頭もハッキリとしてきたので3人で今日の予定を話合う。
「 今日はこの部屋。 先に運んでもらっていい? スー。 」
「 はい!! 私とミーちゃんで運んじゃいます!! 『リビング』よりも先に『キッチン』方がいいですよね? 」
「 うん。 配管に時間が掛かりそうだから。 他は後でいい。 」
「 それじゃー先に運んじゃいましょうか? スーちゃ!! その後は特訓です!! 今日からガンガンいきますよー!! 」
「 ・・・うん。 頑張る!! 」
『空間』の作業は本来の目的ではない。私が今やらなければならないのは訓練をして強くなる事なのだ。お皿を片付けて借りている倉庫へ行き、ウィルさんの指示でキッチン周りの設備を運び出していく。三層は中心から四分割する感じで『キッチン』『ダイニング』『リビング』『お風呂場』になっている。『キッチン』はカウンター式になるのだけれど壁は邪魔になってしまうので消しておく。天井や流し台の裏の壁、配管が通る壁も作業ができるように薄くしておく。一通り必要な設備と資材を運び終えた私とミーちゃんは残りの作業をウィルさんにお願いして一層での訓練を始める事にした。
「 つまりあれなんですよ。 」
私の不殺のパンチを受けていたミーちゃんが説明をしてくれている。
「 フッ。 速さだけなら中々のものだな。 だが軽い!! 軽すぎる!! そんな軽い拳ではこの私の体に傷1つ付ける事は出来ん!! という事です!! 」
「 ごめん。 何を言っているのか良く分からない。 というか、ミーちゃんにフラグ立ってない? それ。 」
「 そうです!! フラグを立てたのはミシャです!! つまり・・・ スーちゃが勝つのです!! 」
何だろう?良く分からない。ミーちゃんは話を続ける。
「 スーちゃの拳は軽いんです。 言葉通りの意味で。 説明しますね? スーちゃの体重が40k・・・ 」
「 38。 」
「 おおよそでいいんです♪ スー・・・ 」
「 38!! 」
「 はいはい♪ スーちゃの体重が38kg位だとすると『手』1つの重さは300g位になると思うんですよー。 」
「 そうなの? 」
「 そうなのです!! 300gです!! 軽いです!! ミシャなら軽く5皿はいけます!! 」
「 やめて。 」
「 そういえば聞いた事があります。 その昔、美味しいって評判のラーメンの屋台があって・・・ 」
「 駄目!! それは駄目!! 絶っ対に駄目!! 絶対絶対ぜーーーったいに駄目!! 」
「 あははっ♪ 今日もいつものスーちゃですね♪ 」
「 フシャーーッ!! 」
「 話を戻しますね。 スーちゃの『手』は300g。 軽いんですよ。 ちょっと『手』でパンチを打ってみて下さい。 スーちゃ。 」
ミーちゃんはそう言って私の方へ向けて手の平を差し出してくる。私はそれに向かってパンチを打ち込む。
ペシッ
うん。知ってた。
「 それじゃー次は手の方で思いっきりパンチして下さい。 」
そんなに変わらないと思うんだけれど・・・。
パチンッ!!
あれ?! なんか変わった?!
「 わかりました? スーちゃんのパンチは例えるなら『手』で打っているのはジャブ、手で打つほうがストレートになるんですよー。 」
「 よく分からないけれど、なんとなくは分かるかも・・・。 」
「 もっと分かりやすく言い換えれば、スーちゃは基本的にアウトボクサータイプでデトロイトスタイルからのフリッカー・・・ 」
「 ごめん。 ミーちゃん。 最初の方の例えでお願いしてもいいかな? 」
「 あはははっ♪ 簡単に言うと体重を乗せていないのでパンチが軽くなっちゃうんですよー。 」
「 今のはちゃんと分かった。 こんな感じで説明してもらえたら嬉しい。 」
「 何度も言いますけれどスーちゃのパンチは軽いんです。 速さはこの数日の訓練で随分速くなったとは思います。 威力だって上がっているはずです。 でもそれだけじゃ足りないんですよー。 」
「 足りない? 」
「 そうです。 足りないんです。 例えば動かない壁なんかにパンチをするとします。 それだったら結構な威力になると思うんですよー。 300gとは言えあの速さで打てば結構な威力になりますから。 」
そうなのかなー?なんて思ってしまって、軽い気持ちで『空間』の壁にパンチをしてみた。
ドンッ!!
「 ぐはっ!! 」
痛かった。手もお腹も。
「 大丈夫ですか?! スーちゃ?! なんで自分で殴っちゃうんですか?! 」
なんでだろうね?本当に。
「 でもそれじゃ駄目なんですよ。 魔法・・・魔力というものがありますから。 昨日までの訓練で魔力を体内で循環させる感覚は分かったと思うんですよ。 スーちゃはちゃんと出来ています。 ですが・・・。 」
「 ??? 」
「 ミシャも同じ事をしてるんですよねー。 なのでスーちゃの込めた魔力は相殺されちゃうんですよねー。 」
「 なるほどー。 」
「 なのでスーちゃにはこれからパンチの打ち方を覚えてもらおうと思うんですよー。 」
「 ・・・わかった。 頑張る。 」
「 普通こういうのは型を覚える所から始めるんですよねー。 体の軸を意識したり体重移動を覚えたり。 手で打つ方のパンチの威力はこれで上がるはずなので、基本的な型は覚えてもらいます。 もちろんキックも使えるようになると思います。 」
「 おおお。 キック・・・!! 」
キックは使ってみたい。カッコイイから。ミーちゃんがキックを使っている姿をみてちょっと憧れていたのだ。お腹周りもスッキリしそうだし。
「 それで『手』の方なんですけれど、こっちにも幾つか強くなる方法があります。 」
キックはかっこいいけれど先ずはこっちだ。私だけの武器『手』を強くしたい。『手』が造られた時から意識して使うようにと師匠に言われていたので、私は大抵の事は『手』でやってしまう癖が付いてしまっているのだ。
「 先ずは手の方と同じでより速く動かす。 当たった瞬間により強く重力をかけられるといいんですけれど、スーちゃは動す時に目一杯の重力操作をしちゃってますからねー。型を覚えてもらう時に改めて教えますけれど、当てる場所とか角度とか捻り具合なんかに工夫をすると多少威力は上がると思いますよ。 より力が逃げにくい方向にパンチを打つ感じですかねー? 簡単に言うと何処を殴れば人が死・・・ 」
「 物騒な言い方はやめて。 」
「 あははっ♪ それでもう一つの方法、こっちが本命なんですけれど。 手の平を出してもらっていいですか? スーちゃ。 」
私は言われるままに肘を曲げて体の横に手の平を出す。力は入れない方がいいって言われた。
「 見ててください。 」
そう言うとミーちゃんは私の手の平に自分の拳をそっと当てる。そのまま目を閉じて・・・
パンッ!!
後ろに弾かれた手の平を胸元に戻し私はミーちゃんの顔を見る。
「 こういう感じです♪ スーちゃにはこれを覚えてもらいます♪ 」
弾ける?パンチは難しいらしいので私は先に基本的な型を教えてもらう事になった。なったはずだったのだけれど・・・。私の前にはミーちゃんが用意したテーブルと雑巾、蜜蝋が用意してある。ウィルさんから貰ってきたのかな?あと刷毛。なんだろう?これ。
「 それでは始めましょう。 まずはこのテーブルに両手を置いて・・・。 」
「 ??? 」
「 こうするのよ。 」
私はテーブルに両手を付いて少しだけ腰を引き足を開く・・・。
ミーシャが後ろから私に覆いかぶさり身体を密着させてくる・・・。
それぞれの手首を優しく握られる・・・。
首筋に吐息が掛かる度に体はビクンッと反応してしまう・・・。
私は言い知れぬ羞恥の情に駆られて体の芯が熱くなっていく・・・。
「 いいですか? ワックスをかける!! ワックスをとる!! はい!! 続けてー!! 」
「 ミーちゃん。 」
「 はいはい? 」
「 色々と聞いていい? 」
「 はいはい。 何でも聞いてください!! スーちゃ。 」
「 最初のお色気モードは何? 」
「 んん? ちょっとわかりません。 何ですか? それ。 」
「 ごめん。 今のなし。 」
あああああああっ!!盛大に自爆した!!何言ってるんだろう?!私!!馬っ鹿じゃないのっ?!イヤーーーーッ!!
・・・気を取り直してもう一つの質問をする。
「 これは何? 」
「 型を覚えてもらう為の訓練です。 続けますよー。 はい!! ワックスをかける!! ワックスをとる!! さぁ!! 」
止めるタイミングを見失ってしまった。仕方ない。続けよう。
「 そう!! そうです!! 円を描くようにー!! 呼吸を整えてー!! はい!! 」
「 ・・・ワックスをかける。 ワックスをはがす。 」
私は暫くの間ワックス掛けを続けさせられて、それが終わると今度は壁の方へ連れて行かれて同じように型を教えて貰う。
「 はい!! 上に塗る!! 下に塗る!! 丁寧にー!! 力を意識してー!! 」
「 上に塗る。 下に塗る。 」
「 いいですよー!! スーちゃ!! 慣れきたら今度は左右に塗りまーす!! 」
「 右に塗る。 左に塗る。 」
「 いいですよー!! スーちゃ!! すっごくいいです!! これだとすぐにジャケットを着る事ができますよ!! 最新式ですからね!! ジャケットは!! 」
こうして訓練の午前中は終わった。私は暫くの間、午前中はこの訓練を続ける事になったらしい。
食事をする為に三層まで下りると丁度キッチンからウィルさんが出てきた。水回りの仕事は終わったみたいだ。午後の訓練の前にまた家具を運び込まなくっちゃ。ソファーに座り一息ついた所でウィルさんが隣に座ってきた。
「 訓練は順調? スー。 」
私は力なく答える。
「 はい。 ワックスをかけました。 ペンキもです。 他はまだ早いそうです。 」
自分でも良くわかっていないけれど、午前中の訓練の報告をした私にウィルさんがこう言った。
「 そう。 大丈夫。 スーならすぐにジャケットを掛けられるようになる。 」
ウィルさんには分かるみたいだった。
午後からはパチンッ!!ってなるパンチの訓練だ。
更新不定期です。




