042-遥か遠い一歩04
ログインすると、そこは最近慣れ親しんだベットの上。
起き上がり歩こうとしてみるが、やはり足は動いてくれない。それでも、今回は何も"しない"私は存在しない。
『前回の試練は皆、頑張ったね。予想通り全員が通過できたようで嬉しいよ』
突然、頭に響いてきた声は優しさを感じるもの。
予想通り……運営側は全員が通過できることを予想し、そして通過を喜んでいる。これは戦う相手が強敵だから喜んでいると考えれば不思議ではないが、この声を聞いてしまうとそうは思えない。
『さて、今回の進行は前回に続き進行ちゃんが行います。今回の試練は……ダンジョンの攻略!』
前回と同じ……やはり私は家でできることを行おう。それが一番良いはずだ。
良い、はずなんだ。
『また同じかと思った? 大丈夫、前回とは違うよ。今回のダンジョンは全員がボスエリアに踏み込み、ボス撃破時に全員が生存している状態でダンジョンから出ることがクリアの条件』
何、だって……。
『戦う力がなくとも待っていることは許されない。戦いの場で仲間を見捨てることは許されない。全員がすべての困難を仲間とともに突破せよ。これが今回の試練にして最後の試練』
そんなことは分かっている。戦う力がなくとも必要であれば戦いの場へ赴くべきだ。
そんなことは分かっている。戦いの場で仲間を見捨てることは許されない。
それでも、仲間に困難を与えろというのか。仲間を窮地に陥らせよというのか。
『ダンジョンの入り口は前回のダンジョンと同じ広場に設置してあり、ログアウト予定は15日後。期待しているよ、皆。頑張ってね』
やはり、ログアウトしておくべきだったかもしれない。
歩けない私がダンジョン最深部まで自力で到達することは不可能だろう。背負って移動してもらったとしても、道中の魔物に負けてしまうだろう。仮にボスまで辿り着けたとしても、足手まといの私を守りながらボスを倒すことは不可能だろう。
私は、2人の機会すら奪ってしまった。世界が救われる可能性の1つを奪ってしまった。
「どーん!」
部屋のドアが突然開き、不思議なかけ声とともにユウ君が入ってきた。
ユウ君、君は元気だね。私という絶望的なお荷物を抱えているというのに……。
いったい、私はどうすればいいんだ……。
「リンカさん、あなたはどうすればいいんだろうね」
そう、私はどうすればいいんだろうか……教えてくれないか、楓、翠。
「凛さん。あなたが辛い時、傍には誰がいた?」
辛い時……傍には楓と翠がいた。
「その人達はなんと言っていた?」
確かその時2人は……。
『凛ちゃん、そんな時は頼ればいいんだよ。全部を自分1人で抱え込まず、まずは信頼できる誰かに相談してほしいな。たとえば私とか?』
『凛さん、そんな時は誰かに頼ることも必要です。たまには頼ってくださいね』
「楓と翠は……信頼できる誰かに頼れと……自分たちに頼れと……それでも、君達はここにはいないじゃないか……」
そう、2人はここにはいない。いないんだ。
「さすがあの2人だね。今のリンカさんにとっても的確な言葉だよ」
「リンカ、入っても構わない?」
新たな声にそちらを向いてみると、部屋のドアは開いたままであり、碧は部屋の外でこちらを向いて立ち止まっている。
もしかして前回と同じく、碧は入れないのだろうか。
口を開き、言葉を……発せられない。
構わないよ、たった1つ入室を"許可する"その言葉が出ない。
なぜ……なぜ!
「リンカさん、この部屋を今から臨時の広間として使おう。3人が集まって食事を食べ、話し合う広間だ。今回もここで3人、ダンジョンについて話しあおうか」
広間……それならば……。
「ああ……そうしよう。碧も入り、案を出してくれるか?」
「うん!」
嬉しそうな表情を浮かべて碧が広間へと入ってくる。
先ほどまでは出なかった、入室を"促す"言葉が……なぜか今はすんなりと出てきた。
ユウ君のたった一言で。
「リンカ、私達がダンジョンを調べてくる。そして、調べ終えたら一緒にボスまで行こう?」
「ダメだよ、アオさん。彼女は選択したんだ、逃げないと。姉さんに逃げないと伝えてしまったんだ。それならば僕は進む以外の選択肢を与えない。僕は凛さんに対して、姉さんほど甘くない」
確かに私は楓に逃げないと伝えた。
言葉にしてはいないが確かにそう考え、それは楓に伝わった。それを知っていて否定しなかったのだから、確かに私は楓に伝えたのだ。
「ユ、ユウ君?」
碧はその言葉に驚いた様子だがユウ君の言う通りだ。
私は楓に逃げないと伝えたのだ。迷うことはない。
「2人とも、頼みがある」
優しい碧の言葉。私に"逃げる"選択肢も与えてくれたその言葉。
優しいユウ君の言葉。私から"逃げる"選択肢を奪ってくれたその言葉。
私はやはり未熟だ。信じるべき仲間は、頼るべき仲間はずっと目の前にいたのに、気づかなかったのだから。
「私を仲間として、調査の段階からダンジョンへ連れて行ってほしい。足手まといになるのは分かっているが、頼む」
そう言い頭を下げ、2人の返答を待つ。
「リンカ、頭を上げて」
その言葉に頭を上げると、2人は優しそうに微笑みながらこちらを見ていた。
「一緒に行こう」
「期待しているよ、リンカさん」
ウルフで召喚されたルビーちゃんの背中に乗せてもらい、ダンジョンの入口がある始まりの広場へと移動した。
ルビーちゃんの背中はもふもふしていて触り心地が良かったが、ここからは気を引き締めなければいけない。道中も魔物が出ないと決まっているわけではないので油断していたつもりはなかったが、ここからは確実に魔物が出現するダンジョンなのだから。
そして今、魔法陣の上へ乗りダンジョンへと進入する。
私に何ができるかは分からない。それでも、自衛だけは任せてもらった。自分の身は自分でどうにかすると、それだけは任せてもらった。少なくとも、私を守るために2人に危険が及ばないようにと。
それでも、優しい2人は私が危険になればきっと、守ってくれるのだろう。なので、まず私は自身が危険に陥らないように全力を尽くす。動かぬ足でどこまで戦えるかは分からないが、どうにかしてみせる。
信じてくれた2人の気持ちに恥じぬように。
信じてくれている2人の気持ちに恥じぬように。




