002-曇りのち晴れのチュートリアル01
視界に広がるのは桜舞い散る広場。桜舞い散るその広場では2人の少女が大きな桜の木を見上げている。
左前方には腰まで届くほど長い黒髪、力強い黒い瞳を持ったスタイルの良い少女。
右前方には肩で切り揃えられた青髪、海のような青い瞳を持った小柄な少女。
『さあさあ、ここからの進行は私、進行ちゃんが行いますよ~! まずは1人から6人のパーティで5日間、そのエリアで生き抜いてもらいます。そして今、周囲に見えるのが5日間をともに過ごすパーティメンバーだ! 当然、男女混合だ! 喜べ!』
先ほどとは違う女性の声が頭に響く。周囲を確認した時、あの2人しかいないのは確認したのでこのエリアは3名で1つのパーティなのだろう。
視線の先の少女たちはお互いを見合ったあと、僕へと視線を移動させた。そして1人は嬉しそうな、1人は嬉しそうだが違和感を感じているような、そんな様子でこちらを見ている。
『うん。男女混合が嫌なら、そのパーティが嫌ならログアウトすればいいよ。その選択権は君達にあるのだからね。さて、とりあえず自己紹介の時間が必要だと思うから次の予定を伝えるまでは自由時間にするよ。それじゃあ、またあとでね!』
ごもっとも。あちらはこちらに参加権を与えている立場。参加権をどう使おうがこちらの勝手だが、それは一度しか与えられないだけだ。何て優しい相手なのだか。
頭の中に響く声が一旦終了したからなのか、黒の少女と青の少女がこちらへ向かって歩いてきた。お互いが見合っていたことからもあちらの2人は知り合いである可能性がとても高いので、唯一知らない僕に自己紹介をしてくれるのだろうか。いや、知り合いかもしれない僕に違和感を感じているからかな。
さて、とりあえず考えよう。
頭の中、つまり思考を覗かれていることはほぼ確定なので思考制限を練習も兼ねて行ってもいいのだけど、あの人が関わっている以上それに意味はないだろう。そのため、思考制限はやめておく。
次にあの2人に対する行動だが、どうしたものか。先ほど僕を見ていた様子から予想している人物で間違いないとは思うのだが、あの身体は作られたアバターでしかない。1人は本当にそのまま、もう1人は髪と瞳の色を変更しているだけに見えるが、違う可能性もある。それならば確認を行うべきだろう。
「初めまして、私はリンカだ。これから5日間よろしく頼むよ」
「初めまして、私はアオと申します。これから5日間よろしくお願いします」
「2人とも用心深いな~。私で間違いないよ?」
「やっぱ――」
「あなたは誰だ?」
僕の言葉に納得せずにすぐ切り返してきたのは黒の少女――リンカさん。やはり予想は間違っており、青の少女――アオさんは僕の予想していた人物とは別人だろう。しかし、リンカさんは予想通りである可能性がとても高い。
とりあえず、不思議そうな表情をしている2人にあらためて挨拶を行う。
「冗談ですよ。初めまして、私はユウと申します。これから5日間よろしくお願いします」
「先ほどの言葉、理由を聞かせてもらっても構わないかな?」
「……私も聞きたいです」
突然のおかしな言動、さらには2人が知っているであろう人物である僕の姉を真似たのだから疑問を持って当然だろう。
「申し訳ありません。お2人が知っている人物に似ていたので確認をさせていただきました。アバター作成の関係で本当に知り合いかどうか判断が難しかったため、許していただけると嬉しいです」
アバター作成は現実の体をベースにはしていたが、そこからかなり自由に各箇所の変更ができており知ってさえいればその顔に似せることは可能だ。そのため、この状況で本人かどうか確認するのならばお互いだけが知っていることを確認するべきだろう。事前にアバター作成の自由度を知っていれば打ち合わせしておけばいいのだが、ゲーム内容の多くは秘密とされていたので仕方のないことだ。そして変更しなければ分かるとは思うが、折角のファンタジー世界なのだから変更してみたいと思うのも仕方のないことだろう。再びアバターの変更ができるかどうかは分からないが、合流するだけならば一度ログアウトしたあとで特徴を教え合えばいいのだから。
「そうだったのか。こちらもユウさんが知り合いと似ていたので少し迷っていたところだよ。気にしないでくれ」
「私もです。気にしないでください」
「ありがとうございます。ところで私を見て同じように迷ったように見受けられましたが、お2人は知り合いなのでしょうか?」
「そうだよ、私達2人は現実でも知り合いなんだ」
念のために確認してみたがどうやら2人は知り合いで間違いないようだ。そうなるとアオさんは予想していた人物の双子の妹かもしれない。状況的にそれしか考えられない。
「やはりそうでしたか。案外現実で近くにいる人同士がパーティを組んでいるのかもしれませんね」
他のパーティは知らないが、少なくともここは同じ県からパーティが組まれている。イベント会場ではすぐに個室へ通されたので他の参加者は見ていないが、もしかしたら同じイベント会場なのかもしれない。
「そうかもしれないな。ところで2人はアバター作成直後の言葉について、どう考えているんだい? 私はゲームの演出だと考えているんだが」
「私も同意見です。まだ国の乗っ取り程度なら信じられたのですが、さすがに世界の崩壊はあり得ません」
「確かに大きく出ましたよね。まあ、5日間経過して現実で聞いてみれば判明しますよ。今はゲームを楽しみましょう」
世界の崩壊。地球の破壊でもなく、国の乗っ取りでもなく、世界の崩壊。一件あり得ないように聞こえるが、あの声が言っていた通り世界が自分の日常を表しているのであれば可能性は十分にある。
しかし姉さんがリンカさんとあの人、さらに僕にまで参加を許しているのだから、2人の言うとおりゲームの演出である可能性は十分に高く、そうでなければよほど巧妙に隠されているのだろう。
それならば今の状況、この2人にはゲームを楽しんでもらうのが一番良い。もちろん僕も楽しむつもりでいる。
「それもそうですね。ゲームを楽しみましょう」
『そろそろ自己紹介は終わったかな? 少し短かったかもしれないけど、このあとも時間はあるから安心してね。それじゃあ次の予定を伝えるよ』
ちょうどいいタイミングで頭の中に進行ちゃんの声が響く。
『その広場から繋がる道が1つ見えるかな? その先に君達が5日間過ごす拠点となる家があるよ。まずはそこに移動してね~』
広場を見渡すと、先ほどまでは存在していなかった道が確かに存在していた。
それにしてもサバイバル形式も予想していたので拠点となる家を準備してもらえるとは嬉しいが、実は行ってみたら廃墟だったりはしないよね。
「だそうだ。2人とも、移動しようか」
「はい」「はい」
リンカさんに続き、アオさんと並んで先ほど示された道へ歩き始める。
木々に囲まれた、まるで森の小道のような場所を進んでいくと少し開けた場所に木造建築の家が存在していた。さすがに期待させて廃墟を持ってくるようなことはしないか。
それにしても剣と魔法のファンタジーはどこにいってしまったのか。僕としては仮想の体で過ごせるだけでもかなり嬉しいのだが、剣と魔法のファンタジーにもかなり期待しているのだ。
「予想以上に良い家ですね。ところでお2人は私と一緒の家で過ごすことに問題はありませんか?」
「私は問題ありませんよ?」
「私も問題はないよ。どちらかと言えばユウさんこそ問題はないのか? 私とアオは知り合い同士だが、あなただけが見ず知らずの私達と5日間過ごすことになるのだぞ?」
普通に教えればいいものを……僕はこの世界を楽しみたいのだろうか。それとも、教えてともに過ごすことに嫌悪感をもたれるのが怖いのだろうか。
まあ、どんな理由にしてもこの2人、特にリンカさんには確認しておきたかった。
「お気遣いいただきありがとうございます。お2人とも優しいので私は問題ありません」
「それは良かった」「それは良かったです」
そう言い安心したような表情を浮かべた2人。
「それでは家に入ろうか」
玄関のドアを開けて家に入る2人に続き、僕も家に入る。
20150423:
誤字を修正しました。