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 変化のない、毎日だった。


 あの日もいつもと変わりない朝だった。

 いつもの歩き慣れた道を選べばよかったのだろうか。そうすれば結末は変わっていたのだろうか。

 違う道だとしてもそれも見飽きたものだった。知っている風景だった。

 変わらないし、変えることすらしない。だから、それでよかった。


 なのに、どうして――


【君の これからを 殺してしまって ごめんよ】


 いつもと同じで、変わらない日常なのに、ただ一つ違ったことは聞いた事の無い声がした。

 眩しい陽射しに照らされて、そっと風に抱かれ、そして一方的に攫われる。足掻くことも出来ず呑み込まれ、彼はその光に喰われてしまった。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「ここはどこだ……?」


 眠っていたのだろうか。

 見渡せどオレの辺り一面が白く、地も空もどこもかしこもホワイトのペンキをぶちまけたように――

 いや、どうしてオレはこんなところにいる?

 ついさっきまで川原にいたんだけど……あれ? オレどうなったんだっけ?


 曖昧だった記憶がゆっくりと思い出されていく。


 オレの名前は真上 蒔豊(まがみ まとみ)

 高校生活の三年間が終わり、卒業式の帰りだった。

 

 ただの通過儀礼。


 成人へとまた一年縮んだだけだ、なんて捻くれている。一人で生きていくにはまだ力の足りないガキが、そんな風に思っている。


 始業式の時よりも少し長かった校長の小難しい話、証書を受け取り、頭を下げて――みんなで校歌を歌ってお終い。


 見送る教師や両親を横目で流し、校舎の外へ。泣いている。高校生活を共にした仲間たちが抱き合っていた。他にも部活動の後輩が涙を流し、花束を受け取る者もいる。


 そう、卒業式だ。


 友達を見つけようともせず、部活に精を出すこともせず、行動を起こさずに三年間を使い切ってしまった。

 ただ生きているだけで、ただ時間は過ぎてしまって、何をやっているんだろうとは思う。それでも……もう、面倒になって。


 生きていれば、心があるなら……どうしても考えてしまう。見えないモノに対する恐怖。未来は、あまりにも闇黒だった。


 卒業式が終わった後、逃げるように近くの川原で寝転がって空を見上げていた。気がつけば眠っていた。


 現実からの逃避を止めて、起き上がる。


 夕焼けと共に陽が沈み、薄っすらと闇が掛かる。


 一番星、綺麗だなって、思った。


 小さな、星だった。


 石ころのような、星だった。


 それが、眼前にまで堕ちて来て――


「ああ、そっか……」


 って、シリアスに浸っている場合じゃねぇ!!


「オレ、死んだんだっけ?」


 そうだ、思い出した。オレは死んだ。死んだんだ。


 目の前が真っ白になって真っ赤になって真っ黒になって死んだ。

 笑えないよなぁ……ちっさい隕石が堕ちて来て、オレに激突。そのまま死亡。


 なんだよそりゃ。もっとこうSF映画みたく地球なんて軽く消し飛ばせるほどの質量が堕ちて来てくれりゃどうしようもないし、諦めも尽く。

 でも、落ちてきたのはオレの拳の半分も無い石っころ。それが地球に落ちたらどうなるレベルの威力なのか解らねぇけど、それでもオレを殺すには十分だろう。


 いや、ふざけんなよ。


 でも、オレの身体は吹っ飛んで死んだんだと、思う。

 なのに、なんでオレはこんなに冷静なんだろう。死んだってのに、ちっとも怖くない。夢? そう、夢のような気がしたんだ。


 死ぬってどういうことか解らないから、解らないことをいくら考えても無駄だろうし、痛みも無く眠るように死んでしまったからこそ余計に恐怖を感じないのだろう。


 死んでしまった割に呆気なくそんな事実を受け入れる自分がイヤにはなる。それに死んだことよりも、この場所がなんなのかそっちの方が気になっている。


「ん?」


 足音が聞こえる。

 

 白い世界の向こうから聞こえる足音にオレはただ警戒することしか出来なかった。オレは死んだのだからお迎えが来たのだろうか? 想像したのは骸骨が黒衣を纏い、大きな鎌を持ったアレ(、、)である。


 だが現れたのはオレを想像を絶する不可解な存在だった。


「よっ! 元気ぃ!?」


 めちゃ軽いノリで手を上げて声を掛けて来た。だから釣られてオレも手を上げて「よぉ」とか口にしてしまったわけだが、何だコイツ?

 なんか人の形をした……光った何かがオレの前に現れた。

 透明人間みたいに顔の輪郭や身体の(ライン)は薄っすらと見えるが、それが男なのか女のか若者なのか老人なのかまでは解らない。当然こんな身体を発光させた人もどきをオレは知るわけもなく、


「ぼくは神さま! ミスってキミを殺しちゃったんだよね♪ てへ!」


 そんな意味不明の存在だったがとりあえず殴った。


 もうそれは思いっきり殴った。殴ってやった。全身全霊の力を篭めてこめかみ辺りに拳がめり込むレベルでぶん殴ってやった。

 こんな見た目がぶっ飛んだ奇天烈不思議野郎にオレの人生が終焉させられたなんて思うだけで腹正しい。一発殴っただけじゃ気が済まない。


「テメェ……ふざけてんじゃねぇよ。ただでさえこっちは不機嫌だってのに」

「あー、ごめんごめん。ほんとごめんなさい」

「それにここ何処だよ?」

「夢の中みたいな感じでいいよ」

「適当だなおい……」

「そうとしか言えないしね」


 地面(?)に顔を沈めたままケツをこっちに向けて自称神さまが適当に謝罪しているがオレの怒りが治まるはずもなく、


「でも別に殴らなくてもいいじゃん」

「死んだ原因が目の前にいて冷静になれるほどオレは聖人じゃねぇんだよ」


 ってかこいつマジでぶっ殺したい。


「神さまだろーが閻魔さまだろーが、オレの人生を好き放題したら殴っていいだろ? ん?」

「いや、ほんとワザとじゃないんだよこっちの手違いでさ」


 手違いで命を奪うのか。神さま死ね。寧ろオレがこの場で殺す。神殺しの称号を頂戴しよう。

 だがオレの怒りを他所に神さまとやらは立ち上がって埃を払う様に腕や足をパンパンと叩いている。


「ぼくさー、仕事の一環で悪いことしたまま裁き受けずにのうのう生きてる犯罪者とかを神罰でぶっ殺すことしてるんだよね」

「そんな軽いノリで人間殺してんのかよ」

「いやいや、でもさぁ未解決の超ヤバめの事件とかさぁ時効でもう捕まえ様のない悪人とかいるじゃん? ああいうヤツそのままにしておくわけにはいかないでしょ。神罰ってそういう為にあんの」

「どーいう為だよ」


 信仰心皆無の俺には神がどうこうなんて信じられるわけがない。

 まぁ悪いことしたままノウノウと生きてる犯罪者が死ぬならオレとしてもスッキリするからいいけど、別にオレとは何の関係もないじゃないか。

 オレはこの十八年至極真っ当な生き方をしているつもりだ。何の努力も、挑戦もしてこなかったチキン野郎でも、それでも悪いことなんてした覚えは無い。だから人の命を殺めるなんてことは一度たりともしていない。


「それでなんでオレ、死んだんだよ?」

「いやぁ……それがねぇ、そういう悪さしてる人間ぶっ殺そうと神罰もとい隕石落っことしてみたんだけどミスってマトミくんに当たっちゃってね♪」

「はぁッッッ!!!??」


 やっぱりこいつの仕業なんじゃねぇか!!

 オレは神さまの首を掴んで持ち上げた。なんだこいつピカピカ光って鬱陶しい。このまま地面に叩きつけてやろうか。


「ごめんよー、マトミくん殺して動転しちゃってさぁ、なんとかぶっ殺すはずの凶悪犯Aさんはどっか行っちゃって」

「最悪じゃねぇか!!」


 この神さまクズすぎる。


(ちゃ)うよ? どっか行っちゃったけどちゃんと見つけて消し飛ばしたから仕事サボってはないよ。でもマトミくんはご覧の通りなんだよね」

「いや、いやいや……だったらよオレを元に戻せよ。悪いことしたってのはわかったからさ、オレを元の世界に戻してくれれば万事解決じゃん?」

「いやもうそれがダメでさぁ……消えたものは元には戻せないんだよ」

「消すってさ、お前それどういう意味なんだよ? オレはどうなったんだよ」

「マトミくんに激突した石っころなんだけど、あれ大きさは確かに石飛礫なんだけどそれでも素粒子レベルで消し飛ばしちゃうからなぁ♪」

「意味わかんねーよ!!!!」


 なに満面の笑みでとんでもないこと言ってんだゴラァ! ってことで消し飛ばされたオレはやっぱり死んだってことになってしまい――そんなんあかんやん。

 神さまのくせにそういうとこ無理なの。復活してよ。オレ蘇生してくれよ。無理なの?


「そこでですよマトミくん!」


 ビシっと親指立てる神さま。


「ぼくも今回の件でマトミくん殺した責任取らないとダメでさぁ……神さまのお仕事をリストラされちゃってーもうすぐぼくもねぇ、消えちゃうんだよ」

「いや、そんなん知らんし」


 それはテメェの責任だろうが。知ったこっちゃない。

 寧ろ消えろ。お前なんか消滅しろ。オレを殺したんだからお前も死んでしまえ。


「そこでだよマトミくん。ぼく消えたくないからさ、マトミくんにぼくの力をあげるから生き返らない?」

「え? 生き返れんの!?」


 突然の提案にオレは反応せずにはいられなかった。


「うん、その代わりと言っちゃなんだけど行きたいとこない? どこでもいいからさ、なんかこう別の世界とか」

「いや、元の世界に戻せよ」

「無理無理ぃー、そんなことしたら他の神さまにバレちゃうじゃん? 死んだ人間なんで生き返ってんの? ってことでマトミくんが望むならそれでもいいけど、多分消されちゃうよ? 製品の中にバグが見つかったら消すじゃん?」


 そういう喩えやめろ。


 でも、そうなんだろうな。生きてた人間が死んだはずなのに、それが普通に歩いていたらそんなのゾンビと同じだ。ありえない。


「じゃあどこならいいんだよ」

「こう、なんだろうなぁ……マトミくんが生活してた世界以外ならどこでもいいかな?」

「マジで? なにそれファンタジーなとこでもいいの?」


 神さまはコクリと頷いた。

 マジかよ。なんかテンション上がってった。


「もう殆ど力も残ってないからマトミくんの望む世界をそっくりそのまま(つく)ってやることは出来ないけど、まぁそれに近いものなら出来るんじゃないかな」


 さすが神さま。なに言ってんのか全部理解できないけどそれでも生き返れるというのは魅力的だ。しかも人生やり直せるなら問題ないし。

 それにオレも出来ればやり直すなら別の世界がいい。現実(あっち)じゃないってのが尚更いい。気に入った。ってこどで――


「――オレの趣味ぴったりの世界、とか?」

「えーっとマトミくんって、あれだっけ? オタっぽい趣味持ってるんだっけ?」


 さすが神さま、一言も言っていないのにオレが二次元好きだということを知ってやがる。その通りだ。オレは二次元が大好きだ。


 フィクション万歳。そうリアルなんてクソ喰らえ――それがオレの中の答えだ。


「それでどんな世界をお望み?」


 なんでもいいと言われると逆に悩んでしまう。でも望んだ世界がなんであれやはりここは主人公(ヒーロー)なりたいものだ。男の子なら当たり前の願望だろう?

 

 何がいいだろう? 


 ここはやっぱりMMORPG(ネトゲ)の世界にチート能力を振りかざして迫り来る敵を一網打尽にする無双な感じでもいいかもしれない。

 

 ただオレはゲームは殆どやったことがない。ソリティアとかマインスイーパーとかちょろっとしたことがある程度で、プレ○テのコントローラーとかボタンの数を見ただけで心が折れるレベルでゲームは苦手だ。

 だからネトゲの用語は知っていてもどんな内容なのかはあまり知らないのである。設定資料集とか攻略本とか見ていろいろ影響されてはいるが。


 神さまはなんでもいいとか言ってるけど、正直パっとした設定も思いつかず、少しの間、考え込んでいたわけなのだが、しびれを切らせた神さまがいきなりパンと手(?)を叩いた。


「ちょっとマトミくんの頭の中を覗かせてもらいますねー」


 おい、こら。この神さま(アホ)、何を勝手なことをしてくれやがりますか。

 だが、こちらの許可も取らずにいきなり頭に触れると「ふむふむ」とか納得している。


「あるじゃない、いいのがさぁ」


 ポンっと音を立てて神さまの手の中から一冊のノートが現れる。A6サイズに黒い表紙。タイトルも名前も明記されていない誰かのノート。

 だが、それが何なのか知っている。忘れていたはずだったのに、深い水底から掬い出された様に思い出した。

 忌々しき記憶と共に焼却し、忘却させていた筈のそれ(、、)が突然、姿を見せたことによってオレの額からは脂汗が伝い、身体は小さく震えていた。


「なんで、それが、そこに、あるんだ……」

「どうしてそんなに動揺しているんだい? マトミくんの記憶から生成しただけさ。燃やしたって、キミの頭の中にはちゃんと残っているんだよ。忘れたって、消失(きえ)はしないさ」


 そんなことはどうだっていい。お得意の説明不可能の謎能力を使って作り出したのならそうすりゃいい。問題は作り出したそれが、悔恨そのものだってことだ。


「えーっと、なになに……」


 神さまはノートをペラペラと流し読みし、


「これなんかすごいねぇー、『我は凍りを内包せし瞳を以って、過去を置き去り、未来を転移させ、汝、我と邂逅す。全知、如何なる全能をも凍らせ、世界よ、黄金の杭を墜落(おと)せ――虚空聖櫃(アークリオン)』だって。なにこれめちゃくちゃ強そう」


 棒読みが語るは狂気。

 それは、オレが中学生の頃に書いた自作の、しかも未完の小説の一文だった。


「ああああああああああああああうわあああああああああああやめろおおおおおおおおおおおそれ以上、口にすんじゃねええええええええ殺すなら殺せえええええええええええ一思いに殺してくれええええええええええええええええうわああああああああああ死ぬうううううううううううしゅんごおおおおおおおい!!!!」


 凄まじい攻撃力だった。物理的でなく精神的にモロに来るヤツ。身体の半分がもっていかれた。

 沸騰する。羞恥で体温が上昇する。全身がのた打ち回って、頭を振り回して、両手と両脚が

 そのまま脳味噌が焼き切れてしまえばいいとさえ思った。でも、そんなことをしたって脳内が焼き払われることもなく、ただ今は泣きたかった。号泣しそうだった。


「目の玉が凍ってる状態で、なんだかエラいとこから杭が出て来る辺り凄いよ。とてつもないよね。それどうやって凍らせたの? んで落っこちて来る杭はどうなっちゃうの? うわぁーエゲつない。すごく恐ろしいよ」

「お前、バカにしてるだろ」

「いやぁ、関心するんだよね。こういうセリフってどうやって考えてるの? やっぱ辞書とか引いていろいろ言葉とか調べちゃったりする?」

「やめろ、やめてくれ……」


 まだドン引きされる方がいい。神さまの反応はオレの心を抉るには十分すぎる。

 

 ちなみにオレは知らない言葉があったらすぐに辞書を持って来て、気に入ったらマーカーとかで印をしちゃうタイプだ。日常生活で使わねーだろって言葉を抜き取ってメモ帖にそんな言葉を羅列させたりもする。そんなことどうでもいいよな。


「このLv(レベル)1000ってのとHP(ヒットポイント)9999……他のにも9999って数字が書いてあるんだけどなんなの?」

「やめろって!!!」


 ゲームはやったことがないがRPGの能力値とかはついつい気に入って取り入れたりしたけど、やはり数値の出し方がぶっ壊れてやがる。


「それにこの絵はなかなか個性的だね。この服の構造はとても気になるね。マントも羽織っているようだし……しかし腕が直角に折れてるし、両足は棒みたいに真っ直ぐだ。歩くのが大変そうだね。あとこの下に書かれている大量の漢字の集合体はなにかな? 技の名前かな? 凄い量だね、一人でこんなに使うのかい? それに横文字のもある。さっきのアークなんとかで十分だと思うんだけど。とても強そうだ。こいつが主人公?」


 ワザとやってるだろこいつ。やめてくれ。本当にやめてくれ。

 連続で繰り出される精神攻撃の数々にオレの心は耐えられそうにない。


「笑えよ」


 もう、顔を見ることも出来なかった。

 神さまに顔を合わすこともせずにグッタリとうつ伏せのまま倒れこんだ。


「いや、このノートに書かれてるのすごくいいと思うよ。何より薄っぺらい世界観がいいよね。創りやすい(、、、、、)


 いくらなんでもそれはトドメ(、、、)な気がする。

 オレのメンタルは既に死んでいる。もうどうにでもしてくれ。


「はい、できたっと」

「……なにがだよ?」

「異世界」

「そんなカップラーメンみたいに簡単に作られても」

「ぷぷっ、三分もかかってないよー」


 いや、そういうことじゃねぇよ。

 だがいちいちツッコむのも面倒になって来たので止めておいた。


「さてこれから行くのはキミの書いたお話の通りの世界だよ。とは言っても設定だけ使っただけだからどうなるかはキミの頑張り次第だけどどうする?」

「いや、それは正直嬉しいんだけどさ……」


 まさか新たな人生を過ごす世界が中学時代に書き上げることなく設定だけを書き綴って、途中で飽きて書くのやめちゃった未完の物語の世界とは。


「ごめんね。世界観だけは頑張って再現したんだけど、登場人物は全部適当に作っちゃったからキミの望んだモノにはなってないかも」

「いい、もういい……それ以上は言わないでくれ」


 オレの妄想の全てが収束した世界とか恐ろしすぎる。頼むから世界観だけで留めてくれ。ほんと恥ずかしいから。辛いから。


「不満かい? ……ボクも出来ることならキミの望む全てを創り上げてやりたかったんだけど、神さまとしての力はもう殆ど残ってないんだ。社長解任されちゃって会社から追い出されちゃった身って言えばいいかな。これ以上、力を使っちゃうとボクが消えちゃうんだよねぇ。さすがにそれは勘弁しておくれよ」

「なるほどなるほど、解りやすい喩えをどうも……でもそういうことじゃない」


 別にテンションが低いのはオレがこの黒歴史ノート通りの主人公のステータスが反映されてないからってわけじゃねぇ。


「まぁ、いいさ。とりあえずそれは返しておくよ」


 ポイっと無雑作に投げ捨てられるオレの古傷(ノート)

 ゴミと変わらない何の役にも立たない妄言の塊を必死になって受け止めている。


「忘れてたってのによ」

「忘れようとする時点で、それはもう記憶の一部なのさ。本当に消えて無くなってしまってこその忘却だよ」

「そんなこと解ってる」


 五月蝿いんですよ死ねよ。

 忘れたいって時点で忘れられないのは解っている。それがくだらないことだとしても、それでも嫌な記憶だから。

 この黒色のノートに描かれたるはオレの頭の中身だった。少なくとも数年前の心情だった。そしてその先に、オレの描いた世界がある。


 神さまは、それを作ってしまった。


「で、どうするの? このままこっちの世界に進む? それとも元の世界に戻してあげようか……選ばせてあげるよ」


 さて、神さまの提案だが……そんな二者択一、悩むことなく答えは出た。

 戻りたいか、戻りたくないか――選ぶとしたら、やはり後者だったからだ。


 家庭は既に崩壊していた。


 リーマンだった親父はリストラされてアル中なって無職のまま周りに当り散らすクズだし、見かねた母親はオレを置き去りにしたまま勝手に蒸発。当時、小学生でありながらオレはこの世界はクソなんだと理解し、三次元(リアル)には救いが無いと失望したわけだ。


 そこからというもののオレの心の支えが二次元になってしまい、ファンタジーやSFな世界観を夢見ては、自身を主人公に見立ててはよく妄想に耽っていたものだ。


 そりゃあ見た目こそ不良かもしれんがそれでもオレはもっとこうありえない髪色でカラフルな女の子たちが生活しているそんな世界を一歩進むだけで自動(オート)でイベントが発生したり、気がついたらフラグが立っちゃうギャルゲー的な世界観で生きることに憧れていたわけだ。


「マトミくんって見た目に似合わずダメダメだったんだね」

「神さまが一個人の個性に口出ししてんじゃねぇ。オレがそんな世界で主人公になれる日を夢見てることがそんなにダメか?」

「ダメじゃないさぁ。ヒーローになりたいのは間違いじゃないし、その夢をボクなら叶えてやれるかもしれないってことさ」


 死んでしまったからこそ胸の内を明かすことが出来たのだろうか。現実ならばそっと隠していたオレの心の声が神さまの前では口に出して言えてしまった。


「じゃあマトミくん、生き返りたいのならばまずは小手調べにボクを倒してごらん! 君の力をこのボクに見せてくれッ!!」

「…………チッ」


 突拍子もないことを。

 なんかいきなり仕様もないことを言い出しやがったんだがこの神さま。ウザすぎて舌打ちをしてしまった。


「ほらほらぁ~生き返りたいんでしょ~? 違う世界に転生したいんでしょ~? してあげるよ~? 君の願いを叶えてあげるよぉ~?」


 こいつさっき消えたくないって言ってなかったっけ? それなのになんでこんなエラそうなんだ? なんか腹立ってった。……倒せばいいんだよな? 

 それにオレの心の中を覗いてボロクソ言われたんだ。ちょっとぐらい反撃してもいいだろ。罰当たり? 上等だコラ。じゃあとりあえず脚を――


「ああ、ギブッ! ギブギブッ! あかん!! それ以上やったら折れる! 折れちゃう!!」


 綺麗に決まった腕十字固め。なんか悲鳴が聞こえて来るがオレは止めるつもりはなかった。このまま折ってやってもよかった。

 神さまとか名乗ってるなら骨折れても問題ないだろ。いや骨あるのか知らんけど、そもそも神さまにも効くんだな関節技。びっくりだわ。


「……助けて」


 懇願された。

 こいつのせいで死んでしまったというのにオレもまだまだ甘い。完璧に極まっていた関節技を解いてやった。


「よもやオレの人生で神さまに関節技決める日が来るとは思わなかったな」

「ううっ……汚されちゃった……」


 泣き真似して倒れてる神さまにイラっとするので、


「もう一発()めてやろうか?」

「申し訳ありませんでした」


 神さまのくせに平謝りってなんだか無様だな。こいつの手の平の上でオレらは踊らされてたってことだろ? しかもこんなヤツにオレの人生が左右されてるってわけだから尚更辛いわ。ぶっちゃけ知らずにいたかった。


「それでお前はオレの願いを叶えてくれるんだろうな?」

「本当さーほらほら見てごらん」


 さっきまで間接極められてた頼りの無い神さまは何食わぬ顔でオレの足元を指差した。するとどうだろう? 真っ白な空間の中にぽっかりと開いた黒い穴。いや、おい待て……その穴はオレの真下に空いているのだが――


「おい……テメェ、こりゃどういうことだ?」

「見たまんまだよ」


 そうだろうよ見りゃ解るさ。穴の上にオレがいるわけだ。この次にどうなるかぐらい予想できないほどバカでもない。


「新しい世界へ、レッツらゴー!!」

「ふざけんな!! うわあああああああああああああ!!!!」


 そのままオレは穴に吸い込まれるように落ちていくのだった。あのピカピカくそ神さま今度はスリーパーホールド極めてやる。

 そしてそのままオレは黒い穴の中へ頭から真っ逆さま。どれだけ落ちても底は見えず闇黒のまま。


 ああ、オレはこのまま、また死ぬの……か――?

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