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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ルール

作者: ダイコンおろし

つまらないです。

稚拙な文章で回りくどい話ですが、良かったら読んでみて下さい。見にくくてすみません。

「大事な話があるんだ」

 父はそう言って自室へ連れていった。何やら、何やらと根拠のない理由を膨らましては、予防線を張りめぐらす。目映い光の差す父の後ろ影を追って、足幅を縮めて間隔をとった。

 普段は父の部屋へ踏み入れることは許されない。各々自室を持つ代わりにプライバシー領域はおかしてはならない。自然発生的な暗黙の了解である。

 その事を友人に話すと大抵、「変わってる」と驚きを交えて答える。でも、僕は周囲の観点がずれているだけで、普遍的なルールだと思っていた。

 他にも物心つく頃から父母には敬語を用いり、洗濯と料理は除く基本的な生活は自分でするように教えられた。

 友人の言う、受け身的なお手伝いの概念やクリスマスなどにきらびやかなプレゼントもらうようなことは先ずない。

 欲しいものは、料理や洗濯を自主的に行ったときのお駄賃で賄う。誕生日さえ特別なものはなく、少しおやつが増えるだけだ。

 唯一自慢出来る事は、頻繁に家族みんなで博物館や美術館、自然に触れあえる場へ赴くことぐらいだ。

 周りにしたらこの家はどこか他人行儀で、独特な雰囲気を帯びているらしい。それはそうかもしれない。

 


聳える背中を目印についていくと、唐突に父が振り返った。目を開いて、父の無精髭をじっと見る。父は焦点を合わさず、通り越し、僕の背後にあるドアを閉めた。ごとん。閑静な一室に大きく響く。今日は朝からトーイと母が外出していて、二人しか家にいない。尚更、静けさが身に染みた。



 トーイは3歳年下でみなしごであった。その事実を知らぬ間に8歳の時、いつの間にか弟になっていた。はっきりとは覚えてないけれど、

母は「別々に暮らしてきたけれど、私の息子よ。あなたの弟だから仲良くやってね」と満面の笑顔で言って、トーイと引き合わせた。

 初対面の印象は陰気くさく思っていた。

 げんにその通り暫くは口数が少なく、俯いてばかりいた。幼い僕は弟というより、厄介な隣人と見なしていた 。兎に角、僕の世界ではトーイは軟弱なよそ者で、顔のない対象にいたのだ。

 だから、トーイが父に誉められる度に嫉妬した。いい加減な僕と違い、生一本な性格にも嫌気がさした。誕生日のご飯の量だってトーイの分減り、満腹感が損なわれるのも気分が悪かった。

 次第にトーイが家族に馴染み、元々細い目を髪の毛のように細く、アーチ型にくにゃりと曲げ、虫歯一つない真っ白な歯をつき出す様子が目についてきた。鬱陶しくて堪らない。ヒーロー気分の僕は、倒すべき宇宙人だと、勝手妄想して、独りぼっちで戦った。暴力的な形ではなく、両親が評価する形で。そのお陰か家族で僕への愚痴を聞かない。

 トーイに対する認識への変化は直ぐに訪れた。偶々父母がリビングでトーイの出生について耳にしたのだ。彼らは夜半にこそこそと話していたが、一番近い僕の部屋には漏れていた。偶然にも、その日に限って寝付けない僕は耳にしたのだ。

「トーイはみなしごである」と。

 あの、狐のような瞳に、だんご鼻、無造作な金髪の少年。ひょろっと伸びた背丈に、付随した長細い手と足。

 薄々感じていた。トーイは家族の中で特別似ていない。既知である事のような気がした。

 僕は唖然とした途端、性急に恥ずかしくなった。トーイは憐れな子供なのだ。可哀想な境遇の子なのだ。きっと淋しい思いをしてきたに違いない。それなのに僕は無知のまま、トーイを妬んでいた。



 父の部屋は、半ば書斎と化していた。壁には本棚が敷き詰められ本がぎっしりとつまっている。カラフルな表紙が僕の好奇心を揺さぶる。扉側には灰色の事務机があり、パソコンや紙の束が置かれている。父はデスクの椅子に腰を掛けず、地べたに座り込んだ。それが合図だと察して同じようにする。父は胡座をかき、僕は正座をした。

「トーイとは仲良くやってるかい?」

 父は優しい微笑みを浮かべて、当たり前のことを尋ねる。僕は「はい」と頷いた。

「今から大人として話すね。トーイには秘密があるんだ」

 父はそう切り出して、トーイが養子であることを包み隠さず話した。僕は「知ってるよ」と心の中で答えながら、父の目を見る。父が再び口を閉じるまでに予想以上の時間は掛からなかった。

 僕は「そうですか。トーイは好きですし、僕の弟です。」と言う。

 すると、父は目を疑い、瞬きを数度多くした。きっと、迅速であまりにも素直な受け入れに困惑したのだろう。

 でも僕にとってそれは驚くべきことではない。


 数年前に真実を知ってから、トーイには特別な感情を抱くことはなかった。最初は不安になりぎこちなく接したが、彼は鈍感なのか平然としている。相変わらず笑い上戸で憎いほど真面目だった。僕は呆れて、トーイを好敵手と見なし続けた。

ちょっと転換したことと言えば、慣れていく内に、彼が普通の存在になり、当たり前に弟のポジションにつくようになったことだ。兄弟として似通っているところは、笑いの壺が同じところだ。それで、僕たちは大いに遊び、腹が痛くなるまで笑いこけた。


「お父さん、これで話は終わりですか?」

 僕は父の目元を眺める。父は上を見つめ、左右に黒目を動かしている。腕を組み、唇を真一文字に結んで。僕はそわそわした。父が先伸ばし間をとる意味がわからなかったからだ。何か僕に問題があるのだろうか。唾をごくりと飲む。

「もう一つ大事な話があるんだ」

 真剣な眼差しを受けて心臓の拍動が五月蝿さくなった。父は懐から何枚か紙を取りだし、読み始める。




 父の親戚の従兄弟のマーベル家には双子の男がいた。二人は瓜二つで、巷でも名の知れた見目麗しい兄弟である。そろってバスケットボールをしていたからか成長期がきても、親もじっくりと見極めきれないほどそっくりな容姿だった。

 しかし、性格は異なる。長男のルイスは、内向的な性格だ。基本的穏やかだが、自分専用のアルコール消毒を持ち歩くほどの潔癖症で汚れに敏感だ。加え、器用で要領がよく、学問の成績はすこぶる良い。

 一方で、次男のレイはふしだらで大雑把だが、社交的で、雄弁さがゆえ友人を多く持つ。また、依存しやすいため、好き嫌いには偏りが出てる傾向がある。それらの差があるにも関わらず、二人はそっくりなことに誇りを持ち、気のあう親友として互いを認めていた。

 でも、ふと悪い考えが浮かんだんだ。利害が一致しているとき、相互の欠点を補えるのではないかって。

 かの兄弟は自発的に知ってしまった。ルイスが皿を割り酷く怒られたとき、翌日も割ってしまい、あたふたしているとレイが進んで庇った。レイは理科が成績不振で追試になったとき、ルイスが代わりを勤めた。そんなことをしても誰にも明かされなかった。というより、誰も知らない。

 二人は世間の目を潜り抜けて、一種の演技へと進化させた。ルイスはレイを、レイはルイスを見よう見まねで演じた。癖字から歩き方まで似ているようで似ていない所を粗捜しし、習得した。

 しかし、それは外見的に過ぎなかった。元来の性質は不易なもので、どう弄くっても我慢できずにいた。特にルイスの潔癖は酷く、レイの真似をしようと試みるが、無意識に掃除して綺麗に整えてしまうほどだった。レイはレイでルイスのように大人しくしていられず、悶え苦しんだ。

 彼らは問題に対処すべく悪知恵を働かし、結果、得意分野ですりかわることを生み出したのだ。

 珍しいことに彼らの地元の市役所は二つある。一つは地方が、他方は国が管轄する。市役所に就職するためには、それぞれ異なる入試をを受けなければならない。試験は面接及び筆記で行われる。

 ルイスとレイは両方を受けることにした。そして決行する。

 ルイスはどちらとも筆記を受けた。途中で顔の認証をする時間があったが、なんなく突破した。と言うのは試験監督がパラパラと事前に送った写真と直接顔をみて照合する簡易的なシステムだったからである。

 家族にも判断つかない彼らをどうして人為的な方法で区別することができるだろうか。

 レイは面接で大活躍した。ルイスの控えめな態度を交えながら、長けたアピールをし、自他共に面接官を魅了したのだ。

 とどのつまり、ルイスは国の方にレイは地方の方で合格した。

 吉報を聞いて、にやつき二人は顔を見合わせ、覚悟を決めた。それは、やめるという選択だった。それから、彼らは家を出て、互いに道へ進んだ。

 ルイスは持ち前の器用さで出世し、田舎の市役所から官僚の座についた。市民ホールでのダンスパーティで色白美人の女性と出会い、結婚し一人の子供を授かった。

 一方で、レイは、勤めて間もない頃に、学生の頃からの彼女と結婚した。残念なことに赤ん坊が流産し、妻とも喧嘩の末、離婚してしまった。

 その時からレイは暴走し始めた。今までのように甘い汁もすえず、堅苦しい会社の考え、風土に合わず、ましてや守るべきものを失い、気力や存在意義を見出だせなくなった。職場自体がストレスの根元のように思えて、出勤が疎かになっていった。空いた時間を友人との歓談に費やし、来る日も来る日も酒に溺れた。

 とうとう無断欠席が重なり、クビとなり路頭にさ迷うようになった。退職金でなんとか遣り繰りし絶望にうちひしがれる。

 同時に、過去の記憶が鮮明に甦ってきた。ルイスと半分に分けていた時代。親が節約のために始めた半分こ制。おやつも部屋も半分ずつにされた。割りきれないものは、交代制にしてお互いに損がないように埋め合わせをした。そこから発展したすりかわり生活。もう懐かしい、遠い世界のように思えたにちがいない。



  父は淡々と話を進めたが、僕ががもぞもぞ体を動かしているのを気にしたのか、口元を緩ませて

「そんな畏まらなくていいよ」

 と言う。僕は意地を張るのをやめ、言われるがままに足を崩した。ひりひりといや、ジーンと何とも言えないような痺れが後に残る。父の不思議な話より激しく痛覚があった。

 父は、一息つき終わったと見たのか、また口を開いた。僕はそうする主旨が分からなかった。父は僕の数十メートル向こうを眺めるように話続ける。



 ルイスは毎月、月始めにレイに手紙を送った。レイが不定期に返事をしても、律儀にビックニュースや些細なことを記して報告する。レイもそれが来るのを楽しみにしてたし、ルイス自身も元々書き物が好きで、はまり、習慣化していた。

 ある月、何時ものようにレイのところへ手紙が届けられた。でも普段と違うことが二つあった。

 一つは、届け物は手紙だけでなく、家族旅行の写真が添えられていたことだ。

 もう一つはタイミングだ。珍しいことにそれらは六ヶ月ぶりに来たのだ。というのも、ルイスが長期出張等で忙しく届けられなかったのだ。

 運の悪いことに、その年はレイが独身になり、生活に困窮していた時になってしまった。

 レイは郵便受けから取りだし、虚ろな目で眺めたのだろう。そして幸せな付属品を手にして、羨望し妬んだのかもしれない。

 父は口調を代えて、厳かに言う。

「本当のことは分からないんだ」と。

 僕は首を傾げて、次の言葉を待っていた。



 たった数月の間に欠落したレイの心が変容してしまった。

 レイはルイスを殺そうと決めたのだ。

 ナイフを片手に握り、敵の家に乗り込んだ。ちょうど、ルイスの家では妻が子供を幼稚園に預けようとして外出中で、彼、一人しかいなかった。レイは彼を尋ね、玄関で刃物を向けた。ルイスは驚愕し、頭が真っ白になった。

 暫くして妻が帰宅すると、凄惨な光景が広がっていた。

 一人は石のように凝固して瞬きさえせず、壁にもたれて座していた。

 もう一人は仰向けに倒れていて、腹部にナイフが周囲に赤い液体が火山のように吹き出していた。壁には返り血が垂れ、彼女の足元まで届きそうだった。

 妻ははっと気づき、咄嗟にポーチから携帯を出し、救急車と警察を呼んだ。震える両手で握りしめながら、がたがたなる歯の間から、か細い声で。視界には茫然と寸毫も動かない、非生物がいた。彼はルイスだった。

 数分もたたない内に、すさまじくサイレンをならすパトカーと消防隊が駆けつけ、警察官が事情検証にルイスを連れていき、レイは救急車によって早急に運ばれた。妻は女性警官に肩を支えられながら一旦現場を離れる。血塗れのままの、彼を横目に見ながら、かける言葉さえ失っていた。

 後、ルイスの正当防衛は認められ、元の家へと戻る。妻はまだ事を受け入れられず、その話題を避けたいのか、そもそも思い出したくないのかひたすら幼い子供と戯れて遊んでいた。その度にルイスの影は薄くなる。

 でも依然として、玄関付近には茶色かった染みが残っていて、惨状の過去を刻んだ。


  ルイスは犯人の動機を知りたくなり、レイの住まいを訪れた。鍵は開いていて、すんなりと入れる。

 一軒家の中はもぬけの殻で、ところ狭しと段ボールが積み上げられていた。リビングには家具は一切なく生活感が漂わない。

 奥の一室へ赴くと、唯一木目調のシンプルな机があり、ルイスの腰の高さぐらいある。机上には写真が散乱していて、くしゃくしゃにあった手紙が多数あった。

 一枚拾うと、ルイスの結婚式の様子が写っていた。もう一枚拾うと、昔のレイ宛のルイスの届け物だった。この机にはレイが生きていた生々しい空間が広がる。ルイスは青ざめて身震いをする。

 その瞬間、扉を叩く音がしているのに気づく。ルイスは駆けてドアへと近づき、鍵を開ける。そこにいたのは、赤ん坊が眠るクーファンを持つ女性だった。女性はめり張りのある声で、

「貴方の赤ちゃんよ。私、産めたの。再婚相手にばれると嫌だから、貴方に親権は渡すわ」

 と彼が断れないように牽制する。

 ルイスは訳がわからなくて、彼女がつきだす、かごを拒む。

 すると、彼女は呆れて、

「ねぇ、レイ!貴方、赤ちゃん好きだったでしょ。あんなに楽しみにしてたじゃない。私は餓鬼の世話なんて嫌いなの。貴方が好きだったから結婚したけど、子供なんて望まないって言ったじゃないの」

 と要求をのむように押し付けた。

 なぜなら、彼女、つまり、レイの妻は、眼前のルイスをレイだと思っているからだ。

 だけれど、ルイスはぼんやりとしか彼女の正体がわからなかった。

 ルイスは抵抗をするが、彼女の強引な腕から落ちそうな赤ちゃんを見て、仕方なしに引き取る。赤ん坊は怒鳴り散らす女と違い、すやすやと眠っている。

 それからというものの、ルイスはレイの子供を家族同然に育てた。

 しかし、子供がやっと一人で立てるようになったとき、妻が癌で病死したとき、忽然とルイスは家を出た。



 父が遠回しに進めるのは何故だろう。 父は先送り癖があるのか、常に肝心な情報はぎりぎりに言う。それでいつも母が呆れて、ため息を漏らす。

 何を恐れているのだろう。唐突に物語を話し、僕に何を伝えようとしているのだろう。悶々と謎が膨らんで、謎が増えていく。それでも、父は何かのために、僕に訴えようとする。



  実は彼には罪があった。それも殺人罪だ。レイが尋ねたとき、ルイスは久方ぶりの再会に喜んで挨拶程度に抱きつこうとした。

 でも、いつも気前のいいレイが無言で突っ立っているのに気づいて違和感を覚える。レイはルイスの両腕の掴み、無表情で、

「もう一度、すり替えをやらないか」

 と切迫感のある声で言う。

 ルイスはおどおどしつつも、「無理」だと答えた。

 その拒否が逆鱗に触れたのだろうか。レイは声を荒げて、

「何でお前なんだ。お前は俺と運命共同体じゃなかったのかよ」と叫ぶ。

 やはりルイスは困惑して、支離滅裂な言葉に黙っているしか方法がなかった。

 レイは狂ったように腹のなかに溜まった、感情を噴き出す。

 すると、突然、レイがポケットから小型のナイフを取りだし、ルイスの喉元へ突きだした。鋭利な凶器はルイスの可視範囲を越えて、ただ目下で銀色に光っている。その奥には鬼のような形相で鋭く睨む彼がいる。

 よく見ると、彼の目元には刻印されたような酷い隈があり、髪の毛は四方八方に広がりっている。

 以前のレイとは、比べられないほどの別人である。いや、他人だ。彼は手元を一ミリたりとも狂わせず、瞬きもしない。夜のように静まり返った局所的な空間に、殺気がまがまがしく戦慄が走る。

 ルイスの頭は真っ白に染まった。

 ルイスが意識を取り戻すと、扉の前には愛する妻がいた。

 幾分かして、ルイスは警察に連れ去られ、事件の内容を細々と尋問された。だが、頭は混沌としていて、恐怖に打ちのめされる記憶にない。

 結局、発見当時ルイスは壁際にいて座していたという妻の証言や刃物からレイの指紋しか発見されなかったことにより、殺人未遂と扱うのは不十分で、解放された。

 ルイス自身もその事が不自然だと思わなかった。だけれど、傷ひとつない体には疑問を持つしかなかった。


 ルイスは思い出そうとして、何十年ぶりにレイの家へ訪れた。

 奇妙なことに、見知らぬ女と出会った。ルイスは否応なしに赤ん坊を受け取り、颯爽と闇へ消え行く背中を見送った。それから、女とは音信不通だ。

 再度、静けさが戻ると同時に、赤ちゃんはぎゃーぎゃーとなき始めた。ルイスは赤ん坊をクーファンから出して抱き抱える。他人の子はルイスの腕のなかにすっぽりとはまった。

 泣き疲れて再び寝てしまうと、ルイスは赤ん坊を元の位置へ戻し、両腕に包んで大事そうにもった。そのまま室内へと入り、奥の部屋の電気を消そうとした瞬間、机上のものに違和感を覚えた。手紙の下に隠れていたのか、先刻は気づかなかったが、ぱっと目にはいるものがあった。それは砥石である。ルイスは最初それが何かの分からなかったが、だんだんと気付いていく内に脳内の片隅に眠っていたものが覚醒した。

 ルイスは全身を震わせ、わなわなしながら、赤ちゃんと共に闇に染まっていった。

 帰宅後、ルイスは妻に捨てられたレイの子供だと説明した。妻は驚愕し、赤ん坊を直ぐにベビーベットへ運んだ。妻は目まぐるしいことばかりで右往左往していたが、特別ルイスに事情を聞かなかった。何かのあるのだろうと思ったが、ルイスがちゃんと話すのを待っていた。それほど円満で信頼しあう中だった。なので、妻は気にもしていなかった。

 今日に限ってルイスの顔が血の気がないことを。


 亡くなった妻の期待を裏切って、ルイスは自首をした。事件から数年後のことだった。

 ルイスは取調室へにわか客人として案内され、女性警察官を正面にして座り、こう供述した。

「これから、事の真相を話します。レは突然やって来て、前回言ったように刃物を突き立てました。

 私は本当に驚いて、茫然と立ち尽くすしか出来ませんでした。

 するとレイが、

『俺は因縁の仲を断ち切るために来た。同じ顔のお前が憎たらしい』

 と言って殺しにかかってきました。

 私は咄嗟にレイの両方の手首を掴み、必死で抵抗しました。皮肉なことに、腕の力さえ拮抗していてなかなか逃げられませんでした。

 ですが、レイが本気を出したのか、私の体はずるずると引きずられ、壁際に背中がつきそうになりました。私は死を覚悟しました。なす術がないように思えて、手を離してしまったのです。レイは姿勢を整えて、刃物で狙いました。私は反射的に目を閉じました。

 けれど、私は死んでいなかったのです。恐る恐る開けると、レイが自分自身の腹部に突き刺し、苦しみ悶えているのです。

 私はびっくりして、レイについた刃物を抜き取ろうとしました。

 しかし、レイはまだ意識があるのか両手で刃物を覆うのです。

 そして、彼は言います。

『ごめんね。やっと楽になった。』と。

 私はパニックになって、レイの名前を叫び続けました。ですが、いくら呼び掛けても、私の体は一向に動かず、レイの体は下へ下へ重力に引っ張られていきました。私は衝撃のあまり、ここで失神しました。

 目を覚ますと、目の前には仰向けの私と同じ顔の死体がありました。彼は自殺したのかもしれません、でもそうさせたのは少なくとも私なのです』

 話終わると、終始沈黙をしていた女性警察官は次のように言った。

「嘘ですね」と。

 ルイスはどきりとした。警官はルイスをお構い無しに、述べ続ける。

「実は私は偶々事件現場を見たのです。あっ、私のこと誰だか分かります?貴方に子供を渡した者です。元レイの妻です」

 滑舌の良い、はきはきした口調で、あの時に面影を頭の中に露にさせた。

 ルイスは肝を潰して、彼女の方をまじまじと見る。

「私は貴方がレイを刺す所、目撃してしまって、でもその時は貴方の事、

レイだと思っていました。レイが逮捕されては、私には不利益なのです。

 だから、焦燥感に駆られ、貴方に子供を託したんです。なぜなら、私の再婚相手は子供嫌いなんです。私も元々好きじゃなかったし、なので、レイに返そうと思ったのです。別れたときはまだ妊娠しているって気づかないまま終わってしまったので。中絶も無理でした」

 彼女は平気で冷酷な話をたんたんとした。まるで、ルイスの話への返歌のように。

 ルイスは腸が煮えくり返りそうだった。勝手な母親だと心底、憤りを感じ、子供への無責任に対して叱りたかった。

 だが、ルイスはそのような立場にいず、寧ろ窮地に陥っていることを弁えていた。彼女は知っている。

 ルイスが殺人犯であることを。


 あの時、確かにルイスとレイの両腕の力は大差がなかった。それは昔からだった。鏡のように瓜二つな二人は筋力も殆ど変わらなかった。

 しかし、ルイスは仕事は出世して、家庭を持つようになり、レイはぐれて、十分な生活がままならないようになり、差が開いっていった。そして、その時も1秒、1秒が異常なくらいゆったりと流れていく度に、レイの力はすり減っていった。

 レイはそれに気付かず、

「ルイスの幸せを奪ってやる」

 と喚き、ルイスを煽り立てた。

 ルイスの頭には、妻と子供の姿が浮かび、抵抗力が増した。結果、レイはルイスの防衛本能を高め自分で自分のくびを締めることになった。

 ついに、お互いの勝敗がつき、逃げることに夢中なルイスはレイの両手を押し返した。でもその心には、密かにレイを殺したい気持ちがあったかもし

れない。正気に戻った頃には、もう遅く、レイにナイフが刺さっていた。後のことはルイスが偽の白状通りだ。


「どうして嘘をついたのですか。罪から逃れたかったのですか」

沈黙を先に破ったのは女性警官だった。ルイスは俯きながら

「子供のために、どうしても有罪になるわけにはかなかったのです。でも、事実を思い出してから苦しくて苦しくて」

 と細々と言った。

 気にも止めず、彼女は

「罪人がくどくど言い訳を言わないでください」 

 とよく通る声で言った。

 ルイスはそっと黙認したまま、彼女に疑問をとう。

「ルイスがなくなったとき、酷い口臭がしたのですが、あれは何ですか?」

 彼女は相変わらず、こびりついた微笑みで答える。

「あぁ、彼、薬物に手を染めていたみたいなんです。家も出ていくつもりみたいだったし、相当いかれていたんですね」

 ルイスに電気が流れたような衝撃が走るが、何処かで知っていたのかもしれない。あのとき、レイは可笑しかった。それなのに、知らないふりをして、レイを助けれなかった。ルイスは彼女の横暴な行為への怒り以上に、自分への後悔が募っていった。

「私を刑務所に入れてください」

 ルイスはぼそぼそと言い、

「待っていました」

 と彼女は受け止めた。事件の手柄は唯一彼女のものとなった。

 拘置所の中で、ルイスはふと思った。「どうしてこんなにも、この女は公私混同しているのだろう。」と。

 でも、自ずと答えは出た。「あぁ、私も昔した方法だ」と。

 こんな小さな町では、他人なんか直ぐに騙せる。改正出来る力はあったのに、ちっとも使えていない。無念のあまり、目尻がじわっとあつくなった。



 僕は唖然とした。相応しい言葉が一つも出てきやしない。父の話は遠回りしていて、何度も同じシーンを掻い潜るので、うとうとしてしうこともあった。が、結末までたどり着くと、珈琲をがぶ飲みしたかのように冴えてしまった。でも、未だにぐるぐると謎がまわり続ける。

 父は大きなため引きを一つし、紙を丁寧に折り曲げて、また懐へ直す。そして、真剣に僕を見る。

「今もルイスは刑務所に収監されているんだ。それで、さっきの紙はルイスからのだよ」

 僕は思わず、「えっ」って漏らす。父は予想していたリアクションと重なったのか、微笑する。

「ルイスとレイは僕の従弟なんだ」

 ちっとも飲み込めなくて、しどろもどろになりながら

「えっ、じゃぁ、ルイスは生きているの?今も?ですか?」

 と言うと父は深く頷いた。ぐるぐるが更に加速し、回転が早くなっていく。

「ここからが一番、大事な話なんだけど…言いかな?」

 僕の理解に合わせるように徐にたずねる。僕は深呼吸して、正座になおし、堂々と構えた。どーんとこいっていう気分だった。と言うより、これ以上驚くことはないと過信していた。

「ルイスは出頭する前に、父さん達に、子供の育ての親になるように懇願した。彼が余りにもしつこく頼むので、ちょうど母さんが子供を生めないこともあり、やむを得ず受け入れたんだ。

 といっても、父さん達は本当に欲しかったんだ。それで、その二人の子の一人が君なんだ。もう一人の子は残念ながら病気で亡くなってしまった」

 僕の心臓が一瞬だけ止まった。拍動はいつになく激しいのに、生きている心地がしない。大好きな父の声なのに、耳から通り抜けていく。

 でも、伏線は張られていた気がした。どうして、突然、この物語を話したのか。父がずっと躊躇っているのか。次の一言で、僕の精神の大部分が破壊された。

「レイの子なんだ」

 今まで信じていた世界もぶち壊される。平常心を失った僕は、後の重要な話をだらだらと聞いていた。

 僕の国では特別な法がある。それは殺人罪に対して、死刑廃止の代わりに、罪人を急速に高齢化させることである。すなわち、刑務所にいると、寿命が普通より早く減っていくのだ。ルイスは殺人罪として、懲役25年の判決が下った。明日は釈放される予定だ。

 父さんは最後に

「明日からルイスをこの家に住まわせてもいいかい?」

 と聞いた。言葉を見失った僕は無意識にこくりと矮小化して首をふってしまった。宙に浮いているような心地がした。


 翌朝、父に連れられ、腰が曲がりよぼよぼであるじぃさんが訪れた。父と似たような年齢なのに、彼は半世紀前に生まれた人のように思えた。

 じぃさんは軽度の認知症を患っているのか、僕と弟さえ見分けがつかず、気持ち悪いことに時折ぼそぼそと呟く。常時、ちゃっちい黒色の杖をついて、ことんことんと夜中でさえ、歩き回る。僕が昼食にラーメンの汁を溢すと、じぃさんは不機嫌になり、机がガタガタ揺れるほど貧乏ゆすりをする。

 のくせに、食事中、じぃさんの咀嚼音はペチャペチャといわせ、凸凹の歯を覗かせる。母が気を使って、魚の骨を抜き擂り身上にしたり、噛みきりにくいほうれん草を細かく切ったりと、工夫をしているのにも関わらず、唾を飛ばしながらぐだぐだ文句を言う。口癖は『味が濃い』。だったら、自分で作ったらどうかと僕は散々思った。

 兎に角、随分と居心地が悪かった。出会す度に嫌悪感も増す。

 対抗策として、自然と僕なりにルールが出来てきた。風呂に浮かぶ白髪を洗面器で掬ってから、お湯に浸かった。じぃさんが座った座席はハンカチで拭いてから使い、食事中は極力耳栓をつけた。僕のご飯にかかりそうなぐらいの噴射には、なすすべがなく、茶碗を端に置いて堪えた。トーイにじぃさんの補助をまかせ、口実作りに、暇なときも大半外へ出掛けた。じぃさんを五感から消すように力を振り絞った。

 けれど、最悪な日はやって来るものだ。その日は、につかわしくない快晴で、頬に当たる風が快く、穏やかに春めいていた。母は日課の洗濯物を干し、父は仕事へ出掛けている。トーイは読書に耽り、じぃさんは前の家主が残したロッキングチェアに揺られている。庭先にぽつんと置かれているその揺れる椅子は、ギシギシと響かせていた。やつは、優雅に新聞を読んでいる。

 僕はその光景に苛ついた。理由は何故だか分かっていたけれど、無駄に膨れ上がる感情は歯止めをしらない。


 昨晩、僕を呼びに来た父に耳栓のことがばれた。ちょうどつけようとしていた瞬間のことだった。父は怒気を含んだ声で、それを深く言及した。僕は冷や汗が次々と滲むなかで、しどろもどろに本心を伝えた。

 すると、父は態度を急変させ、

「自分を拾ってくれた人に失礼だろ」

 と一喝する。僕は身を退かせ、噤み、装備なしにリビングへ向かった。途中、目尻がじわっとあつくなり、鼻がつんとした。

 夕食会場で、眼前の敵は、不変なく、横暴していた。ペチャペチャ、ぐだくだ。ギシギシと。

 夜もすがら、一睡も出来ずにいた。隕石のような巨大な失望が、腸にのっかっているような感じだった。

 何処から来たのかも分からない物体が、呪縛するように、深々と突き刺さっていた。まるでここが運命的な落下地点のように、人知れず押し潰されていく。

 虚無感に襲われ、第一の衝撃で、きょうあいになっていた精神は散々になりそうだった。

 実際の隕石は主に火星の外側の小惑星帯からやって来る。これは軌道を調べた結果により、知られている。

僕が、隕石を比喩に思い付いた頃には、絶望の出生地が自ずと分かってきた。隕石=小惑星帯のように、父=父ではない、敵=父の兄弟なのだ。意味が分からない。

 繰り返すと、父=育ての親で、じぃさんの、つまり、ルイスの兄弟=レイ=父なのだ。やっぱり、この方程式は訳がわからなかった。


 父だった人の告白を受けたとき、僕は嘘だと思っていた。いや、正確に言うと、全身全霊で虚言だと信じ込みたかった。ユートピアで情操教育を受けた身は、頑なに拒み、遮蔽した。じぃさんは只のじぃさんで、父は父という認識を崩したくなかった。先刻の出来事は、夢の中の話で、僕には関係ないフィクションだと、疑いたくなかった。

 だから、視界に入る邪魔物を排除した。父の書斎の本のタイトルに、やたら『養子』という文字が刻まれていたことも。父が物語を聞かせてから、そわそわとし、よそよそしく振る舞うことも。じぃさんを呼んでから、一層、気を伺い始め、僕を遠ざけるように感じたことも。僕は不自然を不思議に思わないようにしていた。

 なのに、父は、僕が隠していたデリケートな部分を掘り起こしたのだ。『お前の父ではない』と強調し、頭の中を真っ白にさせた。『家族』が『母』が『父』が、観念から消えたのだ。

 その一方で、違う方程式が浮上した。それは、ルイス=殺人犯だ。僕ははっと気付いて、またモヤモヤする。

 あの五月蝿い蟠りは父を殺して、僕は亡き者のの子供なのだ。

 隕石は肥大化して、惑星に近い大きさへと変わった。そして、仮初めの感情は別次元へと変化した。それは、さっきよりも深く深く、約6000ケルビンの核のように、中々冷めない憎しみだった。

 もし、ルイスがレイを殺さなかったら、僕は『父さん』と従順に呼べたのかな。もし、複雑に考えずに受け入れていたら、平和な家族というくくりに収まったのかな。

 いや、そうじゃない。そもそも偽者が怒鳴り付け、僕がこんな思いをしたのは、じぃさんの姿をした怪物のせいだ。

 出所したからといって、のこのこ現れ、余所者が我が物顔で、文句を言う。ペチャペチャとぐだくだ。ギシギシと。僕のその騒音が嫌で嫌で堪らなかった。ガタンガタン、ことんことんの癖、醜い腐った皮膚が垂れている顔も。全てが煩く、五月蝿かった。

 でも、誰に不満をぶつけたら良かっただろうか。赤の他人の弟、それとも離れていく父母?

 僕の行為は肯定できる。けれど、あいつは許せない。


 冴えた目に、疲労して重い体で、どんどん憎悪が募っていく。皮肉にも、秒針が一秒、一秒を刻んでいく度に現実が受け入れられ、怒りを加速させた。

 そして、覆せない事実がぐるぐると頭上を何往復もした。苦しくて、気が狂いまくった。気をそらそうとして、音楽を聴いたり、目を閉じたりしたが、無意識の内にあいつの顔が浮かんでくる。幸せを奪い取った罪人が。寝るに寝れず、日が昇るのを待った。


 翌日、雲一つない青空が広がった。今日は、じぃさんの誕生日で、僕が感情を決別する日だ。

 昼食を済ませ、他人が出掛けていくのを玄関で見送った。駅付近の大型スーパーへなにも知らずに嘘の母と弟は向かっていく。敵は部屋に入り、時代劇をみながらうとうとしていた。

 午後2時をまわる頃だ。僕は、そろりそろりと歩き、台所へ足を進める。心のなかでは、依存症のようにしつこく欲求がリフレインする。心臓は飛び出しそうなほど大きく拍動し、気持ち悪いことに頭のなかは変に落ちいていた。物音をたてないように引き出しをあけ、仕舞われていた光る鋭利な刃物を見付ける。僕は震える指先で柄をしっかり握り締めた。荒い息が爪先までかかる。

 あぁ、これから『殺したい』気持ちを具現化するんだ。きっと、じぃさんが僕と会ったのは運命で、こういう結末も定めなんだ。

 なんせ、僕は被害者の息子だ。そして、かつてルイスを殺しにかかった狂人の同じ血が淀みなく流れている。盲目的な感情に支配され、『殺したい』という五文字が渦巻き続ける。


 その間にふと、不要な思いが起こった。『痛いのかな』って。ザクザク『殺したい』って気持ちはあるのに、相反して別の気持ちが芽生える。覚悟を決めたのに、目の前では血の気をひいて、震え始めている。

 僕は右手の震動を止めようと、左手で覆った。それでも、震えは止まらなかった。悔しくなって、強く片手に圧力をかける。依然と震えている。

 僕はなんだか物悲しくなって、平行にしていた刃先を下げた。鏡面にはなっていない包丁なのに、何故だか醜悪でくしゃくしゃになった顔が写っているような気がした。

 意に反して、ぽたぽたと雫が落ちていく。同時に引き締まっていた身体の力みがするりと抜け、握り締めたまましゃがみこんだ。左手は床についている。

 閑静な台所に、リビングからテレビの音と微かな寝息が届く中、銀色の刃には一点の滲む水滴の跡があった。


 それから、三年ぐらいして、じぃさんは亡くなった。老衰だった。墓には、『ルイス』という名が彫られている。隣には、かの兄弟、僕の産みの親が眠っていた。

 僕も、育ての親もレイの墓自体の所在を知らなくて驚いていた。だが、ルイスの遺言書には、堅固に

『レイの墓の横に寝かせてください』

と書かれていて、その下部に地図が記されていた。この遺言書はどうやら

出所前に書かれていて、老いても大事に鞄に入れていたものだった。

 殺そうと思った相手が没しても、葬式で亡くなったと、実感しても僕にはあれ以上の涙は出なかった。ただぼんやりと『死』を眺めていた。ただ、ざまぁみろと思った。


 彼が家から消えてからも、僕は家族として暮らせた。あの時のぎこちなさは皆無に等しい。やっぱり、僕にとって、親は父さん、母さんで、弟はトーイだった。


 それでも、束の間は孤独感に苛まれた。怖かった。あんな恐ろしいことをしようとしたのに、僕はまた幸せに戻ってもいいのかと不安に感じた。涙腺が壊れたのか、鼻水も瞳からの涙も止まらなくて、自室で一人枕を濡らした。この感情の捌け口が見つからなくて、ぐるぐるしていた。


 数日後、立ち直れなくて虚ろにいた頃、突然トーイが僕の元へ訪れて

「血は繋がらなくても、僕たちは家族で、兄貴は兄貴だよ」

 って言ったんだ。思いもよらなくて、僕はどぎまぎした。

 どうやら、僕の暗い顔を見て、トーイ自ら父に僕の出生を聞いたらしい。多分、彼は彼なりに『養子』という同じ立場から僕を励まそうとしたのだろう。僕はその何気無い一言に、ぐわーって言葉にならない嬉しさが込み上げたんだ。そして、隕石が跡形もなしに消えて胸がすいた。

 トーイに

「ありがとう。トーイも弟だから」

と、にやつきながら告げた。弟は輝く白い歯を見せて、にこりと微笑んだ。


 僕はその時のことにトーイにとても感謝している。でもそれ以上に、トーイに僕の出生のことを教えたと思うと、父が魔法使いのように思えた。



<余談>

これは僕が大人になってから聞いた話なんだけれど、僕の家での独自ルールは僕ら兄弟を思って作られたそうだ。

 敬語を用いて話すとか、自分のことは自分でやるとか社会での礼儀を、養子と知っても当たり前のようにするように教えるためにした細やかな思いやりだった。

 両親は、突然、人から授かった僕を、神様から授かった宝物として大切に育ててくれた。幼稚な僕は気にくわない気持ちもあったけれど、今は育ての親の苦労に胸がいっぱいだ。

 もう、トーイも社会人になって、大手の企業で働いている。父は定年退職し、母と穏やかな生活を送っている。

 皆、各々いるけど、新しく出来た規則には遵守しているんだ。それは長期休みの一日は家族での団欒に時間を割くこと。僕たちは、喜んでそれを受け入れているよ。歪で変わった形の家族だけれど、誇り高き家族の形さ。




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