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015-選択03

 楓とともにドアから出ていく2人を見送る。

 それにしても、ユウさんが後ろ手に持っていた帽子が気になってしまった。先ほどまで外にいたか、これから外に行く予定だったか。それならば不思議ではないのだが、そうでなければ室内でも帽子を持ち歩いていることになる。帽子が好きだから、ファッションで、ならば問題ないのだが、もしかすると彼女はあの珍しい容姿を気にしているのかもしれない。そうであれば、少なくとも私の前では気にせずともいいように振る舞いたい。私と彼女は友達なのだから。

 

「凛ちゃんって結構大胆だったんだね~」

 

 そんなことを考えていたところに、楓からそんな言葉がとんできた。

 大胆とは何についてだろうか。先ほどの出来事を思い返してみるが、まったく見当がつかない。

 

「なぜ、私が大胆なんだい?」

 

「なぜって、男の子に抱きついたばかりか胸まで押しつけていたからだよ?」

 

「男の子? それはいつの話だい?」

 

 男の子に抱き付いた覚えはないし、胸を押し付けた覚えもない。もしかして、楓がたまに行う言葉遊びなのだろうか。

 そう考えていると、楓がとても楽しそうにこちらを見つめながら衝撃の言葉を告げた。

 

「ふふ。さっき、ユウ"君"に抱きついて、頭に胸を押しつけていたよ」

 

「え?」

 

 ユウ、"君"。楓は今、そう言わなかったか。ユウさんは楓の妹で、ユウ君で……あれ。

 

「だから、私の弟で男の子であるユウ君に、凛ちゃんが抱きついたばかりか胸まで顔に押しつけていたよ」

 

 とても楽しそうにこちらを見つめたまま、楓は再度衝撃の事実を告げた。

 その言葉に空回りを続ける頭が徐々に事実を理解し、顔が熱くなるのを感じる。

 つまりユウ君は楓の妹ではなく、弟。私が抱きつき、胸を押しつけていたのは楓の弟であり男の子。そしてその男の子に対し、私は一緒にお風呂に入ろうと提案し、一緒に寝ようと提案した。

 

「凛ちゃん、顔が真っ赤だよ~。もしかして、一緒に寝ようとか言わなかった?」

 

 楓の楽しそうな声が耳を通り抜けるが、それどころではない。私は何てことを言ってしまったのだろうか。

 

「あ、もしかして一緒にお風呂に入ろうとか言っちゃったのかな? いや~、それは早いと思うよ?」

 

 なおも続く楓の楽しそうな声に、さらに顔が熱くなるのを感じる。楓は絶対に楽しんでいる。それに先ほどの会話を思い出してみると、アリサさんも含めて3人ともが、私がユウ君を少女だと思っていることを理解した上で会話していたのが分かる。確かにユウ君は楓と同じくらいに"イイ性格"だし、2人があの時の楓にそれはないと言っていたのも理解できた。

 

「う~ん、お姉ちゃん困っちゃうな。さすがに少し早いとは思うけど、大好きな凛ちゃんの恋路は邪魔したくないし……。どうしたものかな~」

 

「楓?」

 

「どうしたの、凛ちゃん。笑顔だけど怖いよ」

 

「最初から楽しむためにユウ君のことをユウちゃんと呼んでいたな?」

 

「当然だよ! 私が楽しむ機会を逃すわけないじゃない!」

 

 そう、楓はこういう性格だった。楽しむ機会を逃さず、絶対に楽しむ。まるでこちらの心を読んでいるかのような正確さで実行されるそれから私が逃れようとしても無駄だったんだ。

 それに少年を少女と間違えていた私が一番悪い。それは間違いない。気づいたならば教えてくれればと思わないこともないが、きっとユウ君は気づくまで待っていてくれたのだろう。楓と似た性格ならば楽しんでいた可能性を否定できないが、きっとそうだと思っておこう。

 

「凛ちゃん、ユウ君のこと嫌いになった?」

 

 うってかわり真剣な声でそう問いかけてきた楓。

 確かに私の反応を楽しんでいたのかもしれないが、それは気づかなかった私が悪いだけ。それに彼は一緒にお風呂に入ることも、寝ることも理由をつけてまで断ってくれていた。彼が男の子だと知った今だからこそ、それが理解できる。

 

「少し恥ずかしい姿を見せてしまったが、それだけで嫌いになることはないよ」

 

「うん、それは良かった。ユウ君はね、きっと言えなかったんだよ。僅かな可能性でも、男の子と一緒に暮らすという理由で凛ちゃん達に嫌悪感を抱かれるのが怖かったんだよ」

 

 確かに男の子と同じ屋根の下で5日間過ごすことに嫌悪感を抱く人もいるだろうが、私はその程度で嫌悪感は抱かない。しかし、僅かな可能性ですら恐怖するほどにユウ君と仲良くなりたかったのだろうか。そうなると、ユウ君はそれ程に私を知っていたのだろうか。

 

「……楓、ユウ君は私をそれ程に知っていたのかい?」

 

「凛ちゃん、ユウ君はきっと最後まで私との関係を明かさなかったでしょう?」

 

「確かに一番最後、ログアウト直前に明かしてくれた」

 

「きっとそうだと思ったよ。なぜそのタイミングだったか、凛ちゃんには分かる?」

 

「その直前まで私達が楓の知り合いであると確信できなかったからじゃないのかい?」

 

 最初から気づいていた様子ではあったが、それでも確信するには長い時間を要するはずだ。

 

「ユウ君は最後まで決めかねていたんだよ。凛ちゃんと碧ちゃん、2人と出逢うかどうか。優しすぎるあの子は、自分が嫌われることで私が凛ちゃん達に僅かでも嫌われる可能性を避けていたんだよ」

 

「ユウ君を嫌う要素はなかったと思うが、もしかして性格が悪かったりするのかい?」

 

 まだ5日間しかともに過ごしていないので詳しくは分からないが、ユウ君の性格に難があったとは思えない。

 

「違うよ、そうじゃない。あの子は私にとって世界で最も優しい相手であり、数多の隣となれる存在。それでもね、あの子が嫌われる要素は存在してしまうんだよ。あの子が隣には立てても、あの子の隣には立てない」

 

 楓の言葉の内容がまったく理解できない。真剣に伝えてくれているのは分かるのだが、その内容を隠している。

 楓はたまに言葉遊びのように内容を隠して私に考えさせるような言葉を使うが、その多くは遊びでしかないのだ。しかし、今の楓が遊びで内容を隠しているとはとても思えない。

 

「それでも、あの子が一歩を踏み出してくれたことを私は嬉しく思うよ」

 

「楓、説明をお願いしてもいいか?」

 

「独り言だから気にしないで」

 

 やはり自分で考えろと、自分で答えを見つけ出せということなのだろう。そして、楓は私が答えを知ることを望んでいるが見つけることを強要していない。きっと私が知りたいと思わなければ、それでも構わないと考えている。

 

「おっと、そろそろ皆が来るころかな。今日は何だが口が滑ってしまいそうだよ~。不思議だよね~」

 

 うってかわり楓の声はいつもの調子へと戻った。この話はここで終わり、そういうことなのだろう。それならば、じっくりと考えることにしよう。楓の望みを叶えるために、少しでも楓に恩を返すために。

 

「楓、何を言うつもりだい?」

 

「そうそう、凛ちゃん。ユウ君のこと女の子だと思っていたことに関してはあんまり気にしないでも大丈夫だよ。ユウ君は気にしていないからね。私を先に知っていた、その事実がなければ、きっと凛ちゃんならユウ君を男の子だと認識できていたはずだから。それよりも、次のログイン時にユウ君のことを抱きしめて、胸を押しつけてしまった男の子だと認識しちゃうことについて悩んだ方がいいよ。ふふ」

 

 楓が楽しそうな声と表情から発したその言葉に、再び顔が熱くなるのを感じる。

 

「待て、楓。まさか皆に話すつもりではないだろうな?」

 

「大丈夫、安心していいよ」

 

 楓の楽しそうな声にまったく安心できない。これはきっと話すのだろう。まあ、皆と楽しめるのならばそれもまた良いか。

 

「ふふ。まったく安心できないよ」

 

 

 

 **********

20150428:

誤字を修正しました。

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