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016-選択04

 食堂の一角。注文した料理をテーブルに置き、アリサさんの対面へと座る。

 

「アリサさん、錯覚とは面白いことを考えますね。しかし、それでは足りなかったようです。そして、あなたも関係者だったのですね。それに僕のこともご存じだったようで」

 

 僕に手を伸ばしたリンさんは"一歩を踏み出して"僕の上へと倒れ込んできた。おそらく、僕の容姿からゲームの世界を錯覚してしまったのだろう。自分の容姿がそれ程に珍しいことは理解している。

 ゲーム内でのリンさんであるリンカさんは手や腕と比べて足を動かし始める動作だけが僅かに遅く、日常動作ほどその傾向が強かった。そして一度動かし始めた場合はその動作を終えるまでは問題なく動かせていた。それ以外の些細な行動なども考慮すると、現実世界のリンさんは足を動かせない可能性がとても高いと考えられた。

 そして姉さんの普段の行動から医学的に完治していることが分かる。もし医学的に完治していないのであれば、姉さんは全力で治そうとしているはずなのだから。

 そうなると考えられるのは、精神的な問題で足が動かない可能性。

 そうであれば今回のアリサさんの行動は僕にとっても嬉しいものだ。おそらく姉さんは同じ考えに至っていただろうが、それを僕に頼むことはしたくなかったはずだから。

 

「ええ、少年のことは知っていました。騙すような形になってしまい申し訳ありません」

 

「いえいえ、あなたの気持ちは分かりますのでお気になさらずに」

 

 どうしてもリンさんに僕を会わせたかったために騙すような行動を取っていたのだろう。きっと、この人は基本的に嘘を付くような人ではない。僕について知っていたことを躊躇なく明かし、関係者かどうかについては肯定も否定もせず答えなかったことからもそれが分かる。

 

「それにしても少年、少女1人くらい支えられないでどうするのですか?」

 

「アリサ、それは仕方のないこと」

 

「確かに体格差を考えれば仕方のないことだとは思いますが、少年ならば支えることができたのではありませんか?」

 

「違う、そこじゃない」

 

「いえ、あれは僕が悪い。確かにアリサさんの言うとおり支えることは可能でした」

 

 一瞬だけ躊躇した僕が悪い。躊躇さえしなければ支えることはできていたのだ。しかし、無意識に避けないようにすることで精一杯だった。

 

「少年、あなたはあれだけでも十分に頑張っていたといえる。気にする必要はない」

 

「ありがとうございます」

 

「……どうせ説明はしてくれないのですよね」

 

「見ていなかったアリサが悪い。アリサならば十分に気づけていた」

 

 まあ、アリサさんの場合は仕方ないだろう。僕よりも、全体よりもリンさんを見ていたかっただろうからね。

 

「私でも気づけていた内容でしたか。それならば、次は逃さないように見ておきたいですね」

 

「頑張ってください」

 

 僕から教えるつもりはないので、もし知りたいのならば頑張ってもらうしかないだろう。

 

「そういえば、なぜリンはあなたを少女だと思っていたのでしょうね」

 

「アリサ、少し少年の容姿を見直した方がいいと思う」

 

「……どこからどう見ても少年にしか見えませんが?」

 

 どうやらアリサさんには少年に見えているようだ。

 

「少年、少しお願い」

 

「分かりました……アリサさん、これでどうでしょうか?」

 

 今の瞬間から少女に見えるように振舞っているだけ。それだけでアリサさんには少女に見えてしまうだろう。

 

「……確かに少女に見えますね。私はなぜ、この容姿をした彼を少年としか見えなかったのでしょうか」

 

「僕は様々な要素が合わさって、情報がない状態では望まれている性別に認識されるのですよ。きっと、アリサさんは真実を望んでいたのでしょうね。そしてリンカさんの場合ですが、きっと僕によく似ている姉さんを知っていたために、望む望まない以前の問題で姉さんと同じであると認識していたのですよ」

 

 リンさんとアオさんの2人が姉さんを知らない状態で僕と出逢っていれば、きっと男性と認識していただろうね。そしてアリサさんも既に姉さんを知っていたようだが、それ以前に僕を見かけていた可能性が高そうなので情報の有無による判断は難しいところだ。

 

「あなたは?」

 

「私はそのままを見つめる。だから少年と認識しつつも少女に近い容姿をしていることを最初から認識できた」

 

 昔から少しだけこの傾向はあったのだけど、結局はアレが原因なんだろうね。僕が1人の少女と白い人に救われた、あの出来事……。

 

「少年、蕎麦を少しもらっても構わない?」

 

「ありがとうございます。構いませんよ」

 

 感謝の言葉を告げて、白い人に蕎麦が乗ったトレーを渡す。

 この行動、きっと僕があの出来事を思い出しそうになったから、だろうね。そして表情に出したつもりはなかったので会話から予想して、かな。いや、この人ならば表情や動作から読み取られたとしても不思議ではない気がする。

 

「……もう聞くのはやめておきます。おそらく教えてくれないのでしょう?」

 

「その通り。アリサのハンバーグもちょうだい」

 

「嫌ですよ」

 

 そう言い、ハンバーグが乗ったお皿を白い人から少し離したアリサさんだが、これは適切な判断だと思う。おそらく、アリサさんではあの人からハンバーグを守りきれないからね。

 そんな楽しいやりとりを見たり、少し会話を行いながらも食事を終えた。

 そして2人とは食堂で別れて自室へと戻り、1人ログイン時間を待つことに。

 

 

 

 時刻は4時間近。ゲームを続ける意思表示と次のログインを行うために、ログイン部屋へとやってきた。

 

「やはり参加されるのですね」

 

 部屋に入るなり、既に待っていた枝幸さんからの言葉。可能性は低くても、幼い僕達に重荷を背負わせない方を望んでくれていたのだろう。その気持は僕にとって嬉しいものだ。

 それでも、参加しないわけにはいかない。

 

「はい。世界が滅びてしまうと困りますからね」

 

「……分かりました。それではカプセルへ入り、ヘルメットを装着してください」

 

 指示通りカプセルの中に入り、ヘルメットをかぶる。

 

「それでは、起動します。辛くなればいつでもログアウトを選択してくださいね。私達は、いえ、少なくとも私だけはその選択を責めません」

 

 この状況ならば私達はと他の職員も含めてもいいだろうに、自分だけはと約束できる範囲だけを伝えてくれる。その言葉は他の人を含めた言葉よりも信じられる。

 

「ありがとうございます。それでは頑張ってきますね」

20150423:

誤字を修正しました。

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