012-曇りのち晴れのチュートリアル11
練習を終えた2人に僕の従魔魔法について、判明したことを説明した。
「気にするな、とは言わないが落ち込むことはないぞ。ユウさんは魔法銃だけでも十分に戦えているんだ、ゆっくりと条件を探していけばいいさ」
「そう。私も技能が1個、使えるようになっただけで他は変わらない。これから強くなっていけばいい」
確かに魔法銃でアオさんと同等程度には戦えていたが、それは技能がない時のこと。そして、スキルレベルが上がり始めたらさらに差は広がるだろう。2人ともそれを分かっていてこの対応をしてくれる。相変わらず優しい2人だ。
次に2人のスキルの詳細を聞いてみたところ、スキルレベルは1。そして、一定条件を満たす武器を使用しており最低技量未満の場合はシステムアシストが働くことに加えて、最初から技能を1つ取得していたようだ。
リンカさんのスキル、刀の初期技能は<<振り下ろし>>。刀をまっすぐに振り下ろすだけの技能らしいが、素早く正確にまっすぐ振り下ろすので相当な切れ味になるらしい。MP消費は低いようなので、使いやすそうな技能だ。
アオさんのスキル、弓の初期技能は<<溜め>>。使用後に1度矢を放つまでの間に弓を引いている状態で継続してMPを消費しつづけ、放った時の威力を上げる技能らしい。攻撃チャンスが少ない弱点への一撃や、狙撃で一撃必殺を狙う場合に役立ちそうな技能だ。
朝食を食べ終え、さっそく探索へと出かけた。探索場所は昨日とは逆側だが木に実っている果実も、なぜかある畑の野菜も、出現する魔物も変わりはない。昨日探索した方向もなのだが家から離れるほど魔物の出現数と出現頻度が多くなっているので、おそらく方向は関係なく家からの距離だけが関係しているのだろう。
そして初期技能を知った2人の戦闘だが、あまり変わりはない。リンカさんは狼相手に一度だけ真横から技能を試したが、それ以降は使用していない。弱点を斬れば一撃であり、真横から技能を使用しても一撃で倒せないとなれば、容易く弱点を狙えるリンカさんにとって新たな魔物が出現しない限りは使う機会はないだろう。
次にアオさんの<<溜め>>だが、狼相手に溜めている時間はないし兎は通常の攻撃でも一撃で倒せているので、こちらも新たな魔物が出現しない限りは使う機会がない。
これは2人が強いのか、魔物が弱いのか。きっとその両方なのだろう。そうなると次のログインあたりで新たな魔物が追加されるのかもしれない。あまり足手まといになりそうな状況を願うのではどうかとも思うが、魔物の追加はあった方が嬉しいとは思う。このゲームは剣と魔法のファンタジーなのだから。
特に変わったこともなく5日目の夜。食料の貯蔵も十分であり、魔物も狼が5体程度ならば余裕で倒せるようになった。これで次のログイン時に魔物が追加されたとしても対応がしやすいだろう。しかし、従魔魔法は依然として使用できない。魔法銃でも十分戦えているので現状で無茶をしようとは思わないが、それも次のログイン時にはどうなるか分からないので早くに解決したいとは思っている。種族レベルやスキルレベルも上がっていないが、それらに関してはリンカさんとアオさんの2人も上がっていないようなので現状では上がる要素を満たせない、あるいは満たせていないだけだろう。
そして夕食後の風呂の時間。あとは風呂に入って眠って明日の朝、ログアウトの時間を待つばかり。
「2人とも、今日は最後の日なのだから一緒にお風呂に入らないか?」
「私は構わない」
僕は構います。当然だが一緒に入るわけにはいかないので、ここは用意していた逃げ道を使おう。
「僕は遠慮しておくよ。一応魔物が襲ってきた場合に戦える戦力が待機していた方がいいと思うからね。最後の日だからこそ、油断はしたくないんだ」
「確かに、その可能性もあるのか」
「考え過ぎだとは思うけどね。だから2人はゆっくりとお風呂を楽しんでくるといいよ」
それにしても、アオさんは少し大胆すぎないかな。僕の性別について既に気づいており、確認のために拒否しなかったのだろうとは思うが、仮に僕が頷いたらどうしていたのか。おそらくシステム的に何かしらの対処があると信じたいが、両人が同意していた場合は対処が無効になる可能性もある。ここまでリアルなゲーム世界を作れてしまう技術力ならば、その程度はできても不思議ではない。
「ありがとう。リンカ、入ろう」
「ああ。ユウさん、ありがとう。お言葉に甘えて2人で入らせてもらうよ」
こちらを見たアオさんが少し笑っていた。やはり先ほどの言葉は確認であり、僕の性別について完全に気づいたのだろう。そして、それでも何も言わずに笑ってくれた。
……僕は恐怖していたのだろうか。2人ならきっと僕に嫌悪感を抱かないと知っていた。それでも僅かな、ほんの僅かな可能性に恐怖していたのだろう。姉さんの友達である2人だからこそ……いや、違う。これは確実におかしい。リンカさん相手ならば分かるが、アオさん相手にここまで恐怖することはないはずだ。アオさんがリンカさんの友達でもあるから、それだけの理由では納得できない。
やはり、あのアオさんの反応からも双方が忘れているだけで出会ったことがあるのかもしれないが、ここまでの存在を僕はなぜ忘れているのだろうか。もしかしたら最近の違和感はそれに関係しているのかもしれない……。
2人が風呂に入っている間にサポちゃんから気になることを聞いておくことにした。おそらくリンカさんであれば次の一手としてあの提案をしてくることが予想できるので、それに対する逃げ道に使える可能性を考えてのことだ。
(サポちゃん。さっき僕が頷き、一緒にお風呂に入った場合はどうなっていたのかな? システム側で何かしらの対処をしてくれたのかな?)
『……なぜ対処が必要なのですか?』
求めていた内容とは違う返答に、自分の認識が間違っていたことを思い知る。これは確認しなければいけないことが増えてしまったようだ。
(サポちゃん、君は僕の情報をどこまで得ているの?)
『マスターの視覚、聴覚情報と私を対象とした会話情報しか得ていません。そのため、マスターに見えていない情報はたとえマスターのステータスだとしても知ることはできません。そして一部の場所、たとえばお風呂場などではマスターの視覚、聴覚情報も得ることができず、今のような私を対象とした会話情報しか得ることができません。ちなみに心の中で呼ばれた場合に関してですが思考を読んでいるのではなく、システムが私に通知をしてくれているだけですのでご安心ください』
やはりプレイヤー依存の情報しか得られないのか。従魔魔法の説明の時に僕が行動してから情報を得ていた様子だったので、その可能性は考えていた。それでもアバター情報は知っていると思っていたが、甘く考え過ぎていたかもしれない。
(僕の性別は男だよ。たとえばリンカさんが一緒に眠ろうと言ってきた場合に、僕が肯定して一緒に眠ろうとした場合は何らかの対処をしてくれるよね?)
『……あの2人はマスターを女性と認識していると思っていましたが、その認識が間違いだったのですね。問い合わせてみますのでお待ちください』
確かに2人の会話や行動だけを見ていると、僕は女性としか思えないだろう。これは仕方のないことだ。
『問い合わせたところ、楽しそうだから対処はしないと返答がきました。問い合わせ先がおかしいのでしょうね、きっと』
(問い合わせてくれてありがとう)
個別対処の管理まで行っているとは優秀なことだ。それはいいとして、これでは対処を逃げ道の一部として使えない。そうなると予定していた逃げ道を使うことになりそうだ。2回も連続で断るのは少々気が引けるが、僕の性別についてリンカさんに明かすのは次のログイン時が良いと思っているので仕方ない。いや、僕から明かす必要はないか。きっとログアウトの間に、ね。
「ユウさん、一緒に寝ないか?」
風呂から上がって広間に来たところで、リンカさんからこんな言葉がとびだしてきた。2人が風呂から上がって来た時の様子から、アオさんがリンカさんに僕の性別について明かしていないことは知っていたので予想通りではある。そしてアオさんがリンカさんに明かしていない理由に関してだが、おそらく僕が明かすまで待ってくれているのだろう。僕が頷くようなことがあれば止めるのだろうが、それまでは待っていてくれると、そうなのだろう。
「アオさんと一緒に寝ないの?」
「3人一緒に寝ればいいと思う」
アオさんがどんな反応をするか気になり聞いてみたが、やはり僕が断ることを前提に考えているようだ。楽しそうに笑うその表情からはそうとしか考えられない。ここで頷いて反応を見たい気持ちもあるが、状況しだいでは本当に一緒に眠ることになる可能性があるのでやめておく。
それにしても、なぜこの家のベットはぎりぎり3人で眠れる大きさなのだろうか。あと少し小さければベットの大きさを理由に断ることができたというのに。
「そうだよね。リンカさん、ゴメンね。連続で断るのは悪いとは思うのだけど、今日の夜はログアウト時に眠気を引き継ぐかどうか試すためにずっと起きていようと思っているんだ。だから今日のところはアオさんと一緒に眠っていてほしい」
「いや、謝る必要はないよ。こちらがお願いしているだけなんだから、ユウさんが気にする必要はない。ところで、その言葉だと次のログイン時には一緒に寝てくれると考えて良いのかな?」
「そうだね。次のログイン時の夜にリンカさんが一緒に眠りたいと考えていてくれるなら、その時はお願いするよ。僕は決してリンカさんと一緒に眠りたくないわけではないからね」
長き時をともに過ごし、一緒に眠っても問題ない状況ならば僕は断らなかっただろう。しかし、今は出会って5日目であり性別さえも明かしていない。そんな状況で、騙すような状況で頷くのはいろいろと問題がある。一般常識でも、僕としても。
「ありがとう。その時はあらためてお願いするよ。それではアオ、今日は一緒に寝ようか」
「うん」
「2人とも、ありがとう。おやすみ」
「ああ、おやすみ」「おやすみ」
『さあ、もうすぐログアウトの時間だよ! 皆、5日間の共同生活は楽しんでもらえたかな?』
午前10時5分前。3人で広間に集まりログアウトを待っていたところ、進行ちゃんの声が頭に響いてきた。
『ログアウトは10時ちょうど。次回のログイン場所は家の中で固定だから注意してね。それじゃあ残りの時間も楽しんでいってね』
家の外に何かを追加するために、次回のログイン場所が家の中で固定なのだろうか。まあ、それは次回のログイン時に分かるので楽しみにしておこう。
「あと5分だね」
「ああ。5日間、いろいろあったが楽しかったよ」
「うん、私も楽しかった」
2人とも5日間のことを思い出しているのか、それ以降の言葉はない。
(サポちゃん、4日間サポートしてくれてありがとう)
『いえいえ、それが私の役目ですので』
(また機会があったら、その時はよろしくお願いね)
『はい。また機会がありましたら、その時も頑張りますね』
サポちゃんへ別れの挨拶を終え、ログアウトまで残り僅かとなった。最初は伝えるつもりはなかったが、この2人相手ならばいいだろう。
「2人とも」
2人の視線が僕へと向く。
「いつも姉さんと仲良くしてくれてありがとう」
言葉を終えた瞬間、ちょうど視界が黒く染まった。
次のログインの時に僕はどう見られるだろうか。2人とも、楽しみにしているよ。
20150423:
誤字を修正しました。