017-硬き身体と折れぬ刀01
目を開けて周囲を見渡すと、そこは前回のログイン時に5日間使用していた部屋であった。ログアウトした場所は広間だったので、一番長く使用していた小部屋から開始されるのかもしれない。
まずは二人と合流すために広間へと向かう。
「ユウ君、君は知っていたんだね」
広間について早々、笑顔のリンカさんからこんな言葉を投げかけられた。リンカさんの隣にいるアオさんも同じく笑顔だが、こちらは楽しそうだ。
「何についてかな? もしかして、姉さんに僕をお風呂に誘ったことについてからかわれた?」
「君達は姉弟そろって的確に急所を突くね。まあそれはいいんだ。それよりも、性別を間違えていて認識していて申し訳ない」
僅かに笑顔を歪めたあと表情を真剣なものへと変え、言葉を終えてから頭を下げたリンカさん。
「気にしないで。それにリンカさんの場合は仕方ないよ。姉さんによく似た僕を見て、その本質を見極める以前に仲良くなることを優先していたんだ。そう、姉さんによく似た僕だからこそ起こってしまった間違い。僕はその事実をとても嬉しく思うよ。だって、リンカさんはそれ程に姉さんを思ってくれているのだから。これからも姉さんを嫌いならない限りは"親友"として仲良くしてあげてね」
「……ああ、ありがとう」
一瞬だけ迷った表情を見せたあと、すぐに笑顔でそう答えたリンカさん。
今の間、やはりリンカさんは姉さんに負い目を感じているのだね。普段の姉さんならば気づいているはずだけど、今の姉さんは気づけていないかもしれない。それでも、仮に気づいていないとしてもそれは僕が教えるべきことではなく、姉さんが気づくべきことだ。
「リンカ、今日の夜は3人でお風呂に入るの?」
笑いながらアオさんがそう言い、それを聞いたリンカさんの頬が僅かに赤く染まる。
「アオ、君も知っていたんだね」
「性別に関しては途中から」
「途中から? 待ってくれ、君は知っていて一緒にお風呂に入ろうといったのか?」
「ユウ君なら断ると思った。あとリンカの反応を見たかった。楽しかった」
アオさんもなかなかにイイ性格をしている。それでも僕が一緒に入ろうとしていたら、リンカさんのために真実を明かして止めていただろう。
「アオ、君もか……」
「まあまあ。そういえば、パーティが変わらなくて安心したよ」
「確かにそうだね。できれば、このまま同じパーティで試練を突破したいと思っているよ」
「私も」
試練突破まで、か。2人ともこれが世界を賭けたゲームだと理解した上でそこを目指すのだね。まあ、当然といえば当然なのだろう。リンカさんもアオさんも、参加するだけの理由があるのだから。逆にただのゲームだと思っていた時よりも気合が入っているのではないかな。
『参加者諸君。説明を受けた上での参加、嬉しく思うぞ。今日からの進行は俺、進行君が行う』
突然頭の中に男性らしき声が響いてきた。
どうやら進行係が交代したようだが、その理由が少し気になる。全体アナウンスの時間は短かったので、もしかするとパーティ別、個別のアナウンスや、全プレイヤーの補助なども行っていたりするのだろうか。例えばサポートAIの問い合わせ先など、ね。
『まずは前回のログイン期間を無事突破した報酬として、マジックポーチに剥ぎ取りナイフを送っておいた。剥ぎ取りナイフは撃破した魔物に突き刺すと、その魔物を一定確率でアイテムに変換することができるアイテムだ。うまく使ってくれよ』
マジックポーチを確認してみると、確かに剥ぎ取りナイフというアイテムが追加されていた。
これはゲームでよくある倒した敵からアイテムを入手する機能にあたるのだろう。さらにアイテムの入手だけではなく、魔物を撃破したかどうかの確認にも使えるかもしれないので、いろいろと便利そうなアイテムだ。
『さて、剣と魔法のファンタジーゲームといえばダンジョン、そして試練だ! そこで今回は、次回のログイン権を得るための試練を行うぞ。試練はログアウト予定の5日後までに、ダンジョンに存在するボスを撃破してダンジョンを攻略すること。ダンジョンへの入り口はゲーム開始時にいた位置に設置した。まあ、試練に関しては最初に伝えていたから問題はないな。それじゃあ頑張ってくれ、以上だ』
ダンジョンと試練とは、分かっている人だ。まあそれは置いておいて、今回のログイン期間は前回と同じく5日間。そしてダンジョンに存在するボスを撃破し、さらにダンジョンのクリア条件も満たさなければ次回に限ってはログインができない。そう考えておけばいいのだろう。
おそらくだが、今回の試練をクリアできなかったとしても次回ログインできないだけで次々回はログインができると考えている。なにせ今はチュートリアルを兼ねている期間であり、本当のゲームはまだ始まってすらいないようだからね。
「ダンジョン、か。2人とも、今日から攻略を目指すかい?」
「私は一度見てくるべきだと思う。そこで無理そうなら一旦帰ってくればいい」
「僕もその意見に賛成かな。食料も結構余裕があるから、魔物しだいではそのままクリアを目指すことも可能だと思う」
廊下を移動中に確認したのだが、前回のログインで集めた食料は問題なく食べられた。そして今も異常は感じていない。なので出現する魔物の対処さえできれば、そのままクリアを目指しても問題ないだろう。
「うん、私もそれに賛成だ。それでは10分後、家の外に集合して出発しようか」
家を出発して一本しかない道を辿りつつ、ゲーム開始直後にいた桜舞い散る広場へと到着した。その広場の一部に石畳の地面が追加されており、その上には魔法陣のような何かが描かれている。
「これ、なんだろうね」
「危険かもしれないけど、乗ってみる?」
明らかに怪しい魔法陣に2人は躊躇しているようだ。僕もこれ以外の道があればそちらを優先したかもしれない。しかし、危険であればペナルティを受けても問題が少ない初日に乗っておくべきかな。
「僕も乗ってみるべきだと思うな。どうせ他に道はないからね」
「そうだな。2人とも乗ってみようか」
「うん」
仮にこれが入り口だとすると、やはり転移的な移動方法になるのだろうか。そうなると転移先でパーティがバラバラになる可能性も検討しておくべきかな。魔法陣を踏んだタイミング、転移先ランダムなどなど、いろいろとありそうだからね。
「リンカさん、アオさん。2人とも手を繋いでおいてね。もしランダム転移系だった場合、その方がまだ安全だと思うから」
「確かに。それならユウ君も」
左手でリンカさんの手を握ったアオさんは、そう言って右手を僕の方へと差し出してきた。
5日間ともに過ごしたとはいえ初対面に近い男性の手を握るのはどうかと思い、僕は1人で踏み込もうと思っていたのだが、どうやらそれは許してくれないらしい。リンカさん相手ならばやり過ごそうとも思っていたが、アオさんは僕の考えを読み当てているようなので手を繋ぐ他ないだろう。
「ありがとう」
やり過ごすのを諦めて差し出されたその手を握る。
暖かいその手に、少し嬉しくなってしまう。差し出されたからとはいえ、僕から姉さん以外の人の手を握ったのは何年ぶりだろうか。
「それでは踏み込もうか」
リンカさんの言葉に、3人とも魔法陣の上へと足を踏み入れる。そして足が地面に、魔法陣に触れた瞬間、風景が一変した。