006-曇りのち晴れのチュートリアル05
小屋を出るといきなりの敵襲……ではなく、小屋に入る前にはなかった案山子が3体、小屋周辺の広場に立っていた。その案山子同士の距離は少し離れており、先ほど武器をプレゼントされたことから武器の練習用だと思える配置だ。
「あの案山子は武器を試せと、そういうことだろうか?」
「多分」
「僕もそう思うよ。どうする?」
案山子に見せかけた敵である可能性がないわけではないが、どうにも段階を踏ませているように感じる。それならばきっと練習用なのだろう。それでも、まずは遠距離武器で攻撃して、ある程度の安全を確認してから練習を開始すべきだとは思うけどね。
「そうだな……。アオ、君の弓で案山子を撃ってもらえるかな?」
「やってみる」
リンカさんの言葉に弓を構え、矢を番えるアオさん。その様子を見て僕も魔法銃を構えてみるが特に変わったことはない。
現実では弓を扱ったことがないと言っていたので知識もないのかと考えていたが、弓に関する知識を持っていたのかもしれない。そうでなければスキルの影響か、あるいは何となくであれほどスムーズに矢を番えられるのが適正なのか。しかし適性があるスキルに魔法銃が含まれていた僕は魔法銃の扱い方に関して何も感じない。取得した従魔魔法についても何も分からないが、こちらは武器系と魔法系の差があるので難しいところだ。
集中して弓の狙いをつけていたアオさんの手から矢が離れる。そして矢はまっすぐに飛んでいき……案山子の僅か横を通り過ぎていった。案山子に特に変わった様子はないが攻撃が当たってから何か起こる可能性もあるので、アオさんならばもう一度、撃つのだろう。
「もう1回」
「ああ。練習なのだから焦らず、落ち着いて撃つといい」
アオさんはさらに集中した様子で矢を番え、よく狙い、放つ。放たれた矢は案山子の胴体に見事命中し、突き刺さった。初めて扱う弓で2度目にして離れた的に矢を命中させる。やはり才能か、スキルの影響によるゲームシステム的なアシストのどちらかの可能性が高い。
そして、矢が命中した案山子は動かず特に変わった様子もない。
「……どうやら問題ないようだな。それではあの案山子で武器の練習といこうか」
「うん」「そうだね」
それにしても、先ほど撃った矢も含めて2本の矢はいまだに消滅していない。矢筒に入っている矢の本数では明らかに5日間過ごすには足りないと思えるので、おそらく矢は無限ではなく回収することもできるのだろう。
そうなると魔法銃の弾数制限が気になるところだ。魔力的なものを消費して撃つだけであればいいのだが、弾も必要となると回収して使うのは困難に思える。まあ、これは実際に使ってみれば分かることか。
2人が向かわなかった案山子から目測で10メートルほど離れた場所に立つ。そして魔法銃を両手で持ち、十分に狙いをつけてからその引き金を引くと、魔法銃の銃口から赤色で丸い物体が放たれた。それは案山子に向かって飛んでいったが、その横を通り過ぎて消滅する。
そのあと9度同じことを繰り返したが案山子に命中したのは5発であり、狙った部分に命中したのは3発。そして外れた5発に関してだが、すべての弾があらかた同じ距離で消滅していた。
この結果から、この魔法銃の射程距離は目測で15メートル程度であり、弾がまっすぐ飛ぶとは考えない方がいいだろう。弾がまっすぐ飛ばない理由に関しては僕の使い方が悪いのか魔法銃の性能なのか、あるいはステータス的な何かが足りていないのかといろいろ考えられるが、それは使っていくうちに分かってくるだろう。そして明日までに分からないければチュートリアルで聞けばいい。
ここで一旦休憩も兼ねてリンカさんとアオさんの様子を眺めてみる。
リンカさんは案山子の目の前に立ち、刀で様々な斬り方を試しているようだ。そのすべては案山子を両断しているが、案山子は次の瞬間には元に戻っている。何あれ凄い。
アオさんは僕よりも案山子から離れた位置に立ち、1本ずつ集中してよく狙い、矢を放っている。その命中率は7割程度であり、あらかた近い位置に当たっている。外れたものも近い位置でぎりぎり案山子に当たっていないだけであり、狙う場所しだいで命中率だけならば10割になるだろう。
そして案山子に当たった矢に関しては刺さってはいるが貫通してはいない。僕の魔法銃は貫通せず、表面に傷もつかないのでダメージだけを考えると高い順にリンカさんの刀、アオさんの矢、僕の魔法銃となるのだろう。スキルがどれほど影響しているかは分からないが、現状を考えると僕は足止めや相手の動きを妨害する行動を主にしたほうがいいかもしれない。まあ、それは実際に戦ってみてから考えるべきだろう。
休憩を終えて魔法銃の試し撃ちを再開する。
魔法銃から弾が発射されなくなってしまったので、諦めて2人の練習風景を眺めている。
32発撃ったところで引き金を引いても弾が発射されなくなったので、おそらく初期が30発に加えて時間による回復の可能性が高いと考えているが、実は魔法銃に弾数が設定されていて専用アイテムかスキルで回復を行う必要がある場合はお手上げだ。
それにしても、2人の練習風景を見ていると現実で扱ったことがないとは思えないほどうまく扱えているように思える。リンカさんの場合は理由に見当がつくのだが、アオさんの場合はやはり適性なのだろうか。
そんなことを考えているとアオさんが練習をやめてこちらに歩いてきた。
仲の良いリンカさんが練習中の今、おそらく休憩も兼ねて僕と親交を深めるためにこちらへ来てくれたのだろう。
「ユウさん、調子はどう?」
「途中で弾が発射できなくなってしまって休憩中だよ。アオさんは調子が良さそうだね。初めて扱ったとは思えないほどうまく見えるよ」
「ありがとう。私も少し驚いている」
驚いている、ということはやはり現実以外の場所である他のゲームや仮想空間などでも扱ったことがなかったのだろう。今回のイベント以外でもVR空間、いわゆる仮想現実を使用したゲームは複数存在しているのは知っている。僕はプレイしたことはないが、その中にはファンタジー系ゲームもあったはずだ。そちらで使用したことがある可能性も考えていたが、2人の性格からそちらで使用したことがあれば伝えてくれていただろう。
「ちなみに弓の扱い方は知っていたの?」
「知らなかった。それでも、何となく使い方が理解できた」
知らずに何となく、となるとスキルの影響によるシステムアシスト的な何かが働いているのかもしれない。刀などを振り回すだけならばともかく、弓をあそこまで自然に扱うのは知識も経験もなしでは難しいと思う。それがあり得ないとは思わないが、可能性としてはとても低いだろう。
「凄いね。惹かれるほどの適性、一種の才能なのかな」
「才能ではなく、ゲームのシステムアシストだと思う」
「それでは集中せずに撃ってみるといいよ」
システムアシストであれば、集中の有無にかかわらず同じ結果をもたらしてくれるだろう。しかし、集中によって命中率が変わるようならば、そこからは才能だ。それは必ずしも弓の才能ではないかもしれないが、集中すれば矢をうまくあてる才能はあると言えるだろう。
「確かに動作などはシステムアシストが入っていると僕も思うよ。それでも、それを超えた部分に関してはアオさんの才能だ。動かない的とはいえ、最初から命中率10割近いほどの腕前。それをスキルのシステムアシストで行うとはとても思えない」
「7割だよ?」
「外れやすい場所を狙って7割だからね。案山子の中心を狙えば10割だと僕は思ったよ」
「……お世辞でも嬉しい。ありがとう」
少し微笑んでそう呟いたアオさん。お世辞だと思われてしまったようだが、これで少しでも自信がついてくれれば嬉しいかな。
「2人とも休憩中かい? それならば私も混ぜてくれ」
練習を中断し、こちらに歩いて来ていたリンカさんがそう声をかけてきた。それにしても練習風景を見ていて少し気になる点があったが、まだ確定はできない。正直なところ最近の姉さんの行動から確信に近い予想はできているが、それでもあまり信じたくない。
「うん、休憩中だよ。リンカさん、調子はどう?」
「想像以上、といったところかな。私自身、あそこまで刀を扱えるとは思っていなかったよ」
「惹かれるほどの適性だから不思議ではないと思うよ? 2人を見ていると僕も従魔魔法が楽しみで仕方ないよ」
これに関しては本当に楽しみにしている。文字列だけであそこまで僕を惹きつけたスキルなのだから。
「ふふ、確かにそうだね。私もユウさんが従魔魔法を使う時が楽しみだよ」
「私も」
2人の武器ほど従魔魔法をうまく扱えるかは分からないが、頑張ろう。
20150423:
誤字を修正しました。