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2/22

 1/始まり、出逢い、そして謝罪

「ここはどこだ……?」


 あれ? この台詞さっきも言ったな……まぁ、いいや。しかし身体が重い。動けない、立ち上がれない。いや、まずそうだ、起きるかね――変な夢を見てた気がするけど、夢はいつか醒めるものだ。


 よし、起きよう――おはようございます。


「へ?」


 まだ夢ですかねぇ?

 しかし目を醒まし、広がる視界に映ったのは――――――桃色のパンツでした。


「なんだこれ……」


 手違いで死んだだの、神さまとお喋りしただの笑えない冗談の連発だから何が起こっても驚かないつもりだったのだがこれはさすがに狼狽える。

 桃色の下着だった――桜色の小さな花の刺繍が見える。女の子のパンツってこうなってんのか……スカートの向こう側にまさかこんな花園が広がっているとは。と、言うよりも女の子ってよくもまぁこんな下着が見えてもおかしくないファッションできるよな。


「あのー……離れて欲しいかなー」


 女の子の声――だが、しかしそのなんといいますか離れたいのは山々なんですが馬乗りになっててオレは下なんだよな。動けないんだよ。

 寧ろここは悲鳴を上げてからの殴打のコンボが普通だろ。あまりにも落ち着きすぎてオレまで冷静になれる。


「う、動けないから……お前が動いてくれ」


 もろにパンツ見てるってのに、ってか凝視してるのに本音言わせてもらうとずっと見ていたいんだけどさすがにマズい。


「ああ、うん、ごめんね……ジっとしててよぉ」


 オレの言葉を理解したのか女の子はゆっくりと立ち上がった。ああ、これで見納め(、、、)か。最後に綺麗な太腿まで見れたんだ男としては絶景だな。――ぶん殴られても文句言えんのだが。


(まぶし……)


 女の子が立ち上がったおかげで木々の合間から眩い光が射し込む。だが、眉間に皺を寄せて、目を細めたまま見つめていた。


「だいじょうぶ?」


 陽射しが遮られ、見下ろす影に声を掛けられる。オレは――情けなく口を開いて、何を思ったのか――


「……桜?」


 桜が舞っているように見えた。

 けれどその薄紅色は花弁ではなく、髪だった。風に靡くその髪にオレはそっと手を伸ばしてしまった。


「え?」


 女の子が驚くのも無理はない。突然、見知らぬ男が勝手に髪を梳くなんて不快極まりない。だけど女の子は目をパチパチとさせたまま、オレをジっと見つめている。微かに頬がその桜の髪色のように紅潮しているのが解る。


「……(わり)ぃ」


 ばつが悪くなったオレはすぐに髪に触れていた手を離した。女の子は腹部の上に乗っかったままオレが触れていた髪を撫でている。視線を泳がせて、小さく身体を左右に揺れながら――

 ただ、オレはどうしていいか解らず、馬乗りになったままのこの女の子の見つめることしか出来なかった。

 羽根のように軽いだなんてそもそも羽根の重さを知らないけれど、それでも女の子の身体はとても軽く、瑠璃のように(あお)く透き通った瞳がオレを見ていた。

 女の子とこんな密着することなんてオレの短い人生の中ではあり得なかったから、いきなりこんなイベントに巻き込まれても、ゲームの主人公じゃないんだ――すかさず対応できるものかよ。


(……しかし、デカい(、、、)


 対応の悪さは認めるが、それでもオレの視線は女の子のとある部位を凝視してしまっている。どこを見ているかとか何がデカいなんてその話は今はやめておこう。心の中で感想を呟いても仕方ないしな。


「あ、あのぉ……」


 勝手に一人でうんうんと頷いて納得しているオレを余所に女の子は眉を八の字にしたまま困ったような表情を浮かべてオレを見ている。いかんいかん……ゴホンとワザとらしく咳をしてからオレは時間を掛けて呟くべき言葉を吟味する。


「髪、綺麗だな」

「はい?」


 ポカーンなんて擬音が似合うような顔をされてしまった。目が点になるってこういうことを言うのかね? おかしいなぁ、オレの台詞には何一つ間違いはないはずなんだが。


「ツインテとか初めて見たわ。すげぇ似合ってる可愛い。しかもピンクとか最高。オレの好物だわ。それなんてキャラだっけ? オレ、にわか(、、、)だからメジャーなのしか解らなくてよ……良かったら何のコスか教えてくれね?」


 あれ? 反応がない?


 なんだこれ? 女の子は無言のまま唖然としたままオレを見ている。もしかしてオレの言葉が伝わってないのでは? 

 いや、待て……この子の口から出た言葉はほんの少しでもオレは理解できたぞ? じゃあどうしてこの子は時間が止まったみたいに動かなくなっているんだ?

 そんな疑問を抱くオレを余所に女の子は反応を示す。わなわなと震えたまま小さな口を開いて、


「もしかしておかしなこと言ってる?」


 いきなり失礼なことを言われた。だが、女の子の口撃(こうげき)が止まらない。


「もしかしてわたしがキミの頭踏んづけたせいでおかしくなっちゃったんじゃ……」

「違う、断じて違う。大丈夫だ、オレは大丈夫なんだぜ?」

「そんな親指突き立てられても……全然大丈夫じゃなさそう」


 確かに挙動不審だし、説得力はないかもしれない。

 それでもオレはおかしくなんかない。おかしなことを言ったのは事実だけれど、到って正常です。普通っすよ、ふつうー。なんなんですかこの子は!? でも、それよりもだ――


「ええっと、どうしよう……どうしよう……」


 オレは本当に正常なのだが、それでも女の子は納得してくれない。

 女の子は今にも泣きそうな顔をして心配そうにオレを見ている。いやいや、ちょっと待ってくれ。オレが悪いのか? でもオレの生きてきた人生が喩え短かったとしてもオレの過去にこの子と関わったことは一度たりともないんだ。

 それなのにどうなってんだよ……オレは一体どこに来ちまったんだ? どうしよう……どうすれば……うう、くそう、何もわからない。


「何をやっている!!」


 怒号が木々の向こうから轟いた。

 オレと女の子が声のする方に一斉に振り向けば、何者かがこちらに近付いて来る。

 ああ、ますますここがどこか解らなくなって来る……。


「……って、なんだミナじゃないか。全くこんなところで道草を食っている場合ではないだろう?」


 ピンクツインテの次に現れたのは黒い軍服のような格好をした背の高い……男か? 長い髪を一本結びにして背中に血のような真っ赤な髪が垂れている。そして瞳は燃え盛るような橙色。


「ああ、レヴィアちゃん……ごめんね。この人、こんなところで寝てたからね……(つまづ)いちゃって頭踏んづけちゃったんだよ」


 ピンク髪はミナで赤髪はレヴィアって言うのか――これで名前はわかった。

 しかし寝てたのか? なんでオレがこんなところに寝てるんだよ……それにミナはオレの頭を踏んだせいでおかしくなったとかなんとか言ってたしな。まぁ、それはいい。


「貴様……何者だ?」


 何者だと言われても――

 

 レヴィアってヤツはミナの話を聴くと大袈裟に顔を抑えたまま溜息を吐いている。

 そしてオレを見るその瞳は炎のような色をしているにも関わらず冷たく、敵意が向けられている。なんというか、(いや)な、目だ。


「ミナ、お前はさっさと戻れ。私はコイツと話がある」

「レヴィアちゃん……」


 ミナを見ようともせずオレから視線を逸らさず、ただレヴィアはオレに敵意を向けている。居心地が悪いし、オレもさっさとこの場から立ち去りたい。


「正体も明かせないと言うのなら、私たちの敵になる」

「いや、オレは……」


 そんな目で見ないでくれよ。

 刀身みたく冷たく鋭い凶器な視線を向けるのはやめてくれ。どうしてそんな敵意剥き出しでオレに迫って来るんだ。オレはそんな眼光を前に何も言えなくて、


「未知で不明だと云うのなら貴様はただの害悪だ。安息を脅かす者に私は容赦しない、早く消えろ」


 はぁ? なんだこいつ……いくら容姿が良かったとしても、内面はすこぶる悪いじゃないか。ボロクソ言い過ぎだろ。クッソ失礼なことを言いやがって心底ムカツクぜ。

 こっちとしては初対面だってのにいきなり顔合わせて暴言ぶち込まれて良い気はしない。だから、オレも我慢はできない。今度はオレの番だ。


「勝手に決めつけんなよ」

「なに?」


 オレの挑発にレヴィアが眉をピクリと動かしたのだが、それは何というか驚きの方が強く見えた。そして一歩オレに近付いて、


「なんだ喋れるんじゃないか。その口は開くんだな……それに言葉も話せるようで、驚いたよ」


 オレのことも、この世界のことも、こいつらのことも何もわかんねぇけどたった一つだけはっきりわかったことがある。

 どうやらオレはコイツにバカにされているらしい。

 どういうことかさっぱりわからねぇけど、こいつがオレのことを舐めてんのは確かだ。気にいらねぇ。こんなボロクソ言われて何も言わず黙ってたってのか? なんだか余計腹が立ってった。


「テメェが何を言ってんのかわかんねぇけど喧嘩なら買うぜ? 殴り合いでもなんでもしようや」


 だから両手にポケットを突っ込んだままオレもレヴィアに睨みを効かす。だが現代(あっち)みたく上手くはいかない。それどころかレヴィアは口元を歪めて、悦に入ったような、


「そうかい、そうか……いいよ。でも殴り合いなんて言い方はやめて欲しい。それは野蛮だ」


 そう言ってレヴィアは左手の甲をオレに向けられた。


(かざ)せ――正々堂々と戦おうじゃないか」


 指環(ゆびわ)? レヴィアの指にはそっと赤色に染まる環が光を放っている。

 どういうことだ……そう言ってオレも自分の指を見た。そこで初めて知った。オレの右手の中指にも金色に輝く指輪がはまっているのだ。


「なんだ……貴様のその指環(リング)は――」


 レヴィアは怪訝そうな目をしてオレが装着している指環を見ている。


「ダメだよッ!! 二人ともッ!!!!」


 叫ぶようにオレとレヴィアの間に割って入って来たのはミナだった。


「指環を重ねようだなんて考えてないよね? ね? そんなことしないよね?」


 ミナの血の気が引いて青ざめた顔をしている。指環を重ねる? レヴィアがこちらに向けて指環を見せて来たのはそういうことなのだろう。


 ――指環を重ねる(ネオノペア)


 決闘の意志表示。そもそもなんでそんな用語知ってるんだよ。

 だけどこの世界の知識は既に頭の中に詰まっている。相手の言語を理解してる時点でおかしいしな。多分、話してるの日本語じゃないだろうし。


 ともかく、だ。指環を重ねるという行為がとてもヤバいことだってのは解る。だからミナは割り込んでまでオレたちを制止したのだろう。


「レヴィアちゃんはとっても強いんだよ? そんなことしちゃダメ。キミじゃ絶対勝てないから……ね?」


 赤子をあやすようにオレの手を取ってそっと引く。

 それでもいいのだろう。オレはまだ何も解っていないのだから、この子(ミナ)のこともこいつ(レヴァ)のことも何も知らない。

 だから無知が罪だとしても……ミナって子の訴えを無視することは出来ないんだろうな。


「ごめんなさい」


 だからオレの取った行動は謝罪だった。

 意味など無い。気持ちなんて篭ってない。それでもオレがしたことはただ深く頭を下げて、レヴィアって女に謝るだけだった。

 ここでこいつと喧嘩したっていいだろう。これだけボロクソ言われて反抗せずに頭を下げるのは格好悪いことかもしれない。それがオレのいた世界なら、だ。


 ここがどこかも解っていない。目の前でオレに毒を吐くレヴィアのことも、オレのことを心配そうに見ているミナのことだって、オレは何も知らないのだ。

 それなのにここで喧嘩上等で暴力で訴えかけて何になるんだ。今はここで喧嘩するんじゃない。この世界のことが知りたい。

 ただこの状況下でこいつに聞いても親切に答えてくれそうにないし、ミナに声を掛ける前にコイツに阻まれそうだよなぁ……、


「貴様、ふざけてるのか?」


 オレは九十度の角度を保ったまま頭を下げているので顔は見えないが、レヴィアはきっと失望とか落胆とかそういう感情を篭めてオレを見下していることだろう。


 見ず知らずの女にいきなり害悪だの落ちこぼれだの言われるわ、そんな冷たい目で見られるわドMでもないオレからすればちっとも嬉しくないのだが今はとにかくどうにかしてこの場を切り抜けてやる。


「いきなり豪語したと思ったら男がそう易々と(こうべ)を垂れて、無様だな……」


 興醒めしたのかレヴィアはマントを翻しながらオレに背中を向けると、視線を合わせることなく今度こそ何も言わずにミナの手を引きながらオレの前から消えていく。小さくなる背中をただ見つめていたのだが、


「何かあったら私たちのところに来てよ。力になるよ?」


 レヴィアに手を引っ張られながらもミナはそんなことを言って、


「絶対来てね! 待ってるからー!!」


 オレは無言のままだった。そもそもどこに行けばいいんだ……なんでオレを待つんだよ。だけど訊くことはしない。今は余計なことは言えない。

 だけど、こんな何処の誰だか解らないであろう厄介に親切なことを言ってくれるのだけはありがたかった。


 ここがオレの知っていた世界とは違って別の世界だってのは解っている。


 とりあえずジっとしてても始まらない。右も左も解らないけれど、それでもオレは歩いてみることにした。


 まずは遠くからでもよく見えるあの大きな時計の塔を目指してみよう。

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