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039-遥か遠い一歩01

『筋力強化と素早さ強化が選択されました。間違いありませんか?』

 

 ウィンドウに表示された内容を確認して、完了を選択した。

 私であれば必要なのはこの2つだろう。

 

『選択されたサブスキルの取得を確認しました。プレイヤー全員が決定するまで少々お待ちください……全プレイヤーの報酬選択、及び取得の完了を確認しました』

 

 現実では動かない足でも、"この世界"ならば動かすことができる。そして、再びこの世界で動き回ることができ、アオイとユウ君を守ってあげられる。このログイン期間も、また。

 

『お久しぶりですね、プレイヤーの皆さん。10日間のチュートリアルはお楽しみいただけましたか?』

 

 ゲーム世界に移動すると思っていたところに突然と聞こえてきたのはアバター作成直後に聞いた、世界を賭けたゲームを宣言したあの声だった。

 これまでの10日間はチュートリアルであり、これからが本番と言いたいのだろうか。

 

『さて、今回は私からお伝えすることがあります。今回より、アバターに現実の体の能力を反映させます』

 

 現実の体の能力を……反映させる。

 そ、それでも2人を守る力はあるはずだ。私の身体は弱くない。

 そう、弱くないんだ。

 

『筋力や生命力など、ステータスを現実の体の情報からそのまま反映します。そのため力持ちの人は筋力が高く、駿足を誇る人は素早さが高くなるでしょう。そして、当然ですがマイナス面も反映します。現実の体の状態を、そのまま』

 

 言葉が進むにつれ、心が恐怖していくのが分かる。

 これはゲームのアバター。理解しているはずなのに……現実と同じく足が動かなくなるのではと、そう考えてしまう。

 

『つまり、今のアバターは現実の体と同じ。そのように認識してください』

 

 その言葉を告げられた瞬間、身体は、足はいうことを聞いてくれず、尻餅をついてしまう。

 

『私からは以上です。それでは失礼します』

 

 視界が、暗く染まった。

 

 

 

 目を開けるのが怖い……いや、違う。目を開け、ゲーム世界だと認識した上で足が動かないと突きつけられることが怖い。

 それでも、このまま目を瞑ったままでは何も変わらない。楓はよく言っていたではないか、足を止めず、一歩ずつでも進めばきっと望む未来へ近づくと。

 目を開けて起き上がり、ベットへと腰かける。そして前回と同じく、ベットから立ち上がればいいのだ。それで変わらぬゲーム世界を楽しめばいいのだ。

 一度深呼吸を行って気を落ち着け、意を決して行動を開始する。2人が待っている広間へ向かうために。再び楽しい世界を満喫するために。

 しかし、現実は私の視界を床板で埋め尽くした。ベットへ腰かけるところまでは問題なく進んだが、次、その次となる、最も大切な一歩が踏み出せなかった。

 私の足は……動いてくれなかった。

 

「なぜ……」

 

 ……再び、自由に足が動かせるこの世界でまで、自由を奪うのか。なぜ、希望を与えておいて絶望に突き落とすのか。なぜ、あの楽しい10日間を過ごさせたのか!

 その絶望はベットに戻る気力すら奪っていく。動こうとする考えすら奪っていく。

 

 

 

 どれ程の時間が経過したのだろうか。

 

『そうだね、今の状況は似ているのだろうね。そこで凛さんは何を考える?』

 

 私は何を考えればいいのだろうか。その答えすら出ない。

 そんな中、楓とよく似た少年、楓の弟である少年の言葉をゆっくりと思い出す。

 

『足が動かないと分かっていて、それでもベットから起き上がり歩こうとしたその姿のどこが情けないの?』

 

 自分ですらも蔑もうとしていた、情けない私を認めてくれたその言葉を。

 

『前回まで足手まといだった僕を、リンカさんは放っておいたのかな?』

 

 咄嗟に反論してしまったその言葉を。

 

『一緒だよね? あの時にリンカさんがどう思っていようと、僕自身が足手まといだと思っていたら一緒だと思わない? 今と同じように』

 

 納得してしまい、反論できなかったその言葉を。

 

『それとも、1人ですべて解決することを望んでいるの?』

 

 心の奥底に沈んでいた、私ですら気づいていなかった考えを見ぬかれたその言葉を。

 

『1人で無理ならば頼ればいいんだよ。そして相手が頼ってきた時は力になってあげればいい。それはどんなに小さな力であっても構わない。その事実すら、相手の力になることもあるのだから』

 

 妙に心に突き刺さる、その言葉を。

 ユウ君、君は私に何を考えさせたいのだろうか。

 

『さあ、存分に悩むといいよ。その時間は僕達が作ってあげる。だから、精一杯悩むといい。そう、歩みを止めなければきっと進むものさ』

『待っていて、リンカ。今回は私が、私達がクリアしてくる』

 

 考える時間は2人が作ってくれている。私が守るべきだと考えていた、2人が。

 ……情けない。何が、私が守るべき2人、だ。結局、守られているのは私じゃないか。

 ユウ君に、碧に迷惑をかけて、自分はただ待っているだけ。食材を集めることも、料理をつくることも、笑顔で迎えることすらできない。

 唯一私にできていたこと、それは戦うことだけ。しかし、今はそれすらできない。狼どころか、兎にすら負けてしまう。

 そんな私がここにいる意味があるのだろうか。

 

「メニュー」

 

 表示されたメニューからシステムを選択し、ログアウトを――。

 

『それと最後に1つ。姉さんはリンカさんと、このゲーム世界で過ごすことを楽しみにしているよ。それでは、またここで』

 

 選択しようとした指はメニューを閉じる。

 まるで鎖のように私を縛りつけ、まるで楔のように私を繋ぎ止めるその言葉。何度ログアウトを選択しようとしても、この言葉はそれを許さない。

 楓が楽しみにしている。その言葉を聞いて、私からそれを崩すことはできない。

 気分を変えるためにマジックポーチからリンゴを取り出してかじる。

 碧が毎食料理を持ってきてくれているというのに、私はそれを受け取らず無駄にしている。そしてリンゴを、ただのリンゴをかじっている。碧が私のために作ってくれた料理ではなく、ただのリンゴを。

 情けない……本当に情けない。

 

「リンカさん」

 

 ドアを見つめていると、突然とドアから声が聞こえてきた。どうやら今の私は足音すら聞こえていないらしい。

 

「入るね」

 

 その言葉とともにドアが開かれ、雪のように真っ白な髪とルビーのように赤い瞳を持つ少年が入ってくる。

 

「……ユウ君か」

 

 なぜ碧は入ってこれないのに、ユウ君は入ってこれるのだろうか。確かに碧もこの部屋に入ろうと頑張ってくれていたはずなのに、なぜ彼の時だけは何の抵抗もなく自然と開くのだろうか。

 

「何でアオさんは入れないのに、僕が入ってこれたか疑問に思ってる?」

 

 言い当てられて少しドキリとした。

 表情に出ていただろうか。いや、表情に出ていても分かるものではないはずだ。ユウ君も楓と同じで人の心を読み当てるのが上手いのかもしれない。

 

「理由はいろいろありそうだけど、大きそうなのは僕が姉さんの弟であり、リンカさんと知り合って僅かな期間しか経過していないからかな」

 

 楓の弟であり、知り合って少ししか経過していないから。なぜそれが理由になるのか、私にはさっぱりわからない。

 

「……ユウ君、もしかして君は死に戻りしたのかい?」

 

 普段は穏やかな碧が必死な様子で廊下を走り、隣のドアを開けるなり叫んでいた。予想できる状況はユウ君の死に戻りしかない。

 

「そうだよ。でも、僕達は任せてと言ったのだから、リンカさんが気にすることではないよ」

 

 私の足が動けばそれを回避できたかもしれないのに私は……ここで、ただ待っていただけ。そして死に戻り後も隣の部屋でその様子を聞いていただけ。

 

「まあ、そう言ってもリンカさんは気にするよね。それなら1つだけお願いを聞いてくれるかな?」

 

「……お願い?」

 

「2日間も眠らないつもりの悪い子がいてね。だから、少し眠ってほしいと思っているんだ」

 

 おそらく、私のことだろう。

 壁にもたれかかり、ほとんど動いていない私が寝ていないと、なぜ彼は知っているのだろうか。

 そういえば、楓や翠にも私が寝ていない翌日はすぐに見抜かれていた。もしかして表情に出やすいのだろうか。

 

「……そうだね。私に叶えられる願い、ぜひとも叶えておきたいよ」

 

「ありがとう」

 

 そう言って優しく微笑む少年の手を借り、ベットの上に移動した。そして本当に寝てしまってもいいのか迷う中、瞼を閉じる。

 

「一度眠って、また考えればいいよ。歩みを止めなければきっと、進むのだから」

 

 歩みを止めなければ。楓、翠……私は歩めているのだろうか……。

 

「~~~~~」

 

 迷いの闇の中、心地よい歌が聞こえる。言葉のないその歌は不思議と私の心を落ち着かせる。

 

「~~~~~~~」

 

 心地よい歌が奏でられる中、意識はゆっくりと沈んでいく。

 

 

 

 雨降る中、呆然と立ち尽くす少女へ声をかける。

 泣き叫ぶ少女を抱きしめる。

 

 雨降る中、呆然と立ち尽くす少女へ声をかける。

 静かに泣く少女を抱きしめる。

 

 悲しく笑う少女の隣を歩く。

 笑わぬ少女の隣を歩く。

 

 夜の闇に恐怖し叫ぶ少女を力強く抱きしめ、ともに沈んでいく。

 夜の闇に恐怖し震える少女を優しく包み込み、ともに沈んでいく。

 

 

 

 隣に並ぶ少女は嬉しそうな笑顔で、私に勝利を告げる。

 隣に並ぶ少女は嬉しそうに微笑み、布に包まれた何かを私に手渡す。

 

 

 

 窓から照らす光に目を覚ます。何か夢を見ていたようだが、詳しくは思い出せない。

 部屋を見渡すと、既にユウ君はいなかった。今日もまた、碧とともにダンジョン攻略に向けて頑張ってくれているのだろう。

 そんな中、私は考えることしかできない。戦うことも、料理をつくることも、笑顔で出迎えることもできない。

 それでも、ログアウトは絶対にしない。

 

「私がログアウトし、逃げてしまえばあの2人に合わせる顔がないからな」

 

 今日もまた、私は考える。歩みを止めないように。

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