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046-遥か遠い一歩08

 ユウ君に頼み、自室に移動させてもらった。先ほどの助言通り、他のことを心配せずに一歩を踏み出すことだけを考えてみようと思ったからだ。

 朝昼晩の料理もユウ君にお願いした。碧が戻ってきたら教えてもらえるようにもお願いした。

 そのすべてをユウ君は任せてと言って了承してくれた。

 これで私はただ一歩を踏み出すために考え、実行するだけ。あと12日も時間はあるのだ、この一歩を踏み出してみせよう。

 

 

 

 ログインから5日目の夜、広間で夕食を食べ終えた。

 一歩を踏み出す方法は未だにわからない。口からメニューの言葉は出てこない。

 ここは一度、気分転換にユウ君に質問をしてみよう。もちろん、一歩を踏み出す以外のことで。

 ……そういえば、あのボス戦の時の動き、どう思ったのだろうか。楓の弟であるユウ君は私に関してどう考えているんだろうか。ちょうど碧もいないことだし、今なら私だけに向けた言葉で語ってくれるかもしれない。

 これを聞いてみようか。

 

「ユウ君、今の私が言うのはアレだが、ダンジョン1のボスと戦っていた私を見て怖くなかったのかい?」

 

 そして自分で言うのもあれだが、相当な動きをしていたと思う。おそらく同年代でも上位、もしかすると最上位に位置するかもしれない。そんな私が武器である刀を持って寝食をともにしている。この状況が怖くないのだろうか。

 

「あえて聞こうか。どうして僕が怖がると、そう思ったのかな?」

 

「いくら強靭な身体を得ていたとはいえ、普通の少女では考えられない動きをしていただろう? それが君に向けられれば、君はなすすべなく……そして復活してもそこに私がいるんだよ?」

 

「リンカさん、僕はマジックポーチを持っているのだよ?」

 

 マジックポーチがどうしたというのだろうか。それならば私も持っているが……ああ、そうか。

 

「ああ、そうか。確かにその通りだね」

 

 私が示したユウ君の状況と、今の私の状況は同じなんだ。ここで復活するかは分からないが、拠点で復活したとしてもユウ君がそちらに移動すれば同じこと。

 

「力なんて持っている人しだい。その人が"悪意をもって"僕にその力を振るわないと分かっているのだから、怖いとは思わないよ」

 

「メルは信頼されているようだね」

 

 楓が信じてくれている私ならば、ユウ君に悪意をもって力を振るわない。楓が大切なユウ君に悪意をもつような相手を信じるはずがない。

 

「ふふ。確かに僕は姉さんを信頼しているけど、姉さんが信頼しているから、それだけの理由では人を信じないんだ。姉さんですら、時には迷うこともある。時には落ち込むこともある。時には闇に包まれることもある。そして今回、姉さんは見落としている。焦っていなければ見落とすことがない大切なその事実を、見落としている」

 

「メルが焦っている?」

 

 あり得ない。楓が焦っている姿など見たことがないし、最近の楓にそんな様子はまったくない。

 

「あり得ない、そう思ったかな? 確かに姉さんが焦ることは珍しいけど、それはあり得るのだよ。このことに関して僕から姉さんに直接伝えるつもりはないから、2人のどちらかが気づいたら教えてあげてね」

 

 私と翠のどちらかが気づいたら……それはつまり私達が楓の見落としに気づくまでは焦っている事実を教えるべきではないということだろうか。

 おそらく、すぐには気づけないような見落としなのだろう。これは翠と相談し、時間をかけて考えるべき内容だ。

 そう判断して、ウルフで召喚されているルビーちゃんを撫でるユウ君と気持ちよさそうに撫でられているルビーちゃんを眺めながら、再び一歩について考え始める。

 

 

 

 ログインから10日目の夜。ますます美味しくなっていくユウ君の夕食を食べ終えて、自室へと連れてきてもらった。日を追うごとに美味しくなっていくユウ君の料理はいったい何なのだろうか。

 ……そうだ、ユウ君の言葉で気になっていたことがあった。いや、気になっている言葉は多くあるのだが、1つだけ明らかにおかしい言葉があった。

『ダメだよ、アオさん。彼女は選択したんだ、逃げないと。姉さんに逃げないと伝えてしまったんだ。それならば僕は進む以外の選択肢を与えない。僕は凛さんに対して、姉さんほど甘くない』

 3回目のログアウト後に楓が私のところへ来て以降、楓はログイン直前まで常に私とともにいた。ユウ君と楓が話す機会はなかったはずなのだ。

 それならばなぜ、楓に私が逃げないと伝えたことをユウ君が知っていたのだろうか。

 可能性としてはユウ君の部屋に行った時に何か書き置きをした、アリサさんに伝えてもらった、ログイン直前に会って話したなどが考えられるが、どの場合でも伝えられる内容は少ないはずだ。

 そんな中でこの件に関して伝えるだろうか。確かに楓ならば落ち込んでいた私に関して、何か必要な情報を伝える可能性は考えられるが、少ない中でその内容を選択するとは思えない。

 楓ならばもっと大切な何かを、そうユウ君ならば理解できそうなあの言葉について――。

『凛ちゃん、惑わされないで。真実はあなた。あなたでしかない』

 ……この言葉、楓はなぜ私に告げたのだろうか。あの時点で私が理解できていないことは楓も分かっていたはずだ。それでも続く言葉は私に逃げ道を示す言葉に変わった。

 この言葉と逃げ道を示す言葉が繋がっているとはとても思えない。つまり、あの言葉だけで意味があり、私があの時点で理解している必要はなかったのだろう。

 

「惑わされるな。真実は私。私でしかない」

 

 私は何に惑わされているのだろうか……。楓が言うのだから、惑わされているのは間違いないだろう。

 ……そもそも、私が踏み出すべき一歩とは何だろうか。先ほどまではメニュー画面を開き、ステータスを確認することこそがその一歩だと思っていたが違う気がする。

 一歩……踏み出すべき一歩……惑わされるな……真実は私……。

 ふと自分の足を見つめ、触ってみる。現実と変わらないその足。しかし1回目のログイン時とも変わらないその足。

 そうだ、1回目のログイン時はこの足で歩けていたのだ。そして3回目のログイン時。

『筋力や生命力など、ステータスを現実の体の情報からそのまま反映します。そのため力持ちの人は筋力が高く、駿足を誇る人は素早さが高くなるでしょう。そして、当然ですがマイナス面も反映します。現実の体の状態を、そのまま』

 この言葉から私は……待て。現実の身体をそのまま反映させたのならば、私が歩けないはずはない。私の足は医学的に問題は存在せず、医師は精神的な問題だろうと言っていた。

 そして2回目のログインまでは、私はゲーム内で歩けていたのだ。動き回れていたのだ。前衛として2人を守れていたのだ。

 歩けるはずの身体に歩けていた精神……何だ、歩けない理由はないじゃないか。

 

「メニュー」

 

 それを理解した私の口は自然とメニューを開く言葉を発した。

 そして目の前に現れたウィンドウからステータスを開く。

 

 ◇ステータス

 名称:リンカ 種族:ヒューマン Lv1

 筋力:14 生命力:12 器用さ:16 素早さ:16 魔力:11 精神力:11

 状態:

 ??:

 ??:

 

 素早さは16であり、状態は表示なし……。

 表示されたステータスは私が歩けると、動き回れると証明してくれた。

 ……そうか、私はステータスを見るのが怖かったんだ。

 素早さが0だったら、状態に何か表示されていたら……私がゲーム内ですら歩けない、動き回れないと直接示されることが怖かったんだ。

 ……思い返してみれば誰1人としてゲーム内で私が歩けない、動き回れないとは言っていない。運営側さえも言っていない。

 メニューを消し、ベットのふちへ腰かける。

 ……そこから一歩、立ち上がって一歩踏み出すだけで答えが出る。それは分かっているが、身体が震える。もし歩けなかったらと、心が震える。

 怖い……怖いが、この一歩を踏み出さない限り次へは進めない。歩みが止まってしまう。

 まずは震える心を落ち着かせるため、一度深呼吸する。

『凛ちゃん、惑わされないで。真実はあなた。あなたでしかない』

 ふと思い出されたのは優しげに微笑む楓の言葉と、抱きしめてくれた翠の暖かさ。

 楓の言葉が心の震えを止めてくれた。

 翠の暖かさが身体の震えを止めてくれた。

 

「何だ……最初から歩けたんじゃないか……」

 

 踏み出された一歩。視線は前を向き、足は身体を支えている。

 そう、足が動かないと私に言っていたのは……私だけ。

 私が私自身に、言ってしまっていた。

 ユウ君が言っていたのは"足が動かない"。歩けない、動き回れない、"足を動かせない"ではなく"足が動かない"。似ているけど意味はまったく違うその言葉。私が動かないと決めつけ、動かそうとしていなかった、それだけだったんだ。

 ユウ君、もしかして君は最初から……いや、私が転けてしまった音を聞いて足が動かないと判断したのだろう。それに"足が動かない"に関しても私が深読みしすぎているだけかもしれない。

 そう考えてはいても、君は私の状態を把握した上で私に気づかせてくれた。そんな気がするよ。

 続く2歩目を踏み出し、私を導いてくれた少年の元へ向かう。

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