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 8/不幸は、誰かに運ばれる


「ふんふーん」


 どうも迷宮を探索する空気じゃない。

 これじゃあまるで遠足だ。緊張感がないままにオレはミナとレヴィアと共に進んでいく。


 オレとしては『綺麗い(、、、)』と『可愛い(、、、)』を両手に歩けるなんて嬉しい限りなのだが、


「ミナを視姦するなよ(ゴミ)

「……してねぇよ」


 綺麗い(レヴィア)の方は毒しか吐かない。もうやだ。なんかミナがやって来てから余計に機嫌悪いんだよなぁ。


「どうして来たの……ミナ」


 不満そうにレヴィアが呟くと、


「だってぇ、レヴィアちゃんだけズルくない? いつもなら連れて行ってくれるじゃない」

「それは、そうだが――」


 チラリと横目でオレを見る。


「こんな不審な男とミナを一緒にしたくないんだ」


 誰が不審じゃ。


「ダメだよ」


 レヴィアの前に立って、指を立てて叱るようにミナが言う。


「それならわたしだってレヴィアちゃんを独りでマトミくんと一緒にさせるようなことはしないよ?」


 なんて今度はミナがオレをチラリと見た。


「わたしは、マトミくんのこと大丈夫だと思うけどね」


 なんてニコっと笑って言ってくれる。何一つ、オレは自身の存在を証明できるモノが無いというのに、そうやって信用してくれてるのは本当にありがたいことだと思う。


「どうして、そう思うんだ?」

「どうして? そんなの解らないよ、でも、レヴィアちゃんがまだマトミくんを殺してないって時点で、それが答えなんだと思うよ」


 おい、今、何か恐ろしいことを口にしなかったか?

 レヴィアがオレを? いや、殺されそうにはなったがまだ手は出されていないし、当然ながらオレから手を出そうなんてしない。


「……レヴィアちゃん、男のヒト苦手だから、ちょっとでも変なことしたら大変だよ? それにすごく強いしね」


 と、ミナが教えてくれるが、同時にレヴィアはミナの口を塞いで喚いていた。顔を少し赤くされて、聞かれたくないことを聞かれたような……なんだか可愛かった。しかし、オレに対して態度が悪いのはそういうことだったのか。


「私は単純に貴様が嫌いだがな」


 なんかめちゃ憎悪篭ってるんですが――


「全く、会長もどうしてミナを行かせたのか……迷宮は危険だというのに」

「まぁ、まぁ……別にいいじゃねぇか。お前が守ってやればいいだろ」


 レヴィアはさっきのスライムを瞬殺していたことだから普通に戦えるのだろうが、ミナはなんというかこういう場所が似合わないというか、マスコット的な立ち位置に見える。ほわんほわんしてるというか、ノリが軽いんだよなぁ。


「いたぁー」


 何も無いとこで転んでる。やっぱりレヴィアとは不釣合いだ。どうして似つかないこの二人がこんなに親しいのやら。


「ミナッ!」


 レヴィアが転んだミナに向かって猛ダッシュ。何をそんなに焦っているのやら。なんだか過保護なレヴィアが見ていて面白かった。


「……やっぱり」


 レヴィアがゆっくりとミナの手を引っ張って、服装に付いた埃を叩いて落としていた。そして小さな声を上げて、納得していた。


「大袈裟じゃね?」

「行くぞ……」


 オレを無視してレヴィアは前へ。ミナを庇うように、誰よりも先に。


「お、おい……」


 様子がおかしい。急ぐように先へ進んでいくレヴィアに異変を感じたオレも歩む速度を上げる。


「うわぁッッ!!」


 轟くように、眼前に炎の壁。止まらねば焼き殺されていたことだろう。


「何しやがるッ!」


 やはりこの女、オレを殺すつもりなのか?


「気をつけろ」

「な、なにがだよ……」


 レヴィアが地面に向けて指差す。そこには溶けて鉄塊が転がっていた。


(トラップ)だ……回転刃が射出された」

「お、おお……」


 炎の壁に遮られたから見えなかったものの、本当ならば回避行動を取らなければならなかった。だが避ける自信は正直ない。


「話が変わった……とりあえず迷宮の攻略を最優先だ。貴様のことは後回しで良い」


 唐突に目的が変更される。これは迷宮を進むことでオレに自身の環理(スキル)を使用させてどんな能力かを判断するためのものだったはず。

 しかしミナが来てからのレヴィアは態度も様子も変わっている。どこか焦ったように見えた。しかしその反面、ミナは何が起ころうとも心が揺らぐことはなく笑顔のままオレたちに付いて来る。


「教えてくれ……どういうことだ?」

「関係ない」


 拒絶。


「関係なくていい、ただ……オレが原因でこうなってる。一切合財、説明しろとは言わねぇよ――」


 オレは部外者。レヴィアのこともミナのことも知らない。

 どうしてレヴィアが焦っているのかも、知る必要は無いのかもしれない。だけど、


「だけど、オレのせいでお前らに迷惑かけてるってのは……解ってるんだ。だから、少しでも役に立ちたいんだよ」


 異物がこの世界に混入されて、混乱する前に……レヴィアは動いた。

 そしてこの蓋の中に閉じ込めて、答えを探そうとした。オレが、安全であるかを。

 口は悪い、心は汚れて、オレに毒を吐く彼女――だけど、この女は本当にこの世界のことを考えている。だから、オレと同伴している。


「……役に、か。自分の環理が何なのかさえ解っていないのにな」

「それに関してはぐうの音も出ねぇけどよ……」


 自分自身のことさえもろくに説明も出来ない分際かもしれないけれど、それでもオレだってオレのことが知りたい。こんなところで立ち止まっていられるか。


「ミナの動きには気をつけろ」


 レヴィアは淡々にそう言った。言われた通りにミナを見ればオレたちの後ろでルンルンと鼻歌を歌いながら歩いていた。


「ああ、あれだけ足元見ずにステップ刻んでたら、いつか転ぶな」

「いや、そうじゃない……」


 そして不安そうにレヴィアが視線を落とした。


環理(スキル)について……貴様はどれくらい知っている」


 どれくらいと聞かれても、オレが知っていることは何もない。教えてもらったことしか知らない。だからオレは首を横に振ることしか出来なかった。

 わざとらしく嘆息を漏らすレヴィアだった、それでも手の上で炎を出して、


「環理には色がある……これは知っているな。だが色とは別に大きくまた二種類に分けることが出来るのだ」


 色そのものは使用する能力の効果が解る。

 だが、環理には二つのタイプが存在している。


 それが【発現(はつげん)型】と【現象(げんしょう)型】である。


 前者はレヴィアが放出している炎。意志(、、)によって使用する力。敵を倒す為に爆発させる。守る為に壁を作る。そこに意思《、、》がしっかりと形成されているからこそ使用できる。


 だが、後者は逆。これは条件さえ満たせば意志など必要無く、意思が欠けていたとしても善悪の区別無く、自動で発動する無意識の力。


「ミナは指環の色こそ銀だが――」


 指環そのものは銀が普通である。レヴィアのように色冠(カラーリング)は強力な能力者であるからこそ身に着けているモノ。銀色の指環であるミナはレヴィアほどの力は持っていないのだろうが、


「ミナの環理は【現象型(、、、)】だ……」

「それはヤバいのか?」

「先程、ミナが転んだろう?」

「あ、ああ……」

「その後、どうなった?」


 ミナが転んで、レヴィアが駆け寄った。そのまま先にレヴィアが進んで――炎の壁を召喚した。トラップからオレたちを守る為だ。


「既にミナは不運から回避していた」

「は?」


 何を仰っているのか?


「自身に招く、不幸から逃れる……それがミナの環理」

「あの、悪ぃ……もうちょっと解るように教えてくれるか?」

「そうだな」


 環理の使用条件は二分されるのは【発現型】と【現象型】であり、ミナの持つ環理は【現象型】とされ、無意識、無自覚のままにただひたすらに事が起こる。


 本来ならばミナが罠に掛かるはずだった。だがミナに罠が襲い掛かることは無く、レヴィアとオレが罠に襲われた。レヴィアが炎の壁を出さなければきっと回転する(ノコギリ)に両断されていたことだろう。


「でもさ、それって偶々(たまたま)じゃないのか?」


 ミナは転んだだけだ。ミナより先に歩いていたのはレヴィアだったし、そりゃトラップが起動すりゃ最初に襲われるのはミナの前に立っているレヴィアやオレなはずだ。


「そうかもしれないな。私もそうであって欲しい……が、起動した罠は停止していた、としたら?」

「なんだよそれ」

「あれは本来、吊り天井で上から何か振ってくるはずの罠だった。しかしミナが転んだ拍子にそれは停止した」


 オレは見ていないが、レヴィアはしっかりと確認していたようだ。天井には大量の棘が生えていたのである。しかしそれは墜落してこなかった。そんな出鱈目。まるで世界でミナだけは死なないような――


「もっと怖いことを教えてやろう……あれは吊り天井が落下してからの続けて回転刃が壁に沿って飛んでくるという連続トラップだ。最初の罠が起動しなければ、起こらない」


 なのに、その罠だけがレヴィアとオレを襲ってきた。


「ミナ自身は脅威を回避しても、その次は近くにいる誰かは脅威に晒される――それが【不幸運び(ラックラッカー)】と呼ばれる……ミナの環理だ」


 笑顔のまま、どんな脅威が押し寄せようとも知らぬ間に、気づかぬままに回避する無敵の異能。


「まるで神に愛されているようだよ……幸運だけを選び取るように、ミナは不運から逃れてしまう」


 不幸を避ける力。


「だが、必ず……ミナが不運を回避すれば、そこにいる誰かが不幸になるという力だ」


 ミナが脅威を退ける度に、きっと誰かにそれが降りかかる。


「じゃあ……お前がミナと一緒にいるのは――」


「ん? ああ……ミナの環理で、誰かが不幸になってしまう。なら、私が守ってやらなければな。私なら大抵の不運など焼き尽くせる、もし自分の力で誰かが傷ついたらミナが悲しむだろう?」


 詳しいことははっきりと解っていない――ミナの環理で自身の不幸を回避した時、次にその不運が降り注ぐのが誰かなんて、だけどレヴィアがミナの近くでいれば最初にその脅威が降りかかるのがこれまでもずっとレヴィアだった。


「何かあっては困るから……会長に任せたのだがな。全く、あのヒトはどうして部屋でジっとさせておかないのやら」


 あのヒトの考えていることは解らん、なんて言って肩を竦めた。いや、そんなことはどうでもいい。それよりもオレはこのレヴィアって女がヤバすぎてビビってる。なんだこの善人。

 やべぇ……自分に降りかかる災厄なんてお構いなしに、こいつは誰かの為に動いてる。そのとき、オレは初めてレヴィアに敬意を表した。


「あのさ、オレの環理が何なのかはっきりしたら……オレ、お前の力になりたいんだけど、ダメか?」


 主人公にはなれないし、曖昧で、なんだかよく解らない存在(モノ)だけれど、オレはこっちの世界に来て良かったかもしれない。レヴィアのようにオレも誰かの力になりたいって純粋な気持ちが生まれたから、


「イヤよ」


 って否定かよッ!!!!


 折角、良い気分に浸って酔いしれたってのにこんなのおかしいぜ。

 やっぱり漫画やアニメみたく上手くいかないもんだ。不快感MAXの視線を浴びて、オレの最高潮だってテンションは冷めてしまった。


「貴様はさっさと自分の環理が何なのか理解しろ」


 仰る通りです。

 そういや環理には名前があるみたいだけど、


「……それじゃあレヴィアの環理にも名前はあるのか?」

「貴様には、言いたくない」

「ミナのは教えてくれたじゃないか」


 レヴィアの目を見開いて、オレを睨んだような気がした。


「失態だ……ミナの環理を貴様に教えてしまった――」


 レヴィアは見る見る青ざめ、うっかり口を滑らせてしまったことにショックを隠しきれない様子。オレは悪くねぇぞ、聞いてみたら答えてしまったレヴィアが悪い。


「ミナは知ってんのか? このこと……」

「知っている……さ」


 自分のせいで、誰かが不幸になる――なんて、辛すぎる。


「ってことはミナも指環をさっきの門の窪みに突っ込んで知ったのか?」

「いや、ミナは知っていたよ。知っているからこそ、私の前に現れたんだよ」


 そこからは聞いた話はミナは会長さんが連れて来たようで、そして自分の環理(チカラ)の危険性をミナに伝えたのだ。


「ミナの力は特別だ……私も色んな環理を見てきたが、異端すぎる」


 レヴィアの言い分はご尤もだ。ミナの持つ力を聞けば尚更。

 だが、それでもミナの環理は発動条件がはっきりしている。ならオレだってどうにかして理解できないだろうか――


「そうだ……環理(スキル)の使い方、教えてくれよ」


 手っ取り早いのはそれだ。使用方法さえ解ればどうにかなるんじゃないか? 説明書とかないのかよ? いや、さすがにそれは無いか。


「貴様は息の仕方を教えろと言われた時、どう教えるんだ?」


 何も言い返せなかった。そりゃあ詳しく言える奴もいるのだろうが、一々そんなことを言われても気持ちが悪いしな。


環理(スキル)というのは二つに分かれていると、言ったろう? ……【発現型】である私は、こうやって――」


 そうやって指先からライターから出る程度の火が噴き出す。


「炎を発現させたいと思ったから、こうして炎が出ている。だから、これ以上は言えない」


 それで、いいと思う。

 異能と共生する世界で、これはどういう原理でどうなっているのか――なんて訊くのは野暮だろう。つまらない質問をしてしまったと思う。


 だけど、使い方も解らないし、どうすりゃいいんだ。


「いや、一つだけはっきりしている……貴様の環理は【現象型(、、、)】だ」

「そうなのか?」


 聞き返したオレにレヴィアは額に手を当てて溜息を吐いていた。何か悪いことでも言ったのだろうか?


「さっきスライムに殺されそうになった……いや、殺されただろう? スライムの伸ばした触手は明らかに右肺と心臓を貫いていた。しかし、今の貴様はどうだ?」


 身体の傷は消え、服の破れも消え、最初からそんなものはなかったように。

 ここに来るまでもオレは何度か死に掛けているし、死んでもおかしくないようなことに巻き込まれていた。


 だが、それがなかったように、オレはこうして五体満足で生存している。


「傷が治るだけならまだしも、服まで直っているだろう? いや、それよりも本来ならば死んでいたはずの傷を負って尚、こうして平然としていられるというのはあり得ない」

「気がついたらこうなってんだから仕方ねぇだろ……」


 オレがどうにかしたわけじゃない。だが、そこで気が付いた。


「ああ、だから【現象型】ってわけね」


 オレが傷を負ったりする度になかったように治っていく。意思に関係なく、意志さえも無視して、ただ消失させる。


「どの程度の怪我まで治るのか、発動する回数などもはっきり解ればいいが……とにかく貴様の身体はどうしてか外傷を消してしまう」


 傷どころか痛みすら消えるからな。言葉に出来ないような耐えがたい痛覚が襲い掛かって来るはずなのに、いつの間にかそれすらも感じない。

 戦闘能力は皆無かもしれないが、まぁ、命あってだし……死なないってなら悪くは無い能力なのかもしれない。


「まだはっきりとはしていないがな……って、わけだ(ちり)になるまで燃やしてもいいか?」

「どうしてそうなるッ!」

「いや、肉片も残さずに燃やし尽くしても元に戻るのかと思ってな……気になるだろう?」


 そんなお前の好奇心で焼かれてたまるか。却下だ却下。死なないとしても、燃やされて本当にそのまま元に戻らずに灰や塵になったらどうしてくれる。


「ダメに決まってんだろ」

「そうか……残念だ」


 本当に残念そうな顔をしている。


「まぁ、いい……とりあえず貴様の環理がそういうモノだとして、先に進むぞ」

「あのさ、それでオレはどうなるんだ?」


 オレはレヴィアにとって安全なのか危険なのかそこをはっきりさせて欲しいわけだが。


「どうなる? そんな都合の良い環理があると思うか?」


 何かしらのリスクがある。

 レヴィアはそう言いたいのだ。そりゃそうだろう。ミナも自身に降りかかる災厄を回避できたとしても誰かが変わりにその身が危険に晒される。


「楽観視できない……が、とりあえず様子見と言うことにしておく」


 どうやらまだ答えは出ないようだ。


 そこからレヴィアが前に、オレの後ろにミナという順で迷宮を進んで行ってるんだけど、なんというか「もうあいつ、一人でいいんじゃないか?」状態で、レヴィアがモンスターもトラップも炎で焼き払っていった。


(オレいなくてもよくね?)


 これってオレの環理が何かはっきりさせる為のものじゃなかったっけ?

 とりあえず仮説だろうけど、オレは不死身(、、、)ってとこまでは落ち着いたけど、まだそれが本当の答えってわけじゃない。

 だけどレヴィアはオレを前に歩かせることもせずに、率先して先に進んでいる。


「マトミくん」

「ん?」


 後ろからミナについ声を掛けられて振り返る。


「マトミくんはわたしが怖くないの?」


 質問の意図が解らない。どちらかといえばレヴィアの方が遥かに怖い。


「レヴィアちゃんにわたしのこと聞いたでしょ? わたしの環理って、自分だけ嫌なことから逃げて、誰かにソレを押し付けちゃうんだ。そんなの卑怯だよね?」


 それを言ったらオレだってそうだ。


 でも、


「環理ってすげぇよな。いろいろあるんだろ?」

「え? うん、いっぱいあるよ。どれだけあるのか解らないぐらい」

「その中の一つがミナの環理だったってだけだろ? ……もしかしたらレヴィアみたいに炎を出せてたのかもしれないし、オレみたく傷がすぐに治ったりするヤツだったのかもしれねぇ。だからそんなの気にすんなよ」


 自分の力で誰かを傷つけてしまうってのは辛いかもしれないし、オレにはミナの気持ちを理解できないだろう。だけど、少なからずミナの環理を恐れていないヤツが一人いるのを知っているから。


「レヴィアを頼れ。オレはお前の力になってやれねぇけど、レヴィアならお前を助けてくれるさ」


 少なくともレヴィアがミナを見る眼はどこか優しげな気がしたから。


「あと、オレはお前のこと怖くないから」

「え?」

「ちょっと鈍くさいなってぐらいしか思ってないから」

「失礼だなぁー」


 と、頬を膨らませているミナ。まだ殆ど言葉を交わしたことがないくせに本当に失礼なことを言っているかもしれないが、どうもミナとは会話がやりやすいというか。


「失礼な貴様は灰に還るか?」

「……すんませんでした」


 拳を握ったまましかし人差し指と親指だけ立てて、それはまるで拳銃のような形をしていた。親指は撃鉄のように、それが落ちれば指先から炎の弾丸でも射出されるのか。


「レヴィアちゃんだって本当はマトミくんのこと嫌いじゃないのにね」

「何を言ってるんだミナ……そういう感情はこの男にはない。嫌いじゃないさ、憎いんだ」


 なんだよその嫌悪の最上位。

 

 レヴィアがオレに対する好感度は零でしかないと、いや、こいつに逆に親しくされる方が怖いんだけどさ。


「でもレヴィアちゃんが男のヒトに対してここまで親身になるとか珍しくない?」

「そうなのか?」


 レヴィアは横目でオレを睨んで、


「男は嫌いだな……あまり接したくは無い、同じ空気も吸いたくない。そして今回、貴様に接しているのは仕方なくだ。何者かさえはっきりとしていない貴様の正体をはっきりさせたいが為だけだ。それだけだ」


 もうここまで堂々と面と向かってボロクソ言われると腹も立たないというか、もうどうでもいいやって感じである。


「レヴィアちゃん、私は?」

「ミナは好きさ」


 よく恥ずかしげも無くそんなことが言えるなコイツ。


「えへへー。レヴィアちゃん暖かくてポカポカしてて私も好きー」


 なんて抱きついてる。女の子同士が抱き合ってる。いいね!


「や、やめろ……離れろ――」


 口は嫌々言ってるくせに、顔がニヤけすぎてて説得力無いです。でも、これは眼福ですねぇ。凶暴の限りを尽くしているレヴィアもミナの前ではどうやら牙を抜かれるようだ。


「そういやお前ら仲良いけど、あの会長さんといいどうやって付き合い始めたんだよ」

「え? わたしがレヴィアちゃんと会長ちゃんと出会ったのはねぇ――――」


 ガコン、と……オレの足元が沈んだ気がした。


「貴様……」

「これ、オレのせいか?」


 床の一つだけが沈んでは、ガチャリと音を立てて何かが起動した。トラップのスイッチを踏んづけてしまったのはオレだった。マジかよ……。


 背後で音が反響している。小さな音が少しずつ大きくなっていく。

 鉄球が転がってきている。古典的すぎる……これじゃまんま漫画じゃねぇか。


「走れッ!」

「言われなくとも……」


 レヴィアの声もまた転がる鉄球の音にかき消され、しかしオレたちはそんな鉄の球に圧殺されるわけにはいかない。


「ってか、レヴィアってここの迷宮のことも知ってるし次に何のトラップが来るとか手順知らないのかよ!?」

「入る度に迷宮の構造そのものが変わるんだぞ? そんな都合のいい話があると思うか?」


 全くもってファンタジーすぎる。どういう仕組みが気になるものだ。だが今は冗談も言っていられない。鉄球はオレたちを轢き殺そうとしているのだ。果てが見えるまで走り続けなければいけない。

 ただひたすらに直線。少しでも速度を落とせば死が待っている。


「貴様はどうせ潰されたところで問題ないだろう? ちょっと鉄球(アレ)に体当たりしてみろ」

「ふざけんな、痛いだろうが!」


 オレが本当にどんな傷でもなかったことにしてしまうとしても、だ。

 それでもその傷が生じた時に起こる痛みまでもなかったことにするわけじゃない。痛いのは嫌だと何度も言ってきている。喩え、その痛みが一瞬だとしても、痛覚は本当に勘弁して欲しい感覚の一つだ。


「レヴィアちゃん、あれ!」


 走り続ける中、声を上げたのはミナだった。指差す方に光が見えた。

 

 なんやかんやでオレとレヴィアのスピードについて来るミナもミナだ。やっぱここの世界の住人って普通に基礎体力がある方なのかな。ちなみに本当のことを言うと呼吸が荒くなって走る速度も少し落ちているのはオレだったりする。


「出口か!?」

「そのようだ……」


 息も絶え絶え、足も痛い。だけど、出口から射し込む光がオレに希望を与えてくれる。こんなところで死んでたまるかよ(多分、死なないと思うけど)


 もう目の前に出口が見える。やっと脱出できる。ぶっちゃけあまりオレは迷宮で何かしたわけではないのだが、それでもやっと出られると思うと気が楽になる。


 光に呑み込まれていくようにレヴィアとミナが消えていく。よし、オレもこのまま……、


「あれ?」


 地に足がつかない。そもそも地面が無いというか、床が消えたといいますか。


「なんで床が抜けてんだよぉおおおおぉッッッ!!」


 レヴィアとミナが走った時は何もなかったのに、なんでオレだけ?

 床が抜けた拍子にオレもその穴の中へ吸い込まれていく。なんかこれ前にもあったな……。


 見上げた時、ふとレヴィアとミナの顔が見えたがオレはそんな二人の顔を見つめたまま穴に落ちていくのだった。

 願うなら出来れば五体満足で着地できれば――なんて思ったのだけれど、無理だろうなぁ。


 痛いのだけは、ホント勘弁して欲しいわ。





















 今度はさすがに、死んだかな?


 そういや、レヴィアが鉄球を燃やしてしまえばこんなことにはならなかったんじゃ――――もう、遅いか。

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