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10 続けてよろしゅうございますか?




 私達がこの駐屯地へ来てから2日程が経っていた。ギルドが管理する魔物討伐の為の駐屯地、通称『森の町』。あの日、ミーちゃんに背負われてこの町に着いた私はそのままギルドが運営するこの診療所へ運ばれてそのまま丸1日寝ていたそうだ。昨日になって担当医師から当時の詳しい状況を聞いた。かなり危険な状態だったらしい。最初に適切な処置が行われていなければ命を落としていたと、そう告げられた。



 ミーちゃんはあの時の事は何も話してはくれない。私の命を危険に晒してしまった事に責任を感じてしまっているのかもしれない。私の方からも何も聞かない。私はミーちゃんに命を救われたのだ。これは紛れもない事実だ。感謝しても感謝しきれない。私はこの気持ちを伝えなければならない。



 伝えてどうなるの?



 感謝気持ちを伝えた所で何も変わりはしないと思う。私はミーちゃんに命を救われた。そして、これからも救われる。私は認識が甘かった。魔獣を数匹倒した位で自分が強くなったと錯覚していた。師匠は言っていった。ふた月もあれば倒せると。あれはきっと嘘なのだろう。倒せる、のではなく、ふた月で倒せる訳がない。もし倒せたのならお前を認めてやろう。そいう意味だったのだ。それなのに私は最低ひと月暮らせる生活の計算をしてみたり『空間』が汚れるのが嫌だと自らの手を汚さず安全な場所でしか戦っていなかった。楽な方法を選び一週間程度で目的地の近くまで辿り着き、残り一週間で帰れるとさえ思っていた。私は、



 私は馬鹿だ



 私の命を救ってくれたミーちゃん。その優しさに甘えてその優しい心を傷つけてしまったのだ。ミーちゃんは強い。当たり前だ。ミーちゃんは知っていたのだ。命の意味を。小さな女の子が2年もの間、深い森の中で一人で生きてきたのだ。ミーちゃんは知っていた。私には命に対する緊張感が足りないという事を。知っていて私に付いて来てくれた。私を守ってくた。それなのに私は周囲の確認を怠り私自身の命を危険に晒してしまった。それはミーちゃんの命を奪うのと同じ事だったのだ。私は、



 私は悔しい



 私は弱い。当たり前だ。私はいつも誰かに守られていたのだ。この世界に来てから。いや、この世界に来る前から。ミーちゃん、師匠、ウィルさん、クローネさん、お店での皿洗いですら私がこの世界で生きて行く為には必要な事で、私をこの世界から守ってくれている大切な物だったのだ。あの暗闇の中でステラ・リーノットに私は言った。消えたくないと。独りは嫌だと。私は私がこの世界にいる理由さえ忘れてしまっていたのだ。私は、私は、



 「 私は、強くなりたい。 」



 私の様子を見る為に病室に来てくれていたミーちゃんは、優しい笑顔でこう言ってくれた。



 「 ミシャはいつだってスーちゃの味方です♪ 」





 コツーン  コツーン



 『空間』に足音が響く。そこには二人の少女の姿があった。一人は目を閉じ右手を顎に左手をその肘にあて、何か考え込むような表情で緊張した面持ちの少女の前を行ったり来たりしている。ミーシャ・ルルーナ先任軍曹。ミーちゃんだ。もう一人の少女の方は背筋を伸ばし顎を引き手を後ろに組んでしっかりと前方だけを見ている。ステラ・リーノット一等兵。私だ。



 「 これより訓練を始める。 」


 「 はいっ!! 」


 「 返事はレンジャーだ!! 」


 「 レンジャー!! 」


 「 これからの6週間でゴミ虫以下の貴様を一人前の兵士に鍛えあげる。 いいな? 」


 「 レンジャー!! 」



 あれだけの決意の後なのに私達はこんな感じだ。こんな感じでいい。こんな感じだからいいのだ。



 「 貴様の世話をしているクソメイドには私も随分世話になっている。 貴様は特別念入りに鍛えてやる。 わかったな?! 」


 「 レンジャー!! 」



 あー。言っちゃった。ミーちゃんこれ、念話の事忘れちゃっているんじゃないのかな?もしかして、私も巻き込まれるんじゃないのかな?うう。考えたくもない。



 「 この6週間はションベンの漏らし方を思い出す暇もない位に鍛えてやる。 覚悟はいいか?! このクソビッチが!! 」


 「 レンジャー!! 」



 良かった。これで2対1になった。軍曹は優しい。



 「 よろしい。 先ずは新兵の心構えを教えてやる。 腹に力を入れて歯を食いしばれ。 」

 

 「 レンジャー!! 」



 私は身体強化を使いありったけの力をお腹に集中させる。



 「 舐めているのか? 貴様。 8枚全使え!! 」



 次の瞬間、ミーちゃん先任軍曹の『猫パンチ』が私のお腹へ打ち込まれ後方へと吹き飛ばされる。呼吸が止まり胃液が口の中から溢れて出して来る。



 「 誰が後ろへ下がれと言った?! 早く定位置まで戻れ!! 」


 「 ・・・ジャ。 」


 「 声が小さい!! 」


 「 レンジャー!! 」



 ミーちゃんは笑っていない。私も笑わない。この拳の意味を知っているから。分かっているから。



 「 次は少し本気を出す。 8枚全部使え。 30秒毎に1発打つ。 取り敢えず100発からだ。 」


 「 レンジャー!! 」



 『猫パンチ』が打ち込まれる度に息が止まる。6本の『手』と2本の手を使って結界を張っているのに『猫パンチ』の衝撃はお腹の中にまで届き私の体力を奪っていく。20発を超えた頃から少しずつ結界の枚数が減っていき40発を超えた辺りからは直接お腹へ衝撃が刺さってきた。50発お超えて涙と鼻水が止まらなくなり、60発を超える前に失禁した。70発を超えた辺りには後ろからも流れてきて80発で吐血した。90発以降はあまり覚えていない。最後の1発が打ち込まれた後で私は膝を突いた。



 「 漏らし方は忘れていないようだな。 良い根性だ。 30分の休憩だ。 これを飲んで水を浴びて来い。 5分で戻って来い。 わかったな? 始め!! 」


 「 レンジャー!! 」



 ミーちゃんに貰った『スラナミンV』を飲み干してすぐに洗い場に向かう。ギルド運営の公衆浴場の外には汚れて戻ってきた冒険者の為に外に洗い場が設置されている。硬貨1枚を払うと5分程水を出してくる。私は服の上から体を洗う。ズボンの隙間からホースを差し込んでそのまま流してしまう。周りを気にしてなんかいられない。これは私の戦いなのだ。



 5分が過ぎる前に『空間』へ戻り体力の回復に努める。正座から両足を左右に動かしてお尻を床につける。両手の指を組み力を抜く。頭を下げて目を閉じる。このまま体内の魔力の流れを感じながら淀みなく力強くゆっくりゆっくりと練り込んでいく。ミーちゃんは腕を組み背中を向けたまま何も言ってこない。両手で腕をきつく握りしめているのが分かる。けれど今は何も言わない。考えない。次の気持ちを受け止める為に体力を回復させるのだ。



 「 30分経ったな。 次の訓練を始める。 」


 「 レンジャー!! 」


 「 次は魔力の練り方を叩き込んでやる。 休憩していた時の姿勢になって背中をこっちへ向けろ。 」


 「 レンジャー!! 」



 背中に当てられた手の平から力強くも心地よい力を感じる。



 「 いいか? これが普段貴様が戦闘中に体内で練っている魔力の流れだ。 」



 その言葉と同時に身体中に力が溢れてくる。私が全力を出している時の感覚だ。



 「 そして、これが私が貴様を殴っていた時の流れだ。 」



 次の瞬間、私の体は意志とは無関係に反り返った。顔は天井を向き離れた両手の手の平は力なく痙攣している。口は開き舌が垂れ下がってお腹の痙攣も止まらない。横隔膜までもが痙攣し呼吸も出来ない。



 「 分かるか? 最低でもこれ位は循環出来きなければ、次の訓練に進む事すら出来ないのだ? 自分の実力が分かったか?! 」


 「 ・・・ァア!! 」


 「 聞こえん!! 」


 「 レンジャアア!! 」


 「 これを10分間続けて5分間休む。 合格しなければ他の訓練は一切しない。 苦しかったらこの感覚をモノにしろ!! 」


 「 レンジャアアア!! 」



 この日は食事の時間以外はこの訓練が続けられた。日が西に傾き始めた頃に初日の訓練が終了した。



 「 以上、本日の訓練はここ迄とする!! 解散!! 」


 「 レンジャー!! 」



 終了と同時に私はその場にへたり込んでしまった。ミーちゃんが私の傍へ来てぎゅっと抱きしめてくれる。



 「 お疲れ様です。 スーちゃ。 良く頑張りました♪ 」


 「 ありがとう。 ミーちゃん。 お腹空いたね♪ 」



 二人とも泣きそうな顔をしていたので、顔を見合わせたまま笑ってしまった。



 公衆浴場で汗を流し洗濯をした私達は食事の前に昨日査定をお願いしたギルドの換金所へ向かう事にした。蜂蜜は半分程残したままにしてある。換金所へ入ると数人の冒険者がこちらをじっと見ていた。本人は気が付いていないけれど、あれは絶対にお風呂上がりのミーちゃんを見ている顔だ。間違いない。私はミーちゃんを隠すように抱き付きながら受付まで行く事にした。こっち見んな!!



 報酬をその場で確認してからミーちゃんが受領書にサインをして私達は換金所を後にした。今回の報酬の合計は銀貨282枚。金貨24枚と銀貨38枚、銅貨38枚、硬貨20枚で貰ってきて二人で山分けになった。入院していた間の費用は私が出すと言い張ったのだけれども金額を教えて貰えずに結局そのまま甘える事になってしまった。今度何かでお返ししよう。うん。



 夕食は換金所の隣にある直営の酒場で取る事にした。食事をしながら今日の反省会を開く。



 「 んー。 やはり少し物足りなかったですねー。 」


 「 そうなんだ・・・。 どの辺りが駄目だったのかな・・・? 」


 「 訓練にランニングを入れるべきでした。 ミシャとした事が・・・。 」


 「 やっぱり走るって大切なの? 」


 「 やだなー。 決まってるじゃないですか。 スーちゃ。 基本ですよ、基本。 」


 「 そうなんだ。 なるほど・・・。 」


 「 新兵が走りながら歌うのは基本中の基本なのです!! 」


 「 んん?? 」


 「 め~がね~をか~け~たク~ソメ~イド~♪ ベ~ッド~のう~え~で腐ぁ~てる~♪ グッフォミー!! グッフォユー!! ムーングッド!! 」


 「 やめて。 本当に止めて。 」



 私は止めました。私は言っていません。んん?あ。ち、違います!!世の中の全てのメイドさんに対して失礼だと思ったからです!!特定個人を想像した訳ではありません!!く。こんな所にトラップが。ミーちゃん・・・。恐ろしい子・・・。



 「 それよりもスーちゃ。 体の方は大丈夫ですか? 」


 「 体の方は大丈夫じゃないかと思う。 『スラナミンV』も飲んだし。 」


 「 今日のは特別なんですよー。 眠っていたスーちゃの体を無理やり起こしましたからねー。 」


 「 そうなの? 」


 「 そうなのです!! それに本来の目的はスーちゃの魔力循環と自己治癒力の強化の為ですから。 薬に頼ってしまうと逆効果になってしまうのですよー。 」


 「 なるはどー。 」


 「 そうなのです。 なので明日からはスーちゃがギリギリ耐えらえない位の感じでやります!! 」


 「 レンジャー・・・。 」


 「 よろしい!! ミシャも頑張りますよー♪ スーちゃ♪ 」




 それからの10日間はこれの繰り返しだった。訓練開始と同時に先ずは『100本猫パンチ』。それが終わったら体内の魔力の強制循環。午後の訓練も『100本猫パンチ』から始まる。最初の3日間は朝の『100本猫パンチ』の時点でボロボロになってしまった。それでも毎朝繰り返しているうちにコツが掴めてきたみたいで、7日目からは水浴びに行かずに済むようになっていった。ミーちゃん先任軍曹曰く、



 「 私の『猫パンチ』が強いのは筋力が強いからではない。 体内の魔力を循環させてそれを効率良く変換させているからだ。 速く走るのも高く飛び上がるのも攻撃に耐えるのも基本的には全部これだ。 分かったか?! 」


 「 レンジャー!! 」



 なのだそうだ。次の訓練を始める前にしっかりと基礎を身に付けて欲しかったそうだ。



 訓練開始から10日。私の魔力は順調に鍛えられているようで、疲れはするものの訓練の途中で姿勢を崩したりする事は無くなっていた。



 明日は朝から試験が行われる予定になっている。それに合格すればいよいよ第二段階である実戦訓練が開始される予定だ。この10日間の頑張りが試されるのだ。明日の試験を前に私は改めて誓う。





 私は強くなる。




 私は立派なレンジャーになる!!!!




 ・・・あれ?



 


更新不定期です。

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