018-硬き身体と折れぬ刀02
まず視界に入ったのは目の前に広がる森。次に周囲を見渡すと、前方以外には見渡すかぎりの草原が広がっている。そしてすぐ後ろには先ほどまでいた広場と同じく1箇所だけ石畳になった地面があり、その上には魔方陣が描かれている。
「どうやら魔法陣は移動用みたいだね。転移先に関してはこの場所に固定と考えてもいいかもしれない」
「私もそう思う。一旦戻って確かめる?」
「いや、今回だけたまたま同じ場所だった可能性もあるから、少なくとも出現する魔物を確認してからにしよう」
僕1人で戻って確かめる方法もあるが、おそらく止められるだろう。それに1人で戻るにしても、魔物を確かめてからのほうが別の場所に転移した場合でも安全性が増す。
「確かに。そうなると、どちらに進む?」
「森に進むのではないのか?」
不思議そうな表情をしたリンカさんがアオさんへ問いかける。
僕としても森に進むべきだとは思うが、草原に何もないとは限らない。アオさんはその可能性について無視してもいいか確認しているのだろう。
「いや、森で問題ないよ」
「そう、問題ない」
「そうなのかい? まあ、それならば森へ入ろうか」
森へ踏み入って少し経過したが、まだ魔物は出現しない。
あちらの森のように兎と狼だけであれば余裕だとは思うが、わざわざ転移までして場所を変えたのだから、きっと違う魔物を出現させてくれるはずだ。あるいはあちらよりも強力な兎と狼の可能性も考えられる。
「何も出てこないな」
「うん」
それにしてもこの森、あちらの森よりも木々の密度が高い。そして入り口からここまでは木に果実はなっておらず、野菜が植えてある畑も存在していない。
あちらと同じくもう少し奥に進めばそれらを確認できるかもしれないが、ボスが待ち構えているダンジョンというくらいなのだからアイテムの入手方法は魔物からの剥ぎ取りだけなのかもしれない。宝箱の存在も若干期待しているが、そちらは運が良ければ見つかる程度と考えている。
「何が出てくるか楽しみだね」
「……君は意外と戦闘を楽しむタイプかい?」
「戦闘というよりも、ゲームを楽しむタイプかな。このゲームは嫌いなタイプではないと思うからね」
仮にこのゲームが嫌いなタイプだったとしても、参加権を手放すつもりはないけどね。
「やはり君は似ているね。メルもゲームなんだから楽しまないと損だ、と言っていたよ」
「まあ、姉さんならそう言うだろうね」
メルとは、実に姉さんらしいプレイヤーネームだ。
「ユウ君、よくメルが誰だが――」
突然リンカさんがしゃがみ、その上を槍のような何かが通過した。
「魔物だ!」
そう叫びなからリンカさんは槍が突き出された方へ踏み込み、刀を抜いた。
その様子を確認しつつ、リンカさんとは逆側から回り込もうとしたところで視線の先に1体の魔物が見えた。その魔物は木の影から半身を出し、弓に矢を番えて引き絞っている。
その光景を見た瞬間、すぐに身を翻してアオさんを覆い被さるように押し倒した。
「きゃ」
体の下から小さな悲鳴が聞こえると同時に肩に痛みが走るが、今は魔物への対処が先だ。
すぐに立ち上がり魔法銃を構えつつ魔物がいた位置を確認する。魔物は次の矢を弓へと番えている最中だったので、魔法銃をそのまま魔物が弓を持つ手へと向けて連続で撃つ。
1、2発目の弾は曲がり近くの木へと当たってしまったが3発目はまっすぐに飛び、狙い通り魔物の手から弓を落とさせた。しかし、その直前に魔物の弓からは矢が放たれ、僕の左腕へと突き刺さる。
避ければ後ろにいるアオさんへと矢が当たるこの状況、矢を放たれた場合は受けると決めていた。そして右腕には魔法銃を持っていたので防御するならば左腕として、矢が放たれる直前に魔法銃の標準が狂うのを覚悟して左腕を体の前に出し、飛んでくる矢にできるだけ合わせて防御を試みた結果、上手く防御することができた。
「体勢を整えて」
そう言い残し、矢を放ってきた魔物へ向かって走る。魔物は弓を拾い、再度こちらを向こうとしているがこの距離ならば矢を放たれる前にどうにか魔物まで辿り着けるはずだ。
魔物が矢を番え、引き絞ろうとしたところでどうにか辿り着くことができた。魔物が弓を持つ手に至近距離から魔法銃を撃ち、弓を取り落とさせて、その弓を足で踏みつける。
そして、そこまで来てようやく魔物の全体像が見えた。その魔物はまるで体全体が木材で作られているかのような、僕よりも大きい人型であった。仮に名前をつけるとしたら木人形だろうか。
魔法銃を木人形に構え直し、とりあえず頭を撃ってみるが特にダメージはない様子だ。先ほど2度も撃った手も同じくダメージがない様子なので魔法銃では決定的に威力が足りないのかもしれない。
魔法銃でのダメージが期待できないと考えて僕が踏んでる弓を拾おうと動き出した木人形を見て、弓を人形とは反対側へと蹴り飛ばす。そして弓を追って行動を開始した様子の木人形へ、後ろから体当たりをする。
この状況でも弓を拾おうとするのならば弓以外の攻撃手段はないか、あるいは弱いと考えられる。そして狼ほど動きが早くないことから、僕でも十分に体当たりを当てられると思っての行動だ。
木人形は僕の体当たりを受け、地面へと転がった。そこへ起き上がらないように踏みつけ、直感的に木人形の腹部へと魔法銃を連射する。変化がなくても魔法銃でのダメージがないとは思えない。ダメージが小さいだけであり、実際は蓄積されているのならば攻撃し続ければいずれは倒せるはずだ。そして腹部を選んだ理由だが、狼の時と同じく自然とここを狙うべきだと思ったから。これがシステムアシストなのか、他の理由かは分からないが狼の弱点を狙えた実績があるので、同じく弱点がわからない今回も狙うことにした。それに頭と手に有効ではないのは分かっているので、それ以外の箇所を狙うべきだとも思っている。
十数発ほど撃った時、木人形の腹部が破損して中から紫色の宝石のような何かが顔をのぞかせた。木人形はまだ動いているので倒せてはいない。そこで、その紫色の宝石を手で引っ張りだそうとしてみたが、体と一体化しているのか動く気配すらない。
一瞬だけ剥ぎ取りナイフで突き刺してみようかと思ったが、手負いの今の状況で他に魔物が出現するかもしれないことも考えると、倒すことを優先するべきと判断して紫色の宝石を魔法銃で撃つ。
魔法銃を2発撃ったところで木人形の動きは止まったが、連射していたので3発目も撃ってしまった。少しMPを無駄にしてしまったが、これは仕方ないと考えるべきだろう。
次に倒した確認を行うため、マジックポーチから剥ぎ取りナイフを取り出して木人形の体に突き刺すと木人形の体が光の粒子のようになり、空気中に溶けこむように消えていった。そのあとには何も存在せず、木人形が持っていた弓と矢も消滅している。
倒したことを無事確認したので、アオさんの方を向いてみるとリンカさんがアオさんの近くで刀を抜いたまま周囲を警戒しているのが見える。おそらく木の影にいた魔物を倒したあと、僕がアオさんの近くにいなかったので急いで戻った。そして僕が木人形と戦闘している様子を見て、十分に戦えると判断してアオさんの護衛を行っていたのだろう。
2人に見えないように左腕に刺さった矢を抜き、念のため周囲を警戒しつつ2人の元へと移動する。