5/きっと主人公には、なれなくて
生きてるが、死んだ。
と、矛盾。
生殺与奪の全てを左右していた会長さんから命の保障はされたわけだが、それでも失ったモノは大きすぎた。
ノートの内容は出来る限り読み解いたはずだ。
我ながらおぞましいほどの古傷の数々だと思った。途中、何度が頭を額に打ち付けただろうし、部屋を飛び出して窓の外へダイブしようとさえ思えた。
造語ならまだいい。一生懸命考えたのだろう。
技の名前も、武器の名前も、何かの影響を受けたのだろう。北欧神話よろしく神々ウェポン上等。みんな好きだろうし、今でもオレは大好きだ。
ただ、途中からSFまで混ざり込んで「誰だお前?」状態になっていた。世界観なんて完全無視で放置の用語集。それどうするつもりだよお前。
なんでいきなりエクスカリバーな感覚が続いてたってのに、オーパーツが横からしゃしゃり出てるんですか? 影響されたモノが容易に想像できてしまうのが辛い。
ほんと段々読んでいくにつれて、恥ずかしいというよりコイツ馬鹿だろって説教してやりたくなったよ!
……全部、オレが書いたモノなのにね。
そんなこんなで朗読終了。ついでにオレの人生終了。
と、なるはずだったが、会長さんは最後までオレの顔を見つめたまま、何度も頷きながら聞いてくれた。
茶化すこともせず、鼻で笑うこともしなかった。真面目に聞いてくれるから逆にキツいんだよ。
こんな妄想発表会、笑って聞いてもらった方がまだマシだ。それなのに、会長さんはメモを取ったり、質問までして来るから、もういっそ殺して欲しかった。
死にたくは、ないけどさ。
でも、長いような短いような……そんな時間の感覚さえも狂わされる悲劇は終わった。これでオレは自由だ。本当に、よく頑張ったよ。もう、ゴールしてもいいよね?
「これで、もう、いいか――」
クタクタだ。肉体を酷使したわけでもないのに、疲労困憊だった。もうこのまま眠ってしまいたいとさえ思えた。
そんな疲れきったオレの手を会長さんは両手でそっと包んだ。
「最後に一つだけ、教えて欲しいの……そこに描かれている男、かしら? どうすれば逢えるのかしら?」
それはオレが鉛筆で描いたヘタクソなキャラクター。唯一、オレの手でデザインされたものだ。
自作の小説の主人公。
俺TUEE系の無双大好きチートいっぱい最強無敵の自己投影の権化。でも、そんなものはいない。こいつはこの世界にはいないんだ。
主人公は、いない。
そいつの変わりに、オレが来てしまったから。
でも、
「わからない……ただ、どこにもいないと、思う」
根拠も証拠も無いけれど、それでもこの世界で本当は活躍するべき主役の座は失われている。
もし、こんなヤツが存在するのなら会長さんが知らないわけがない。今頃、オレの立てたプロット通りに話が進んでいるのならコイツはハーレム王国を築いていることだろうよ。
「……そう」
もっと噛み付いて来るかと思っていたが、思いのほか会長さんはそれ以上尋ねて来ることはなかった。
そして、
「ありがとう、色んなことを教えてくれて。本当に、ありがとう」
オレの話を聞いている間は、驚愕や関心とかそういったものを形にした表情をしていたから。
だけどこうして話が終わった頃には、彼女の表情はとても落胆しているようなものに見えたような。
感謝してくれているけれど、それはまるで世辞にしか聞こえない。そして彼女はわざわざワタシの我が侭を聞いてくれてどうもありがとう……と、また言った。
いや、それでいいんだ。
その方がいい。ドン引きしてくれた方がいいんだ。それがきっとぴったりだから。誰もがするであろう最も正しい反応だったからこそ、オレは酷く落ち着いてしまった。
こんな話を、真面目に聞く方がどうかしているんだ。だから、もうこれで終わりだ。
「お礼はするわ。貴方はワタシの願いを叶えてくれた。今度はワタシが貴方に払う番ね」
なんて会長さんはそっと服のボタンに手を掛けて、何をしやがるのかって突然脱ぎ始めたわけですよ。
オレ、視界に映る情報を処理しきれない。オレ、パニックおこしてさぁ大変。幾ら大人びた口調でも、見た目はオレの背丈の半分もない幼女。
そんな人形のように小柄な女の子が肩口まで衣服をズラして、黒い布の向こうから見える白い柔肌を前に、視線を逸らすことも忘れてつい見蕩れてしまった。
「だめぇ!! ダメダメダメでぇーす!!? なぁにやっとるかアンタは!!!!」
しかし、すぐに我に返れば会長さんとやっている不可解な行為を正すためにオレは叱咤するように声を荒げてそう言った。
「だけど、言ったでしょう? 報酬はワタシ。好きにしていいのよ? ね?」
いや、それは聞いた。
だけど、そういうのは冗談のままでいい。
「会長さんは、そうやって誰にでも肌を晒すのかよ?」
「そんなわけないでしょ、こんなことをしたのは初めてよ」
シレっとそう言って、なんでそんな落ち着いてんだよ。
肩までずり落ちて、やはりドレスと同じ黒い下着も見えて――だけど、オレはそんなの見たくない。きっと本当ならば展開的にはおいしいはずなのに、何故だかちっとも嬉しくない。
「いいから、服……着てくれ」
報酬は要らない。そんなもの欲しくない。
女の子がそう簡単に肌を見せるな。そりゃ見たくないと言ったら嘘じゃない。だけど、一方的に見せ付けてくるなんてなんだか残念だ。
硬派だ、と言うつもりはない。ただ、なんとなく、そう、なんとなくそれはダメな気がしたから。
「嫌なの?」
「そういうことじゃねぇ……って、うわぁッ!!?」
着崩れたままの会長さんの衣服の乱れを正そうと立ち上がれば、転がっていた縄を踏んづけてそのまま前のめりになって倒れてしまった。
痛みは、なかった。
何か柔らかいクッションのようなもののお陰で助かった。顔が埋って、前が見えない。ゆっくりと手を伸ばす。
「あっ……」
か細く甘い嬌声が聞こえたような――
上体を起し、体勢を整えてみれば、そこには目をパチクリさせて唖然としたままオレを見つめる会長さんの顔がいっぱいに広がった。
小さすぎる身体を越える質量が落下してきたのだ。驚くのも無理は無い。
だが、驚いているのはオレも同じだ。
会長さんの小さな身体に襲い掛かるように覆い被さって、挙句には膨らみに触れるということがどれだけの禁忌かは重々理解している。
だが、しかし、これは事故だ。他意はない。しかし、それでも悪いのはオレだ。男女平等などと、そんなものはありはしない。
どんな世界であれど、男女に分かれているのならいつだってどんな時だって、男が不利なのだ。
と、エラそうなことを言っておりますが、単純に男が女に圧し掛かって柔らかなその身体に触れるということはどうにもこうにも男の、オレの完全敗北だということだ。
声が、出ない。
責任の所在はオレにある。転んで、押し倒した。
どうする? どんな声をかければ、いいんだ?
「……んっ――」
だが、彼女は細剣の如く突出した鋭い瞳で射抜くこともせずに、それどころか潤んでいるようにすら見えた。
お互いに言葉を失い、時間だけが過ぎていく。心臓が高鳴る。緊張による、心身の硬直。不動のまま見詰め合う。
「あ、のさ……」
生まれてまだ数える程の人生しか歩んでいないガキだけど、異性と関わることもなかったからこの瞬間がとても新鮮で、初めての体験に身動きが取れない。
「――」
だけど、熱した鉄に冷水をぶっかけたみたいにオレの頭は冷え切った。
プルプルと小動物みたいに震えて、ギュっと両目を瞑って、だけどこの会長さん、報酬は自分だって言ったから。だから、オレが何をしても受け入れようとしているんだろう。
何をしてもいい、というのは確かに魅力だ。だけど、こんなに怯えて、震えている女の子に手を出せるほどオレに勇気はなかった。
喧嘩するよりずっと勇気がいる。
だから、このヒトを傷つけたり、悲しませたりは、どうもできない。
だから意気地の無いオレが取った行動は一つ、
「ごめん」
バっと会長さんからすかさず離れて、彼女の手が届かないぐらいの距離から深々と頭を下げる。
土下座。
弁解の余地はない。裁きは受けなければならない。
ハプニングによる幸運だったとしても、それが偶然の賜物だったとしてもオレは彼女に嫌な思いをさせたことだろう。
だから、オレは頭を下げることを選んだ。謝罪が、オレのこの世界で出来る技だ。何度、その技を使ったのやら。
「なに、を?」
会長さんはなんだかよく解っていないようにも思えた。
いや、これはオレの自己満足なのかもしれない。悪いことをしたと、それは謝罪。被害を蒙ったのは彼女だ。加害させたのはオレだから、謝るのは当然だ。
「頭を、上げてくれないかしら……貴方は何もしてはいないのよ」
いや、それは無理だ。とてもじゃないが顔を合わせられない。
「困ったわね」
それ以上は喋ることもできずに、石化したみたく動かないオレに困惑する会長さん。
「そんな態度を取らないで、ワタシが悪者みたいじゃない……」
いや、だけど、
「貴方が嫌がっているのに無理やり押し付けようとしたワタシも悪いのよ」
そんな風に言うのはズルい。
「顔を、上げて。まだお互いのことも知らないでしょう?」
そして会長さんは事の顛末の全てを許すように、そっと優しい声で――
「あの、オレ……」
つい、そんな優しさに心が揺らいでしまって、オレは顔を上げてしまう。
「こんにちわ……そして、死ね――」
いやいや、なんだお前ッ!?
顔を上げた時には、憤怒の形相で踵を振り上げるレヴィアの姿が見えた。なんでお前がこんなところにいるんだ?って訊くこともできずに、鼻の上にめり込んだ踵。
オレは、あと何回、気絶すればいい?
ただ、レヴィアの赤い下着が見えたときザマアミロと、勝利したような気分に浸れた。