008-曇りのち晴れのチュートリアル07
「敵だ!」
リンカさんの声が響く中、視線の先では木々の後ろから出てきた灰色の狼が3体こちらへ向かって走り始めたのが見えた。リンカさんが狼たちへ駆けて行く姿を見ながら、アオさんと狼の間に移動しつつ魔法銃を狼のうち1体に向けておく。
「落ち着いて、回避を優先して」
移動中に焦っていたのかアオさんが矢を取り落したのが見えたので、念のために言葉をかけておく。きっと守る、そんな言葉は言わない。僕が行うのはあくまで迎撃であり、防御ではないのだから。
アオさんの前に出ても足を止めず、リンカさんの横を通り過ぎてきた1体の足へ魔法銃を撃つ。弾は曲がり、足の間を抜けて地面へと当たったがこれは想定済みだ。すぐに次の行動へと移る。
目前まで迫って来た狼が飛びかかって来たのを"ギリギリのタイミング"で避け、その"後頭部"に魔法銃を密着させるほど近くから撃つ。撃ち出された弾は曲がる曲がらないに関わらず、すぐに狼の後頭部へと当たり、弾を受けた狼は体勢を崩して地面を滑っていく。そこに再度追い打ちをしかけようかと魔法銃を後頭部に向けたが、狼が再び立ち上がる様子はない。
……なぜ、僕は今ぎりぎりのタイミングで避け、さらには後頭部を攻撃したのだろうか。確かに避けて横から攻撃を行い体勢を崩す予定ではあったのだが、もう少し余裕をもって避けるつもりではあったし、攻撃も顔近くならばどこでもいいと考えていた。しかし自然とこれが最適だと確信し、行動した。そしてその結果はうまく避けられ、さらには狼を一撃で戦闘不能にすることができた。
初めて戦ったはずの相手に対して自然と最適の行動を取れた。従魔魔法の影響によるシステムアシスト、と考えるべきか。それとも、このところ感じている違和感が関係あると考えるべきか。
そんなことを考えつつも、後ろを振り向いてリンカさん側の状況を確認する。あちらは既に1体が地面に倒れており、もう1体も今の瞬間、地面を転がった。そして、そのまま2体とも動かない。その様子を確認し、すぐに後ろを振り向いて視線をこちらに向かってきた狼へと戻す。数秒経過したが、こちらも倒れた狼が動く様子はない。念のためもう1発撃っておきたいところだが魔法銃の弾数や敵が3体同時に現れたことを考えると弾は残しておきたい。そのため狼へと近づき、その体をつつくことで確認としてみたが、やはり狼が動く気配はない。
「こちらは無事に倒せているみたいだ。2人とも、そちらは大丈夫か?」
「こちらも大丈夫だよ。それでは狼を1か所に集めてから少し休憩しようか」
「ああ」
こちらの狼をリンカさんの方へ移動させて3体が視界に入るように休憩を開始する。休憩は必要ないかもしれないが、兎と同じく30分で消えるかどうか確認しておきたい。
それにしても、このアバターは現実の体よりも相当に身体能力が高い。狼の飛びかかりをあのタイミングで避けられ、重いはずの狼をあそこまで楽に運べる。それは現実の僕の体では考えられなく、同世代の標準よりも高い身体能力だろう。
「2人とも、動けなくてごめんなさい」
休憩を開始してすぐ、少し暗い落ち込んだ表情をしたアオさんがそう呟く。
「初戦闘だからうまくいかないのは仕方ないさ。気にすることはないぞ、アオ」
「そうだよ。平然と敵に向かって駆けて行き、2体を斬り伏せるリンカさんが凄いのであって普通は足が竦んでも仕方ない状況だったよ。それでもアオさんは攻撃をしようと行動できていた。だから、きっと次は攻撃もできるよ」
迫ってくる3体の狼に対して臆することなく仲間を守るために突撃していく少女と、突然現れた3体の狼に臆しながらも仲間を守るために攻撃しようとして失敗した少女。僕から見れば両方とも凄いのだけどね。
「……ユウさんも問題なく対応できていた」
「震える手でも引き金は簡単に引けるけど、弓に矢を番えて撃つのは難しいからね。そして一度でも攻撃できれば震えはきっと消える。武器の差がでた感じだね。そのあとの回避も反撃も、偶然噛み合ってくれて良かったよ」
偶然、確かに偶然なのだ。直前まで別の行動を予定していて、狼と対峙した瞬間にあちらの行動が最適だと確信し、その通りに行動した。そして、やはりこれは従魔魔法のシステムアシストではなく、確実に経験からの行動だ。そう確信できるのだが、ここまで最適化された行動ができる覚えはない。そうなると他の経験とシステムアシストがうまくかみ合って、と考えるべきだろうか。
「ありがとう、2人とも。次を頑張る」
嬉しそうに微笑みながらアオさんがそう言った。
武器が弓なのだから初めのうちは近づかれて何もできなくとも問題ないだろう。それよりも遠くへの狙撃を十分に当てられるアオさんは初めにしては十分に戦えていると思う。それに今は1人で戦っているのではなくパーティを組んで戦っているのだから、近接戦闘が苦手であっても他の人が対応できれば問題ない。
「ああ、その意気だ」
「うん。僕も負けないように頑張らないとね」
結局のところ、気付かれる前の狙撃であればアオさんが、気づかれてからの接近戦であればリンカさんがいれば問題ない。僕は中途半端に両方こなせない。そうであれば、少なくともアオさんに近づく弱い敵をすべて迎撃できる程度には魔法銃を扱えるようになっておきたい。
「ところでどうやって倒したんだい? 自分の戦闘に集中していて見れなかったんだ」
「あの状況でこちらの状況まで把握できていたら驚きだよ。僕が狼の飛びかかりを回避して、その時に魔法銃を後頭部に撃ったら一撃で戦闘不能になったんだ。もしかしたら後頭部が弱点なのかもしれない」
「おや、ユウさんも後頭部を狙ったのかい? 私も何となく後頭部を狙っていたよ。こちらも一撃だったから弱点と考えても良さそうだね」
刀の場合ならば後頭部を狙っても違和感はない、のかな。しかし、それをいうと魔法銃で後頭部を狙うことも違和感はない。ダメージが大きそうな頭を回避後に後ろから狙えると考えればあの行動にも納得できる、のかな。いや、納得はできないな。やはり、これは時間をかけてゆっくりと考える問題だろう。
30分程経過して3体の狼が消えたところで休憩を終了し、探索を再開した。
消えた狼に関してだが、若干ながら消える時間に差があったので倒してから消えるまでの時間は固定と考えていいかもしれない。そして、その時間はおおよそ30分程度。これはゲーム内の情報量を減らすための処理かもしれないし、何か他の理由があるのかもしれないが今は分からない。
そして、そのあとも果実や野菜を見つけたら採取しながら襲ってくる狼や兎を倒しつつ探索を続けた。
狼は最初と同じく、こちらが近づいたら襲ってくるようだが、兎は襲ってくる場合と襲ってこない場合があった。襲ってこない場合は基本的に茂みに隠れているが、兎の戦闘能力が弱いと判明したあとで狙撃を行わず茂みに近づいたところ襲ってきたので、隠れようが隠れまいがどちらにしても敵だと判断した。
「2人とも、そろそろ帰るべき」
アオさんの指摘に空を見上げてみると、木々の隙間から覗く太陽は頂点よりもかなり下に移動している。太陽が現実と同じかは分からないが、今はそれを目安にする他ない。
「そうだね。教えてくれてありがとう」
「助かった。私ではきっと夜まで探索していただろう」
リンカさんの言葉に嘘はないだろう。この人はきっと夜まで探索する。そして僕は夜までには帰るべきだとは思っていたが、完全に忘れていた。たまに姉さんから抜けていると言われているが、もちろん自覚している。
「それでは帰ろうか。基本的に一直線に進んできたから帰り道は問題ないだろう」
「うん」「そうだね」
やや心配な発言に聞こえるが、リンカさんは道中で木に印をつけていたので心配はしていない。兎などが消えたことから木に付けた印も消えるかと思ったが、それは狼を倒した際に消えないことを確認しているので問題ない。40分程度しか確認していないので、それ以上の時間経過で消える可能性もあるのだが、それは仕方ないだろう。さすがに消えるまで待っていては探索の時間がなくなってしまうのだから。
20150421:
誤字を修正しました。