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昔の同級生

不意に聞かされた同級生の訃報。それも数年前に自殺したという話。

彼とただ一度だけ、共に遊び、トラブルに巻き込まれた思い出がある。

「あいつ死んだの知らなかったんだ。自殺だったらしいよ」

 訃報を知るタイミングというのは色々あるけれど、今でも仲の良い中学時代からの友人に突然聞かされるというのはあまり聞かない。

 友人とは三ヶ月に一度くらい顔を合わせているのだが、死んだという同級生の話は本当に偶々、互いに酒を飲んでいて話題に上った。


「俺たちとは別の高校に行っただろ? そこでいじめの標的になったとかでさ。あんまり詳しくは知らないけど」

 然程興味は無い、とでも言いたげな口ぶりだった。

「まあ、同じ学校だったってだけで、遊んだこともほとんど無かったしな」

「僕は、遊んだことがあったよ」


 今でも鮮明に思い出せる。

 一度だけだが、彼と一緒にビデオゲームをしにゲームショップのビデオゲームコーナーへ行ったことがある。どちらが声をかけたのかは憶えていないけれど、当時流行していた対戦格闘ゲームの新作を遊びに行ったのだ。

 中学二年生の頃だった。その店は今はもう無く、建物も無くなっているけれど、場所だけはハッキリ憶えている。


「対戦台しかないね」

 そう言って困った顔をした彼を尻目に、僕はさっさと新作の台に近づいたあたりから、ちゃんと憶えている。

 対戦型格闘ゲームは、コンピュータとの対戦を繰り返している間に誰かが挑戦できるようになっていて、敗けた方はゲームオーバー。勝った方はゲームを続けられるようになっていた。


「乱入されたら、勝てる自信が無いよ」

「でも、それじゃゲームできないよ?」

 そんな会話をして、結局2セットある対戦台にそれぞれ座ることにした。ちょうどどちらも空いていたからできたことだ。

「あ、乱入」


 対戦台の向こうに誰かが座ったらしい。

 乱入というと聞こえは悪いが、ようするにゲーム中に対戦相手が割り込んでくることで、それ自体は一般的なこと。この時で僕は何とも思っていなかった。

 どちらかといえば、隣で一人プレイを続けている彼の方が不安げだった。

「大丈夫、大丈夫」


 対戦台は二台のゲーム機が向かい合って配置されているせいで、対戦相手はよく見えない。ちらりと見える体格から少し年上の、高校生くらいかということだけがわかる。

「うーん……」

 初めてやるゲームであるが、シリーズ自体はかなりやりこんでいる。対戦も初めてじゃなかったし、緊張感はあっても手が鈍る程では無い。


 最初のゲームは勝利し、相手は続けてお金を入れたのか、二度、三度と繰り返し乱入して来た。

 それでも、僕の方が腕は明らかに上で、何度挑戦されても負けることは無い。

 五回目くらいの対戦が終わって、また僕が勝った時だった。

「くそっ!」


 ゲーム台を叩く音と共に、苛立ったような声が聞こえた。

「あう……」

 隣で怯えるような声が聞こえたけれど、僕は次のコンピュータとの対戦が始まっていて、台の向こうも隣も、相手にする余裕なんて無かった。

 わざとらしい舌打ちが聞こえた気がしても、僕は画面から目を逸らさない。


 そのうち、足音をバタバタと立てて対戦相手はどこかへ行ってしまった。

「怖かったね……」

「ああいうのは相手にするだけ無駄だよ」

 そうして僕はそのままゲームを続けて、彼はお金が尽きたと言って僕がやっているゲームを見ていた。


 十分か十五分か、その位の時間が過ぎたころ、さっきの対戦相手とは別の高校生が声をかけてきた。

「おい」

「なに?」

「お前ふざけた真似したんだってな。ちょっと店の裏まで来いよ」

 あからさま過ぎて笑ってしまうような内容の言葉を吐いてきたので、僕はどこか可笑しさを感じてしまって、つい「このゲームが終わったら行くよ」と言ってしまった。


 店の中で言葉をかける以上のことをする勇気は無いようで、高校生は苦虫を噛み潰したような顔をして去っていく。

「どうしよう」

「待って、もうちょっと……ああっ!」

 気が散ってしまったせいか、かなり良い所まで進んでゲームオーバーになってしまった僕は、そのまま店員の所に行って警察を呼んでもらうように頼むと、店の裏を覗き込んだ。


 そこには先ほど呼びにきた高校生が居た。

 僕たちの姿を見て、すぐに脅してくるかと思ったけれど、何故か周りをきょろきょろしながらそわそわしている。

 何というか、自分が今からやろうとしていることに対して怯えているようで、慣れていないのはあからさまだ。


「……それで?」

「ちょっと待ってろ。……クソッ、なんで来ないんだよ。あっ!」

 恐らくは、彼が呼び出したところでさっきの対戦相手も合流して二人がかりで僕たちを脅して、言うことを聞かなければ殴るか蹴るか、少なくとも憂さ晴らしに何かしてきただろう。


 でも、そうはならなかった。

 ゲームショップの店員が呼んでくれたのだろう。制服を着た警察官がこちらへ近づいてくるのが見えて、高校生は一目散に逃げてしまった。

「大丈夫かい?」

「はい。ありがとうございます」


 話はこれで終わり。

 この時に同級生の彼がどんな顔をしていたのか、この辺りはもう記憶があいまいだ。


「それで?」

 向かい合って酒を飲んでいた友人が、僕の昔話を聞いて顔を歪めた。

「だから、終わりだって」

「それで友情が深まった、とか。友達の自殺の原因に思い当たることがある、とかの話じゃないのか?」

「そんなわかりやすい話があるわけないだろ」


 事実、その記憶以降、中学生のうちに彼とまともに話した記憶は無い。

 大人しい性格だった彼は、クラスでもあまり目立つ方では無かったし、特定の誰かと仲が良かったとかいう印象も無いので、高校が違ったことも進学してから知ったくらいだ。

「自殺……だよな。とにかく死んだって話を聞いて思い出したから、なんとなく話してみただけだよ」


 それ以上の思い出も無いし、悲しいというよりも懐かしい人の話題が出た、以上の感情も無かった。

「薄情とは思うけれど、ねぇ」

 彼はあれから数年の後に、自ら命を絶つ選択をしたのか。

 高校生の不良に声をかけられたときに見せたような表情で、ずっと高校生活を過ごしていたのだろうか。


「高校、どこだったっけ?」

「確か、県立の進学校だったはず」

 友人もそれほどはっきり憶えているわけではないようで不明瞭な返答ではあったけれど、想像するに亡くなった彼の状況は、救いの見えない、陰鬱とした日々だったのだろう。

 死を選ばなければならない立場を想像するのは難しいけれど。


「不思議な感じがする」

「ん?」

「僕の中で、彼はまだ生きている人間みたいに思える。知っている誰かがもうこの世にいないってことに実感がわかない」

 僕の話を聞きながら、友人は黙って酒を飲んでいる。


「自殺したことについて……悪いけど、何の感想もないかな。相談を受けていたわけでも、いじめがあったとか、進路で悩んでいたとか、原因がわかるわけでもないし」

「当然だろうな。少しの接点でそこまで責任が持てるはずもない」

 賛同するように友人が続けてくれるのに、ホッとする。

 僕は手近にあったつまみを口に放り込み、残っていた酒を呷った。


「ただ、あの時に起きた出来事で、彼のイメージだけが僕の中にそのまま残っていて、いつまでも時間が経たずに、僕だけが外見的にも感情的にも歳をとった……そんな気がする。あの時に彼が浮かべていただろう表情とかが頭に浮かぶよ」

 恐怖に泣きそうな、助けを求めて左右を見回している姿を。ただ、表情は想像できても、僕は彼の顔がどんなふうだったかは思い出せない。


「死ぬってことは、そこに取り残されるってことなのかね」

「残っているのは、お前の頭の中に、って話だろ? ちょっと違うんじゃないか?」

 形も何も無くなって、誰かの記憶の中にあいまいに分散してしまう。付き合いが深ければもっと輪郭ははっきりしているだろうし、時間が経てばどんどん朧気になる。

 友人の言うことが理解できるような、それでも彼の魂がまだあのゲームショップの跡地にいるような気がする。


「記憶とか、骨とか、場所とか……」

「あんまり思い出すのも良くないかもな」

 友人が言いだした言葉は冷たく聞こえたけれど、続けて彼が話した言葉は納得できた。

「死にたいと思ったってことは、この世から消えたいと考えた末のことだろう? なら、忘れてやった方が本人の希望通りじゃないのか。楽しかった記憶も嬉しかった出来事も全部捨ててでも、嫌な記憶やら嫌な相手から逃れたかったんだろう?」


 僕は何も言い返せず、以来二度とその同級生の話はしなかった。

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